第3話「嬉しい気遣い」
「あ…あの……」
「ごめん。少し意地悪し過ぎた。」
「い…いえ…」
桜羽は、トラブルから助けてくれた彼と一緒に保健室にいた。
気が付けば時間は、12時を回っていた。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
扉を開けて来たのは、彼と一緒にいた神崎だった。
「神崎、どうした?」
「少し気になったもので、様子を見に参りました。迷惑だったでしょうか?」
「いや、そんな事ない。」
「えっと……そちらの方は…?」
桜羽の言葉を聞いた神崎は、胸に手を添えて軽く頭を下げて口を開く。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私は、執事の神崎と申します。」
「執事…?」
「はい、左様でございます。そして、こちらの方が私の主…嗎都 奏海様でございます。」
彼の名前は嗎都 奏海。嗎都財閥グループの御曹司。クールで大人しい性格であまり表情を顔には出さない。執事の神崎や仲のいい友達にはたまに笑顔を見せたりする。桜羽の前だけでは、特別なようで…?
「執事に…主…御曹司さんなんですね…」
「左様でございます。驚かれるのも無理はありません。」
「びっくりはしましたけど、なんて言ったらいいか…」
「御曹司といっても、俺は普通の高校生だから普通に話していいよ。」
「えっ…でも……普通に話すなんて…」
「奏海様が、承諾されてるので話されて大丈夫でございます。」
桜羽は、神崎と奏海の話を聞いて混乱していた。暫く考えて口を開く。
「えっと…嗎都くん…神崎さん…改めてよろしくお願いします…」
「よろしくお願い致します。」
「うん。よろしく。そういえば、名前まだ聞いてなかった。」
「あ…瞹瀬 桜羽っていいます…」
「桜羽って呼んでもいい?」
「あ、はい…」
ずっと敬語で話す桜羽に奏海は、落ち着かせたのと同じように手を握った。その行動に桜羽は驚きで体が跳ねる。そして、桜羽の方を見て…。
「緊張しなくて大丈夫。慣れるまで時間かかると思うからゆっくりね。」
「い…うん。ありがとう。嗎都くん。」
「うん。」
色々と混乱していたのが嘘のように消えた。それはもしかしたら、奏海の優しさのおかげなのかもしれない。そう桜羽は心の中で思っていた。
「奏海様、この後どうなさいますか?」
「この後か……桜羽はどうする?」
「うーん…あの後でもあるから…ちょっと自信が…」
「桜羽様は、怖い思いをなされた後ですから無理もございません…」
「無理するといけないから、今日は帰ってゆっくり休んだ方がいい。」
「では、早退するとそのように伝えて参ります。」
「ああ、頼む。」
神崎が伝言を伝えに行った。その後、桜羽が奏海の制服の裾をそっと掴んだ。
顔を少し赤くして、奏海の方を向いて…
「も…もし…嗎都くんが嫌じゃなかったら…今日…今日だけでいいから…放課後まで…一緒にいてほしい…」
「…っ。」
桜羽の口から突然の言葉を聞いた奏海は、驚いて黙ってしまう。
何も言わない奏海の様子がおかしいと思った桜羽は掴んでいた裾を強く握りしめる。
「ごめんね…一緒にいてなんて急に言われたら嫌だよね…」
「…っ…突然だったから、驚いただけで…それに……嫌じゃないから…」
「嗎都くん……ありがとう…」
奏海は、動揺していて少し顔を赤らめていた。照れている事が分からないように表には出さず隠していた。
桜羽は奏海の言葉を聞いて、喜んでいた。
裾をずっと握りしめていた手は、離さなかった。
「伝えに行ってくれた神崎さんには、なんて言ったら…」
「俺から伝えておくから、大丈夫だよ。」
「うん。」
「桜羽、あれから落ち着いた?それともまだ、怖い?」
「…少しだけ…まだ怖いかな…」
怖いという言葉を聞いた奏海は、裾を掴んでいた桜羽の手をそっと握る。
そして、桜羽の方を見て…
「桜羽が怖くならないように、ずっと握ってるから。」
「嗎都くん……ありがとう……。」
奏海は、安心させるように手を握りしめて桜羽と空いていた距離を縮めた。
桜羽は奏海のその優しい気遣いに気付いていたが何も言わず、静かに喜んでいた。
さっきまであった心の中の不安は、奏海の優しさのおかげで掻き消されなくなっていた。