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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
爆発と解放
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リベリオb

 更衣室から出たリベリオは、シックスと共に廊下を歩く。 

 薄暗い更衣室とは対照的に、丁度良い明るさの電気が等間隔に点いていた。


 隣を歩くシックスが欠伸をする。


「また夜更かししてたの?」

 リベリオはのんびり動くシックスの口を眺める。


「新しい映画が面白過ぎたんすよ」

 シックスは、あくびで溜まった涙を拭った。


「いつも思うんだけど、どうやって手に入れてるの?」


 ヒューマノイド研究所では外部との接触は無い。ましてや映画など娯楽用品を持ち込むことなど不可能だ。


「ちょっとした裏ルートがあるんすよ」


 決して褒められるようなことでは無いのだろうと、リベリオは簡単に想像がついた。


「あんまり悪さしちゃだめだよ」

「ばれなきゃいいんすよ。ばれなきゃ」

「もしシックスが映画の中の登場人物だったら確実にばれるね」


 リベリオは笑いながら口にした。

 シックスの顔が一瞬歪み、それで映画の話なんすけど、とシックスは話を続けた。


「あれはすごいっす。気がついたらあっという間に時間が過ぎてたっす。冒頭から独特な雰囲気で、例えるならそう、ねっとりしてる感じっす」

「全く面白そうじゃないんだけど」

 リベリオは苦笑した。


「でも本当にそんな感じなんすよ。空気がまとわりついてくるというか、自分がその世界にぬるっと入り込んでたというか、いつのまにか引き摺り込まれてたっす」

 言い表せない言葉を手で表現しようとしているのか、シックスの手が動く。


「なんて名前の映画?」

「『クリミナルハンバーガーvsピーナッツチョコレート〜チーズをかけた世紀のバトルロワイヤル〜』っす」

「うん、絶対に見ない」


 リベリオは満面の笑みを作って言った。


「かけるとかけるをかけてるんすよ。これだけでおもしろいじゃないっすか」

「それを説明されると余計見たくなくなるね」

「まあ……確かにタイトルはあれっすけど、中身は予想を遥かに超える超大作なんすよ。笑いあり、涙あり、感動あり、ピーナッツチョコレートあり」

「最後のは省けないのかな?」

「省けないっすね」

「じゃあやっぱり見ないね」

「なんでっすか!」


 シックスと目が合う。どちらともなく笑い出した。

 笑い声が廊下にこだまする。


「映画といえばノスタルジアって知ってるっすか?」

「映画の名前?」

「ああ、もちろんそっちも面白いんすけど、違うっす。場所の名前っす。ノスタルジアっていう施設の」

「施設?」

「そうっす。名前の通り、ノスタルジーを感じるために作られたテーマパークなんすよ。昔ながらの家々に、長閑な田園風景、極め付けは24時間365日真っ赤な夕日が浮かんでいるらしいっす」


 リベリオは頭の中で想像した。常に夕陽が浮かぶ、そのどこにノスタルジーを感じるのか。


「そうなんだ。良さそうな場所だね」


 言葉を取り繕う。


「しかもそこの商店街には映画館があるんすよ! 映画館! 今はもう見ることができない映画も、定期的に復刻作品として上映してるっす! すごいっすよね!」


 急激にテンションを上げて同意を求めてくるシックスに、リベリオは戸惑いながら頷いた。


「シックスは本当に映画が好きだね」

「そりゃそうっすよ! 映画が生きる意味を与えてくれるといっても過言じゃないっす!」


 シックスは少年のように無邪気な表情を浮かべた。

 自分にも熱中できるものがあれば、退屈な毎日が変わるだろうか。リベリオはふとそんなことを考える。


「ここを出たら先ずはノスタルジアに行って、本物の映画を観に行くっす」


 そう話すシックスの姿が、リベリオには眩しかった。


 ――僕も一緒に。


 言いかけたところでリベリオは口をつぐんだ。

 簡単に言い出せる言葉ではなかった。心では望んでいるのに、見えない何かによってブレーキがかかる。


「リベリオさんも行くっすよね?」


 シックスが、なんて事のないように聞いてきた。


「え? ……あ、うん」


 リベリオはたとたどしく返事をして頷く。まさかシックスの方から言ってくれるとは思いもよらず、胸の辺りがじんわりと暖かくなる。


 本当に行くかどうかは別にして、その気持ちが嬉しかった。


「そうと決まればこんなところ早く抜け出して――」

「誰が抜け出すって?」


 唸るような低い声がシックスの言葉を遮った。その声の持ち主は不機嫌さを隠さずに、むしろそれをアピールしていた。


 相手を威圧して支配しようという魂胆がリベリオには透けて見える。リベリオは立場に、空気に、世界に従う。


「「おはようございますプロタゴさん!」」


 リベリオとシックスは2人声を合わせ、きびきびとお辞儀をしながら大きな声で挨拶した。のんびりとした空気から一変、緊張した空気が流れ始める。


 細い身体に、疲れ切った表情、力の無い目。その見た目がプロタゴの陰湿さ具合に拍車をかけている。


「……ったく、朝からムカつく奴らだ。喋ってる暇があるなら少しでも早く行って準備しろよ。この()()()が」


 プロタゴは、犯罪者という言葉をリベリオだけに浴びせた。


「アハハ……。急いで準備してきます」


 リベリオは無意識に頭を触りながら、ヘラヘラと笑う。

 プロタゴがさらに不機嫌さを露にした顔でリベリオを睨みつけた。

 リベリオは視線を逸らす。これ以上居ても嫌味を言われ続けるだけだ。その場から立ち去ろうとする。


「逃げんのかよ」


 プロタゴの言葉が太い針となってリベリオを縫い付ける。容赦無く。もう刺さるところなど無いというのに。

 逃げてなんかいない、とリベリオは声を出さずに反論した。唇が空を切る。


「なんだよ」


 発せられていない声を聞こうとしたのか、プロタゴが威圧してきた。


「なんでもありません」


 リベリオは張り付けた笑みを浮かべてその場から去る。







「たまには言い返したらどうっすか」


 後ろをついてきたシックスが、少し怒ったように口を開いた。


「そんなことしないよ。何か起きたら面倒だし。取り敢えず、その場を凌げれば良いんだ」

「でも言い返さなきゃずっと舐められるっすよ」

「それだけで済むなら僕としては嬉しいよ」


 リベリオは意固地になっていることを自覚しながら答えた。


「俺は全然嬉しくないっす。なんであんな奴に好き放題言われなきゃいけないんすか」


 シックスは歩きながら、不貞腐れたように口を尖らせる。


「良かった」

「何がっすか」

「シックスと友達で」


 リベリオの言葉に、シックスは立ち止まった。空気が滞留する。心地の良い滞留。


「はあ。リベリオさんってたまにそういうこと言うっすよね」

「そういうことって?」


 リベリオは、とぼけたフリをした。


「もう良いっすよ」


 シックスは足早に歩き出す。斜め後ろから見えたシックスの口元は緩んでいた。

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