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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
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ソフィア1

 

 ソフィアはカプセルの中で目を覚ます。中は薄緑色の液体が溢れていた。ソフィアの口から吐き出された息が、泡となってボコボコと音を立てる。


 焦る必要は無い。何度も繰り返し入ってきた液体。


 液体が管から外へ排出されていく。圧縮された空気が押し出され、ゆっくりとガラスの扉を開ける。


 ソフィアは濡れたままの状態で淵に手を掛けた。指先に溜まった雫が球体状のカプセルを伝る。


 ーー失態だ。


 ソフィアは頭を抱えながら立ち上がる。不快な破壊音が頭の中でまだ響いていた。ソフィアは自らを落ち着かせるために、近くに置いてあったバスタオルにくるまる。


 ()()()()()を救うことができなかったうえに、操作していた()()()を破壊してしまった。その事実がソフィアに重くのしかかる。


 ブロードになんと言われるだろうか。厳しく叱責されるならまだマシだ。それすら無かったら――。


 室内は適度に空調が効いているにも関わらず、ソフィアの身体は震えていた。


 ブロードに報告し、次にどうすべきかを考えなければならない。しかし煙がソフィアの思考を遮る。


 その煙をかき消しても、すぐにどこからか煙が現れる。


 かき消しては現れ、かき消しては現れ。


「これだから感情はいらないんです」


 ソフィアは嫌悪と憎悪が入り乱れた声で呟いた。


 なぜヒューマノイドに感情など存在するのか。感情が無ければ冷静な判断を下すことができるのに。一体なんの目的で不必要なものを。


 私には感情などない、感情という概念そのものすらない。

 ソフィアは心の中で何度も自分に言い聞かせる。


 ソフィアは自分を、世界を騙してブロードの部屋へと向かう。





「申し訳ございません」


 ソフィアは社長室で自らの失態を謝罪した。緊張で顔が強張る。


 ブロードは何も言わずにタバコを吸っている。


 いつもであればソフィアが火をつけているはずだった。だが、ブロードは既にそれを吸っている。


 自分の居場所はもうないのだとソフィアは悟った。


「私はお前になんと言った?」


 金色の瞳がソフィアに刺さる。

 ソフィアは耐えきれなくなって視線を逸らした。


「なんと言ったと聞いている」


 逃げるなと言わんばかりに、静かな問いがソフィアに投げかけられる。


 ソフィアは何度か瞬きをして視線を戻し、

「バンビーナの確認を頼むと」

 声を小さくして答えた。


「それで、お前は本当に確認してきただけで戻ってきたのか」

 ブロードは呆れたように笑った。


 ソフィアは何も反論しない。反論するという行為が、よく無い結果を導くことを知っていた。


「挙げ句の果てにプロトまで壊すとは。あれを一体作るのにいくらかかると思ってる」

 ブロードは嘆息をもらした。


 ソフィアは再び視線を逸らす。


「お前が良いのは点数だけだな」


 ブロードの何気ない言葉は清らかな水となってソフィアの中に違和感なく入り込み、大蛇のように暴れ回った。


 どうすれば良かったのか。あの状況では仕方なかった。むしろ情報を抜き取られなかっただけまだ良かったはずだ。ソフィアは心の中で必死に自己弁護をする。


「お前には期待していたんだがな。ヒューマノイドとして」


 ――ヒューマノイドとして。


 その言葉が何よりも深くソフィアを抉る。


 ああ、あれは自分の勘違いだったのか。種を超えて認められていたわけではなかったのか。


「とにかくお前はバンビーナを連れ去った奴を探せ。それがお前の『義務』だ」

 それくらいできるだろう? とブロードの金色の瞳は言外に問いかけてくる。


「はい」

 ソフィアは能面のような顔のまま静かに頷いた。


 ーー私はヒューマノイドだ。感情などない。だから、私は、大丈夫。


「おい、ニコ」

「なんですかぁ?」

 ブロードの声に反応した甲高い声。

 ニコと呼ばれた女性、いや、少女はソフィアの背後から現れた。


 黄色の髪に黄色のバッジ。白衣を着崩している。


 いつから後ろにいたのか。気配すら感じ取れなかったソフィアは背筋を冷たくする。ニコと目があった。敵意は無いとアピールするかのように、ニコはニコッと笑った。


「話は聞いていたな? ソフィアと一緒にバンビーナを連れ去った犯人を追え。それと研究所を爆破した奴もだ」

「私にはそんな時間ないですぅ」

「それなら今処分するが」

「ヒューマノイド研究所の閉店処分セールですねぇ」


 ブロードは何も答えずにニコを睨みつけた。


「もぅ、わかりましたよぉ」


 ニコは黄色の髪の毛を弄る。枝毛のないサラサラとした髪がニコの指に巻きついた。


「ニコちゃんに任せてくださぁい。必ず見つけ出すのでぇ、泥舟に乗ったつもりで待っててくださいねぇ」


 ソフィアは、大船の間違えでは、と指摘しようとした。だがブロードがいる手前言うことは出来なかった。そしてブロードも何も言わなかった。


「何か言ってくださいよぉ。ねぇ? ソフィアちゃん」

「ソフィア……ちゃん?」


 ソフィアは首を傾げた。


「遊んでないで早く見つけろ。私はこれから爆発をもみ消さなければならん」


 ブロードはそう言うと部屋から出ていった。

 空気が弛緩する。


「ブロードさんは相変わらず面白くないですねぇ」

「そこがブロード様の良いところです」


 ソフィアはニコの言葉を否定せずに訂正した。

 ニコがニヤニヤと笑う。


「ソフィアちゃんはブロードさん一途なんですねぇ。どうしてですかぁ? あんなことまで言われてるのにぃ」


 どうして、と問われても明確な理由などない。ソフィアは答えを出そうとしてしばらく黙り込む。


「愛に理由はないってことですかねぇ」

「愛、ですか?」


 ソフィアは戸惑いながら口にした。単語の意味が理解できなかった。


「そうですぅ。陳腐で、軽くて、重くて、ともすれば人間が持ちうる感情の中で一番の狂気、ですよぉ」

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