再会 I Love You
正義が愛する人と再会します。
彼女は数か月前まであざと系妹キャラで正義にべったりでしたが、事故った末に色々あって厨二キャラとなってしまいました。高校生デビューと称して過去の自分と決別しようとキャラチェンジする人はよく見ます。この作品ではそんなキャラばっかり出てきます。
立ち居振る舞いを試行錯誤しているんですね。これもまた青春です。
風変りな学園長。
変貌した旧友。
弟の心情を気にしない姉。
なかなかどうして平穏な日常から乖離しそうな要素が満載な状況。
普通の人間であれば逃げたくなるのも仕方がない。
最初は彼もそうだった。おかしな人間蟲毒の中に放りこまれた一般ピーポーは現実逃避を行いながら自我を維持している。しかし闇龗正義はスマホの画面を見た瞬間に生き返った。
『明日の朝7時、桜並木の入り口で待つ。華厳鈴子より』
事故のケガのためにしばらく療養すると聞いていたものだから、手をつないで歩くのはまだ少し先だと思っていた。それが明日、しかも告白予定の桜並木の前で待ち合わせ。小躍りが止まらないとはこのことよ。
暗い不安などどこへやら。ベッドの上でスマホを掲げ、浮足立つ阿呆が一人。
正義は明日、大好きな女の子に会えることの喜びに酔いしれてしまい、文章の変化に気づくことはなかった。
普段はスタンプや顔文字を使い、あざとく甘えるような言葉を選ぶ華厳鈴子が直接的な、それどころか果たし状のような文面を送りつけている。
これが何を示唆しているのか。正義はまだ知るよしもない。
朝6時。
薄暗く、朝日がようやく目覚めた時分の桜並木に影を落とす者がいる。
脳が脳内麻薬お花畑の青春クソ野郎は胸躍らせながらその時を待っていた。
あまりに楽しみすぎて布団から起きて妄想にふけっている姿のなんと滑稽ことだろう。にやついた笑顔でしきりに鏡を覗き込んでは服装が乱れていないかなんて確認していた。ネクタイはずれていないか。寝ぐせはついていないか。歯は汚れていないか。口臭は気にならないか。
万が一にもキスをすることになって、口が臭かったら台無しだ。
まだ可能性でしかない未来を想い描いて夢想する時間は楽しいもの。
また面白いことに、現実とは妄想の通りにいかないのが定石。正義においても例外ではなかった。否、彼だからこそ、普通を願うからこそ、彼の理想の普通は得られないのかもしれない。
「やぁ早いじゃないか。我が魂に刻まれし運命の人よ」
声に振り替えると、そこには朝日に照らされた少女の姿がある。
白を基調にしたピンク色のグラデーションのかかったウェディングドレスを纏い、白無垢のベールを冠に、長い髪は後ろにくくられ、ハートの形の……眼帯をしている。
魂に刻まれた運命の男にはすぐに分かった。
風貌は違えど、初めて見る衣装だけど、彼女が誰なのかは魂で感じた。
華厳鈴子
新郎の愛しい君。
高校デビューの熱にあてられてか、新しい自分を発見したのか、はたまた事故の後遺症で脳に支障をきたしたのか、理由は定かではないがそこに美しい花嫁の姿がある。
ただの一般ピーポーであれば硬直し、つっこみを入れるところだろう。なんでそんな恰好で出歩いているのか。あなたは誰ですか。そんな陳腐な言葉を並べるに違いない。
しかし正義は違う。心の視野狭窄に陥っている男の反応はこうだ。
再会を心より喜び、彼女の両肩に手を乗せてこう告げるのだ。
「鈴子、いついかなる時も、俺は君を愛しているよ」
優しく力強く抱きしめ、誓いのキスを交わす。
驚きたじろぐだろうと思って構えていた少女の斜め上の反応にぴくりととまどい、甘い口づけを感じるまま暖かな腕の中に身を寄せている。
そんな祝福された二人を祝うかのように春風は桜の花吹雪を連れ、陽の光は天を目指して加速した。
ウェディングドレスの女性も同じ気持ちと抱き返し、この時間がいつまでも続くようにと心に願う。
嬉しさのあまりお姫様抱っこで学園へ向かう新郎新婦。
授業まで時間があるからと校内を案内すると言って二人の時間を満喫している。
両腕に捕まえた幸せを胸に抱き寄せ、人の目もおかまいなしに輝かしい未来をみつめる二人には全てのものがキラキラとして映って見えていた。
下駄箱から理科室の骨格標本、バスケットゴール、食道、プール、誰かが暇つぶしに掘ったであろう机の傷まで全てが愛おしく感じていられる。これから共に青春を謳歌する。それだけで忌まわしい過去も、カラフルに花咲く薔薇色に見えていた。
ホームルームの時間が近づくにつれてまばらに学徒共が教室の中に集ってくる。
多くの眼帯勢や派手な私服で身を固めている輩ですら親愛なる隣人に思えるのは間違いではない。彼らは正義と鈴子の青春に咲く素晴らしい脇役。時代に名を遺す偉人には決まってその者を支える友がいた。正義にとって彼らはそれだ。
社交的な仮面を被った自己中心的な生命体はそうとしか思っていない。
ともあれ嫁の願いの一つに『友達を沢山作りたい』というものがある。
だからモブとも仲良くやっていかないといけないのが事実。さりとて彼女のためになら地球すら破壊できる旦那には何も苦であるはずがない。むしろ嫁の幸せな姿を見て幸福を感じる旦那は積極的にマッチングさせようと策を練っていた。
まずは女友達からだ。同性の友達であれば嫁をとられる心配もないだろうし、社会人になれば友達同士で食事に出かけるなんてこともある。旦那には束縛癖がややあるが、そのくらいの付き合いを拘束するほど彼女を信頼していないわけではない。
なので彼は人当たりのよさそう、かつ自分たちよりも立場の弱そうな人間をみつくろって友達になろうと考えていた。
自分たちの言うことを素直に聞いてくれるような存在は便利なことを彼は知っている。
例に出すとしたら天妻臥土。
天妻は中学の頃、絵に描いたような陰キャで引っ込み思案で自主性が低く、前髪も目の下まで隠して己を消そうと躍起になるような性格だった。だから自分の言うことは基本的に何でも聞いてくれるし、やや無茶なお願いでも快く引き受けてくれた。もちろん、誠実なペルソナを崩すことなく信頼を得ながらというのが前提にある。でなければ道具はすぐに壊れてしまう。
闇龗正義は鈴子以外の人間なら洗脳まがいのことをして使っても罪悪感に捕らわれないような性格をしている。サイコ野郎なのだ。
類は友を呼ぶというのか、もしかしたらそんな性格を間近で見ていたからか、華厳鈴子も似たような性格をしていた。
自分の事を好いていると知っていて上目遣いや甘えるようなあざとい仕草で闇龗正義を言葉巧みに操ろうとする。正義はその事を重々承知ではあるが、彼女のことを心の底から愛しているゆえに掌で転がされることに幸せを感じていた。
ただ同性にあざと可愛いを使うと嫌われるため、あまり同性とは関わらず、正義を盾に使って危機から身を遠ざけている。
本当に、お似合いのカップルである。
「よっしゃぁ、それじゃあホームルームを始める前に、昨日欠席した華厳鈴子に自己紹介をしてもらおうかな。時間がとれないから悪いけど、クラスの人とはそれぞれで交流しておくれ。それじゃあ華厳、前に出て自己紹介よろしく」
「ふっふっふっ! 我が名は華厳鈴子。しかし先日、ある組織に命を狙われ、瀕死の彼女を冥界の淵より救いし死神との契約により、死天使へと覚醒した私の真名を貴様らの魂に深く刻むがいいッ! 我こそは、闇龗正義の運命の人【クロシェット・ブルタール】であるッ!」
「はい、彼女は春休み中に事故って生死の境を彷徨っていたので学園に来るのが一日遅れてしまったんだ。まぁでもみんな殆ど初対面だし、スタートが遅れたとも言えないし、私の将来の義妹になる予定だから仲良くしてやってくれ」
「お義姉様、意見具申してもよろしいでしょうか!」
「なんだねクロちゃん」
「く、クロちゃんッ!? 我が崇高なる名は【クロシェット・ブルタール】ぞ。安易に略して欲しくないものだな!」
「クロちゃん、可愛いと思うけどなぁ。だめ?」
「く、くぅ、可愛い? し、仕方ない。まぁ仕方がない。お義姉様そう仰るのなら甘んじて受け入れようではないか」
「あんがと。で、意見具申って?」
「そう、我がクロシェット・ブルタールの席をザ・ジャスティスの隣にしていただきたい!」
「いいよ。まぁそこは他の子と応相談して勝手にしてくれ。みんなも席替えは自由だから。とりあえずあいうえお順で並んでるだけで、席は自由に決めてくれ。でもケンカはするなよ。それから前の席から詰めてくれよ。後ろにばっかりいられると、先生たち、寂しくなっちゃうから」
意見具申と言いながらアゴの裏を見せつつ、誰が見ても命令のような傲岸不遜な態度をとる生徒にも優しく接する先生、人ができてらっしゃる。一連のやりとりの中でざわざわと空気が揺れたものの、誰が声を荒げるでもなく平和的に解決した。
これが大人の対応。みなそう関心し信頼の芽が吹く。
それにしても将来の義妹とはどういうことか。
思い返してそっちの言葉が気になり始めた一同に、ここぞとばかりに立ち上がる新郎。
先生と一人の生徒の苗字が同じことに気づいたモブたちのざわめきを確認。慣れた手つきで椅子を引き、百獣の王もかくやの足取りをとる。
こういうことはモジモジとするより堂々とした方が好印象。恥ずかしいことではない、胸を張って、確固たる信念を見せつけることが大事だということを正義は知っていた。だから壇上に上がり、愛する花嫁を抱き寄せ、公言する。
「俺は華厳鈴子を、愛しているッ!」
顔を真っ赤にして、はわわわわわ、と戸惑う少女を腕の中に寄せると、会場からは拍手と黄色い声援の嵐。そして始めるキスコール。通常であれば止めに入る教師もここぞとばかりにはやし立てた。
向き合い、吸い込まれるように唇が重なる姿に歓喜絶叫。
上昇する体温はクラス全体へと伝播していく。
なんて晴れやかな気持ちなのだろう。未来は二人を祝福してくれている。
学園生活万歳ッ!
幸福を祝うパレードもそこそこに、着席を促す教師は深呼吸と決めポーズで雰囲気を一変させる。さながら戦場へ赴く兵士のような空気に変わり、神妙な面持ちで彼らをにらみつける女性はセクシー鬼教官。
そのいでたちはさながら、訓練の際は悪鬼羅刹のような恐怖を放ち、プライベートでは世話焼き好きな頼れるお姉さんといったギャップ萌えを空想させた。
スタイリッシュな白と黒のスーツを身に纏った彼女は目を見開き威圧する。
「さて、君たちにはこれから一週間……地獄の試練をくぐり抜けてもらうことになる。ヘル・レクリエーション…………辛く過酷なものになるだろう。途中で挫折する者もでるかもしれない。地にひれ伏し、命乞いをする者もあらわれるかもしれない。しかし、この試練を乗り越えし者たちには永久の幸福が訪れることを約束しよう…………ッ!」
ごくり。
一同が固唾を飲んで想像する地獄の試練。
いったいどれほどの過酷な惨状が待ち受けているのだろう。
一般的なレクリエーションと言えば、2泊3日でキャンプとか集団的な遊びを催してコミュニケーションを押し付けたりとか、そんなイメージを持っている。内容はともかく、一週間とは随分と長期間に及ぶと不思議に思っていた。
それほどまでに遠出したり、長く続くイベントであれば予め告知がされているはず。突発イベントにしても強引すぎる。もしやこの無告知開催そのものが地獄の入り口か。
次の言葉を待つ者たちの視線を一身に浴びる女性は、一呼吸を置き、囁くように門を開いた。
「地獄の試練、それは…………“瞬読”だ」
瞬読。
それは一瞬のうちに読んだ本の内容を記憶してしまう超人技。
訓練次第で誰でもできると標榜しているが、ド素人が聞くといかがなものかと疑ってしまう代物の一つに数えられている。
それをこの場でマスターしろと決めポーズ。
もしもそれができれば確かに大きな武器になる。学校の授業なんて覚えた端から忘れていくもの。それをずっと覚えていられれば向かうところ敵なし。特に暗記系の社会、理科、物理、刑法、国語などなど、殆どの教科において高得点が叩き出せることは想像に難くない。
応用が求められる分野においても、例えば数学などは公式を記憶し、問題の文章を理解し、正しく数字を当てはめることさえできれば満点だって夢じゃない。
まさかこんな裏技があったとは。ノリが良いのかコミュ障を患って適宜会話ができないのか、天妻が立ち上がり大声を上げてバカなリアクションをとっている姿にあえて突っ込むことを誰もしない。そんなことをしようものなら、教壇から必殺のチョークが飛んできて、天妻のように吹き飛んでしまうからだ。
さっそく速読のレクリエーションが開始される。
まずは動画で概要を把握。次に目と脳を慣らすように少しずつ訓練。
その間、同じ作業を繰り返すことに飽きてきた人が続出。大半が寝落ちしそうになった時、闇龗刹那からのゼウスの雷霆が降り注ぐ。
「一週間と言ったが、早く速読をマスターすることができれば本格的に授業が始める次の月曜まで休日になるよ。当然、欠席扱いにはならない」
さらに決めポーズ。
「君たちは経験があるかい? 他校の生徒があくせく授業に出て、時間とブドウ糖を浪費している最中、ゲームセンターに行ったり、映画館やおしゃれなカフェ、友達と一緒にカラオケに行って必死こいて無駄足を踏んでいるやつらを嘲笑する優越感をッ! それはもぅ……快☆感…………なんだからぁ…………」
恍惚とした表情を浮かべる変態。
その光景を夢想して覚醒する変態。
エロい女教師の顔を見て興奮する変態。
十人十色の表情が並び立ち、幸福を目指して地獄を踊りまわる姿。まさに青春である。
素晴らしい一日が終わりを迎えようとしている。
茜色の空に溶けていく彼女のウェディング姿を見送ることの、どれほど辛かったことか。どうにか理由をつけて同棲する術はないのか。おはようを言って青春を楽しみ、おやすみと言って夢の中で出会う。24時間年中無休で愛しい人と共にいたい。彼は本気でそんなことを考えている。
両親のいない部屋は片付けられていて、少し整理すれば人ひとりくらい招き入れるなど容易い状況。できれば自分の部屋で一緒に過ごしたいけれど、彼女にもプライベートはあるのだから個室は必要と、こんなところだけ妙に気遣う彼も立派に変態の道を歩いていた。
策を考察しながら時々脳内で寄り道をしては今日の思い出を反芻している。
事故のせいで頭のネジが飛んでしまったのか、新しい自分を発見してしまったのかは分からないけど、急に厨二キャラになったり、ウェディングドレス姿で熱烈アタックをしてきたり、勢いそのままにハグしてキスしたり、まさにこの世の春。永久に潰えぬ桜の花よ。
さらには胸。前に確認した時はおしとやかだったのに、どういうわけかサイズアップしていた事実を正義は見逃さなかった。どんなスタイルだとしても鈴子が鈴子であるなら胸の大小は関係ない。と考えているがそこはやはり男子。胸の大きな女性の谷間に視線が泳ぐ癖がある。
幾度となく彼女の誕生日プレゼントに豊胸ブラを選ぼうとした。そのたびに、胸の大きな女性にしか興味がなく、今のままでは鈴子に興味が湧かないと誤解されると思って断念している。それが、なんと、はからずも、大きくなっていた。
なんと素晴らしいことか。なんと素晴らしいことだろうかッ!
彼はその柔らかな感触を思い出しては喜びに悶絶し転げまわった。。
鈴子が隣にいてくれれば、人生を常に絶頂のままでいられる。
明日が楽しみで仕方がない。高鳴る心地に浸りながら、彼は今日も夢の中。
さっそく告っちゃいました。
正義は俗に言うサイコ野郎なので周囲の目を気にしたりしません。ある意味、羨ましい性格です。
変貌した鈴子に怯むことなく、同じ釜の飯を喰らう猛者を恐れず、自分で空気を作っていくスタイルです。これからも彼は彼の普通を守るために艱難辛苦を乗り越えていきます。
生暖かい目で見守っていてあげてください。




