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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
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イノルグ②

 爆破されたヒューマノイド研究所、その中央。

 人の形をした何かが、降り注ぐ陽の光に照らされていた。


 頭部はない。その代わりに散乱した頭部だったと思われる破片。身体は猫背の状態で、腕は力なく垂れ下がっている。


 イノルグは恐る恐る近づいた。


 ーーまさか。そんなはずはない。あり得ない。


 破片に混ざる緑色の髪。


 見間違いだとイノルグは思いたかった。光の加減でそう見えているだけだと。


 だがイノルグがどんなに頭の中で否定しても、現実は変わらなかった。


「ああ……」


 イノルグは緑色の髪が混ざった破片を掬い上げる。大切に、赤子を抱くように。それでも指の隙間から落ちていく。


 落ちていく髪と破片は天井から差し込む陽の光を反射させる。


「どうして、どうしてこんなことに」


 イノルグの緋色の瞳から溢れ出る涙もまた、陽の光を反射させる。


 落ちていった涙の先、一際光るものがあった。イノルグは破片をかき分け、ゆっくりとそれを取り出す。


 眼球だった。髪と同じ、透き通る新緑のような色の眼球。

 押し潰された時に飛び出たのだろう。それだけが唯一形を保っていた。


 たったそれだけでも、イノルグにはソフィアだということがわかった。愛していたからこそソフィアだとわかり、愛していたからこそ絶望に打ちひしがれる。


 ソフィアだとわからなければ。イノルグはそんなことすらも考えてしまう。だが自分を騙そうとしても、愛は許してくれない。愛は嘘を許してくれない。


「ソフィア、返事をしてくれ……お願いだ」


 イノルグは掠れる声で口にした。誰にも届かないその声は、天井から吹き抜ける風によって虚しく消えていく。


 ようやく手がかりをみつけ、ようやく会えると思っていた――それなのに。


「こんな、こんな形で会うなんて……」


 イノルグは左手で優しく眼球を取り出し、右手で破片を強く握りしめる。


 ――誰がソフィアをこんな目に。


 右手の皮膚が切れる。だがどれだけ切れようと関係ない。むしろ意図的に傷つけるように、ソフィアを体に刻み込むように、イノルグは力を込めた。手から滲み出る液体が、ソフィアだった物を赤く染める。身体が危険信号を発する。


 ソフィアはこの痛みの何十倍、何百倍、何千倍苦しんだのだろうか。


 痛みは怒りへと変貌する。


 涙は止まっていた。代わりに溢れ出るのは憎悪。


「わかる、わかるよ君の気持ち」


 重みのない軽い声がイノルグの耳に届いた。


 イノルグは緋色の目を向ける。

 黒のスーツに、ピエロのバッジ、そして、電子レンジの頭。

 イノルグを拘束具から解放してくれた頭のおかしな、人間。

 ティーカップを持ちながら、瓦礫の上で優雅に腰掛けている。


「愛する人を、いや君の場合はヒューマノイドかな。愛するヒューマノイドを失った時の絶望はよくわかる」


 イノルグが声を発するよりも先に、電子レンジ男は続けた。中身がこぼれない程度の速度でティーカップを回している。


「わかる? わかるだって? 俺のこの気持ちは誰にもわからない。わかるはずがない。わかってたまるか」


 ソフィアへの愛すらわかったようなことを口にする電子レンジ男に、イノルグは腹が立った。


「君がそこまで言うならそうなんだろう。僕が抱いたことのある全てを消し去りたくなるような気持ちと、君が今抱いているであろう気持ちは違うんだろう」


 電子レンジ男はティーカップを下ろし、ウンウンと頷いた。


「ああ違う。何もかも違う。全てを消し去るなんて、ソフィアとの記憶すら消し去るなんて、許さない、許されない」

「じゃあどうしたいんだい?」


 ――どうしたい。


 イノルグは両手を見つめる。

 左手で包み込むように持っている眼球と、右手で握りしめている破片。


「僕には君の気持ちはわからないかもしれない。でも君の手伝いをすることはできるよ。例えそれが醜い復讐、だとしてもね」

 電子レンジ男は優しげに言った。


 ――復讐、そう、復讐だ。ソフィアを殺した奴への復讐。


「ソフィアを殺したやつに復讐したい」

「復讐してどうするんだい? ソフィアは戻ってこないよ。この世界から消えたままさ」


 電子レンジ男はティーカップを頭の中に入れた。扉の内部が橙色に光る。だが扉は濃いモザイクがかかっていて、中がどんな状態かはわからなかった。


 電子レンジ独特の音が静かに響く。


 遠くの方からサイレンの音が聞こえてきた。警察だ。そろそろ行かなくてはならない。


 イノルグは時計を確認した。あの時から時間は止まったままだった。


「復讐して、ソフィアがいたということを世界に見せつけたい。俺の愛を世界に見せつけたい」


 イノルグは握っていた破片を地面に落とし、ポケットから箱を取り出した。ソフィアのために買った箱。渡せなかったあの日の代わりに、いつか渡そうと思っていた大切なーー。


 イノルグは箱を開け、空いたスペースに自らのバッジ、眼球、そして時計を詰め込んだ。

 

 時計のベルト部分が外にはみ出していたが、イノルグはそれを無理矢理閉めた。


「結婚だ、ソフィア」


 イノルグが口にするのと同時に、電子レンジ男の頭が、チン、と音が鳴った。


 電子レンジ内の光が消える。

 その直前、イノルグには不気味な笑顔が扉に映ったように見えた。イノルグは何度か瞬きをする。しかし、扉には何も写っていなかった。


 それどころか、気がつけば、電子レンジ男は頭の中に入っていたはずのティーカップを手にしていた。


「ほら、これを飲んで。世界に君の愛を見せつけよう。それが君の『義務』だ」


 イノルグは言われるがままにそれを飲んだ。

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