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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
愛とバッジ
12/34

ストレイI

「酷えな」


 ストレイは目の前の光景に思わず眉を顰めた。


 未だ立ち上る煙と砂埃、そこら中に撒き散らされたガラス、いつ崩れ落ちても不思議では無い建物。

 中心部分はごっそりと無くなり、熱を持った空気がストレイを打ち付ける。


 ストレイは爆破されたヒューマノイド研究所に来ていた。


 イノルグから情報を聞き出そうとしている最中、突如爆発音がした。ストレイは、イノルグと爆発音を天秤にかけ、イノルグを放っぽり出して研究所へと駆けつけた。


 隣でリコが涙目になりながらむせている。


「ゴホッゴホッ。本当にひどい有様ですねえ。これがヒューマノイドの仕業だって言うんですかあ?」


 リコは頭が悪そうに語尾を伸ばした。よくこんなので警察が務まるなとストレイは切実に思う。


「イノルグとか言う奴の言葉を鵜呑みにするならな」


 ストレイは無精髭まみれの赤い頬をさすった。


「まだ痛むんですぅ?」


 リコが心配そうな顔でストレイを見た。


「油断してたとはいってもぉ、ストレイさんを殴るなんて彼もなかなか優秀ですねぇ」

「だからお前はどっちの味方なんだよ」

「もちろんストレイさんですよぉ。例え世界が敵に回ってもぉ、私だけはストレイさんの味方ですぅ」

「その話し方をやめてくれれば、少しは説得力もあるんだがな」


 まだ他の警官は来ていないようだ。ストレイは研究所の敷地へ踏み入れる。


 一歩踏み出すたび、散乱したガラスと砂がじゃりじゃりと音を立てる。サンダルで来た日には足が血だらけになるなと思いながら、ストレイはリコの足元を見た。高いヒールを履いている。ストレイは溜息をついた。


「なんだってヒールなんか履いてるんだよ」

「仕方ないじゃないですかぁ。女の子はいつだってお洒落をしたいものなんですぅ」

「いくらなんでもTPOってもんがあるだろ。TPOが」

「なんですかそれぇ。たらたら文句を言うプリティなおじさんの略ですかぁ」


 お前、とストレイが怒りをあらわにしようとした時だった。


「痛っ」


 リコが声を上げた。その場にうずくまっている。


「どうした!」


 ストレイは先ほどの怒りなど忘れ、すぐさま駆け寄った。


「うぅ。ヒール折れちゃいましたぁ」


 リコは涙目で言った。痛みで涙を浮かべているといよりも、ヒールが折れてしまったことに対して悲しんでいるようだった。

 ストレイは大きな溜息をついた。


「だから言ったろ。今手当してやる」


 ストレイは言いながら、似たようながあったな、と()()()と出かけた日のことを思い出した。


 ストレイの久しぶりの休日、()()()がどこかに出かけようと提案してきた。外に出るのが億劫だったストレイはその提案を断った。


 彼女はあからさまに不機嫌になった。まずいと思ったストレイは、折衷案として買い物がてら近所を散歩しよう提案した。彼女は「ほんと素直じゃないんだから」と不機嫌そうな顔で、しかし、口元には隠すことのできていない笑みを浮かべながら言った。


 彼女はすぐ準備するといって靴箱にしまわれていたヒールを、丁寧にしまわれていたヒールーーの踵を、無造作に掴んだ。ソファに座りながらその光景を眺めていたストレイは、そんな持ち方をしてるとすぐに折れると声をかけた。

 すると彼女は「だって持ちやすいんだもん」と無邪気に笑った。


 結局、散歩の途中で突然踵が折れた。

 彼女は捻って青くなっている足首を無視して、ヒールを両手で抱えながら泣いた。


 そんなに大事ならもっと丁寧に扱った方がいいとストレイは言いながら、彼女の足首を手当てした。


ーー確かあの後、おんぶで靴屋まで行ってヒール買ったんだっけか。


 羞恥心が湧き上がってきそうなところでストレイは頭を振った。リコの足首を診る。幸い怪我はなく、捻挫にもなっていないようだ。


 「ストレイさんは文句はいいますけどぉ、なんだかんだで優しいんですよねぇ」


 とリコは口にし、続けて、

「素直じゃないですねぇ」

 と笑った。


 「言ってろ」


 ストレイはリコの足首を軽く叩いた。





「ここだけなんか変じゃないですかぁ?」

 

 リコが小さな人差し指をピンと伸ばし、ある方向へと向けていた。


「ん? ああ」

 

 ストレイは生返事をしながら視線を移した。

 リコが指し示した場所は研究所の出入り口だった。たしかにそこだけ不自然な壊れ方をしていた。


「妙だな。ここだけ何かが衝突したみたいにひしゃげてる」

「きっと、イノシシでもぶつかったんですよぉ」


 いつの間にか新しい靴ーーまたしてもヒールだったーーに履き替えていたリコは軽い足取りで中へ入っていく。


「おい気をつけろよ。いつ崩れてきてもおかしくないんだからな」

「わかってますってぇ」


 リコは呑気な返事をしてスタスタと歩く。

 中はもぬけの殻だった。人っ子一人、ヒューマノイド一人いない。静かなものだった。


 ――全員逃げられたのか? この規模の爆発で?


 確かに廊下は比較的壊れてはいないが、それでも時折、破片が落ちてくる。


「イノルグは確か、ヒューマノイドを殺すヒューマノイドがいるって言ってたよな? 一体も死んでないじゃねえか。嘘つきやがって」

「本当ですねぇ。あのまま置き去りにしてきて良かったんですかぁ?」

「仕方ないだろ。事件の大きさを考えたら誰だってこっちを選ぶ」


 リコは倒壊する恐れなど怖くもないとでも言うように、どんどん突き進んでいく。リコがストレイの前を歩くのは珍しい。


「なんでそんなに元気なんだよ」

「ストレイさんと一緒だからですよぉ」


 ストレイは無精髭を撫でた。




 建物の中心には何もなかった。真ん中だけをくり抜いたように、何もなかった。

 吹き抜けになった上空からは煌々とした太陽が降り注ぎ、焦げついた床を照らす。


「無駄足だったな」


 ストレイは言いながらタバコに火をつけた。


 ――こんなことならイノルグを尋問した方が有益だったか。いや今からでも遅くはない。手錠を掛けられたまま寝転がってるはずだ。


 ストレイはすぐさま思考を切り替え、元来た道へ戻ろうとした。


「行くぞリコ……ってお前何やってるんだ?」


 リコは床の上を飛び跳ねていた。


「なんでもぉ、ない、ですよぉ。楽しい、からぁ、飛び跳ねてる、だけ、ですぅ」

「相変わらずよく分からんやつだな。早く行くぞ。イノルグを尋問しなきゃいけない」


 リコはイノルグの言葉を無視して飛び続ける。

 リコの着地と同時にタバコの灰が床に落ちた。


「いい加減にしろよ。イノルグが逃げ出す可能性もゼロじゃないんだからな。またヒールが折れるぞ」

「後ぉ、もうちょっとぉ、ですからぁ」


 意味のわからない行動をするリコに、ストレイは苛立たしさを覚えた。まだ火のついたタバコをリコの足元へと投げ捨てる。


 最初は、パキッという小さな音だった。卵の殻にヒビが入ったような音。それが次第に広がり、至る所で鳴り始めた。外に出せと、雛が内側から何度も小突くように。


「おい、リコ逃げろ。崩落――」

 言い切る前に地面が崩れた。


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