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accompaniment  作者: Hiro
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~遥かなる君へ

 プロローグ


「パパ、これなあに?」先月4歳になったばかりの息子のワタルがなにかカシャカシャ音

 をたてるものを持ってきて、四角張った箱のようなものを「はいっ」と父親の弘人に手渡し

 た。

 古ぼけた四角い箱の正体はカセットテープだった。この手触り懐かしい。高校の頃にはよく

 お気に入りのCDを借りてダビングしたっけ。

「これはカセットテープっていうんだよ。」と優しく答える弘人。ワタルは「ふーん」と言

 って、また新しい獲物を求めてたったと走って行ってしまった。

 どこからこんなものをもってきたんだろう。ふとワタルから受け取ったカセットテープの

 裏を見ると、「サンサーンス 白鳥 自宅にて録音 佳代 1998.12.24」と記載さ

 れていた。カセットの台紙は少し色あせていて、時の流れを如実に表していた。


 1998年か、あれからもう20年以上経つんだな。。

 現在はコロナウイルスの脅威にさらされている真っただ中の2020年6月。弘人は翻訳家という仕事が幸いして、自宅でリモートで働くことができているが、同時に息子の保育園も休園してしまい、育児は妻の今日子に任せきりの状態だ。それでもいたずら盛りの息子は今日子の目を盗んでは好奇心から家中の色々なものを漁っては弘人のところにもってくる。

 きっとこれは長年開けていないチェロケースのポケットにしまってあったものだろう。


 弘人は元音大生で、プロの音楽家を目指してチェロを専攻していた。しかし現実は甘くなく、ご多分にもれず、卒業してもなかなか音楽家として食べていくのは難しかった。このままではいけないと思い、卒業後は英語が好きだったこともあり、翻訳の専門学校に通った。現在はフリーの法律関係の翻訳家で生計を立てている。それでも都内で親子三人が食べていくのはぎりぎりなので、妻の京子も派遣社員で働きに出てもらっている。


 仕事、結婚、育児と目まぐるしく変わる自分の状況に、いつしか音大やチェロという言葉を聞いても、弘人はどこか他人事のように感じていた。自分には全く関係のない世界だと。

 きっとそれは、無意識のうちに音楽に挫折した自分が傷つかないようにするための、一種のバリアーだったのかもしれない。そして音楽で成功している人間を妬ましく思う気持ちも多少なりとあったのだろう。


 音楽に挫折した今の自分が1998年の自分にメッセージを送れるとしたら、何を伝えらえるだろう。そう、あの頃の自分に。

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