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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
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ソフィア3

 少女との楽しいひと時を過ごした後、ソフィアは再びノスタルジアの商店街を歩いていた。人通りが多いところならば何か情報が得られるのではないかと考えた。


 たちまち複数の視線を浴びる。


 だがソフィアは気にしなかった。

 人目を気にせず絵を描いていた少女。自分の好きなことをしていた少女。ソフィアも少女を見習って堂々と歩く。


「お嬢さん」


 ソフィアは最初、自分が声をかけられていたことに気付かなかった。


 商店街を歩いているのは人間ばかり。

 ヒューマノイドの自分にかけられるとすればそれは罵声のはずで、雑踏に紛れてしまうようなトーンの声はソフィアには向けられない。そう思い込んでいた。


「お嬢さんすよ、そこのお嬢さん」


 肩を叩かれる。

 ソフィアは身体を強ばらせた。鋭い視線で振り返る。


「そんなに警戒しないでほしいっす」

 優しげな笑いが混ざった声。


 ブロードと同じくらいの高さの身長。灰色の髪。上げられた前髪と作られた笑顔が、ソフィアには胡散臭く見えた。


「なんでしょう」

 ソフィアは警戒心をあらわにしながら問いかけた。


「映画観に行かないっすか?」

 さも当然のように男は口にした。


 ――映画……映画?


 脈絡のない質問、見知らぬ男からの突然の誘い。

 ソフィアの思考が停止する。


「ずっとここの映画館に行きたくて、ようやく辿り着いたっす。でも一人で入る勇気が出なくて。本当は二人で来るはずだったんすけどね」


 男は顔を背けた。夕日に陰る男の顔。


「せっかくチケットも2枚あるっすから、一緒に観に行かないっすか?」


 ヒューマノイドに声をかけるなんて変わり者もいるんだなとソフィアは関心した。


 だがソフィアの関心はそれだけで終わる。悠長に映画を観ている暇はない。犯人達の手がかりすら見つかっていないのだから。


 心の内に存在する、自分自身の監視の目が無ければあるいは――とソフィアは考えたが、性格上それはあり得ない。


 人目を気にしなくても自分の目は気にしてしまう。もし映画を観たとしても心ここに在らずで、男性にも映画にも失礼だ。


「ごめんなさい」

 ソフィアは丁寧に謝って歩き出した。


 少し遅れて「やっぱりヒューマノイドだから駄目なんすかね」という言葉がソフィアの耳に入った。


 ソフィアはぴたりと立ち止まる。


「どういう意味ですか?」

 ソフィアは強い語気で尋ねた。


「え? ヒューマノイドだから、人間と違うから観に行ってくれないのかなって……」


 ――人間と違う。


 男の言葉はソフィアの琴線に触れた。


「訂正してください。なんですかそれ。勝手に声を掛けておいて振り向かれなかったら侮辱ですか。程度が知れますねあなた」

 ソフィアは前傾姿勢で捲し立てた。


「ちょ、ちょっと待つっす。侮辱なんかしてないっすよ。ヒューマノイドとしてそれは仕方ないことっすから」

 男は後退りながら、困惑したような顔で手をあちこちに動かした。


 ――ヒューマノイドとして。

 ブロードの言葉がソフィアの頭の中で蘇る。


「仕方ない? 大体、人間とヒューマノイドの何が違うっていうんですか。見た目は何もかも同じなのに、何で差別されなきゃいけないんですか。違うのはバッジくらいですよ。お飾りのバッジだけ。何も想いが込められていない、空っぽの。あなたと同じ灰色の髪そっくりですね。自分という色がないあなたと。そんな恥ずかしい自己主張さっさとやめたらどうですか」

「俺、つけてないっすよ」

「つけてないつけてないって人間はすぐに――って、え?」

「だから、バッジつけてないっす。俺もヒューマノイドっすから」


 男は服の左胸の部分を引っ張ってみせた。たしかに、何も付いていない。


「でもさっき、ヒューマノイドだから駄目って……」


 ソフィアは言葉を詰まらせる。頭が混乱して口が回らない。


「あれは、俺がヒューマノイドだから一緒に観てくれないのかなって意味っす」

「そ、それならヒューマノイドとして仕方ないっていうのは……」

「同じっす。相手にしてくれなくてもそれは仕方ないっす。俺はヒューマノイドっすから」


 ああ、そういうことか、とソフィアは理解する。理解した途端、顔が熱くなっていく。勝手に早とちりしたうえに、罵倒までしてしまった。


 取り返しのつかないことをしてしまったような気がしてソフィアは狼狽える。いや、気がしているのでは無い。取り返しのつかないようなことをしてしまったのだ。なんと言えば良いのかわからない。いや、本当はわかっている。わかってはいるが、それは自分の非を認めたような気がして。いや、実際には自分に非があるのだが――。


 ソフィアの頭の中はショート寸前だった。


「面白い顔っすね」

 男は笑っていた。心底面白そうに笑っていた。


 誰のせいで思考の渦に嵌っていると思っているのか。


 そんな八つ当たりの嫌味すらもかき消す、人懐っこい笑み。子犬のようで思わず撫でたく――。


 ソフィアは自分の妄想を振り払った。


「ごめんなさい。軽率な発言でした」


 ソフィアは深く謝罪した。早とちりしたとはいえ、わざわざ罵倒する必要はなかった。それも、本人にはどうしようもできない、身体的な特徴を。


「謝らないで欲しいっす。俺はこの髪気に入ってるっす。尊敬する人と同じ色っすから」


 それを聞いたら尚更頭を上げられない。尊敬する人を侮辱された時の怒りは、ソフィアにも覚えがある。自分を侮辱された時の何倍も、何十倍も何百倍も、怒りが湧いてくる。


「ほんとう、大丈夫っすから。頭上げて欲しいっす」


 ソフィアは頭を上げない。それは自分への戒めでもあった。差別していた人間と同じ事をしてしまった自分に、二度としないよう誓いを立てる。


「しょうがないっすね。そんなに、謝りたいなら身体で払ってもらうしかないっす」


 可愛かった子犬が、下卑た笑みを浮かべる成犬になったのをソフィアは想像した。

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