リベリオf
先頭が見えてきた。
あと数分もしないうちにノスタルジアに入ることが出来そうだ。
もうすぐでシックスに会える、とリベリオが期待して待っていると、警備員が近寄ってきた。胸にはバッジが付いている。
「お前ヒューマノイドだな? 主人はどうした?」
その声には侮蔑の色が混ざっていた。
「ここはヒューマノイド一人では入れない」
警備員の言葉に、リベリオは笑うしかなかった。
ヒューマノイドだというだけで、バッジが無いというだけで。
「僕は人間です。入れてください」
夜通し歩き続け、汗をかきながら何時間も太陽の下で待ち続け、もうすぐだ、というところで止められたリベリオは、声を少しだけ荒げた。
「何言ってんだバッジも無いくせに」
「バッジは、今は持ってないだけで」
何度目かの言い訳を言う。
警備員は訝しむような視線を向けてきた。
「……百歩譲ってお前が人間だとして、だ。金はあるのか?」
警備員は見透かしたように言った。
「……ない、です、けどここに行かなきゃいけないんです」
シックスに会わなければならない。
シックスと一緒に、本物の映画を観るんだ。
リベリオの気持ちを嘲笑うかのように、警備員は鼻を鳴らした。
「お前が行かなきゃいけない場所はスクラップ工場だ。さっさといけ!」
警備員の大声に反応した前のカップルが振り返った。
コソコソと話す。
「え、なんでこんなところにヒューマノイドが一人で並んでるの。気が付かなかった」
「主人はどうしたんだろう?」
「怖いからあんまり近寄らないでほしい」
「そんなに怖がらなくてもいいと思うけど。でも、確かにちょっと不気味だね」
警備員の言葉よりも、二人の会話が、リベリオに突き刺さった。
ーーここでも、だ。この世界に僕の居場所はないんだ。
心までもが疲れ果てたリベリオは思わず座り込みそうになった。
「だめだよ。差別なんかしちゃ」
その声は、軽かった。
差別なんかしてはいけないといいつつ、差別することを容認しているような、ただの建前で言っているようにしか、リベリオには聞こえなかった。
リベリオは顔を上げた。そこには、電子レンジがあった。電子レンジから身体が生えていて、いや、身体に電子レンジがついているのか、とにかく、頭の部分は人間でもヒューマノイドでもなく、電子レンジだった。
細身の身体を全身黒のスーツで包み込み、胸にはピエロのバッジがついている。
その黒のスーツはクマミチと似ていた。
リベリオに緊張が走った。
「マルクスさん!」
警備員は顔を強張らせ、綺麗な敬礼をした。背筋までピンと伸びていた。
先ほどまで侮蔑の色が混ざっていたその声は、尊敬の念一色に変わっていた。
マルクスと呼ばれた電子レンジ男は、どこからか声を発する。
「人間とヒューマノイドなんてものはね、僕からすればどっちも同じなんだよ。胴体に頭が付いていればそれはもう、そういう生き物なのさ。え? 僕に頭はついてないって? 失礼な。これもちゃんとした頭だよ」
マルクスは角張った頭を包み込むように撫でた。
「私は何も……」
警備員が否定しようとしたところで、マルクスは手袋をつけた人差し指を立て、左右に揺らしながら「ちっちっち」と口にした。
「言わなくてもわかることは言わなくていい。それに、どうせ君の話なんか誰も聞いちゃいないさ」
警備員の眉が歪んだ。腹芸が得意ではないらしい。
「まあまあ、そんなに怒らないで。誰も君の話を聞いていないってことは、君は好きなことを言ってもいいってことなんだよ」
マルクスの言葉に、リベリオは首を傾げた。
ついさっき差別してはいけないと言ったばかりではなかったか。やはり建前だったのだろうか。
リベリオの頭の中の疑問に反応したように、マルクスはリベリオのほうへと首を回転させ、その黒いガラス扉をリベリオの目の前まで押し付けてきた。
「僕は今、矛盾したことを言ったけれど、君の中に残ったのは一体どれだろう。君はどの言葉を選んで、どの言葉を捨てだんだろう。取捨選択した結果が今の君を形成しているのならば、君という存在はまさに言葉そのものと言っても過言ではない。そう、思うだろう?」
リベリオは電子レンジのガラスに映る自分を見つめた。
手入れされていない灰色の髪は毛先が散らばり、充血した瞳に活力は無い。鼻の下の人中に薄っすらと汗をかき、カサカサに乾いた唇は半開きになっていた。
自分は一体、何者なのだろう。
「この子は人間だよ。僕が保証する」
マルクスがリベリオの肩を叩いた。
「え?」
リベリオは自分でも気が付かないうちに声を上げていた。警備員よりも誰よりも、リベリオ自身が、人間だと認められたことに驚いた。
「え? って君、人間じゃないのかい?」
「あ、いや、確かに人間です。その……バッジが無ければ、人間だと認められないと思って」
「人間か人間じゃないか。それは一体誰が決めるんだい?」
つい最近言われた。
研究所を脱出するとき、サクラにも言われた。
「……自分自身?」
「さあ。どうだろう」
ただ一つ言えるのは、とマルクスは続ける。
「僕の言葉を信用してはいけない。僕は嘘つきなんだ」
マルクスが、その電子レンジの頭の中でウインクをした、ようにリベリオには見えた。
「この子を通してほしい。お金は僕が払うよ」
マルクスが警備員に言った。
「困りますよマルクスさん。いくらあなたとはいえ、こんな小汚いヒューマ……いえ、身元の良くわからない男を通すことなんてできま――」
「実に素晴らしい。君は合格だ」
マルクスは黒の手袋をしたまま、警備員に握手を求めた。
警備員は、なにがなんだかわからない、といった様子でその細い手を見つめる。
「合格? 何の話です?」
「これはテストだったんだよ。君の勤務態度を確認するための。抜き打ちテストで今まで何人か行ってきたが、君は今までで一番の対応だ。これからも励みたまえ」
マルクスはそういって無理やり警備員の手を握った。
握った瞬間、警備員の目が見開かれた。
警備員はすぐに手を離さなかった。中にある感触を確かめているようだ。
マルクスは手をぶんぶんとふり、「さあ、過去に囚われに行こう」と言ってリベリオを連れた。




