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シガレッツブルーム  作者: 相木秋人
爆発と解放
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リベリオe

「私、テロリストなの」


 突然告白した女性に、リベリオは混乱していた。


「よく聞き取れなかったんですけど、テロリストって聞こえた気が」

「私は今テロリストとして活動していて、この研究所に爆弾を仕掛けたの。でも安心して。警備システムを爆破するだけだから」


 女性は、はっきりと口にした。

 今出てきた単語のどこをどう繋げば、安心という言葉に行き着くのか、リベリオにはさっぱり理解ができなかった。


「警備システムを爆破すれば、ここにいる皆んなが脱出できる。もちろん、君も。外の世界には希望が満ち溢れてるよ」

 女性の顔に笑顔の花が咲く。


「……えっと、話が飛躍しすぎてついていけないんですけど」


 リベリオは戸惑いながら答えた。

 それもそうだね、と女性は笑う。


「少しだけ、昔話をしてもいい?」

「昔話?」

「そう。すぐに終わるから、ちょっとだけ聞いて」


 何を呑気なことを、とリベリオは言いかけたが、すぐに言葉を飲み込む。

 別人のような雰囲気になった女性に、空気が支配された。


「昔々あるところに一人の青年がいました。その青年は重い病気を患っていて、自分の命があと僅かしかないことを知りました。青年はもっと長く生きたいと切望しました。しかしどうあがいても命が延びることはなさそうです」


 澄んだ声がクラウディオの耳に馴染む。女性は目を伏せた。


「青年は、決して輝いているとは言えない人生を送ってきました。暗い暗い、輝くという言葉とは対極な人生。だからこそ最後は、最後くらいは、人生を、自分を、輝かせたいと願いました。その為に青年は考えました。一生懸命考えました。どうすれば輝くのだろう。しかし考えても考えても答えは出ません」


 伏せられていた目が、見開かれる。


「悩んでいても仕方ない。青年は病院を抜け出し、とにかく自分の思うままに生きようと思いました。それは大それたことではなく、例えば、困っている人がいたら周囲の目など気にせず助けよう、その程度のものでした。もちろん、人を助けたいと思う時もあれば、助けたく無いと思う時もありました。そんな時は自分の心に従いました」


「昔話なのに人間味がありますね」

 リベリオは相槌を打ちながら笑った。つられるように女性も笑う。


「その日も青年は、いつも通り人を助けたり、助けなかったりしながら歩いていました。すると、見知らぬ女性に声をかけられました。話を聞くとどうやら、前に助けたお婆さんの孫のようです。『あなたのことをずっと探していました。祖母を助けていただき、本当に、本当に、ありがとうございます』涙ながらに女性は口にしました。今までお礼を言われたことなどなかった青年は戸惑い、そして、心が暖かくなるのを感じました」


 女性が声のトーンを上げる。


「一人、また一人とお礼を言いにくる人は増え、青年の周りにはいつの間にか、たくさんの人が集まりました。そして気がつけば思考を邪魔していたモヤは晴れていました。ああ、これが輝くということか。青年はようやく気がつきました。最期の日には数えきれないほどの人々が集まり、青年は暖かく見送られました」


 しばらくの余韻の後、「いくつか質問してもいい?」と女性に問われたリベリオは曖昧に頷いた。

 桜色の瞳が向けられる。


「君は何でここにいるの?」

「何で? なんでってそれは……」


 ――気がついたらここにいて、『義務』を与えられて。


「それは君が望んでいることなの?」


 ――望んでいるも何も、与えられたんだから、それが『義務』なんだから、従うのは当たり前で。


「君の本当にやりたいことは何?」


 ――やりたいこと? そんなものない。『義務』には不要だ。


「ここの生活は、君の世界は、輝いてる?」


 ――もちろん、輝いて……。


 桜色の瞳に映る、灰色の瞳。無気力な瞳。汚い瞳。


「君の目は綺麗だね」


 え? とリベリオが聞き返すよりも先に、女性は話を続ける。


「いきなり変な質問してごめん。でもね、私は君に、もっと自由に生きてほしいんだ。人にも、ヒューマノイドにも、言葉にも、物にも、世界にも、何にも縛られず、自由に」


 そう語る女性の目は輝いていた。


「だから、ここから一緒に抜け出そう?」


 細い、絹のように滑らかな手が差し出される。


 ――抜け出す。ここから抜け出して……ノスタルジアに行って、映画を観て、世界を、観て。でも、『義務』は? 『義務』はどうなる? 『義務』が無くなったら、僕は、僕は?


「ほら」


 差し出したまま、リベリオのことを待っている手。


 テロリスト、灰色の瞳、桜色の瞳、爆破、脱出、義務、自由。


 単語の羅列が頭の中で渋滞を起こす。

 リベリオは女性の手を掴みかけーーそして、やめた。


「えっと……僕のことからかってるんですよね? さっきの仕返し、なんですよね?」


 リベリオはヘラヘラと笑いながら聞いた。耳に入る自らの声が震えていた。

 ただその場をやり過ごす為に適当な冗談で誤魔化す、いつもの癖。

 女性はしばらく考え込んだ後、下から覗き込みながらリベリオに顔を近づけてきた。


「どっちだと思う」


 それはもはや疑問系ではなかった。


「どっちって……」


 口元は、笑っている。だが瞳は、リベリオを射抜いたその瞳は、笑っていなかった。

 リベリオの思考が停止する。視界が螺旋を描く。リベリオはそのまま瞳に吸い込まれる錯覚に陥った。


「嘘だよ」


 悲しげな声が、リベリオを現実に引き戻した。


「テロリストなんて、嘘だよ。君が言ったように、からかっただけ。あー面白かった」


 女性はリベリオから顔を離し、わざとらしく口にした。口角が不自然に吊り上がっている。

 リベリオは何か言おうとして、結局、何も出てこなかった。


「……それじゃあ私は行くね」


 女性は悲しみを顔には出さず、言葉だけに乗せた。手を振りながら、リベリオから去っていく。


 ――これで、正解のはずだ。すぐにプロタゴさんに報告しよう。


 そうすれば『義務』を続けられる。認められる。自分という存在が保てる。

 リベリオは意気揚々と歩き出そうとして、小さくなる女性の背中が目に入った。

 頭の中で繰り返される女性の問い。


 何でここにいるの?

 ――うるさい。


 本当にやりたいことは何?

 ――うるさい。


 望んでいることなの?

 ――うるさい。


 世界は、輝いてる?

 ――。


「待ってください!」


 リベリオは頭を掻きむしり、吹っ切れたように叫んだ。その叫びは、上擦っていてどうにも不細工だった。だがそんなものは関係なかった。


「えっと、その……爆発、そう、爆発は本当に警備システムだけを爆破するんですか? 僕はてっきりこの研究所が吹っ飛ぶくらいなのかと」


 リベリオはハリボテのような言葉に思いを託す。こんな時でも本心を口にすることが出来ない自分に嫌気が差す。

 額から汗が滲む。1秒が長い。自分は今、上手く笑えているだろうか。


「まさか。そんなこと出来るわけないよ」


 女性が振り返り、鼻で笑った。馬鹿にしたようなその笑いが、リベリオにとっては他のどんな笑顔よりも嬉しかった。近くで見ることを許された気がした。


「そ、そうですよね」


 愛想笑いの天才で良かったとリベリオは自分に拍手を送った。女性が再びこちらへ向かって歩いてくる。その足取りはスキップでもしているようだった。


「手のひらくらいの小さな爆弾なんだ。()()()()用意した」


 矛盾する女性の言葉。


「僕のために用意した?」


 リベリオは疑問を口したがしかし、その耳にしっかり届いていた。


「君の為に用意した……って言ったら嬉しい?」


 女性は上目遣いで投げかけてくる。


 ――ああ、ずるい人だ。


 この人は自分という存在の価値を知っている。自分の行動が、他人にどんな影響を与えるか知っている。

 リベリオは、知っていることを知っているのに、それに抗うことが出来なかった。心を鷲掴みにされる。


「そんなあからさまな嘘、騙されませんよ」


 リベリオは期待で声を裏返しながら答えた。


「ふーん。でもね世の中には騙された方がいい嘘もあるんだよ」


 女性は魅惑的な笑みを浮かべた。


「例えば?」

「例えば、私が昔君に言ったーー」


 言いかけたところで、女性は言葉を止める。瞳はリベリオのことを映していなかった。リベリオよりも後ろ。

 響く重い足音。


「騒がしいと思って戻ってくれば。やっぱりお前か、リベリオ」


 汚い声。聞きたくない声。

 リベリオはぎこちない動きで振り返る。プロタゴだった。


「なんだその女。ここのヒューマノイドじゃねえな。お前の女、ってそんな訳ねえか」

 プロタゴは口を大きく開けて笑い、「どこから入ってきた」と見定めるような視線を向けてきた。


 その雰囲気に飲まれたリベリオは口を籠らせる。

 何を言うべきか、答えがわからない。


 思考が停止しているなか、

「君が本当に望むことを口にすれば良いんだよ」

 小さな声が耳に届く。


 リベリオが女性に顔を向けると女性はリベリオを勇気づけるように笑った。


 ーー僕が本当に望むこと。


 リベリオの中で答えは出ている。だが、声が出ない。口にする勇気が、出ない。


「何こそこそ話してんだよ」


 プロタゴが鋭く睨みを効かせる。リベリオから女性に視線が移された。全てを敵とみなす目の色が、変わったのがリベリオにはわかった。


「おい女、お前良い顔してるな。こっちに来いよ」


 プロタゴの言葉に、自分の身体に流れている液体が急激に熱くなるのをリベリオは感じた。


「そんな頭のおかしな野郎より、俺の方が良いに決まってる。夜の方もな」


 プロタゴが、ゲラゲラと笑った。

 頭が沸騰する。

 血が、沸き立つ。


「プロタゴさん」


 リベリオは静かに口にした。沸騰する頭とは反対に、冷静に自分が言葉を発していたことに、リベリオは驚く。


「うるせえな。お前には話してねえよ」

「僕はずっと、ここで死ぬんだろうなってそう思っていました。毎日生きることができるんだから、それ以上のものは望まないと。でも今はっきりとわかりました」


 リベリオは大きく息を吸う。


「僕は何もせずに諦めていただけなんだと。それなりに生きて、それなりの今を受け入れていた。結局僕は心の中で本当に望むものなどなかったんですよ」

「リベリオお前、何言ってやがる」

「他人から与えられたものなんて捨てても良いんです。そんなものを大事にしたところで、何のためにもならない。何も残らない。本当に自分が手にしたいものとは違うんだから」


 リベリオが、空気を支配する。


「僕は自分が本当に大切にしたいと思うものを手に入れます」


 リベリオは女性の手を取った。


 風になって走り出す。


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