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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
26/34

リベリオf

 先頭が見えてきた。

 あと数分もしないうちにノスタルジアに入ることが出来そうだ。


 もうすぐでシックスに会える、とリベリオが期待して待っていると、警備員が近寄ってきた。胸にはバッジが付いている。


「お前ヒューマノイドだな? 主人はどうした?」


 その声には侮蔑の色が混ざっていた。


「ここはヒューマノイド一人では入れない」


 警備員の言葉に、リベリオは笑うしかなかった。

 ヒューマノイドだというだけで、バッジが無いというだけで。


「僕は人間です。入れてください」


 夜通し歩き続け、汗をかきながら何時間も太陽の下で待ち続け、もうすぐだ、というところで止められたリベリオは、声を少しだけ荒げた。


「何言ってんだバッジも無いくせに」

「バッジは、今は持ってないだけで」


 何度目かの言い訳を言う。

 警備員は訝しむような視線を向けてきた。


「……百歩譲ってお前が人間だとして、だ。金はあるのか?」


 警備員は見透かしたように言った。


「……ない、です、けどここに行かなきゃいけないんです」


 シックスに会わなければならない。

 シックスと一緒に、本物の映画を観るんだ。


 リベリオの気持ちを嘲笑うかのように、警備員は鼻を鳴らした。


「お前が行かなきゃいけない場所はスクラップ工場だ。さっさといけ!」


 警備員の大声に反応した前のカップルが振り返った。

 コソコソと話す。


「え、なんでこんなところにヒューマノイドが一人で並んでるの。気が付かなかった」

「主人はどうしたんだろう?」

「怖いからあんまり近寄らないでほしい」

「そんなに怖がらなくてもいいと思うけど。でも、確かにちょっと不気味だね」


 警備員の言葉よりも、二人の会話が、リベリオに突き刺さった。


 ーーここでも、だ。この世界に僕の居場所はないんだ。


 心までもが疲れ果てたリベリオは思わず座り込みそうになった。


「だめだよ。差別なんかしちゃ」


 その声は、軽かった。

 差別なんかしてはいけないといいつつ、差別することを容認しているような、ただの建前で言っているようにしか、リベリオには聞こえなかった。


 リベリオは顔を上げた。そこには、電子レンジがあった。電子レンジから身体が生えていて、いや、身体に電子レンジがついているのか、とにかく、頭の部分は人間でもヒューマノイドでもなく、電子レンジだった。

 細身の身体を全身黒のスーツで包み込み、胸にはピエロのバッジがついている。


 その黒のスーツはクマミチと似ていた。

 リベリオに緊張が走った。


「マルクスさん!」


 警備員は顔を強張らせ、綺麗な敬礼をした。背筋までピンと伸びていた。

 先ほどまで侮蔑の色が混ざっていたその声は、尊敬の念一色に変わっていた。


 マルクスと呼ばれた電子レンジ男は、どこからか声を発する。


「人間とヒューマノイドなんてものはね、僕からすればどっちも同じなんだよ。胴体に頭が付いていればそれはもう、そういう生き物なのさ。え? 僕に頭はついてないって? 失礼な。これもちゃんとした頭だよ」


 マルクスは角張った頭を包み込むように撫でた。


「私は何も……」


 警備員が否定しようとしたところで、マルクスは手袋をつけた人差し指を立て、左右に揺らしながら「ちっちっち」と口にした。


「言わなくてもわかることは言わなくていい。それに、どうせ君の話なんか誰も聞いちゃいないさ」


 警備員の眉が歪んだ。腹芸が得意ではないらしい。


「まあまあ、そんなに怒らないで。誰も君の話を聞いていないってことは、君は好きなことを言ってもいいってことなんだよ」


 マルクスの言葉に、リベリオは首を傾げた。

 ついさっき差別してはいけないと言ったばかりではなかったか。やはり建前だったのだろうか。


 リベリオの頭の中の疑問に反応したように、マルクスはリベリオのほうへと首を回転させ、その黒いガラス扉をリベリオの目の前まで押し付けてきた。


「僕は今、矛盾したことを言ったけれど、君の中に残ったのは一体どれだろう。君はどの言葉を選んで、どの言葉を捨てだんだろう。取捨選択した結果が今の君を形成しているのならば、君という存在はまさに言葉そのものと言っても過言ではない。そう、思うだろう?」


 リベリオは電子レンジのガラスに映る自分を見つめた。


 手入れされていない灰色の髪は毛先が散らばり、充血した瞳に活力は無い。鼻の下の人中に薄っすらと汗をかき、カサカサに乾いた唇は半開きになっていた。


 自分は一体、何者なのだろう。


「この子は人間だよ。僕が保証する」


 マルクスがリベリオの肩を叩いた。


「え?」


 リベリオは自分でも気が付かないうちに声を上げていた。警備員よりも誰よりも、リベリオ自身が、人間だと認められたことに驚いた。


「え? って君、人間じゃないのかい?」

「あ、いや、確かに人間です。その……バッジが無ければ、人間だと認められないと思って」

「人間か人間じゃないか。それは一体誰が決めるんだい?」


 つい最近言われた。

 研究所を脱出するとき、サクラにも言われた。


「……自分自身?」

「さあ。どうだろう」


 ただ一つ言えるのは、とマルクスは続ける。


「僕の言葉を信用してはいけない。僕は嘘つきなんだ」


 マルクスが、その電子レンジの頭の中でウインクをした、ようにリベリオには見えた。


「この子を通してほしい。お金は僕が払うよ」


 マルクスが警備員に言った。


「困りますよマルクスさん。いくらあなたとはいえ、こんな小汚いヒューマ……いえ、身元の良くわからない男を通すことなんてできま――」

「実に素晴らしい。君は合格だ」


 マルクスは黒の手袋をしたまま、警備員に握手を求めた。

 警備員は、なにがなんだかわからない、といった様子でその細い手を見つめる。


「合格? 何の話です?」

「これはテストだったんだよ。君の勤務態度を確認するための。抜き打ちテストで今まで何人か行ってきたが、君は今までで一番の対応だ。これからも励みたまえ」


 マルクスはそういって無理やり警備員の手を握った。

 握った瞬間、警備員の目が見開かれた。


 警備員はすぐに手を離さなかった。中にある感触を確かめているようだ。


 マルクスは手をぶんぶんとふり、「さあ、過去に囚われに行こう」と言ってリベリオを連れた。


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