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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
34/34

リベリオh

 

 マルクスと別れたリベリオは、広場のベンチに腰かけていた。

 マップで見ればノスタルジアのちょうど中心。

 広場の真ん中には噴水があり、その周りを子供たちが駆けている。その子供たちの親だろう。見える範囲で、立ち話していた。


 ところどころに出店もあった。串に刺さった良い匂いのする食べ物を、おじさんが二人の子供に笑顔で手渡していた。


 子供はキラキラと目を輝かせながら受け取り、その場で二人仲良くかぶりついた。

 頬にタレがついたが、そんなことなど気にせずに頬張る。これ以上にないほどの笑顔。見ているリベリオも笑顔になった。


 だがリベリオはすぐさま顔を顰める。

 リベリオは途方に暮れていた。



 本物の映画を観るため、商店街にある映画館に行ったが、シックスはいなかった。

 リーズンから渡された紙には時間も何も書かれていなかったため、当然と言えば当然だろう。


 マルクスが言っていたパーティーの意味も分からなかったリベリオは、そのまま映画館で待とうとした。

 だが同じく映画館の前で待っている人間に「ヒューマノイドはどっか行け」と追い払われてしまった。

 反論する気にもならなかったリベリオは大人しく映画館から離れた。


 シックスを探してここまで来たが、肝心のシックスがいない。

 手がかりは、この紙切れ一枚。

 そもそも、この紙はシックスが書いたのだろうか。


 もしシックスではなかったら?

 今も瓦礫の下で助けを呼んでいるのではないか?


 急に不安が込み上げてきたリベリオは立ち上がろうとした。


「はい」


 目の前に少女がいた。串の焼き物を頬張っていた子供のうちの一人だ。

 手に持っている串をリベリオに差し出している。


「これは?」


 少女の意図がわからなったリベリオは困惑しながら問いかけた。


「お兄ちゃん、ずっと私達のこと見てたでしょ?」


 少女の質問にリベリオは血の気が引いた。

 立ち話をしていた親御さんに目を向ける。手で口元を隠しながら何やら話していた。


「えっと、その……」


 リベリオは焦りながら口にした。なんと弁解したらいいのか。そもそも弁解する必要はあるのだろうか。言葉を探す。


 リベリオの思考を遮って少女が口にする。


「――だから、食べたいのかなって」


 少女の純粋な笑顔。差し出された串。


「あ、ありがとう」


 リベリオは戸惑いながらも受け取った。香ばしい匂いがリベリオの鼻孔を刺激する。

 研究所を出てから何も食べていないということに、リベリオは今更ながら気が付いた。

 ぐぅ、とお腹が鳴った。


 リベリオは齧りつく。

 少女は満足気な顔でリベリオの隣に座った。


「お兄ちゃん」


 少女の呼びかけに、リベリオはもぐもぐと口を動かしながら反応した。


「これって、わかちあう、って言う?」


 リベリオは首を傾げた。

 突然少女が質問してきた意味も、理由も、わからなかった。


「わかちあうと、楽しいことはもっと楽しくなって、悲しいことは悲しくなくなるんだって」


 分かち合うという具体的な経験したことが無かったリベリオは、すぐに理解できなかった。


「そう……なのかな?」


 曖昧に頷く。

 悲しいことは増える気がするけど、とは口に出さなかった。


「そうなんだと思う。だって、お兄ちゃんが美味しそうに食べてるところ見たら、なんだか私まで嬉しくなっちゃったから」


 そう言って笑う少女。


 少女は短い足をぷらぷらとさせ、勢いのまま立ち上がり、リベリオのことをじっと見つめた。

 大人びた雰囲気の少女に、リベリオはほんの少しだけ、どぎまぎした。


「お兄ちゃん、あのお兄ちゃんに、見た目だけは、そっくりだね」

「あのお兄ちゃん?」

「あのお兄ちゃんも同じ色の髪と目だったよ」

「それってもしかしてシックスのこと!?」


 リベリオは思わず少女の肩を掴みそうになった。

 その小さな肩を視界に入れたリベリオは、自制心を働かせる。


「名前はわからないけど……」


 リベリオの勢いに、少女は困っているようだった。

 リベリオは自らを落ち着かせるために深呼吸をする。


「どこにいた? どっちに行った?」


 なるべく冷静に質問した。


 少女は困惑した様子で、その小さな手で、指差した。


 最初は、一人の男性だった。


 何かから逃げるように走ってくる。

 それがぽつり、ぽつりと増え始める。


 男性も、女性も、大人も、子供も、人間も、ヒューマノイドも、関係ない。

 全員が同じように駆けてくる。


 男性が叫んだ。


「逃げろ! ヒューマノイドが暴れてる!」




 一言で言い表すならそれは、濁流、だった。


 東側。

 商店街の方から、人間が、ヒューマノイドが、押し寄せる。


 平穏だったはずの広場があっという間に濁流に飲み込まれた。


 バッジを付けた男性が汗を拭いながら、必死の形相で駆けてくる。走ることに夢中で周囲が見えていない様子だった。

 前方には、先ほど少女と一緒にいた少年。


「危ない!」


 リベリオは咄嗟に声を上げた。

 届かない。


 まるでサッカーボールのように、少年は蹴とばされた。手に持っていた串が飛んで行った。


 男性は一瞬立ち止り、申し訳なさそうな顔をしたが、またすぐに走っていった。


 少年はふらふらと立ち上がる。健気にも泣くのを我慢しているようだった。

 だが手に串がないことに気が付き、遠くに落ちていた串に目をやって、泣いた。


 リベリオは駆け寄ろうとした。

 しかしすぐに、それは必要ないことだと気が付く。


 母親と思われる女性が少年の傍へと駆け寄った。涙を拭い、抱きかかえる。

 そのまま走っていく。


 その光景にリベリオは安堵するとともに、少女に声をかける。


「君も早く逃げないと! お母さんは!?」


 少女はその場で立ち尽くしていた。


「私、お母さん、いないの」

「え?」

「私、ヒューマノイドだから、お母さん、いないの」


 確かに、バッジは、無かった。


 リベリオは、少女の、手を握る。


「大丈夫。僕がいるから」


 リベリオは震えそうな声を無理やり押し込んで、力強く言った。

 少女がリベリオの手をぎゅっと握り返してくる。

 リベリオは優しく微笑んだ。


 とはいえ、リベリオはどうしようか迷った。

 格好つけた手前、弱気なところは見せられない。


 目の前には逃げ惑う人々。

 阿鼻叫喚の嵐。


 この騒ぎの中、この子を無事に逃がすことなど自分にできるだろうか。

 言い訳にも似た不安がリベリオを責め立てる。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 少女が心配そうな目で、リベリオのことを見ていた。


「大丈夫だよ」


 リベリオはできるだけ笑顔で答えた。


「大丈夫じゃないよ。だって、手、震えてる」


 自らの情けなさに、リベリオは思わず笑ってしまった。


 ーーこんなに小さな少女に心配されている僕って一体。


 リベリオはもう一度、大丈夫だよと声に出そうとした。


 だがそれよりも先に、輝きが目に入った。

 お母さんに抱かれていたはずの少年が、その小さな身体で、濁流をかき分けながら戻ってくる。


「一緒に逃げよう」


 少女に手を差し伸べた。


 少女はリベリオを見つめてくる。

 リベリオに向けられたその小さな瞳には、心配という二文字がありありと見て取れた。


 リベリオは苦笑いを浮かべる。大丈夫だよと頷く。


 少女はリベリオの手を放し、少年の手を握った。

 二人一緒に走っていく。


 少女の成長は早いなと呑気な感想を抱いたところで、リベリオは思考を切り替える。


 少女が指差した方向。濁流の源流。


 ーーこの先にシックスが。


 同時にマルクスの言葉が思い出される。

 マルクスはこれから商店街でパーティーが始まると言ってた。


 ――パーティーってこのことなのか? だとすればマルクスさんが元凶? もしそうなら、僕は、事前に知っていたことになる……?


 リベリオは冷汗をかいた。

 自分のせいではないかという傲慢が顔を見せる。

 あの時のふざけた会話から、こんな事態を予測することなど不可能だ。

 だがそれでも、無理やりにでもパーティーの内容を聞いていれば、と後悔の念に苛まれる。

 足が竦む。


 ーーこのまま見過ごしちゃいけないんだ。会わなきゃいけないんだ。


 頭を振った。


 ーーいや、いけないんじゃない。僕がそれを望んでいるんだ。


 リベリオは友の元へと向かう。


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