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第六章

 マーナと祖母の会話が中心の章ですが、二人の会話は全く噛み合いません。しかし、我慢して読んで頂けると嬉しいです。のちのち、アーッ! とわかって頂けると思うので。

「いくら助けられたからって、私は絶対にあの男を許さない。井戸の中に落とされた時の恐怖は死んでも忘れないよ。

 その上日暮れ前に戻れなかったせいで、私は家族に置き去りにされて、その後二度と家族には会えなかったんだからね」

 

「え~っ! 置き去りってどこに?」


「その年初めて行った避暑地の別荘にさ」

 

「それでおばあちゃんはどうしたの?」

 

 家族を置き去りにするなんて、井戸へ投げ入れる事と同様に酷い話ではないかとマーナには思えた。

 

「その別荘で家族が迎えに来てくれるのをずっと待っていたよ。お嬢様育ちだったから、たった一人で生きるのはそりゃあ苦労したよ。

 私はあの男を憎む事でそれに耐えたんだよ」

 

「家族は結局迎えには来てくれなかったの?」

 

「ああ、しかしその代わり、翌年私は新しい家族を得られたけどね。それがこのヴェルダー家の人達だよ」

 

「ああ、それがおじいちゃんだったのね」

 

 そう言いながらも、マーナは絶望的な気分になった。

 

 祖父が祖母と出会ったのは、彼が大陸へ留学した時だと聞いている。しかもそれは遥か四十年以上も前の話だ。

 祖母の言う二十年前には、既にマーナの母親と父親との結婚が決まっていた頃だ。

 

 祖父が大陸で見染めた妻というのは、目の前にいる祖母とは別人だったのか? いや、祖父母が再婚だったとは聞いていないし、大体亡くなった母親は祖母に似ていたと思う。

 

 そもそも、家族に置き去りにされたとしても、単に自力で帰ればいいだけの話ではないか。大人なのだから。

 数々の疑惑が沸き起こってきたマーナだったが、今は一番知りたい事を聞き出さなければいけない。

 

「もしかして、コーゼン卿の顔の左頬の傷は、おばあちゃんが関係しているの?」

 

「ああそうだ。井戸から引き上げられた際に、私があいつから逃げようとして爪で思い切り引っ掻いてやったんだよ。あの傷跡はあいつに呪いをかける時に、いい触媒になってくれた」

 

 祖母の薄笑いに、マーナは今度こそ本気で恐ろしくなった。

 

「酷い、酷いよ、おばあちゃん!」

 

「何が酷いもんか」

 

 本当はあいつを殺したかったのだ、と祖母は言った。しかし、呪いとは自分が受けた以上の恨みを返す事が出来ない、という掟があった。

 それ故コーゼンは顔の傷から入った菌で高熱を出して死にかけはしたものの、一命は取り留めてしまった。呪いだけでは殺せない。それならばいつまでもジワジワと苦しめてやろう。

 夫が亡くなり、気兼ねなく水晶玉が自由に使えるようになってからは、祖母は暇さえあればコーゼンの事を追い続けた。

 

 しかしそのうちに予想外の事が起きた。コーゼンがまさか自分の店に通ってくるようになるとは。

 しかもマーナとあの男が懇意になるなんて。必死でコーゼンを追い払おうとしたが、何故か未だに上手くいっていない。

 

「新しい家族が出来て幸せになれたのならもういいじゃない。何故いつまでもコーゼン卿を憎み続けるの?」

 

「人は今が幸せなれば、過去の辛さを忘れるというものじゃないんだよ」

 

 みんなが知っているお伽噺の幸福な結末の後に、実はまだその続きの話がある場合がよくある。

 それは今まで自分を苦しめてきた相手を、今度は自分が苛め返すという、残酷でリアルでシビアな内容が多い。マーナもそんな続編のある話をいくつか知っている。

 実際、世の中は綺麗事だけでは済まないという事も何となくわかっている。しかし・・・

 

 コーゼンはあの傷跡のせいで散々な人生を送ってきたのだ。彼の両親は息子の傷跡を消そうと奔走した。しかしどんな名医も彼の傷跡を消す事は出来なかった。

 いや、彼らの名誉の為に言い直せば、手術をする度に一旦は確かに傷跡は綺麗に消えていたのだ。だが間もなくすると、必ずその傷跡は再び浮かび上がってきたのだ。しかも以前よりなお一層黒く、醜く……

 

「そのせいで何かの呪いじゃないかって、益々周りから疎まれ、嫌われるようになったんだ」

 

 先日コーゼンがこう言って、寂しそうに微笑んでいた姿をマーナは思い出した。それがまさか自分の祖母のせいだったなんて。

 ただあの時コーゼンは、自分の頬の傷は猫に付けられたと言っていたのだが。

 

 マーナは混乱する頭でどうにか情報を整理してみようと試みた。しかしどう考えを巡らしてみても、祖母の話は辻褄が合わない。どうすればいいのだろう。

 

 彼女の中に疑惑や怒り、恐れ、不安、そして切なさ、色々な感情がムクムクと膨れ上がった。まるで巨大な入道雲のように。

 

 彼女が今唯一わかるとすればそれは、自分の大好きな人をずっと苦しめてきたのが、自分の大切な祖母であったという事だった。

 

「おばあちゃん、酷すぎるよ。あんなに優しいコーゼン卿にこんな酷い事をずっとしていたなんて。

 おばあちゃんの事、ずっと尊敬してきたのに」

 

 マーナは心乱れてそう叫ぶと、カフェの扉を勢いよく開けて外へ飛び出して行った。

 そしてそれから間もなくして、鋭いブレーキ音が深い霧の中に響き渡った・・・

 


 ここまで読んで下さってありがとうございました。続きも楽しみにして頂けると嬉しいです。


 いつも誤字脱字の報告をして下さってありがとうございます!

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