ざまぁをしたら、ざまぁ返しされる事がわかっているのでどうにかして回避したい!地下牢に行きたくない王子の話。シリーズ
婚約破棄騒動で婚約者がいなくなってしまったご令嬢。誰かすぐにでも結婚してくれませんか?
「ざまぁをしたら、ざまぁ返しされる事がわかっているのでどうにかして回避したい!地下牢に行きたくない王子の話。」
に出てくる教皇の息子、ダミアン様の婚約者のお話。
是非読んでくださいね。
そして
「婚約破棄をやらかした王子様の新しい婚約者は私だそうです。私、実家の後継者争いに名乗りをあげたはずなんですが?」
はリブラント嬢の視点を書きました。
ご感想をいただいていたので書いてみました。
「ある侍従が婚約破棄をやらかした主人に対して思う事。」
は続編の希望を頂いていたので侍従の視点で書いてみました。
あわせて読んでいただけると嬉しいです。
あまり時間がないというのに!
私は焦っていた。
卒業式を終えたら、すぐに結婚する予定だった。
貴族の結婚に愛なんてなくてもいい。
平穏に生涯を共にできたらそれでいいと思っていた。
なのに…なのに!
私の婚約者であるダミアン様はクララ・ポールセン男爵令嬢に入れ上げて、今日の卒業式で後戻りできないところまで来てしまった。
私はナディア・ヤンテイラル。ヤンテイラル公爵家の1人娘。
私の婚約者はガルフォード王子の取り巻きである教皇の息子のダミアン様。
ガルフォード王子の取り巻きとしていつも一緒にいたのはわかる。
王子の他の取り巻きの方は嫡男だけど、ダミアン様は教皇の息子だが三男。
出世を望むなら王子に取り入るしかない。
そう思って何も言わなかったら、そういった野心はなく、単にクララ嬢が好きだったのね‥
私が結婚に焦っていたのには訳があった。
私の母は病ですでに亡くなっている。
父であるヤンテイラル公爵も母と同じ病で何年も前から臥せっている。
国内中の医者を呼び寄せたが原因は不明。今はもうベッドから起き上がる事すらできない父と一緒にいたいがために、猛勉強して特待生になった。
つまり学年1位。
特待生の特権で、学園には週の半分しか通わずに自宅学習をしていた。
父の存命中に結婚しないと、ハイエナのような親族が家に乗り込んできて無理矢理結婚させられ、好き放題されるのは目に見えている。
だからとりあえず結婚を急いでいたのに!
父に心配をかけないために、ダミアン様の事を言い出せずにいた。
ダミアン様は今、公安隊からの指示で屋敷から出られない。
詳しいことは私にはわからないが、どうもガルフォード殿下の婚約破棄騒動だけでは無さそうだ。
ダミアン様のご両親である教皇夫妻が謝罪に訪れたけど、父に会ってもらいたくはないが、そうも言ってられない。
今の父に心労は命取りだが…仕方ない。
お父様ごめんない。婚約は解消になりました。
ダミアン様のご両親は慰謝料を大量に払って泣きながら帰って行った。ダミアン様の兄弟に独身はいないので婚約者をチェンジすることもできない。
欲しいのはお金より婚約者!
お金で買えるなら買いたい。
公爵家と結婚しても遜色ない家柄で、養子に入ってくれる人…。あのうるさい親戚が何も言えない人…。
いるはずないかぁ。
どうしたらいいの?
目の前の計画が…。
途方にくれていたら、侍女が
「今日は月に一度の夜市の日です。散策に行きませんか?
そんな顔、領主様にお見せしたらご心配をなさいますよ?」
と外に連れ出してくれた。
夕方から始まる夜市を見てまわっていると、焼き栗が目についた。
栗を買い、どうしても今食べたくなった。
侍女に見つかると、貴族のお嬢様は買い食いなんて致しませんよ?と怒られるので、護衛をちょっと巻いて、裏通りのベンチに腰掛けた。
二つある長椅子のベンチには、すでに先客がいた。
先客の男性は手元のノートを見ながら何や呟いている。
男性の様子を見ると、長旅をしてきたのかヨレヨレの貴族服に髪はライオンのように伸び放題でグシャグシャ、髭も伸び放題で年齢はよくわからないが、鍛えられた体は服の上からもわかった。
男性の独り言は案外大きい声で、これでは借金が返せない、とか、領民が困る、とか、兄と私では限界だ、とかポツポツ聞こえてきた。
すごく困っているのは見てわかったので
「あのー栗、食べませんか?買いすぎて…」
と普段ならこんな怪しい人に声をかけないのに、思わず話しかけてしまった。
「えっ?」
男性は私がベンチの反対端に座っているのに気づいていなかったらしい。
「ありがとう」
と言ってこっちを向いたが、髪の毛と髭のせいで目の色はわからないし表情もわからない。
「なんだかお困りみたいですね?私は赤の他人ですし、よかったら話してみませんか?少しは気が晴れるかも」
私は焼き栗を食べながら男性に話しかけた。
「私も辛いことがあったの。もうすぐ結婚する予定だったのに、相手のせいで、解消になったの…」
私は渇いた笑い声で笑った。
男性はびっくりした様子で
「こんな綺麗なお嬢様の婚約者のくせに!そんな男とはうまくいかなくて正解だ!黒曜石のような黒いツヤツヤした髪に、アメジストのような綺麗な瞳をした子はそうそういない。それにこの綺麗な顔立ち。なんてバカな男なんだ」
と私を慰めてくれた。私の話を聞いた後、男性は小さな声で話し始めた。
「10年前大きな水害があり、さらに5年前にまた水害があって領地は大変な被害を受けた。
幸い、死者はいなかったが…その復興の最中に今度は大規模な山火事があって…。
借金は限界、水害の復興も火事の復興も追いつかない。
今日は、先代の時に金を貸したギリアドネ子爵家へ返済の催促に来たんだよ。ところが屋敷は…夜逃げしたようだね。
どうすればいいのか…悪魔に魂を売るってよく言うけど、悪魔がこんな魂でも買ってくれるなら売りたいよ。
そのお金で領地が助かるなら…」
男性は力なく笑い声を出した。
と話している途中に泣いている男の子が通りかかった。見るからに貧しそうな子供は誰かに意地悪されたのか泥だらけで泣きながら歩いていた。
「どうしたんだい?」
男性は男の子に話しかけた。
男の子は泣きながら大切にしていた手乗りの馬の置物を近所の悪ガキに盗られた挙句、突き飛ばされた事を話した。
男性は足元をキョロキョロすると、落ちている木の枝を懐から出したナイフで器用に削ると、持っていた書類鞄から紐を出し、パチンコを作った。
そして、落ちているドングリを拾うと、パチンコで飛ばして木の葉を撃ち落とした。
「すごーい!」
目をまん丸にする男の子にパチンコを渡し
「木の馬の代わりにはならないけど、あげるよ」
と言って頭を撫でた。
そして私のあげた焼き栗を男の子に差し出して、
「あのお姉さんからだよ?帰って食べなさい」
と送り出した。男の子は笑顔で帰って行った。
私は少し明るい気持ちになった。
「さあ、あの子のように私も気持ちを切り替えて頑張るか。
お互い頑張りましょう!」
と男性は言って立ち上がったので思わず
「あのっ!不躾ですいませんがお名前を教えてくれませんか?」
と聞いてしまった。
男性は
「私はジェファーソン・クライドナイトだ。」
と答えた。
「クライドナイト様といえば隣国オパードラ国の伯爵家の?」
と私が聞くと、
「そうだ。よく知っているね?」
と返事をしてくれた。
「クライドナイト家…クライドナイト家‥あーーーーー!」
私は立ち上がった男性の前に立つと真顔で聞いた。
「失礼ですがあなたは独身ですか?もしも独身なら、借金がなくなるなら悪魔に魂を売りますか?」
と聞いた。
髪の毛の間から見える男性の表情はびっくりした顔をしており、怪訝そうな顔をした。
「私は独身だけど…貴族のお嬢様が何をしたいの?」
「ここでは聞かせられない相談。今、私の護衛を呼ぶわ。」
私はそう言うと、無理矢理、男性の手を掴んで引っ張った。
侍女のハランはすぐに見つかった。
私を探していたようで青い顔をしていた。
私はすぐに我がヤンテイラル家が経営する商会に向かった。
商会はもう閉店時間で、入り口を閉めようとしていた。
「今から貸し切りよ!クライドナイト伯爵様と侍女のハラン、そしてこのお店の経理のサマルは残って」
私はクライドナイト伯爵を壁にかけてある我が商会のルーツのところへ連れて行った。
「これを読んで」
クライドナイト様は不思議そうな顔をしながら、ルーツを読んだ。
150年前、
ヤンテイラル公爵家の末娘のケリーが隣国の貴族であるクライドナイト伯爵家の跡取りミーツ・クライドナイト様に恋をした。
2人は両思いだった。
しかしミーツ・クライドナイト様は大戦で片足がなく、そんな自分のところに嫁ぐ事を認めなかった。
末娘のケリーの気持ちを考えたヤンテイラル公爵は、ミーツ・クライドナイト様からワインを奢ってもらい、そのワイン代が払えないからと、借金のカタに末娘を渡した。
「お金が払えないから、払えるまでは娘をそばに置いてくれ。借金を返し終わったあかつきには、娘を返してくれ」と。
その後、借金は返されることなく、若い2人は幸せに暮らした。
そんな2人の幸せを祈って、毎年ワインを作り2人に送り続けたのが始まり。
「その借用書がこの額縁の中の書類ですわ。
ミーツ・クライドナイト様のサインと、当時の当主であるヤンテイラル公爵のサインがあるでしょ?」
と私は言った。
「昔の恋物語が何か?…」
クライドナイト様はわかっていない様子だ。
サマルとハランは私が何をしたいかわかったようだ。
「サマル、至急計算して欲しいの。ワインの今現在の値段は?もちろん、レストランでの最高級のワインの価格よ!ヤンテイラル産でなくてもいいわ」
「それでしたら、ヤンテイラルワイナリーのビンテージワインの市場での価格は80万タジーになります」
とサマル。
サマルは父の代から働いてくれている番頭で、白髪頭が少し寂しくなってきている。
親戚の叔父さんのようにいつも優しく接してくれる。
私の侍女のハランとは夫婦。
「80万タジー???そんな高級品存在するのか?普通は高級品でも一杯5000タジーくらいじゃないのか?」
クライドナイト様はすごい驚いていた。
「うちのは高いのよ?
さて、サマル、そのワイン代を払うために150年分の利息を複利で計算してね。」
そうして出てきた金額を見た。
「うん。それならヤンテイラルグループと鉱山の1ヶ月分の売り上げね」
と言うと、クライドナイト様に金額を見せた。
クライドナイト様はびっくりして動けずにいた。
「この金額がワイン一杯分の返済金???おかしい。どんなに高くても、数十万タジーだよ。このお嬢様は何を考えているんだ?」
と震えるように言うので。
「魂を売るんでしょ?
言ったことは責任を持ってね。
ということで、借用書通り、借金を返済するので、ケリーを返して欲しいの」
と私は言った。
クライドナイト様は目を見開いて、
「死んだ人を返せなんて無理難題を!」
というので、
「ケリーはもういないから、ケリーの血を返して?
つまり、ケリーの末裔であるあなたを返して貰います!
私はどうしてもすぐに結婚しなきゃならないの!」
と言った。
クライドナイト様はしばらく考えて
「私が君と結婚したら、クライドナイト家の借金はなくなる…。
本当に私と結婚するだけでいいのか?
私は、借金が多いから本国では誰も見向きされない。
そんな私がこんなに綺麗なお嬢様と結婚するだけで借金がなくなるのか?」
私は頷いて
「そのかわり、ヤンテイラル家に婿養子に入ること、そしてハイエナたちと対決することと、私を生涯守ること!」
強い口調で言った。
愛されなくてもいいから、知らない子供に見せた優しさを少しでも私に向けてくれる事を期待して。
クライドナイト様は騎士の礼をして
「私は、ジェファーソン・クライドナイト。
お嬢様を一生かけて守ると誓います。」
「交渉成立ね!私はナディア・ヤンテイラル。ヤンテイラル公爵家の一人娘よ」
と私は笑顔で言うと、
「ハラン、ジェファーソン様の髪を整えて、髭を剃って頂戴。サマルは明日のパーティーに出席できるような服を!」
商会には使用人用の仮眠室やバスルームがある。
ハランはジェファーソン様をバスルームに案内して、その間に服を見繕う。
「ジェファーソン様は背が高くて、まるで騎士のように引き締まった体をしていらっしゃる。
とりあえず今、本邸に行くための服はこちらの深緑の貴族服はいかがでしょうか?
明日のパーティーに着ていける服は、こちらの青いジャケットの貴族服か、または濃紺の騎士服か…。
どちらもパーティー用ですし、騎士服といっても、騎士様がプライベートのパーティーで着る服なので。この二つのどちらかを選んでいただけるといいですね」
服の候補を決めると、次は小物だ。タイピンやカフスボタンは我がヤンテイラル鉱山でとれたダイヤモンドを使ったもので、お揃いのデザインのものを選ぶ。
そうこうしているうちに、ジェファーソン様が戻ってきた。
伸び放題だった干し草色の髪は綺麗に揃えられオールバックにしている。
あの無精髭がなくなり、綺麗なマリンブルー色の瞳が現れた。ジェファーソンの顔はまるでお伽話の王子様のように綺麗だった。
「今日はもう遅いです。この時間だと公爵様はお休みになっているから、ご挨拶は明日にしましょう?お嬢様。」
ハランに言われてそうする事にした。
周りに私たちが考えた嘘を信じてもらうために、サマルは、旅行鞄にそれらしい荷物を詰めて、準備した貴族服を着てもらった。
準備した深緑の貴族服がぴったりだ。
「まだこの時間なら宿に泊まれますね」
とサマルは言うと、ヤンテイラル家の経営する宿ではない違う宿を予約した。
わざわざ我が家の宿ではないのは、私が手引きしたと思われたら困るからと言うサマルの配慮だった。
「いいですか?
クライドナイト様、あなたは以前このお店に来た際にお嬢様と出会い、惹かれあっていたがお嬢様には婚約者がいた。
せめて本日の卒業式の姿を一眼見ようとお忍びでやってきたという筋書きです。
借金の事やその他の事は絶対に言ってはいけません。
あくまで好きな女性をお忍びで見に来たのです。
そして明日の朝、お土産を買うために、我が商会に来るんです。
そういう筋書きです。
いいですか?今のあなたの容姿だと、いろいろな人が寄ってくるでしょう。
そうしたら、ナディア・ヤンテイラル様に一目惚れをして、卒業式をお忍びで見に来たと答えてください。
そして、明日の予定を聞かれたら朝一でこの商会に来る予定だと伝えてください。
くれぐれもハニートラップにかからないでくださいね!」
サマルは念をおすと、ジェファーソン様に宿までの地図を渡して送り出した。
「彼がいい役者であると信じましょう」
私とサマルとハランは彼の背中を祈るように見た。
次の日の朝、ナディアが起きると、メイド達がもう噂していた。
「彫刻のように美しい男性がお嬢様に一目惚れしているらしいですよ」
「なんでもお嬢様の様子をひとめ見に来たとか」
「昨日の夜市で見た女の子たちが声をかけたけど、ナディア様が好きだからと断られたらしいですわ」
メイド達がきゃっきゃっと騒いでいるのを見ながら身支度をして商会へと向かった。
商会に着くともうジェファーソン様は来ていて、サマルと談笑をしていた。
「今からお父様に挨拶をしに行くわ。お父様は寝たきりなの。」
本邸に向かうまで、婚約破棄の件や父の病の事、私たちの出会いについてのウソの筋書きを更に話あった。
その嘘の筋書きは、使用人を含め全てに突き通す事。
本当の事を知るのは、ハランとサマルと、私と、ジェファーソン様だけ。
お父様の前でジェファーソン様は
「片思いの女性の婚約が無くなったと聞き、急いでプロポーズしました。」
とまるで本当に私に恋をしているような目で見て話してくれた。
「ナディアはそれでいいのか?
ジェファーソン殿はナディアを本当に好きと見える。政略結婚ではなく恋愛結婚。
しかも、あのクライドナイト伯爵家の子孫と!
これはめでたい」
父はベッドの上で喜んでくれた。
そんな父の様子を見ていたジェファーソン様は
「恐れながら公爵様。いつも飲んでいる薬はありますか?もしよかったら私に見せていただけませんか?」
と言った。
父が薬を出すと、鑑定魔法で鑑定し
「残念ながら偽物です。本物そっくりに作ってありますがこれは毒です。今日から絶対に飲まないでください。
口にするものは水であろうが私の鑑定したものだけにしてください」
「まっ魔法使えるの?」
と私がビックリして聞くと
「私はオパードラ国の魔導騎士です。言ってませんでした?言葉足らずですいません。職場でもいつもそれを指摘されます」
と言っていた。
ジェファーソン様はこちらの用意した服ではなく、オパードラ国の魔導騎士団の正装で、卒業パーティーのやり直しをエスコートしてくれた。
書類鞄しか持っていなかったのに、どこから出てきた服なのか…
胸にはいくつもの勲章がついている魔導騎士団のローブを羽織ったジェファーソン様はそれはそれは素敵で皆、見惚れてしまった。
契約結婚だから!
勘違いしないようにしなくちゃ。
「クララ・ポールセン様にそそのかされていた方の婚約者の方って今日はどうしているのかしら?」
「ローズ様は義兄がそそのかされていたし、複雑よね。」
「ローズ様も他の皆様もお一人での参加だけど…ナディア・ヤンテイラル様は、見たことないような綺麗なお顔の騎士様にエスコートされているわ」
「なんでもナディア様に一目惚れした隣国の貴族がナディア様に内緒で卒業式のお姿を見に来たとか」
「その噂、知っているわ。街の宿に昨日から泊まってらっしゃるのよね」
「昨日の夜市であまりの美しさに声をかけた女性が多数いたらしいけど、ナディア様が好きだからと断られたらしいわ」
女子生徒はそんな噂話をしている。
昨日の一件があるため、ポールセン親子の関係者が報復に動いては困ると、宮廷騎士団が衛兵に混ざって警護してくれている。
ジェファーソン様は我が国の宮廷騎士団長に
「久しぶりだね、最近は国境沿いの魔物は大丈夫?」
と声をかけていたが、誰だか気づいてもらえなかったのか、ちょっと拗ねた声で
「私だよ?髭がないとわからないのか?オパードラ国の魔導騎士団のクライドナイトだよ」
と名乗ると、宮廷騎士団長の顔色が変わり
「クライドナイト様!!!まさか学園の卒業パーティーにいらっしゃるとは…何か昨日のことが?まさかクライドナイト様も捜査に?」
「嫌、関係ない。私の可愛い婚約者のナディア・ヤンテイラル嬢だよ。」
と私は紹介され淑女の挨拶をした。
「彼女とすぐに結婚してこちらの国に住むから、オパードラ国の宮廷魔導士はやめようかと思って」
と言うと、更に宮廷騎士団長の顔色が変わり
「クライドナイト様がオパードラ国から我が国にきてくださるなら、是非、騎士団総長になっていただきたい。今、我が国の総長の席は、それに見合う能力のものがおらず空席です!
是非とも!27歳という若さで異例の出世を遂げた貴方様なら!!!!」
「可愛い婚約者と離れたくないからね。またの機会に。」
とジェファーソン様は苦笑いをしてその場から離れた。
後で詳しく聞くと、クライドナイト領はジェファーソン様のお兄様が統治しているが、度重なる災難と借金で、兄弟でどうにかできないかと知恵を絞ったそうだ。
そして長年滞っていた借金の返済の催促にジェファーソン様が来てみれば相手は夜逃げしてすでにいなかったと。
この日からジェファーソン様はヤンテイラル邸に滞在した。父の体調を確認するためだ。
口に入れるものは全て鑑定をし、薬は新たに処方してもらったものを鑑定して、父に渡していた。
「まさか、偽の薬になっているなんて!」
医師はびっくりしてカバンの中の全ての薬をジェファーソン様に鑑定してもらっていた。
「偽薬は混ざってません」
とジェファーソン様は太鼓判を押していた。
ならどこで偽薬が?
使用人は疑いたくないが…。
ジェファーソン様が滞在して1週間が経つと、お父様はベッドから起き上がれるようになった。
ジェファーソン様に言われて、ヤンテイラル商会で取り寄せた解毒剤が効いているのかもしれない。
緑色の得体の知れない液体で、お父様は鼻を摘んで飲んでいるけど、顔色は少しずつ良くなっている。
更に1週間、お父様は立ち上がれるようになった。
長年寝たきりだったので筋力がなく、少ししか立てないが、これからジェファーソン様はサポートしてくれると言っていた。
そんな時、嵐が来た。
お父様の妹で、私の叔母のデアドラ叔母様とその息子のバルトだ。私はこの2人が嫌いだ。
デアドラ叔母様は派手な服装で強い香水の匂いをプンプンさせているし、バルトは昔から私と結婚する前提で話をしてきて婚約者がいると言っても、最後には自分が選ばれると思っている。
働きもしない一日中酒場に入り浸っているような人を選ぶ女子なんていないのに。
「あらナディア。お兄様のお部屋にいるこの男性はどなた?」
デアドラ叔母は綺麗な顔のジェファーソン様に色目を使う。
ジェファーソン様はそのねっとりとした視線に気づかないのか
「私はオパードラ国のジェファーソン・クライドナイトです」
と貴族の挨拶をした。
「こちらは我が家に伝わるワインの逸話。あのクライドナイト伯爵の末裔でな、今はナディアの婚約者だよ。
この美しい見た目のせいで、我が家のメイド達が仕事にならんでな。」
お父様はハッハッハと笑った。
「お兄様、お元気そうね。」
「ジェファーソン殿が取り寄せてくれる薬が体にあっているようで、今は立ち上がれるようにまで回復したよ」
と父は嬉しそうに叔母に話した。
「それはよかったですわ。そうそう、お土産をお持ちしましたの。」
と叔母はチョコレートの箱を出して開けると父に食べさせようとした。
「失礼。公爵様の食べ物は全て、私が一旦鑑定をします」
叔母は鑑定が何か知らなかったようで、毒見をするのかと思ったらしい。
「毒見をされるならこちらのチョコレートの方が若い方には好まれるわ」
と言うと、ジェファーソン様の口に入れようとした。
「鑑定!」
ジェファーソン様はそういい終わる前に叔母の手を掴み、チョコレートを奪い取った。
「なっなによ!」
叔母はびっくりして怪訝な顔をした。
「お前、何をするんだ!」
バルトは、ジェファーソンに殴りかかったが、すぐに魔法によって動けなくされた。
「公爵様、残念ながらこのチョコレートは全て毒入りです。今私に食べさせようとしたのは弱い毒、公爵様に食べさせようとしていたのは強い毒です。」
そう言うと、デアドラ叔母とバルトを魔法で拘束し、
「ちょっと2人を連れて行きます。余罪もありそうですね」
と2人を魔法で浮かせて連れて行ってしまった。
2人は殺人未遂で今取り調べを受けている。デアドラ叔母の夫は不慮の事故で亡くなっている。その点も追求されそうだ。
「実の妹に殺されかけていたなんて…。異母妹ではあるが大切にしてきたのに…」
父はショックを受けていた。
叔母は15歳で引き取られて、このヤンテイラル家に来た。
もうすでに先代である私の祖父は亡くなっていたが、祖父と写した複数の写真と、祖父が書いた手紙を持っていたので妹として迎え入れたとこのだが、今となっては、本当に父とデアドラ叔母が血縁なのか調べる必要がありそうだ。
戻ってきたジェファーソン様と庭を散歩した。
ジェファーソン様が家に来てからの日課になっている。
散歩の途中で東屋に寄るのも日課だ。
ここで色々な話をする。
「ジェファーソン様、ハイエナを退治してくれてありがとうございます。
ジェファーソン様のおかげで父も元気になっていますし…私が借金を盾にとり無理にお願いした婚約…。
これを機に解消した方がよろしいのでは…。
ハイエナとの対決と父の病からの回復は、あの金額で済むなら安い物です。
だってこの国にいたのではオパードラ国の魔導騎士団は退団しないといけないのですよね?」
私はジェファーソン様の優しさに惹かれたがジェファーソン様はこんなに気が強い娘は好きではないはずだ…。
私は泣きそうになり、目を伏せた。
「ナディア…。私は君が好きなんだ。
初めて会った日。焼き栗をくれただろ?
あの時のナディアの笑った顔に一目惚れしたんだ。
私ではダメだろうか?
こんな年上では。」
そう言いながら、ジェファーソン様は優しく頬に触れた。
私は頬に触れてくれた手を少し触り
「私もジェファーソン様が好きです。
お慕いしております」
と小さな声で言った。
ジェファーソン様は、優しく抱きしめてくれた。
そして
「これ以上ここにいたら理性を総動員しても勝てそうにないから、公爵様の元に戻ろう」
そう言われて、ジェファーソン様に初めて手を握られた。
「お母様の初恋の話、何度聞いても信じられないわ。
あの、尻尾が生えたようにお母様に寄ってくるお父様が、そんなにすてきな騎士様だったなんて」
娘のマリアンヌは信じていない様子で学園の教科書を開いた。
私はあの後、ジェファーソン様と結婚して、3人の子宝に恵まれた。
夫であるジェファーソン様は、今、宰相様の補佐をしている。
ジェファーソン様はこの国やオパードラ国よりも大きなアルダリア帝国の、帝国大学を飛び級の18歳で卒業したそうだ。
結婚してから知った事だけど、ジェファーソン様は色々な学位を持っており、この国にはいなかった人材として重要なポストで迎えられた。
お父様も元気になり、領地を統治することに精を出している。
あの毒の一件から、自分で作った物しか食べない!と言い張り、自分で野菜を育て始めた。
今では領民に混ざって苗を植えたり、収穫したりと農業を楽しんでいる。
「ただいまー。会いたかったよー。」
大きな犬のように仕事から帰るたびに私に抱きついてくるジェファーソン様。
ジェファーソン様は今でも毎日、私に愛をささやいてくれる。そして、焼き栗を見つけると、必ず買って帰ってくる。
今日、たまたま焼き栗が売っているのを見つけて買ってしまったから、こんな思い出話を娘にしてしまったのかしら?
私は焼き栗を見ながらフフフと笑った。
お読みいただきありがとうございます。
ワインの計算は当時の価格でいくと、たいした返済額にならないので、あえて現在値で計算するという暴挙に出ています。
確信犯です