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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
22/34

ソフィア2

 

 昔の街並みが再現された複合施設、その名もノスタルジア。施設内は24時間、365日、人口的に作られた夕日が照らす。


 建物も、人間も、そしてヒューマノイドも、全てが赤色に染まる世界。でこぼこで、雑然としていて、どこか醸し出すノスタルジックな雰囲気。


「本当にここにいるのでしょうか」

 ソフィアは独り言ちた。


 ニコに言われるがままノスタルジアに来たソフィア。

 バンビーナを連れ去った無精髭の男、そしてヒューマノイド研究所を爆破した犯人もここにいるとニコは自信満々に口にした。


 一体どこからその情報を仕入れたのか。そもそも、ニコもブロードも、何故バンビーナを連れ去った男と研究所を爆破した犯人が同一人物でないと知っているのか。


 ソフィアはニコを問い詰めた。だがニコは「なんとなくですぅ」としか答えなかった。


 ソフィアはニコの言葉通り泥舟に乗ったつもりでノスタルジアに来た。


「施設、というより街ですね」


 広大な敷地を有するノスタルジアに、ソフィアは乾いた笑みを浮かべる。


 どこかから記憶を引っ張ってきて、無理矢理繋げたように立ち並ぶ低層の建物。それらの建物は天井ーー空を押し上げる。どこまでも続くかのように見える赤い空。


 一周するのに一日以上かかるであろうこの広さで、どうやって見つけ出すのか。ヒントも何もない。泥舟どころか船ですらない。広大な海を身体ひとつで彷徨うソフィア。


 商店街にさしかかる。人通りが多い。


 観光に来ていると思われる学生グループ。食べ歩きをしているカップル。昔を思い出すわ、と写真を撮っている中年夫婦。そしてその中を一人歩いているヒューマノイドのソフィア。


 他のヒューマノイドも見かけるが大抵は商店で労働している、もしくは人間の後ろにくっついている。


 たった一人で歩いているヒューマノイドなどいない。すれ違う度、ソフィアは人間に視線を向けられる。それは好奇のものもあれば、嫌悪のものもあった。


 ヒューマノイドだからというだけで、バッジをつけていないというだけで、普通には生きられない。


 ソフィアは視線に疲れ、一本道をそれる。


 人間とヒューマノイドの何が違うというのか。バッジがあるかないか、ただそれだけなのに、ただそれだけが大きな壁となってソフィアの前に立ちはだかる。薄くて分厚い壁。透明なのに見通せない。


 ソフィアは石造の階段に腰掛けた。少女の姿が目に入る。


 少女はしゃがみ込み、固い土の地面にチョークで絵を描いていた。周りに友達はいない。たった一人。


 少し離れた空き地では子供達が走り回る。子供達はまだ声変わりしていない高い声で笑う。叫ぶ。少女のことなど気にもしない。


 道ゆく人々も、一瞬少女のことを見るだけで過ぎ去っていく。中には、少女の描いた絵を平気で踏みつけていく人間さえいた。


 だが少女はそんなことなど目もくれず、絵を描き続けていた。


「なんの絵を描いてるの?」


 ソフィアは自分でも気が付かないうちに少女に声をかけていた。


 少女はチラリとソフィアを見ただけで絵を描き続け、

「……お母さん」

 と消え入りそうな声で呟いた。


 ソフィアは絵に視線を移す。お母さんと思われる女性の絵。顔は空白で、料理を作っている。


「私も一緒に描いていい?」


 ソフィアの問いに少女はコクリと頷いた。

 二人は無言で絵を描く。地面で削れるチョークの音が二人の間を保つ。


 しばらく経った後、口を開いたのは少女の方だった。


「お姉ちゃん、絵下手っぴだね」


 少女は動かしていた手を止めていた。


 ソフィアは改めて自分の絵を眺める。たしかにお世辞にも、上手とは言えなかった。


「そう、ね……」

 ストレートな少女の言葉にソフィアは動揺しながら頷く。


「猫さん?」

 少女はソフィアの描いた絵を指さしながら聞いてきた。


「ううん。ライオンさん」

「なんでライオンさんなのにこんなに可愛いの」


 少女は無邪気に笑った。


「本当だ。思い描いていた人が、本当は可愛いからかな」

「おもいえがいていた人?」

「そう。ライオンみたいな人なの。怖い雰囲気をいつも出してて、近くにいるだけで緊張しちゃう」

「えー。そんなの嫌」


 少女は苦い野菜を食べた時のような表情を浮かべた。


「でもね、それは外にいる時だけ。それ以外の時は、本当は優しいんだよ」

「お姉さん、騙されやすいタイプなんだね」


 どこでそんな言葉を覚えたのか。少女の、ませた発言にソフィアは苦笑いを浮かべる。


「じゃあこれは?」

 少女が別の絵を指した。


 赤い炎。土が混ざっているせいか、黒ずんで見える。


「……わからない」

 ソフィアは答えた。無意識のうちに描いていた。


「なにそれ」

 少女は再び無邪気に笑う。


 ソフィアも少女に合わせるように笑った。頬が上手く動かなかった。


 ソフィアは胸を押さえた。

 自分でも気がつかないうちに描いていた炎の絵。得体の知れない何かに、ソフィアは恐怖を覚えた。


「ライオンさんがその火を食べてくれるといいね」

 少女は絵を描きながら、興味なさげに言った。


 そして続けて、

「だってライオンさんの首の周りの毛ってお日様なんでしょ?」

 と口にした。


 ソフィアはポカンと口を開けた後、クスリと笑った。


「そうだね。じゃあライオンさんにいっぱい食べてもらわなきゃ」

「わたしがいっぱい食べさせてあげる」


 そう言って少女はライオンの立髪を増やした。


 ソフィアは心が軽くなった気がした。



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