アンジェロと細い糸
だいぶ前に書き留めていたものを、改良して出してみました。
大人でもいろんな失敗や過ちをしながら、成長していく。それは恋愛でも一緒な気がします。
読んでいただけると嬉しいです。
「まだ忘れられない?」
バーカウンターでいつものカクテルを飲む私の横に、すっと座ると達哉はいつものビールをたのんだ。
「自分でもよくわからないの。今でも時々あの人ならこんな時どうしただろう。って思うときがある。」
達哉はビールを飲みながら静かに話を聞いている。
「数えきれないぐらい助けられた。たくさん愚痴も聞いてくれて、何かある時はできる限り会ってくれた。あんなに大事にされてたのに…今頃そんなことに気付くなんて…」
そう…いつも私は目の前しか見えない。彼はきっと考えてた。1年後、2年後、その先もきっとー。私には見えない未来を見てた。
それなのに、目の前の事も処理できない私は、彼の言葉に耳をかそうとしなかった。
「連絡はとってないんだろ?」
達哉がやっと口を開いた。
「連絡なんてできるわけない。あんなにこっぴどく切り捨てといて自分からなんて…」
「ホントにそれだけ?」
「ううん…本当はどこかで思ってるの。また付き合えても、同じことを繰り返すんじゃないかって。どうしてだろ…いつも彼の前では緊張してた。ボロが出ないように、知的なあの人にバカにされないようにって…そしていつも自分が出せなかった。」
「3年も付き合ってたのに?」
「それできっと疲れたの。今みたいにベラベラ喋ったりできない。あなたといた方がずっと私は私らしい」
「よく泣くしね」
「ほんとね。彼の前で泣いた事なんて1、2回ぐらいしかない。結局、何がしなかったんだろうね私……」
今日は珍しくお酒が進まない。私は満月のようなカクテルの水面を、ただただ見つめていた。
間接照明に照らされ輝いた水面でさえ、今の私には眩しすぎた。
うなだれる私を見かねて、達哉が話始めた。
「まぁ、そういう時もあるんじゃない?俺だって今の彼女とどうなるかなんてわからない。俺たちは細い糸が緩く長く絡まってるみたいなもんだ。切ろうと思えば簡単に切れる。強く絡まりたければ、いつでも強く結ばれる。だが。。。強く結びすぎると、力を入れすぎて切れてしまう……そういうもんだ。」
「細い糸…だから…」
私は呟くように言葉を漏らした。
「だけど朗報さ。糸は同意でさえあれば、何色でも選べる。何本でも。気にくわない細い糸なんて切ってしまえ。お前に必要なのは『切る勇気』だ。他に魅力的な糸はいくらでもあるのに」
「例えばあなたとか?」
「ご名答(笑)」
二人は意地悪っぽい顔で笑いあった。
「忘れられないなら無理に忘れろとは言わない。けど、切れた糸を手繰り寄せても、その先には何もないぞ」
何もない…
その言葉が妙に重く心に響いた。
「わかってる…ありがとう。話せて良かった」
「こちらこそ。その為の『お友達』ですから」
「都合のいい言葉ね」
「世間的に認められてる言葉を使ったまでさ(笑)」
そう言って達哉は会計を始めた。
「今日は寄っていかないの?」
「傷心な女を慰め抱くのは簡単だけど、本気で好きになられたら困るからね」
「バカ…」
「冗談だよ。俺もそろそろちゃんと選ぼうと思うんだ。」
「えっ。じゃあ…」
「もしかしたらお前みたいに1人になるかもな…そしたら優しく慰めてくれ」
「傷心な男を慰め抱くのは簡単だけど、本気で好きになられたら困るわ」
私は不敵な笑みを達哉に送った。
達哉は少し驚いてたが、すぐに意味ありげに笑った。
「じゃあ、また」
「うん。さよなら」
達哉は店からでた。その背中はどこか少し不安そうに見えた。
多分しばらくはー。いやもう達哉とは会うことはないだろう。
いつか達哉にも
そして私にも
強く結んでも切れないような太い糸が…
大事に想える人があらわれますように。
私はやっと1杯目のカクテルを飲み干した。
そこには満月も、輝く光りもなかったけど、心はなぜか晴れ渡っていた。
前に進める。そう思えた。
読んでいただいてありがとうございました。
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