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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
27/34

リベリオg

 


 螺旋階段を下りる。

 外の、太陽の光を拒むように、階段は暗かった。その代わりとばかりに、足元には間接照明がつけられている。


「ここには何をしにきたんだい?」


 前を歩くマルクスに、リベリオは問いかけられた。


「……その、友達に会いに」


 リベリオは頭の後ろを掻いた。


「へえ、友達に」


 マルクスの声のトーンが数段上がった。


「その友達は今どこにいるんだい?」


「えっと……」とリベリオは言葉を彷徨わせ「恐らく、映画館に」と呟いた。


 マルクスは「ああ」と手を叩いた。


「約束してたわけではなくて、でもきっと映画館にいるはずで、それで――」

「皆まで言わなくても大丈夫。つまり君は、友を、愛する()()()()()()()を追ってここまで来たと」

「愛しているっていう訳ではないですけど――」

「愛するヒューマノイドを失った君は、そのヒューマノイドに会うために、ボロボロになりながらもここまで来た。そういうことなんだね」


 嬉々として話すマルクスを見たリベリオは「もう、それでいいです」と力なく笑った。


「最近そういう話が多いんだよ。まあ彼の場合は愛するヒューマノイドが殺され、その復讐のために来たんだけど。そしてその愛するヒューマノイドは実は生きていて、目の前で死ぬっていうとっておきのサプライズを用意してるんだけど」

「……あの、一体なんの話をしているんです?」

「ごめんごめん。こっちの話。気にしないで」


 はしゃいだ様子のマルクスは、階段を1段飛ばしで下りていく。


「マルクスさん、危ないですよ」


 リベリオが声をかけると、マルクスは階段を2段、大きく飛び越えて着地した。


「初めて名前を呼んでくれたね。今日はリベリオ君がマルクスという名前を呼んでくれた記念日にしよう。そうしよう」


 マルクスは顎ーー電子レンジの下の部分に手を当てた。電子レンジと黒の手袋が擦れて、ぎゅっ、と音が鳴った。


「そうだ。記念日には、やっぱりパーティーをしないと」

「こんな些細なことでしてたら毎日がパーティーになりますよ」

「毎日パーティー? 毎日パーティーパーティー?」


 マルクスは期待したように見上げてきた。


「……毎日パーティーパーティーパーティー」


 リベリオの返しに、マルクスは満足げに頷いた。


「と、いうことで君には特等席を用意してあげよう」

「どういうことですか。何のですか」

「毎日パーティーパーティーパーティーパーティーのだよ」

「もう一生分のパーティーを聞いた気がします」

「まだ後1,082回足りないよ」

「そこは切りよく1,000回じゃダメなんですか?」

「ダメだね。数字は嘘をつかないし、数字に嘘をついてはいけないんだ」

「マルクスさんは嘘をつくのに?」

「愛も嘘をつくから問題ない」


 マルクス発言の意味をリベリオが考えていると、マルクスは再び階段を下り始めた。


 リベリオも目を回しながら下へ下へと進む。


 進むにつれて足元の照明は数を減らした。それに比例したように、マルクスも話さなくなった。


 光は消え去り、闇が現れた。


 世界には自分しかいないのではないか。


 カツ、カツ、カツ。コツ、コツ、コツ。


 足音だけがリベリオを支える。


 一番下、扉の隙間から赤が漏れている。


 リベリオは目を細める。

 そのまま、マルクスへと視線を投げた。


 電子レンジの中の目も細くなっているのだろうか。それとも、目、そのものが無いのだろうか。もしお礼を言うことがあったらどこを見て言えばいいのだろうか。


 見上げなければならないほどの大きな扉が開いた。

 リベリオの視線と疑問は、赤によって奪われる。


 青い空も、白い雲も、広大な緑の田畑も、大胆に咲く黄色の花も、花の脇を流れる無色の川も、道に沢山散らばっている灰色の砂利も、赤によって奪われている。


 夕日の赤がすべての色を飲み込もうとしている、ようにリベリオには見えた。


「マルクスさん」


 前を歩くマルクスにリベリオは声をかけた。草花の香り立つ暖かな風に乗せる。


「なんだい?」

「あの夕日って本当に人工的に作られているんですか?」

「さあ?」

「さあって……」


 適当な人だな、とリベリオは内心毒づいた。

 リベリオの心の内を見透かしたように、マルクスが言う。


「人工的かどうか、なんて聞いてどうするんだい? 仮にあれは人工的じゃないよ、本物だよ、と言ったら君は信じるのかい?」

「それは……」

「本物だと思う人にとっては本物だし、偽物だと思う人には偽物なんだよ。ここに住む人にとっては――ここの生活が長ければ長くなるほど――あの夕日こそが本物になるんだよ。その人にとって偽物が本物になるんだよ。君みたいにね」

「僕みたいに?」


 結局はさ、とマルクスは前を向いたまま、両手と、電子レンジの扉を開いた。影が大きくなる。


「結局は、主観の世界に生きてるんだよ。偽物も本物になるし、嘘も真実になる。他人なんて関係ない。自分がどう思うか、が全てなんだよ」

「……それは、少し、違う気がします」


 リベリオは震える声で口にした。


 電子レンジの扉が閉じられ、リベリオに向けられる。


「違う? 違うって何が? 間違ったことを言ったかな? どこが間違っていたかな? もし間違えていたなら教えてほしいな」


 教えてほしいという割には、全てを跳ね返そうとする意志が、言葉には乗っていた。


 その迫力にリベリオは後ずさりしそうになった。だが足に力を籠め、前に進み、マルクスを追い越す。


「えっと、その……他人なんて関係ない、なんてことはないと思います。他の人がいないと、そもそも、世界そのものが存在しなくなる。僕たちはみんな、どうしようもないほどに、繋がりを求めているから。他の人がいないなんてそれは、そんなのは、世界じゃないのかなって。世界は輝かないのかなって」


 リベリオは夕日で頬を赤く染めながら、鼻を掻いた。


「他人に否定されても? 自分という存在を否定されても? 繋がりは自分よりも優先されるのかな?」


 マルクスは激しく、自らの、電子レンジの頭を、叩いた。硬く鈍い音が、自然の柔らかな音と混ざった。


「繋がりを優先させた結果が君じゃないのかい?」


 ガラス扉に映った、燃えるような夕日が、目、のようにリベリオには見えた。


「僕のことを、僕の過去を、何か知っているんですか?」


 マルクスは砂利道をザクザクと踏みつけるように歩き、再びリベリオの前に立った。身体が影で覆われる。


「君は本当に、何も知らないんだね」


 マルクスは転がっていた大きめの石を蹴り飛ばした。蹴られた石は、水しぶきをあげて川に落ちた。

 その音をかき消すように、遠くから、レールの上を走る電車の傲慢な音が、リベリオの耳に届いた。


「そのうち君も色々知るようになるよ。そのための毎日パーティーパーティーパーティーパーティーパーティーを用意したんだから」

「……あの、それ、もう大丈夫です」

「酷いな」


 マルクスが苦笑したように扉を少しだけ開けた。


「そのパーティーっていうのは何ですか?」

「行けばわかるよ」

「どこにですか」

「ちょっと待って。今確認するよ」


 マルクスは頭の中を光らせた。


「ああ。今は商店街みたいだね。なるべく商店街にとどまっておくように伝えておくから」

「誰にですか」

「それは秘密だよ。でも君が心の底から会いたいと思っている()()のはずだよ」

「それって――」

「おっと。これ以上は話せない。結末のわかりきった映画なんて面白くないだろう?」

「結末から始まる映画もありますよ」

「それは――確かに」



 マルクスとリベリオは閑散とした駅に着いた。

 駅には駅員すらおらず、並んでいたカップルもいなかった。


 いたのは、あったのは、真新しい車両に、上から無理やり錆をつけたような電車だけだった。


 リベリオは電車に乗り込む。

 マルクスは外で立ったままだった。


「乗らないんですか?」

「先に行ってておくれ。主役は遅れて登場するものだからね」

「マルクスさんがパーティーの主役なんですか?」

「いいや違う。主役は……そうだな、あれかな」


 マルクスはそう言って夕日を指差した。手を挙げたとき、黒のスーツはまるでそう命じられたかのように、袖の下を見せなかった。


「夕日が主役、なんですか?」

「愛、だよ」

「愛、ですか?」

「君はそうだね、今回は脇役かな」

「はあ。なんだか不思議なパーティーですね」

「パーティーとは元来そういうものだからね」


 マルクスはリベリオを電車へと押し込み「ブブケラ!」と手を振った。


 どこの国の言葉だろうとリベリオは疑問に思い、後でオメンタムで検索したが、何も引っかからなかった。

 つくづく適当な人、のようだ。

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