ストレイⅡ
高層ビルが乱立する第一都市、商業施設が集まる第二都市、そして住居と工場とが線引きされた第三都市。
ストレイとリコは第三都市のタリト区、工場地域を歩いていた。
第一都市の意味のない奇抜なビル群とは違い、不必要なものを取り払った実用的な形の建物が立ち並ぶ。人間よりもヒューマノイドの数が多く、皆、作業着姿でせかせかと歩いている。
「今日はどこにいくんですかぁ?」
リコが興味なさげに質問してきた。
「どこにって、決まってるだろ。プレーリードッグ社の研究所だ」
ここ1年、立て続けにヒューマノイド絡みの事件が発生していた。
内容はどれも、ヒューマノイドが人間に危害を加えるというものだ。原因は全くわかっていない。その解析という名目でヒューマノイド達は研究所に集められている。
今までもヒューマノイドが人間に手を出すという事例はあった。だがここまで頻発しているのは、長年警察官として働いているストレイから見ても異常な事だった。
それに加えニュースで報道されるようなこともない。どのニュースを見ても、連日巷を騒がせている兄弟の話で持ちきりだ。
ストレイに話が降りてきたのもつい先日。調べれば調べるほど、異常事態が起きていることがわかった。
プレーリードッグ社が揉み消している。そのうえ、警察も協力しているというのは明白だった。
「あぁ、研究所とは名ばかりの刑務所ですねぇ。でもぉ、そんな簡単に入れるものなんですかぁ? 行っても意味ないと思いますよぉ」
リコの言う通り、このまま研究所へ行っても門前払いだろう。だが、だからといって行かないという選択肢はない。暴走したヒューマノイド、その当事者達がそこにいるはずなのだから。
「意味があるかどうかは研究所に着けばわかる」
ストレイは自分に言い聞かせるように言った。無駄足になる確率の方が高くても、行かないことには何も進まない。行っても無駄、ということがわかればそれで良かった。
「着かなくてもわかりますぅ。せっかくならこのまま二人で遊びに行きましょうよぉ」
リコは間延びしている声を、さらに間延びさせた。媚びているというより、項垂れているといった表現の方が近い。
「リコ、よく考えてみろ。俺たちは今二人横並びで歩いている。これはもはやデート、いや、逢い引きと言えるんじゃないのか?」
ストレイは頭を働かせず、頭に浮かんだ単語をそれっぽくつなぎ合わせた。
「そうですけどぉ、もう飽きましたぁ」
「飽きたってんなら俺たちの関係はそれまでだ。一緒にいても楽しくないってことだからな。ああ、残念だ。残念だよ、リコ」
ストレイはわざとらしく口にした。
「嘘、嘘ですぅ! 今こうして話している時も楽しいですぅ!」
リコは慌てて弁解し、身体を右往左往させた。
「嘘をつく相手とは一緒にいられない」
リコは、そんなぁ、と口を尖らせ、
「でもぉ、ストレイさんだってぇ、嘘ぉ、ついてるじゃないですかぁ」
と続けた。
リコの瞳がストレイに向けられる。
表面は鮮やかな黄色が、底には深く広い黒が広がっている。
見れば見るほど瞳が大きくなる。ストレイの視界にリコの瞳が広がる。
そのまま意識を託す直前。
「誰か! そのヒューマノイドを捕まえてくれ!」
男の叫びが後ろから聞こえた。
何事かとストレイが振り向こうとした瞬間、肩がぶつかる。
「ごめんなさい」
黒髪の女が走り去っていった。
ストレイは呆然と後ろ姿を眺める。
再び肩がぶつかった。ストレイは思わずよろめく。
「邪魔だ!」
後ろから聞こえた叫びと同じ声だった。赤髪の男が、黒髪の女を追いかける。
「なんだってんだ一体」
ストレイは肩を押さえながら口にした。
「あの女の子助けましょうよぉ! きっと面白いことが起きますよぉ!」
今までに見たことがないほどリコは興奮気味だった。
「いやだよ面倒くせえ」
「ヒューマノイドの事件と何か関係があるかもですぅ」
リコはストレイの手を引っ張る。
「おい」
「私と手繋いでいるところ奥さんに見られたら大変なことになりますよぉ。ほらぁ、早くぅ」
ストレイは背筋を凍らせながら辺りを見回す。
「本当に洒落にならない。わかった。わかったから離してくれ」
リコはストレイの手を繋いだまま楽しそうに走り出す。