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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
爆発と解放
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ソフィア1

 摩天楼が空を覆う。


 心をも照らす太陽は無機質な人工物によって遮られ、代わりに、感情を持たない光が昼の影を照らしていた。

 その摩天楼の(おさ)。頭ひとつ飛び抜けた菱形のビル。最上階。

 枠のない大きな窓は太陽の熱を奪い去り、神々しい光のみを取り込む。


「ソフィア」

 他者を従属させる鋭い声。


「はい」

 ソフィアは名前を呼ばれただけで意図を察する。


 無骨な鉄製のライターを使って、主人が咥えているタバコに火をつけた。本来であればライターなど使わなくても火をつけられるのだが、ソフィアはそうしなかった。


 タバコの紙はすぐさま灰へと変わる。吸うたびに、灰に囲まれた芯が赤く燃える。


 ーー抉り出された肉のよう。


 ソフィアは自分の手と、タバコを持つ主人の手を交互に見比べた。

 手、という概念は同じであっても、その中を流れる液体は違う。天然のーー何を持って天然というかは不明だがーー液体と、人工的に生み出された液体。赤で着色された液体は限りなく本物に似せて作られ、一見しただけで判断はつかない。


 それは身体という外枠も同じだ。人間とヒューマノイド、側から見れば区別することはできない。区別する方法があるとすれば、外枠のさらに外、人間に支給されるバッジだけ。


「常に勝つゲームほどつまらないものはない。そう思わないか? ソフィア」

 窓に広がるパノラマ景色を眺めながら主人は呟き、振り返る。

 

 ソフィアが見上げなければならないほどの身長、金髪金眼、そして左胸には金色のバッジ。その見た目も相まって、醸し出す雰囲気は他を寄せ付けない。


「はい。人間は不確実性を好みます。それを考えればブロード様の仰っていることに間違いありません」


 ソフィアは、主人――ブロードの問いを肯定する。

 淡々と、抑揚のない声。喋ることがむしろ不自然な程の端正な顔立ち。髪はショートカットで、色は瞳と同じ透き通る新緑の色。慎まやかな胸にバッジはついていない。


「それならソフィアはどうだ? 常に勝つことに喜びを感じるか?」

 全てを見透かすような金色の双眸がソフィアに向けられる。


「私にはそういった概念はありません」

 ソフィアは怯まずに答える。


「つまらん奴だ」

 ブロードが口角を下げた。


 タバコの煙がブロードから逃げるように天井へと向かう。ブロードは二、三回タバコを吸うと、まだ長いそれをソフィアに渡した。

 受け取ったソフィアは、手に持ったまま部屋の中央へと歩いていく。


 細長い透明なテーブル。その上に置かれたガラス製の灰皿。新品のように綺麗で、灰皿越しに光沢のある床を見通せる。


 ソフィアは丁寧にタバコの火を消した。灰皿に積もる白と黒の雪。


「点数」

 ブロードの口から単語が短く発せられた。


 ソフィアは振り返る。変わらず向けられたままの金色の瞳。意図が汲み取れなかったソフィアは、表情を僅かに歪ませる。


「この間96点を出したらしいな」

 単語を補強するようにブロードは続けた。


「はい」

 怒っているのか、それとも何気ない雑談なのか。ソフィアは返事をしながら読み取ろうとする。


「人間に、なりたいか?」

 ブロードの金色の眼。その輝きは太陽に勝るとも劣らない。


 ソフィアは返答に迷った。どう答えるのが正解か計りかねていた。


「本心で答えろ。私はお前が人間であろうと、ヒューマノイドであろうと、どうでもいい」

 ブロードの突き放すような言葉。


 だがその言葉は一番最初に触れたソフィアの耳を赤くし、すぐさま頬、全身へと伝播した。ソフィアの身体が熱くなる。

 種というもの超えてブロードに認められた。ソフィアは、そう受け取った。


「どうした?」


 何も答えないソフィアを不審に思ったのか、ブロードが近づいてくる。ブロードが一歩踏み出すと、ソフィアは小さく一歩後ろに下がる。憧れの人物を目の前にした少女のように。


「何故逃げる」


 逃げているわけではない。身体が勝手に動いてしまう。


 また一歩ブロードが近づいてくる。ソフィアは後ろに下がる。また一歩。

 お尻の辺りに何がぶつかった。透明なテーブル。これ以上下がれない。


 ブロードは獲物を狙うライオンのようにゆっくりと歩みを進め、そして、戸惑うソフィアを押し倒した。


 ソフィアの髪が力なくテーブルの上でふわりと広がる。


 ソフィアの顔を覗き込む金色の瞳と、そこに映し出された緑色の瞳。

 二つが混ざりあって金緑色を作り出す。

 タバコの匂い。ブロードの匂い。

 息が溶け合う。混ざり合う。


 二人の境目が無くなる直前。


「鬱陶しい」

 ブロードが身体を起こした。


 何事かとソフィアも上半身を起こす。ブロードは何かを手で払っていた。ソフィアは目を凝らす。


 蠅が、飛んでいた。太陽に照らされた()()()の蠅。


「こんな高層にもいるのか」

 ブロードは興が削がれたとでもいうように、ソフィアから離れていく。

 その姿を目で追いながらソフィアは姿勢良く立ち、髪を整えた。細い指がするりと髪の毛を通る。


「それで、答えは?」


 ソフィアから背を向けているブロード。神にも似た瞳は、もう見えない。

 ソフィアの中で結論は出ていた。ブロードにもっと近づきたい。人間に、近づきたい。


 ソフィアが意を決して口にしようとした瞬間、扉の解除音が鳴った。

 穏やかな湖の水面に細波が立つ。ソフィアはそれを理性によって鎮める。


「た、大変です」

 許可もなく入ってきた男。膝に手をつき、息を切らしている。


「何事ですか」

 ソフィアは男に問いかける。


「ば、ば……」

 男は単語にもならない音を発した。


 何を言っているのか。ソフィアは、はやる気持ちを抑え、男の言葉を待つ。


「爆破……」


 男の短い言葉は、たったそれだけでソフィアの水面を凍りつかせる。

 ソフィアは息を呑んだ。


「爆破……ヒューマノイド研究所が爆破されました」

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