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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
19/34

リベリオc

 リベリオの予想に反してクマミチは足が速かった。

 分厚い上半身を低くして走ってくる。

 その姿は、シックスと一緒に見た映画の、熊のようだった。


 リベリオは時々振り返っては距離を確認し、次第にその差が縮まっていることに対して恐怖した。


 こんなところで捕まっている暇はない。

 一秒でも早くシックスの元へ向かわなければ。


「すみません! 通してください!」


 リベリオは叫んだ。


 前方を歩く人間やヒューマノイドが、何事かと驚いた様子で立ち止まった。

 リベリオはその間を縫うように走り抜ける。


「警察だ! どけ!」


 リベリオは振り返る。

 先程とは全く別人になったようなクマミチが、人間やヒューマノイドを押しのけてどんどん近づいてきている。


 ーーまずいまずいまずいまずい!


 絡まりそうになる足を必死に動かす。

 脇道に入り、右へ左へジグザグに進む。


 無我夢中で走った。

 シックスのことだけを考えていた。


 気づけば、後ろから迫りくる足音は、聞こえなくなっていた。


 ーー撒けた?


 と安堵したのも束の間、リベリオは何かにぶつかった。


 跳ね返される。

 いくつもの小さな粒が地面に落ちた。バラバラと音が鳴った。


「ちゃんと前見て走れよこのトンチキ!」


 左側頭部の髪を編み込み、前髪を右側に垂らしている女の子が、リベリオに向かって怒鳴った。

 小柄ながら、その青色の大きな瞳には活力が漲っている。


 右手には透明な袋。中には茶色の小粒が大量に入っている。チョコレートだろうか。

 さっき落ちたのはこれか、とリベリオは理解した。


「すみません」


 クマミチが気がかりだったリベリオは、言いながら後ろを振り返ろうとして――無理やり正面へと首をひねられた。


 気だるそうな、生気のない目をした、ひょろながの男だった。

 目の下には濃いクマがあり、右側頭部の髪を刈り上げ、前髪を左側に垂らしている。

 左手には紙袋を抱えていた。


「そりゃお前、道理に合ってない。謝罪と礼は、相手の目を見て言うもんだろうが」


 男は不健康そうな青色の唇をゆっくりと動かした。


「……ご、ごめんなさい」


 突然目の前に男の顔が現れたリベリオは、飛び出そうな声を我慢して謝った。

 男は何を考えているのかわからない表情のまま頷き、リベリオから右手を離した。


「ちょっとリーズンお兄ちゃん! ぶつかられたのは私なんだけど!」


 男の後ろで女の子が不服そうに声を上げた。


 確かに、と男ーーリーズンが神妙な面持ちで頷いた。

 そのまま女の子の方へと、猫背の身体を向けて言う。


「ピュアダ、お前の言う通りだ。俺は今、意味のない謝罪を受けた。俺の中に、謝罪が余ってる状況だ。だから俺が代わりに、謝る」


 リーズンはその生気のない目で、女の子ーーピュアダのその活力漲る目を見て、

「ごめんなさい」

 と謝った。頭を下げる。伸ばしっぱなしの青色の後ろ髪が重力に引っ張られる。


「なんでお兄ちゃんが謝るの!」


 ピュアダは叫んだ。


 すみません、とリベリオは改めてピュアダの前に立ち、目を見て、

「改めて謝らせてください。本当にごめんなさい」

 と心から謝罪した。


「ふん! 謝られたって私は簡単には許さないから!」


 ピュアダはピンク色の薄い唇を尖らせ、頭をプイと横に振った。後ろで結われた青色の髪が揺れる。

 「そりゃお前」と左側に垂れた前髪をかき上げながら、リーズンが言う。


「道理に合わねえよ。こいつは謝った。俺の分も含めたら2回も、だ。だったら許してやるのが、道理ってもんだろ?」


 リーズンは左手に持った紙袋から、大切そうに、何やら取り出した。

 包みを開く。ハンバーガーだ。


「それはお兄ちゃんの考え方でしょ! 私は道理に合うかなんてどうでもいい!」


 ピュアダは右手に持った透明な袋へと手を突っ込み、手の平いっぱいに、茶色の小粒を握った。


「ピーナッツチョコレートに賭けるか?」

「それならお兄ちゃんはクリミナルハンバーガーに賭ける?」

「ああ。チーズをかけるならクリミナルハンバーガーだ」

「違う! チーズをかけるならピーナッツチョコレート!」


 生気のない目と活力漲る目が、バチバチと音を立てそうな勢いで交差する。


「お前ならどっちだ?」

「え?」


 突然質問を振られたリベリオは当惑した。


「チーズをかけるなら、クリミナルハンバーガーか、ピーナッツチョコレートか、どっちが道理に合うと思う?」


 全く持って質問の意味が分からなかったリベリオは、必死に頭を働かせる。

 リーズンが、その生気のない瞳に、わずかに期待を込めた様子で、リベリオのことを見つめてくる。

 適当に誤魔化そうとして、ヘラヘラとした笑いをしそうになったリベリオは、かぶりを振った。


 ーーもう誤魔化さない。


「質問の意味がわからないのですが――」


 リベリオは一度そこで区切った。

 唾を飲み込む。


「ですが?」


 リーズンが、つまらなさそうに、青色の目を細めた。


「ですが?」


 ピュアダが、食い入るように、青色の目を見開いた。


 リベリオは、口の端をぎゅっと引き締める。


「僕はどっちにもチーズをかけません」


 リベリオは言い切った。


「なるほどな。奇をてらったのかわからないが、そりゃお前――」


 リーズンは瘦せこけた頬をゆっくり動かしながらハンバーガを齧った。


「――道理に合わねえよ」



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