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ふり~だむ・はいすく~る  作者: 星火燎原
4/4

幸福 Sweet Time

 始業のベルが鳴ってからというもの、ひたすら同じ作業の繰り返し。

 瞬読の訓練。最初は後天的に得られる便利な能力を身につける程度。と簡単に考えていただ、行動特性黄色のせいか同じ作業を繰り返すことに苦痛を感じる。

 これは地獄。地獄のレクリエーション。

 正義を筆頭に嘆き苦しむ黄色の生徒。

 逆に行動特性が緑色の人間は同じ作業の繰り返しを楽しいと考える傾向があり、黄色と緑を兼ね備えている者はそれほど苦でなく進めている。そのためか習得時間も短い。最もそうさせているのは、さっさと地獄を乗り越え自由な時間を謳歌したいという下心である。


 最速で三・四日を見ていた教師の思惑とは反対に、何人かの生徒は二日で習得してしまった。早く帰宅して自分の時間を大切にしようという呼びかけが効いている。驚くほどの効果を発揮していた。

 気づけば午後二時。集中力が切れて屍と化している面々は戦闘不能。

 個人の調子もあるだろうということで、ここからは自由時間。継続して試練に臨むもよし。帰宅するなりアフタースクールを楽しむなり好きにしてよしとのお達し。

 もちろん全員席を立つ。明日もあるし、本さえあれば訓練は家で出来ると知っているから、無理に学校で缶詰になっている理由もない。脱兎の如く走り出し、遊びに行こうと浮足立った。


「さすがに、根の詰めすぎはよくないよな。と言いながら飽きただけ」


「分かる分かる。いやぁ思っていたよりキツイねこれ。習得したら後が楽って分かってないとできないよ。しかし意外だったね。天妻が最初にクリアして、颯爽教室飛び出しちゃうとは」


「ああ、ちょっと意外だった。あいつ釣りが好きでこの時期、今日の天気は釣り日和って言ってたからなぁ。それが目的だろう。わざわざ俺の携帯に写メ付きで楽しそうにしてるところを送ってきやがったよ。あの野郎」


「受験を先抜けして、自分一人楽しんでるのを友達に送る空気読めないヤツじゃん。まぁそこまで辛辣ではないけれど。それよりこの後は暇? 私さ、よさげな隠れ家的カフェを見つけちゃったんだよね。よかったらクロちゃんと一緒にいかない? 友達も誘ってるんだ」


「隠れ家的カフェ!? 行く。行きたい。このクロシェット・ブルタールは優雅なティータイムを所望するぞ! もうクタクタだ。素晴らしいスイーツを要求するっ!」


「あっはっは。クロちゃんは決まりね。正義は?」


「それじゃあせっかくだし、俺も付き合わせてもらうよ。誘ってくれてありがとう」


「いいのいいの。運命的な出会いで同じクラスになったんだし、みんなと仲良くしたいしね。本当は全員で行きたいけど、お店が狭いからそうもいかないし。あっ、と……あそこにいるのが私の友達。同じ中学出身なんだ」


 教室の扉に寄り掛かるようにたたずんでいるのは赤毛の少女。眼鏡をかけていて文学的な落ち着きを感じる。

 文学少女の名前は火燕有栖(ふしどりありす)

 ヴァルハラ学園一年の赤組生徒。

 真愛実とは幼馴染の付き合いで仲が良く、よく遊びに出かける間柄。


 鈴子にとって見知らぬ相手。正義の過保護な心はいつも鈴子にむけられ、こんな時でも老婆心が先に立つ。厨二病にかかってテンションが上がっているとはいえ、人見知りが一朝一夕で治るはずがない。真愛実と天妻は正義と仲良くできているから気兼ねなく会話が成立しているが、それ以外のクラスメイトとはまだ積極的に関わろうとしていなかった。

 容姿や言動のせいで近寄りがたいという可能性も考慮すべきかもしれないが、とにかく自分が鈴子のために道を切り拓いてあげなくては。一人で立ち上がる姿を見守ることも必要と思いながらも、愛ゆえに、ついつい手をとってしまう正義である。


 だが正義の心配とは裏腹に、クロシェット・ブルタールは軽快なステップを踏み、火燕の前で決めポーズ。自己紹介と洒落込んだ。慣れた様子で挨拶を終え、目的のカフェへと向かう一行。平常心を保ってはいるが、いつの間にか自分の手から離れてしまった子の背中を見て寂しさを感じる親鳥は、嬉しさ半分、悲しさ半分で楽しそうな彼女の横顔を見守っていた。


 カフェ・フェアリードルム【妖精のうたたね】

 狭い路地裏を入り、いくつかの角を曲がった先にあるこじんまりしたアンティークショップ兼カフェ。

 通路の狭さゆえにギリギリ扉が開くほどの隠れっぷり。

 立地の悪さのために大通りからでは小さな看板しか見えない。

 知っていないと認識すらできないような、まさに隠れ家。

 しかし正面に立ってみると、古き良き西洋作りの窓から漏れる暖かな光と、ガラス越しに見える工芸品の並ぶ姿は人々の目を奪ってしまうほどに美しく、どこか懐かしい気持ちにさえさせられる。


 からんからんと気持ちの良い鐘の音が鳴り響き、店主の女性の声が聞こえる。

 柔らかく、線の細い響き。一声聞いただけで素敵な妖精だと想像してしまうような出会いを予感させた。

 オーソドックスな給仕服に身を包んだ小柄な少女。

 満面の笑みは三千世界を照らし、全人類を幸せにしてしまうような印象を持っている。


「いらっしゃいませ、四名様ですね。お好きな席へどうぞ」


 断りを入れ、席へ通されるより先にカウンター前にディスプレイされた工芸品に飛びつく女子。

 くるみ割り人形のような工芸品。

 太陽の光を受けて回るガラス細工。

 覗き込めばキラキラと千変万化する万華鏡。

 自重の変化を利用して傾き続ける真鍮製の宇宙儀。

 どれもこれも珍しく、そして何より美しい。

 見ているだけで時間を忘れてしまいそうな、それこそ美術品の歴史をたどる旅に出ている気分にさせられるそれは、きっと見ているからこそ感じる神秘。おそらくこれらは自分の物にしてしまうと輝きが消えてしまうような、そんな儚さを感じた。

 これはこの空間にあるからこそ輝いている。

 具体的な理由は説明できないが、みなそのように思わされた。


「素敵な工芸品ですね。まるで宝石のようです」


「ありがとうございます。あなたの髪留めも綺麗ですね。大切な人からの贈り物ですか?」


「えっ、いやっ、これは自分で選んだ物で……大切な人からの物とかそんなんじゃ……」


「それってサム君に頼んで買って貰ったやつでしょ。まだ告ってないの? 有栖は可愛いんだから、絶対即OKしてくれると思うけどなぁ。なんなら私が即OKを言わせたげようか?」


「い、いいよそんなの。こういうのは自分でなんとかするからっ!」


「もしや恋かッ!? 恋の悩みかッ!? 相手はサムと言う奴か。善は急げッ!」


「あらあら、青春ですね♪」


「そ、そんなんじゃ……あぁもうっ! からかわないで下さいっ!」


 初々しく頬を染め、大切な髪止めを大切そうに撫でるその姿はまさに乙女の姿。

 好きだけど、胸に抱いた思いが壊れてしまうのを恐れ、なかなか前へ進むことができない。

 サムは有栖が中学の時に留学してきたハーフの外国人。小麦色の肌。少し小柄で有栖よりも背が低い。愛嬌もあり誰にでも気さくに話しかける彼の笑顔は優しく、正義感に溢れるその姿に有栖は憧れと恋心を抱いている。

 本来の予定であれば、中学卒業と共に故郷へ帰るはずだったが、両親の仕事の都合で日本に残ることになった。有栖にとってはまさに天の啓示と呼べる出来事。だからこそ、必ず告白するすると言いながら、結局、するする詐欺でここまで来ている。

 それは彼女のいじらしさ所以でもあるのだが、どぎまぎさせられる外野はとにかく有栖のやる気に火を点けようと躍起だった。特に真実の愛を探求する者の執拗なキューピッド作戦には見守る外野もはらはらさせられている。


「――――――と、言うわけで。愛の先輩として有栖にアドバイスしてはくれまいか」


「そ、そんな話しをするために私を誘ったの? もう……余計な気を回さなくていいのに。自分でなんとかするから」


「そう言って何年になるわけ? こっちはするする詐欺の被害者なんですけど。さっさと告っちゃわないと、他の女の子に横取りされるよ」


「それは絶対に嫌」


「だったら正義とクロちゃんみたいに、桜並木の下で告ってハグしてチューしちゃいなよ。明日って、今なんだよ?」


「そうですよ。恋は戦争。何かあってからでは遅いのですっ!」


「そうだぞっ! 誰かのものになって後悔したって遅いのだ。それに中学からの積み重ねはあるのだろう。だったらあとはお互いの距離を詰めるのみ」


「まぁその彼の気持ちが有栖に傾いていればいいどね。というか、フィンさん……でしたっけ。お店はいい、の…………なんか視線が超痛い」


 盛り上がっているところに水を差して、さも当然のように立ち振る舞う空気読めないクソ野郎に、女子は冷たい視線を送りながら一人一言ずつ罵声を浴びせる。その一人に、最愛の人も含まれているのだから、彼はどれだけの間違いを犯したのかが推し量れる。

 罰としてスイーツを奢らされた。

 決して安くはないカフェのスイーツが正義の財布を直撃。

 逆さに振ると、アルミニウムのかすれる音しか聞こえない。


 新作スイーツと言って現れいでたるはカロリーの爆弾。

 巨大なキューブ上のトーストの上にアイスクリーム。ウェハースにチョコ菓子。カラフルな果物。クリームチーズソースが海の波間を描いて振りかけられていた。普通のハニートーストはここで完結しているはず。

 しかしフェアリードルムは一味違う。

 なんとこのトースト。一度素揚げして粉砂糖を振りかけられている。そう、みんな大好き揚げパンに仕上げられているのだ。ご丁寧に16×16のブロックと化し、一口サイズに切り分けられているという手の込みよう。あらかじめ切断しておくことで、下手にナイフを入れて、美しいトッピングが崩れてしまわないように工夫されていた。

 さらにさらに、このバニラアイスの上にイエローダイヤモンドと思しき宝石が散りばめられている。それは【はちみちゅダイヤモンド】と呼ばれる代物で、アンティーク商品を仕入れている旅商人経由で遠方の少女から特別に買い付けてもらっている特注品。

 見目麗しく、食べて美味しいというのだからその破壊力(幸福感)たるやこの世の物ではない。

 サクサクカリカリの揚げトーストにあまあまチョコレート、濃厚まったりクリームチーズソース、ひんやりアイス、きらきらカラフルスプレー、さくさくウェハース、ゴージャスはちみちゅダイヤモンド。

 これ以上に素晴らしい宝石箱がこの世にあろうか。


 スイーツ大好き女の子。宝の山を目の前に感嘆のため息。

 粉砂糖のかかった欠片を一つ掴んで口へ運ぶ。

 彼女たちはその幸せのパラダイスに目を輝かせて頬を緩ませた。

 仕方のないことだ。女の子なんだもん。


「美味しいし、見た目が超綺麗。こんなスイーツ見たことないっ!」


「あらかじめ食べやすい大きさになってるっていうのもポイント高いね。切る時にぐずぐずになるのって本当に嫌だからさ。さすが税込み2680円。値段もさることながら、この破壊力は納得の一品だわ」


「反省してるので、値段のことは言わないで…………」


「ジャスティスッ! あ~ん、して。あ~んっ!」


「はい、あ~ん♪」


「見ろ、有栖。これがバカップルだ。実に素晴らしかろう。有栖もサムに、あ~ん、してもらいたいだろう?」


「いや、それは、その……ノーコメントで」


「ふふっ。その時になったら是非うちにお越しくださいね。特別サービスしちゃいますよ。それからこれは私からみなさんに。お近づきのしるしです」


「コーヒー。いいんですか?」


「ええ、これは私のお気に入りのコーヒーで、苦いものが苦手な人でも飲みやすい品種の豆なんです。試しに飲んでみて下さい。それからセットでお出ししてる葉野菜のチップスも…………って、これじゃないです。もうっ! 九頭龍(くつる)さんったらまた勝手なことを。ちょっと九頭龍さん。葉野菜のチップスを用意してって言いましたよね。なんでチーズブレットがあるんですか。それにこれ、私のおやつじゃないですかっ!」


「申し訳ございません。フィンさんがぷりぷり怒るところを見たくて、つい」


「も~うっ! そうやって年上をからかうものではありませんよっ!?」


「ふふっ。申し訳ございません。それから、こちらコーヒー用のお砂糖をお持ちしました」


「あ、ええ……ありがとうござ」


「だから、烙燿豆にお砂糖は出さないって言いましたよね?」


「申し訳ございません。フィンさんがぷりぷり怒るところを見たくて、つい」


「もぉ~うっ!」


 バカップルがここにもいた。

 一同はそう思い込み、生暖かい目でそのやり取りを見守っている。

 実はこの二人、単なるバイトと契約主の関係。アルバイトの池面九頭龍(いけづらくつる)は契約主のフィンをからかってただ楽しんでいるだけ。人の良いフィンはそんな彼の奇行に無駄に広い寛容の心で許している。この無駄に広い寛容な心はどこから来ているのか。疑問に思った、もとい二人の間に愛の波動を感じないと確信した真愛実はフィンに尋ねると驚きの返答が返ってくる。


 曰く、『どんなに困らせられても許してしまうのは、彼の顔が自分のタイプだから』


 頬を赤らめて恋に恋する少女のような仕草で、いやぁ~ん、と声を上げた時はさすがの四人も引いてしまった。イケメンだからと言ってそこまで許せるものなのか。業務命令違反で解雇事由に抵触しそうなことを平然とやっている。だけどはやり、そんなことより彼女にとっては顔。何を差し置いても顔が大事だった。


 話しを戻してコーヒーの話題。

 なにやら自慢の豆で挽いたコーヒーの原料は烙燿山でのみ栽培されている烙燿豆という品種。元々は漢方の一つとして扱われていたそうだが、コーヒーを嗜む外国人の手によって挽かれ、その甘さとコクの強い苦みに驚き、以来、コーヒー豆として珍重されてきたそうな。その豆は甘露茶を楽しんだあとの茶葉を肥料として使われていることが特徴。甘露茶独特の甘さを吸い込んで成長した豆はアジサイの茶葉の旨さを受け継ぐように甘い豆をつける。


「むむぅっ! 苦いコーヒーは苦手だけど、これはなんというか、甘さを引き立てる苦味が美味しいというか、なんというか……美味しいっ!」


「本当に……こんなコーヒー飲んだことない。これ、本当に無糖なんですか。全然そんな風に感じない。それに苦いだけじゃなくてフルーティーな豆独特の香りとコクも強くて、だけど後味はスッキリしていて飲みやすい」


「うっま! コーヒー感は間違いないけど、新感覚だ」


「でしょでしょ? それからこっちの葉野菜のチップスもおススメです。ハニートーストのアイスとディップしてもいけますよ。これは私の古い友人とよく食べた思い出の食べ物なんです」


「んむぅっ! これはカボチャとほうれん草? と、あと何かは分からないけど、野菜独特の美味しさが詰まってて、すっごく素敵です」


「凄いです。よくわかりましたね。カボチャは分かりやすいかもですが、ほうれん草と、それから他の葉野菜が混じってるのが分かるだなんて。お料理、好きなんですか?」


「え、えぇまぁ……女の子程度には」


「そりゃあもう、大好きな男の子のために頑張ってるもんねぇ~」


「まぁ素敵ですっ! そういうのって、すごく羨ましいです」


「フィン殿には彼氏とかいないのか? 小柄で可愛いし、ロリコンにモテそうなのに。九頭龍はロリコンじゃないのか」


「ちょ、クロちゃん言い方」


「それがなかなか……性格のいいイケメンに出会えなくて。九頭龍さんは私好みのイケメンなのですけれど、中身がクズなので…………」


「ちょ、フィンさん。聞こえてますよ」


「聞こえるように言ってるんです」


「そ、そうですか…………」


 天邪鬼な態度はイケメンだから許されているとはいえ、大事なお客様に迷惑をかけているという部分については本気で怒っているらしい。当然と言えば当然の感情ではある。彼女が人並のモラルを持ち合わせていることに安堵するメンバーだった。


 旨いコーヒーをひと含み。幸福な瞬間に心を沈ませようと赤毛の少女は窓の外に目をやった。どこまでも広がる青い海。青い空に浮かぶ雲。春のこの日和に素晴らしい夏の景色が映り込む。こんなにも清々しい景色を見ながら、想い人と一緒の時間を過ごすことができたらどれだけ幸せなことだろう。二人だけの浜辺で、茜空に溶け込んでいく二人。その夜に二人は一つになる…………。


「なぁ~に黄昏てるの? またサムのことを考えてたんでしょ」


「わっ、ちょっ、いきなり話しかけてこないでよ。きゃッ! もう……またやっちゃったぁ」


「なんとっ! いきなりティーカップが爆散したぞ。まさか組織から狙撃されたのかッ!?」


「大丈夫ですかッ!? お怪我はありませんか!?」


「ごめんごめん。ついエロい顔をしてたから、どうせサムのことを考えて脳内あんあんしてたんだろうなって思って」


「エロい顔なんかしてないし! あぁごめんなさい。弁償します。本当にすみません。私、生まれついてから力が強くって。すぐに物を壊しちゃうんです……」


「それにしても不自然な壊れ方をしたような」


「有栖は力が強すぎて指と指でつまんだり、手と手で挟んだ物はすぐに壊れちゃんうんだよ。だからほら、ティーカップも添えるように持ってたでしょ? 普段は有栖専用のマイ超合金マグカップ持参なの。今日は急に誘ったからもってなかったみたい」


「まぁ、そういう理由が。でもどうしましょう。うちには超合金ティーカップの用意がありません」


「いえ……あるはずないので気にしないで下さい。それから申し訳ないので、コーヒーをもう一杯いただけますか。飲むときはストローを使いますので」


「熱いコーヒーをストローで飲むのは危険なのでは……?」


「大丈夫です。慣れてますので」


「慣れているのか……いったいどんな訓練を?」


「なんなら私が口移しで飲ましてあげようか? ちゅ~って♪」


「断固断る」


「…………っは! ジャスティス」


「いいよ」


 間髪入れずに正義から鈴子へのラブキッス。呆けたように頬を紅潮させる二人を見て自分のことのように顔を真っ赤にする有栖。少女のように驚きと憧れを感じているフィン。これが真実の愛のなせる業だと有栖の背中を叩いてバカップルを指差す真愛実。

 自分の口の中の液体を人の中へ流し込むなど衛生的にご法度であるだなどと考えないバカは平然とそれをやってのける。なぜなら自分のものを相手へと受け渡す行為はお互いの愛を確かめ合うための手段でしかないからだ。誕生日プレゼントであろうとも、朝の挨拶だろうと、手段は関係ない。お互いがお互いを抱きしめ合える関係であるという確認。そして得られる結果だけが大事なのである。


 少し引きながらも少女漫画でよくあるような非現実的ストーリーが目の前で展開されて、心臓が持たないと有栖は恋愛系の話題から最近の世間話に話しを振り切った。

 有栖と真愛実と、それからもう一人。同級生が今年もクラスメートになるはずの予定だったのに、いずこかへ失踪してしまったという事件。それも二件。もう一人は一つ学年が上の先輩。二人は時同じくしてこの世から姿を消している。警察の懸命な捜査も虚しく打ち切られた事件の行方を知る人物は…………ヴァルハラ学園の学園長が知っていた。


 自称神ことオーディン、もといおでんちゃん曰く『五十嵐詩織と宮本貴彦は異世界転移(愛の逃避行)をしている』だそう。


 この言葉のおかげで事件はひとまず落ち着きを取り戻した。

 ここではないどこかだとしても、元気でいてくれるならそれでいい、と。


「愛を成すために異世界にまで逃避行するだなんて……しおりんも隅に置けないよねぇ」


「いつの間に先輩とそんな関係になっていたのか超気になる」


「異世界転移……だと……ッ! ぜひその五十嵐詩織という者に会いたいものだな。して、彼女はどんな人間なのだ。もしや選ばれし英雄的な!」


「しおりんはねぇ、例えるなら猫を被ったラーテルかな。普段はおとなしくてあざと可愛いを演出しようと頑張ってるんだけど、機嫌が悪くなったり思い通りにいかなかったりすると滅茶苦茶怒るの。そんなに怖くはないけど、普段がおとなしい分、激しく見える。でもそのギャップが可愛いんだなぁ~」


「真愛実って、意外とロクでもないよな」


「真愛実は人をからかう癖があるから気を付けてね」


「そんなことないしぃ。私はいたって普通のJKですぅ。でねでね、しおりんを弓道に誘ったことがあるんだけど――――――」


 真愛実は中学から弓道を始め、女友達を仲間に引き入れるべく五十嵐詩織に声をかけたことがある。殺し文句は『弓道にとって貧乳は最強のスタイル。だからその恵まれた体形でもって全国を制覇し、モテモテ大和撫子になろう!』である。

 自分の都合の良い言葉なかりが耳に響く詩織はそそのかされ、練習を始めたのだが、弦が左腕の内側にぶち当たって血管が大噴火。それ以降、道場に近づくことはなかった。

 笑いながら笑い話にならない話しを披露してドン引きを誘うついでに鈴子を弓道に勧誘。

 そんな話しを聞いた後でやってみたいと思うはずもなく、断固断られる。


 談笑もそこそこにそろそろ帰るかと店を出ると、狭い路地裏にちょっと大きめの鳥の大群。まるっこくてもこもこしていて、羽毛布団にしたらさぞ心地よさそうな羽をしていた。

 なんだか分からないが鈴子が物珍しい光景に心躍らせ追いかけるも、曲がり角を曲がった途端にその姿は消えている。見間違いか、季節外れの白昼夢か。しかし手に残るもふもふの感覚はたしかにある。

 不思議な体験だと首をかしげながら、鈴子にはある一つの欲求が生まれた


「もふもふの動物が飼いたい!」


「それはダメだ」


「なぜだジャスティス。愛玩動物の一匹や二匹、新婚生活の共にいても不思議ではなかろう。まさかジャスティス…………アレルギーなのかッ!?」


「いやそうじゃないけど、一時でもようちゃんの注意が俺意外の物に向けられるのが我慢ならない」


「ジャスティス…………むぎゅっ!」


「見ろ有栖。あれがバカップルだ。あれをバカップルって言うんだ。私が有栖をバカップルにさせてやんよっ!」


「いや何を言ってるのか分からないし、正直、もうお腹いっぱいですわ」


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