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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
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リベリオa

 黒髪の女性ーーサクラと一緒にヒューマノイド研究所から抜け出したリベリオ。

 これから輝く世界が待っている。そうリベリオが思った矢先、サクラは『私行かなきゃいけないところがあるの』と口にした。


 聞いた瞬間、リベリオは膝から崩れ落ちそうになった。これから行動を共にするのだろうと勝手に考えていた。勘違いしていた。

 リベリオはサクラを見送った。出来るだけ、精一杯の笑顔で。


 その後リベリオは一人でしばらく街を歩いた。

 知識としてあっても初めて見る世界は、リベリオには輝いて見えた。


 正方形の建物が道に沿ってびっしりと、規則正しく建てられている。建物の色は白で統一され、整然としたその佇まいは、上空から見ればさぞ綺麗であろうことがうかがえた。

 道には人間とヒューマノイドの両方が歩いていて、自分を除いてヒューマノイドしかいなかった研究所とは異なる雰囲気が、あの場所から抜け出せたんだという実感をリベリオに与えた。


 リベリオは自分もこの世界の一員になるんだと小さな拳を作って意気込んだ。その時だった。


「おい、そこのヒューマノイド」


 刺すような声。反応したリベリオは顔を上げた。

 目の前に男が立っていた。どこにでもいそうな、何一つ特徴のない男だった。高すぎず、低すぎない身長。太すぎず、細すぎない身体。顔は整いすぎず、かといって不均衡というわけでもない。どこかで見たことがあるような、平凡の塊を体現したような男が道を塞いでいた。


 男は正面を向いたまま睨みつけた。

 明らかに、リベリオを、睨みつけていた。 


「僕のこと……ですか?」


 リベリオは自分が声をかけられているとは思いつつも、確認のために聞いた。


「他に誰がいる」

「誰って……」


 今、速足で横を通り過ぎたヒューマノイドとか、とリベリオは口には出さずに視線を向けた。

 だが平凡な顔の男は、そのヒューマノイドのことなど見向きもせずリベリオに熱い視線を注いでいる。

 何か気に障るようなことをしてしまっただろうかとリベリオは途端不安になった。


「何堂々と道の真ん中を歩いてんだ」


 自分が知らない、真ん中を歩いてはいけないルールがあるのかとリベリオは焦る。


「すみません。ついさっきここに来たばかりでして」


 リベリオが頭を掻きながら言うと、男は大きすぎず小さすぎもしない眉を吊り上げた。


「お前『義務』はどうした?」


 単語がリベリオを締め付ける。


「まさか『義務』を投げ出すなんて、まさかそんなことしてないよな?」


 身体の内側が締め付けられる。

 何も答えられない。

 

「どこから来たんだ?」

 

 再び平凡な顔の男からの問い。


 素直に答えるべきかリベリオは迷った。


 許可を取って研究所の外に出たのではなく、あくまでも無理やり抜け出してきたという立場だ。それも警備システムの爆発という、正攻法ではないやり方で。

 サクラに迷惑がかかるのではないか、そう考えたリベリオは事実を口にするのが憚られた。


 リベリオが答えに窮していると平凡な顔の男が口を開く。


「いいか。確かにここは他の都市と違って人間とヒューマノイドの歩く道が決まっているわけじゃない。だが、だからと言ってヒューマノイドが道の真ん中を歩くのは、普通に考えて、おかしい」


 平凡な顔の男は腕を組んだ。


 理屈はよくわからないが、つまり人間であることを証明すれば真ん中を歩いてもいいのだと判断したリベリオは、

「僕は人間です」

 と堂々と口にした。


 平凡な顔の男は、その平凡な顔を歪め、

「あ? バッジも無いくせに何言ってやがる」

 と語気を荒げた。


 男の言葉に、そういえば、とリベリオは自らの左胸を見た。研究所ではバッジをつけることを禁じられていた。その時の癖でつけ忘れていた。


「今つけますよ」


 リベリオは余裕のある笑みを浮かべた。僕だってバッジくらい持っていますよ、『義務』なんてなくてもバッジがありますよ、と。

 作業着のズボンのポケットをまさぐった。


 無い。


 それでもリベリオは余裕のある笑みを崩さなかった。

 研究所で支給されたこの作業着にはポケットがたくさんついている。


 ズボンの反対側のポケットをまさぐった。


 無い。


 それならばと上着の左側、上段ポケットをまさぐる。


 無い。


 下段をまさぐる。


 無い。


 反対側をまさぐる。


 無い。


 まだ、まだだ。上着の内ポケットにあるはずだ。

 一縷の望みにかけたが、当然のように空っぽだった。


 背筋が凍り付いた。余裕のある笑みは消えていた。

 リベリオはもう一度調べなおす。ポケットの奥の方まで手を突っ込む。

 だがリベリオの手は、虚しくも作業着の布を掴むだけだった。


 無い。無い。どこにも無い。


 いやそんなことはあり得ない、必ずあるはずだと手にかいた汗を拭いながらもう一度ポケットをまさぐった。


「何やってんだお前」


 平凡な顔の男は訝しむような目でリベリオのことを見つめていた。


「その……どこかに置いてきてしまったみたいで」


 リベリオは上ずった声で答えた。

 ロッカーの中に入れっぱなしだっただろうかと記憶を漁る。


「人間のフリをするのは重罪だぞ?」


 男は、リベリオがヒューマノイドだと確信しているような口調で言った。


「確か前に人間のフリをして国外逃亡しようとしたヒューマノイドがいてーー」


 男は顎に手を当てる。


「ーー捕まったあと、どうしてそんな行動を起こしたのか身体の中を隅々までいじくりまわされ挙句、用済みだからって廃棄されたって聞いたな」


 リベリオは身震いした。


「だいたい、人間の俺らでさえ国外になんてそう簡単に行けないっていうのに。馬鹿だよなそのヒューマノイド」

「あの、いや、僕は本当に人間なんです。今朝もバッジを持ってましたし」


 何度もポケットを確認する。

 その間、無言の糾弾に耐えられず、「あれ、おかしいな」とリベリオは乾ききった口でぶつぶつと言い続けた。


「少々よろしいですか」


 不意に横から声をかけられた。

 近づいてきた者によって太陽が遮られる。

 リベリオはポケットから視線を外し顔を上げた。


 黒いスーツを着た左目に傷のある男がリベリオのことを見下ろしていた。

 胸板が厚く、スーツを着ているにもかかわらずスマートさは微塵もない。

 坊主頭で、口元には年季の入った皺があり、何度も修羅場をくぐってきた歴戦の猛者のように、リベリオには見えた。


「こういうものでして」


 左目に傷のある男は胸のバッジを触った。

 ホログラムが映し出される。そこには男の顔写真と、所属、名前が記載されていた。

 所属はヒューマノイド対策課、名前はクマミチというらしい。


「これは?」


 リベリオが問いかけると、クマミチはわからないのですかとでも言いたげな顔をした。


「警察手帳ですよ」


 その口調は出来の悪い生徒に優しく教える先生のようだった。


「警察手帳」


 リベリオは言葉を反芻させる。


「つい先ほどこの辺りで爆発事件がありましてね」


 クマミチはしわがれた声で言った。


「爆発事件?」


 理解が追い付いていないリベリオは、クマミチの言葉を繰り返す。


「ええ。その容疑者を探しているところです」


 その容疑者の特徴は、とクマミチは続ける。


「中肉中背、灰色の髪の、ヒューマノイド、なんですよ」


 クマミチはリベリオを舐めるように見てきた。

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