大禍時
あの日も、いつもと同じように過ぎていくと思っていた。
毎年お彼岸に夫の実家に帰る私達夫婦だが今年は少し違っていた。
「ただいま、母さん?ついたよ」
玄関を開けて夫が声を上げると、いつものように奥からパタパタと義母がやってきて
「まあまあまあ、よう帰ってきたね。疲れたやろ早く上がり」
と言いスリッパを並べてくれる。
私はお腹を庇いながらゆっくりと玄関を上がり夫と義母の後をついていった。
居間のソファーに腰掛けると義母が麦茶を持ってきてテーブルに並べながら
「信子ちゃんもう何ヶ月になるん?」
「えっと、8ヶ月です」
「8ヶ月かぁ、信子ちゃんは今年はお墓参りはいかん方がええよ身重やし」
「え?」
いつも、必ずお墓参りをするのがあたりまえになっていた私は慌てて
「大丈夫ですって、お義母さん。私体力ありますし」
「まあそう言わんと、今年は仏壇にしとき。ご先祖さんもおめでたい事やから怒りゃせん」
そう言われて私は戸惑いながら仏壇に手を合わせた。
「じゃあちょっと親父といってくる」
そう言い、お盆にお米と線香とチャッカマンを用意しペットボトルに水をいれ車に乗せるとお義父さんと夫は向かいの山のお墓に向かった。
向かいの山のお墓は五分ほど車を走らせたあと急な山道を上がるようになっていて、階段ができるまでは大変だったとよく聞かされていた。
お義母さんと2人になった私はなにもすることがなく
「横になっとき2人が帰ってきたら起こしたげるし」
と言う言葉に甘えて私はうとうとと眠りについた。
「ねんねんころり ねんころり 元気な子供を産んどくれ」
何処からか子守唄が聞こえる私は心地よく深い眠りについた。
どれくらい眠っていたのか気が付くと夫とお義父さんが戻ってきていた。
「よく眠ってたな大丈夫か?」
「え?そんなに眠ってたの」
「何度か起こしたけど起きないから、まあ今日は泊まるしいいかなって」
「いいの?」
「だってお腹の子が眠いんだもんな」
と言い夫は私のお腹をさすった。
翌日、そろそろ帰ろうと田舎の家を出て車を走らせているとふと主人が
「しまった、叔父さんのところお参り忘れてた!」
と言い引き返し出した。
いつもは忘れない叔父さんのお墓参りなのに、今年は珍しい事もある物だと思った私は
「私もお参りしようか?」
と言うと夫が慌てて
「あっ…良いから。信子は車ん中にいて俺が戻って来るまでロックしといて」
と言うので
変なこと言うのね?
と思ったが
「分かった」
と頷いた。
しばらく走り、叔父さんのお墓に行く道の下の駐車場に夫は車を停め
「ここで待ってて、すぐ戻ってくるから絶対に車から出るなよ」
と言い夫はお墓に向かった。
本当に変な人
そんなことを思いながら、携帯電話でサイトを検索したり音楽を聴き車の中で待っていたがなかなか帰って来ない。
車から出るなと言われたが気になり、車からおり辺りを見回した。
ふと見ると隅の方に赤いカラーコーンがおいてあり、駐車禁止と書かれてある。
「あの隅、なんで駐車禁止なのかしら?」
と気になっていると、腰の曲がった可愛らしいお婆さんがやって来た。
「あんた、こんな所でどうした?」
と聞かれたので、赤いコーンを指差し
「あ、あそこ駐車禁止になってるの何でかな?と思いまして」
と言うと、お婆さんは私をちらっとみて
「あんた、妊婦かいな大丈夫か?」
と言われたので驚いて
「はい、大丈夫ですけど⁉️」
と言うと
「それなら良いけど…」
良いけど?
言葉尻が気になった私は
「あの、何かあるんですか?」
と聞くとお婆さんは
「ここの真下はその昔焼き場だったんじゃ、ほらちょうどあそこ」
と指差したその先を見ると、カラーコーンの置かれているところだった。
「あそこに停めると、必ず後ろの崖に落ちるんじゃよ」
「後ろの❗️」
そうそれはまさに昔の焼き場の真上になる。
「何度も落ちるんでの危ない言うて駐車禁止にしたんじゃが、それでもどけて止める人がおってな。危ないから上に見張りの地蔵さん作ったんじゃけど、なかなか勝てんでなぁ。こうやって、気が付いた人には停めんように言ってまわっとんよ」
と言いながら私に微笑みかけてきた。
私が引きつり笑いをしながら
「そうなんですか」
と応えると
「あんた、子供が生まれるまでは夕方に墓参りには行ったらいかんよ❗️ここには特に来ん方がええ、気を付けなさいよ」
といい去っていった。
しばらくして、夫が慌てて帰ってきた。
「悪い悪い、帰りに珍しく木の枝が道を塞いでて、困ってたら通りすがりの人に助けてもらってたんだ」
と言いうので
「いつもそんなこと無いのに、珍しいわね」
と私が応えると
「だろう、しくじったかもな。そうだ信子は何もなかったか?」
と夫が聞いてきたので
「あ、そうそうさっきね…」
と、さっきあったお婆さんの話をすると、じっと聞いていた夫が
「それって、小柄で白髪の腰の曲がった婆さん?」
と言った。私は驚きながら
「なんで分かるの?そうだけど」
夫はやっぱりという顔をして
「その人有名なここの見張り番だ、あのカラーコーンの斜め上の地蔵さんらしいぞ」
「え?」
それはまぎれもなく、さっきのお婆さんから聞いたお地蔵さんだった。夫は続けて
「あそこの隅、危ないから駐車禁止の張り紙と見張りをしてたらしいんだけど、それでも色々あって、あのお地蔵さん建ててからましになったみたいだ。それから時々現れるって言うんだけど、まさか本当だったとは」
私は不思議に思いながら
「あなた、あったことないの?」
「ない…んだよこれが」
と言うので私は笑顔で
「でも、全然怖くなかったわよ。どちらかと言うと優しい感じだったわよ」
と言うと
「多分なにも悪さをしてないからだろな。それとも話しをしたかったのかな?」
と言いながら、その駐車場を出ようとしたとき
チリンチリン
と鈴の音がした。
私は慌てて振り返ったが誰もいなかった。
「ねえ、これからはお墓参りは夕方までに済ませましょうね」
と言うと
「そうだな、母さんにも言われてたんだけどな」
「そうだね」
ふと夫は思い出したように。
「そう言えばさっき助けてくれた叔父さんも言ってたな。妊娠中は敏感で呼ばれたりして危ないから、夕方までに墓参りを済ませろって」
夫と私は顔を見合わせた。夫がひきつりながら
「まさかな」
「まさかね」
そう言いながら、駐車場をあとにした。
もし、もう少し遅くまであそこにいたら…と思うと、背筋がゾクッとした。