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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
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イノルグ④

 ヒューマノイド市場を独占したプレーリードッグ社は、国内で絶大な権力を保持していた。

 全ての道はプレーリードッグ社へ通ず、ということわざが出来るほどに。

 いやことわざではなく、文字通り、通じているのだ。


 第一都市は、城のような形のプレーリードッグ社を中心として作られており、立体的に入り組んだ道はすべてそこに繋がっていた。


 バイクに乗りながら、イノルグは、我が物顔で聳え立つプレーリードッグ社を見上げた。

 巨大なその建物は、むしろ、自信のなさを主張しているようにイノルグには見えた。


 ーー俺の愛は誰にも止められない。


 イノルグはバイクを走らせた。




 プレーリードッグ本社の入り口には、厳重という言葉が可愛らしく聞こえるほどに、大量の警察車両が止まっていた。


 再び飛び越えることも頭の中によぎったが、この数ではさすがに飛び越えることはできない、とイノルグは考えを改める。

 バイクから降りる。


 同時にクマミチが警察車両から降りてきた。

 幹線道路の入り口で衝突したのは、クマミチの車ではなかったのだろうか。


「遅かったな」


 クマミチはイノルグを小ばかにしたように言った。


「随分と盛大な歓迎で」

「いや、これはたまたまだ。お前のために用意したわけじゃない」

「負けず嫌いだな、あんた」


 イノルグは嫌味を口にしたものの、内心焦っていた。

 ソフィアともう会えないのではないか。

 早くソフィアに会いたい。


「ヒューマノイドを連れてきてやった」


 イノルグの心の願いに応えるかのように、クマミチが言った。


 警察車両から、ソフィアが一人で、出てきた。

 手錠も何もついていない。


「ソフィア!」


 イノルグは叫んだ。

 会えた。ようやく会えた。待ちに待ったソフィアだ。

 見たところ怪我もない。

 今朝と何一つ、変わっていない。


「ソフィア! 一緒に帰ろう!」


 イノルグは胸を弾ませた。


「出来ません」


 ソフィアは無表情のまま、イノルグを拒絶した。


「大丈夫だよ、ソフィア。俺は怒ってない。バッジを盗んだことだって、もう、どうでもいいんだ。ソフィアさえ戻ってきてくれればそれでいいんだ」


 イノルグは声色を優しくして言った。


「私はもう、あなたの元へは戻れません」


 ソフィアは口だけを、皺を作らずに動かした。


「もしかして国外に行こうとしたことで警察に何か言われてるんだね? それだったら安心して。俺が何とかするから。ソフィアだって知ってるだろう? 俺の父親はこの国の大臣なんだ。だからそんなことどうにだって――」

「これは私の意思です」


 ソフィアはイノルグの言葉を途中で遮って言った。


 何を言ってるんだ、とイノルグは思った。


「意思? 意思なんて、ヒューマノイドには無いだろう?」


 ソフィアの頬がピクリと動いた。


「私は、あなたの元に戻るくらいなら、処分されることを望みます」


 イノルグがどんなに言葉を投げかけても、ソフィアは拒絶してくる。

 こんなことは初めてだ。

 明らかに、いつものソフィアではない。


「クマミチ! ソフィアに何かしただろ!」


 イノルグはクマミチに鋭い視線を飛ばす。


「いいや、何も。これは彼女の意思だ」


 クマミチは興味深いといった表情でタバコをふかしていた。


「ソフィア……俺の何がダメだって言うんだい。教えてくれよ」


 ソフィアは口を開かなかった。


「そうだソフィア! これも持ってきたんだだよ! ソフィアの為に、頑張ってお金を貯めて買ったんだ!」


 イノルグはポケットから箱を取出した。開ける。

 本来であれば、こんなシチュエーションでする予定ではなかった。

 あのレストランで行う予定だった。


「結婚しようソフィア!」


 イノルグは指輪をソフィアに見せつけた。

 ソフィアの顔が綻ぶのを、イノルグは想像した。

 綻び、ソフィアがうきうきとした様子で近づいてきて、指輪をはめる。


 イノルグの中では、そうなる予定だった。


「あなたと結婚すること、それが私の『義務』ですか?」


 ソフィアの顔は相変わらず無表情のままだった。


「『義務』なんかじゃないよ」

「では一体、何なのでしょうか」

「ソフィアは俺のことを愛してくれただろ? それだよ。行動で示してくれたじゃないか。ヒューマノイドとして、俺を愛して、行動してくれたじゃないか」


 イノルグは必死にソフィアを説得しようとした。


「私には、愛と『義務』の違いが、わかりません」


 ソフィアの声はどこまでも平坦だった。


「ソフィア、難しく考えなくていいんだよ。ありのままのソフィアでいいんだ。そうだ、ソフィア。何か欲しい物はある? なんでも買ってあげるよ。愛さえあればなんでも買えるんだ」


 実際、両親の助けを借りなければ買えなかった指輪も、愛の力で買うことができた。


 ソフィアの瞬きの回数が増えた。

 何か欲しいものがあるようだ。


「ほら、言ってごらん」


 イノルグはゆっくりと促す。


 ソフィアはその小さな口を動かす。


「私は……私は、人間に、なりたいです。人間になって、感情を知りたいです」


 ソフィアの発言に、タバコを吸っていたクマミチが目を見開いた。


 イノルグは安心した。

 ソフィアは自分を嫌っていたわけではなかったのだ。

 人間になりたいから、という理由でイノルグからバッジを奪っただけなのだ。

 イノルグから逃げたわけではなかったのだ。


「そんなこと。それなら父さんに頼んでバッジを用意してもらうよ。だから結婚して――」

「あなたの元へは戻れません」

「どうして!」


 ーーどうして俺の愛を理解してくれないんだ。


「……もういい。もういいよソフィア。一緒に帰ろう」

「帰りません」

「ほら」


 イノルグは手を差し伸べた。


「帰りません」

「いいから」


 イノルグは僅かに怒りを滲ませた。


「帰りません。帰りたく、ありません」

「帰るって言ってるだろ! お前は俺に従ってればいいんだ!」


 イノルグは声を荒げた。

 ソフィアの身体がビクリと動いた。


 ソフィアは無表情のまま、瞳から涙を流していた。


「ごめん、ごめんよソフィア。怖がらせるつもりはなかったんだ」


 イノルグは心の底から、優しく口にした。


「もうわかっただろ」


 呆れた様子のクマミチが言った。


「お前には話してない!」


 イノルグはクマミチの言葉をかき消す。


「ソフィア。帰ろう。帰るんだ」


 イノルグは無理矢理ソフィアの手を掴もうとして――掴めなかった。


 閃光が辺りを包んだ。

 何かもが白に塗りつぶされる。


 目を覚ました時には、イノルグは病院のベッドで寝ていた。


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