ストレイⅢ
机と椅子、ベット以外置かれていない殺風景な部屋。
捜査に集中するため、ストレイは不要な物は置かないようにしていた。
ベットには昨日ヒューマノイド研究所で倒れていた桜色の髪の女が寝ている。
――色気のある雰囲気にもならねえ。
女は、まるで赤子が母親の腕の中で眠るような、安心しきった表情だ。
「起きませんねぇ」
当たり前のようにストレイについてきたリコは、ベットの横で体育座りをしている。
「こいつが起きないと話が何も進まん。イノルグの野郎も居なくなってたしな」
「そこでリコちゃんの登場ですよぉ」
リコは立ち上がり、ストレイが座っている椅子に無理矢理腰掛けた。
「なんでわざわざこっちに座るんだ」
ストレイは顔を顰め、反対側の椅子に座る。
「乙女心偏差値、ストレイさんは40ですねぇ」
リコは不満そうに口にした。
「つまりこの灰色の髪の男が、犯人の可能性が高いと?」
ストレイはリコに問いかけた。
爆発した研究所に唯一残っていた防犯カメラ。そこに映る灰色の髪の男。爆発の影響か画像は荒く、顔まではわからない。
「そうですぅ。この男性が研究所から出てきた後に爆発が起きているんですぅ。どう見ても怪しいですよぉ」
「一体何の目的で?」
「さぁ? 私に聞かないでくださいよぉ。それを考えるのがストレイさんの仕事ですぅ」
「いや、お前の仕事でもあるんだが」
「私の仕事はストレイさんと一緒にいることですぅ」
「世界で一番難しい仕事だな」
「世界で一番簡単な仕事ですよぉ」
その自信は一体どこから湧いてくるのか。ストレイはこめかみを押さえた。
「それで、こいつは今どこにいる?」
「そんなに焦らないでくださいよぉ。今やりますからぁ」
癪に触る発言に、ストレイは押さえていた指の力を強めた。
「早くしてくれ」
リコは両手の人差し指を立て、こめかみに触れるか触れないかの辺りでぐるぐると回し始める。
ストレイは身体を引き、タバコに火をつけてリコを待った。
「リコちゃんず占ぁい。ビビッときたら百発百中。世界を繋ぐ天使の輪。過ち全てお見通し」
ふざけているようで、しかし頭の中は高速で動いているはずだ。その証拠にリコは目を閉じた。情報処理能力を上げていく。
これこそ、ストレイがリコと組んでいる大きな理由の一つだった。
リコはハッキングを得意としている。その技術は並はずれており、捜査を進めるのにこの上ないほど重宝する。
ストレイが今まで犯人を逮捕出来たのも、リコのお陰と言っても過言ではなかった。
それだけの能力がありながら、ストレイと組む前のリコはずっと逮捕率最下位だった。気分にムラがありすぎたのだ。
それをストレイがコントロールすることで、二人の逮捕率は警察内でもトップレベルを誇っていた。犯人を見つけることを得意とするリコと、どんな犯人も捕まえる身体能力を持つストレイ。
相性は最高だった。
しかしその対価として、ストレイは面倒な会話をしなければならない。それも、関係を迫ってくるセクシャルハラスメントチックな会話を。
――いや、愛人ハラスメント、略して愛ハラか?
ストレイがくだらない冗談を考えていると、リコは手の動きを止めた。
そして「イチニノサンで真理に近づくワンオーワン」と、いつもの言葉と共に目を開けた。
「わかったか」
ストレイは短く、しかし、期待を含んだ声で聞いた。リコに顔を近づける。
「もうストレイさんはせっかちですねぇ。そんなに私が好きなんですかぁ」
ストレイは客観的に自分の行動を省みて、リコからゆっくりと顔を離した。
「悪かったな」
ストレイはタバコを強く吸った。
「怒らないでくださいよぉ」
「怒ってない」
ストレイは煙を勢いよく吐き出した。
「怒ってますぅ」
「いいから早く教えろ」
ストレイは気恥ずかしさを隠そうとして語気を強めた。
「わかりましたよぉ」
リコは揶揄いを含んだ笑みを浮かべた。
「まずヒューマノイド研究所のリストの中でぇ、灰色の髪の人物は二人でしたぁ。その内の一人、リベリオ、という名前の人物が、犯人の可能性が高いですねぇ」
「根拠は?」
そこまでわかるものなのか、とストレイは関心したが口には出さなかった。
「研究所に収容された理由ですねぇ」
「収容された理由?」
「数年前に起きたプレーリードッグ本社爆破事件覚えてますかぁ?」
「ああ……覚えている。プレーリードッグ本社がまだ第一都市にあった頃、ヒューマノイドがプレーリードッグ社を爆発させたっていう」
当時大騒ぎになった事件。ヒューマノイドの製造を独占しているプレーリードッグ社が爆破されたとあって、マスコミは大々的に取り上げた。
まだリコと組んでいなかったストレイも捜査に駆り出された。結局、警察側で逮捕することはできなかったが。
「そうですぅ。その犯人として、リベリオは研究所に収容されたようですねぇ」
「その時から警察とプレーリードッグ社の癒着は始まってたんだな」
そうかもしれませんねぇ、とリコは興味なさげに口にした。
「話を戻しますぅ。今回の爆発も手口が似てるんですよぉ。あの時も中心部分だけが無くなっていましたがぁ、今回の爆発も同じように中心部分が無くなっていますぅ」
「99%、リベリオって野郎が犯人じゃねえか」
ストレイは灰皿の上に灰を落とした。
「ただ気になることがあるんですぅ」
「なんだ?」
「リベリオがヒューマノイドか人間かわからないんですぅ」
「ヒューマノイドか人間かわからない?」
ストレイは思わず聞き返した。バッジあれば人間、なければヒューマノイド。それだけのはずだ。
「他のヒューマノイドはリストにヒューマノイドと記載があるんですがぁ、リベリオだけ何も書かれていないんですぅ」
そんなことか、とストレイは興味を失った。
「担当した奴が忘れたんじゃないか」
「そんなミスするとは思えませんよぉ」
「実際に捕まえてバッジがあるか確認すればわかる。そもそもヒューマノイド研究所に収容されたんだからヒューマノイド以外あり得ない」
「そうですかねぇ」
リコは黄色の髪の毛を手でくるくると巻いた。
「そんなことより、そいつは今どこにいる」
早く捕まえなければならない。長引くとまた奥さんに怒られる。
「場所は――」
ストレイが出かける準備をしているとリコが声をかけてきた。
「そういえばこの子の名前知りたいですかぁ?」
その視線の先には、いまだにベッドで寝たままの桜色の髪の女がいた。
「ああ。それはそうだろ。まさかーー」
「実はさっき調べたときにわかったんですけどぉ、言うの忘れてましたぁ。テヘッ」
リコは舌を出した。
「そういう大事なことは早く言え。大体お前はいつもーー」
「ああもぅ。わかりましたぁ。説教モードは後にしてくださいよぉ」
「説教モードってお前なぁ。もういい。それでこいつの名前はなんて言うんだ?」
「バンビーナ、らしいですぅ」
ストレイから逃れたリコは、嬉しさそうな顔を隠さずに言った。
「……バンビーナ、ね」
ストレイが口にした瞬間、女が目を覚ました。




