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ブランニージュ  作者: つっちーfrom千葉
第一章 グリパニアの侵攻
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第3節 サウスヴィクスにて その27 (エピローグ)


 さて、何を語るべきだろうか。私はこの大陸で起こる歴史のすべてを知っている。だが、それらのすべてを語るという読者との約束の前では、まだまだ実現できていないことの方が多い。


 二百二十八年のヘリーニ高原における決戦と、二百三十二年に起こる銀頭山の戦いは、ここからフェルナンド・ケークの一強時代が始まるという意味で重要である。二百三十二年の月にエメリア帝国のヴェクトリア王女が南軍に捕えられ、二百三十三年十月の軍事裁判を経て、十一月十二日に処刑が執行される。ここに帝国の長い歴史が終わる。この重大な裁判直前の九月三日、王女の裁判において審判を下す予定であったエドワード・モーリス教授がコルトガルド郊外の湖畔において付き添っていた夫人と共に暗殺される事件が起こっている。当然のように、ケーク自身にも疑惑の目が向けられる(彼が死んだことでもっとも有利になる人物だからである)。幸いにして、彼は事件とは無関係であることがすぐに判明する。


 二百三十八年には、反逆者ジュニア=ライスによって、かつて類を見なかったほどの大反乱が起こされる。それまで、長きにわたって、ケークの右腕を務めていたザルバ将軍がこの戦いで命を落としている。思いがけない策略と奇襲作戦によって、この反乱を何とか収め、天下に敵なしとなったケークであったが、その病状は確実に悪化していた。そして、二百三十九年、四月二十三日、フェルナンド・ケークは大陸の統一をその目で見ることなく、三十九歳で病没する。『非道なことを繰り返した自分の葬儀には、おそらく参加者はほとんど訪れないだろう』と彼は生前に少し寂しげに語っていたが、実際の葬儀には、各方面から十五万人を超える参列者があり、偉大なる英雄との最後の別れを惜しんだ。


 そのどれもが重要な事件であるが、ここでは、二百二十四年の五月十九日の出来事を詳しく取り上げている。この叙述に足りない部分が多くあることを許してほしい。これら無数の事件たちのすべてを、順を追って語っていくことは、例え不死の万能者でも難しいだろう。バラバラに砕け散った水晶石ガラスの破片を両手で拾い集めて、それを修復しようとするようなものだ。想像しただけでも気が遠くなる……。ここに来て確信したが、この私はやはり平凡な人間のひとりであった。序文で説明した通り、この私自身は二百七年の九月にすでに死亡しており、これら未来の叙述部分については、『秘術と薬品における未来の予測』によって描かれているのである。あるいは、今さらこんなことを述べるのは卑怯にあたるのかもしれないが、薬品の副作用により、正気を保つことすら難しい状況の中で、この文章は書かれている。


 フェルナンド・ケーク公が後に信頼できる同志に語ったところによると、この頃、サウスヴィクスに移動する際に、カスケットやマーグレの森林において、食糧や武具や貨幣を手に入れるために、否応なく多くの無実の庶民までをその手にかけてしまったことを、しきりに悔いていた。だが、後世に残された多くの歴史書においては、ケークの手によってなされた残虐行為については、随分とぼかされて書かれている。一例を挙げれば、『フェルナンド・ケーク公がアイムール要塞への救援に向かう途中、その身に襲いくる盗賊や残党などの魔の手を見事に切り払い、多くの無関係の民衆を連中の暴力沙汰から救った』と記されている。後世において、もっとも重要視される歴史書とは『勝者のための歴史』だからである。今を支配する者たちに都合の良い歴史を、その時代の大衆も実際に求めているものである。自分たちの尊敬する主君が、大戦時代には戦闘とは無関係な市民を虐殺したり、窃盗行為や強盗に及んでいたなどとは、誰も信じたくはないのである。この国の基盤を作り上げ、あのグリパニアの侵攻から多くの民衆を救ったとされる英雄の人生には、ほんの少しの陰や傷もあってはならないのである。どんな暗い過去であっても、すべては正義と秩序回復のために為されたことになっている。あの大変な時期に、後の勝者がどれほど残虐な行為の数々を積み上げていたとしても、『あの頃は大変な時代だったから致し方ない』という語句でごまかされ、無残に殺害された兵士や庶民の怨恨の声は、後世にはまったく残らないのである。ただ、歴史書における、こうした虚偽の記載については、ケーク本人は望むところではないのかも知れないが……。


 ――セグロン暦二百二十四年五月十九日 サウスヴィクスにて


 自分の周囲を敵軍の兵士によって何重にも包囲されていながら、ケークの態度は冷静そのものであった。ここへ飛び込んできた当初は、混乱もあったろうが、バルガスとの対戦が決まってからは、怖気づくような素振りは微塵も見られなくなっていた。戦いは序盤からバルガス将軍が幾度も鋭い突きを繰り出したが、ケークの細い身体には、なかなか当たらなかった。彼は素早くその刃先をかわすか、それを自慢の片手剣で受け止めてみせた。そのたびに、後方の兵士たちからは大きなどよめきが起こった。しかしながら、敵の槍をかいくぐってから素早く反撃に転じる彼の攻撃も、バルガスの身体に触れるところまではいかなかった。双方が相手の出方を伺う、睨み合いの時間も多くあった。実力の差からして、ほんの僅かな時間でバルガス将軍の勝利に終わると思われていたこの決闘は、十分、そして、二十分が経過しても、なかなか決着を見なかった。しかし、敵の攻撃をひとつかわすごとに、ケークはある種の充実感を得ていた。当初は、自国の指揮官であるバルガスに当然のごとく大きな声援を送っていたグリパニアの兵士たちも、ふたりの見事な戦いぶりに目を奪われ、いつしか、沈黙に陥っていた。


 無論、戦いがどれほど長引いても、こうした舞台に慣れている将軍には、かなりの余裕が見られた。久々に訪れた手ごわい剣士との対決を楽しんでいるようにさえ見えた。逆にケークは常に死生の境界線にいた。あの死の森を踏破したときにそうであったように、この大一番の対戦においても、数秒先の未来に口を開けて待っている死の可能性を冷静に見据えていた。


『なぜ、あの激しい戦いにおいて、なぜ、自分だけが生き残れたのか』

『苦難の道を切り開き、ここまで生き残ることができたのはなぜか』


 この二つの問いは、ケークにとっては永遠の謎ともいえた。あの暗く陰惨な森においては、多くの人生が終わるところを見てきた。食料の奪い合いに敗れた者、悪党に不意を突かれた者、戦いの中で僅かな失態を犯し、勝てるはずの相手に敗れてしまった者……。この自分とて、危険な場面はいくつもあった。自分だけが抜けて強かったわけでもなかったであろう。あのどこかの局面で、誤った方向に賽が投げられ、この命を落としたとしても、まったく不思議はなかったはずだ。自分はリディッツ隊の敗戦後、自暴自棄になっていた。誰よりも死を望んでいた期間すらあったのだ。自分の代わりに他の人間に生き残りの道があってもよかったはずだ。人生が無限の可能性を持っているのなら、当然、自分の代わりに他の人間が高笑いをする選択肢だって確実に存在したはずだ。しかし、そうはならなかった。自分のもっとも身勝手な願望のみが、神によって選ばれたのだ。今思えば、一番生に無頓着であった自分が、あの凄惨な森を抜けることに成功した。そのはっきりとした理由は、今になっても分からないが……。いったい、どんな意志が働いたのだろうか。図々しい考えだが、戦争によって失われた生命の多くが、自分を目的の在る未来に送り出してくれたのかもしれない。


 ケークはこの戦いの最中、そのようなことを考えていた。事実、彼と対峙したバルガス将軍は、目の前にいる相手との過去の対決について、何も覚えていなかった。ひと月前の暗殺未遂事件の折、現場から逃走した男がいること自体をまったく知らされていなかった。その手負いが、死の森やカスケット湿地帯において、多くの苦境を過ごして生き延びながら、再び自分の眼前に現れるなどとは、彼の告白を聴いていなければ、考えもしないことだった。あの夜、北軍の警護の兵士たちが、現場の捜査をもう少し厳しく行って、逃走しようとするケークを見つけ出していたなら、今日のふたりの再会はあり得なかったろう。ここからは私の憶測になるが、もし、ケークという傭兵がこの峡谷に現れなかった場合には、南軍の未来は決して明るいものではなかっただろう。私がその多くを知る、未来の出来事のすべてがそのことを物語っている。ここまで何度も語る通り、この小柄な男の大活躍があってこそ、ここから二年半後の南軍の大勝利とグリパニア軍の壊滅があるのだ(バルガス将軍はアイムールを陥落させながらも、現地で風土病に罹り、ハノンを目前にしながら死去)。これは未来において真実であるが、読者にとっては長いこと信じられないであろう。この大陸の歴史に勝利するのは、北軍でも南軍でもなく、フェルナンド・ケーク個人なのである。


「三十八名の仲間の命が、あなたの手によってあの世へ、無の世界へと送られてしまったのだ」


 ケークはこの戦いの間中、ずっとそのことを念じ続けていた。皆の命がかかった大事な戦闘から逃亡してしまった自分の恥をそそぐために、ここまで生きてきたのだと。そのことを将軍に伝えたいとも思っていた。ふたりがこのサウスヴィクスで対峙した時間は、わずか三十分ほどであったが、ケークにとってはその何十倍もの貴重な体験に思えた。彼は後の人生のあらゆる局面で、今日の対戦とバルガス将軍の印象のことを思い出すことになるだろう。自分の戦略や思想にもっとも強い影響を与えた瞬間として……。この戦争に勝利した後、ケークはグリパニアのバルガスに成り代わって、南軍の司令官として、エメリア打倒を果たし、大陸の統一を目指すことになる。


 事実として、ひと月前の苦い体験があったからこそ、この日の善戦があるといってよかった。あのとき、仲間の尊い命の代償として、グリパニア一の勇士バルガス将軍の強さを網膜にしっかりと刻んだのだ。さて、こういう見方はできないだろうか。リディッツ隊長はハノンからの呼び出しを受けた際、何らかの手段によって、南郡の未来はフェルナンド・ケークの双肩みらいにかかっていることを知らされた。そのために、彼は自分の身が大変な危険に晒されることを知りながら、グリパニアの侵攻から祖国や同志を守るために、バルガス暗殺の命令をフリッツやエルメリーノの代わりに引き受け、ケークをひとり未来へと生かしたのだ……。彼が未来の世界でやり遂げるであろう、数々の戦果を信じて……。


『いい戦いだ。まだ、この場で死にたいと願っているのかね?』


「ああ、これ以上の長生きをするつもりは毛頭ない。最大の強敵を向こうに回して、ここまで健闘できれば満足だ」


『そんなに短い人生で本当に満足できるのかね?』


「ふん、何とでも言え。俺はこの歳で人生最大の目的にたどり着いたのさ」


『そのあいてと戦うことが?』


「違うよ、死んでいった仲間たちへ借りを返すことさ」


『みんなは本当に君がここで死ぬことを望んでいるかな?』


「それは知らんよ。何しろ、死後の世界を覗いてきた者はいないからね」


『少なくとも、この私は君の死を望まないがね』


「心の底から死にたいのかは難しいが、間違ったことをしたのだから、仕方がない。戦場で仲間を見捨てることは、まともな兵士には許されないことなのさ」


『ここで敗死することが責任を取ることになるのかね? どうも、それは違うと思うな』


「俺はあのとき、みんなと一緒に死ぬべきだったんだ」


『もし、神々がいたなら、君がここで突き殺される未来なんて、記憶にも記録にもないと仰るだろうな』


「それは神や天使が重要なことを描き忘れているからさ」


『自暴自棄にならず、たまには天界の慈悲にすがるのもいいものさ』


「いや、この地上において、もっとも大事な規則ルールは、自分の過去に責任を持つことだ」


『ねえ、人生は川の流れのようなものさ。その流れは誰にも止められない。流れに逆らって進むこともできない。避けようのない運命がどこかにあるものさ。そのすべてについて、責任を取るというのは、どう考えてもおかしい』


「では、この恥を背負いながら生きていけというのか?」


『そう思うよ、これからも続けていけそうかい?』


「この戦争が終結するまで生きろと?」


『それは違うだろう。そうだ、峡谷の山小屋で君の友人が興味深いことを言っていたね。今は苦しめられている貧しい大衆が、王族や貴族と同じように政治に関われる時代が来るまでと……』


「そんなことは不可能だ。俺はそんな世界を目指したことはない」


『まあ、やってみることさ。人生は意外に長い。良い仲間ができれば、挑戦できることも必然的に多くなる』


「俺の手で新しい世界を創れと?」


『森で死んでいった君の仲間たちも、同じことを思っているらしいぜ』


「……なあ、あんたはいったい誰なんだ」


 ――バルガス将軍の長槍は、常に相手の急所を正確に狙って次々と繰り出された。ケークは俊敏な動きで、そのほとんどを避けつつ、何とか自分の武器の間合いまで詰めようとしていた。両者に疲れが見え始めると、ふたりの間合いは自然と縮まってきた。将軍が駆る黒駒との間合いに、ケークの影が入るようになっていた。この激しい戦いが長引くにつれて、敵味方多くの観衆は、この戦闘に命を賭けているのが、南軍の一介の兵士であるケークだけではないことを知り始めた。百戦無敗の軍将がついに敗れる瞬間が訪れるという不吉な予感は、次第に現実的になってきた。戦いの終盤、バルガスの鋭い攻撃により、ついにケークは左肩を負傷する。鮮血が辺りに飛び散った。しかし、傷は動きを損ねるほど重くはなく、彼の命を取るまでには至らない。苦境に立たされても、焦りを表情に出したり、後ずさりをすることはなかった。武器を操る技術において互角だと仮定しても、両者の天才と経験には大きな差があった。この日の気温の上昇も、無駄な動きの少ないバルガス将軍にとって優位に働いていた。戦いが長引くことを予見して、体力を多く残すこと。これまで多くの戦地で激闘を体験してきたバルガス将軍は、それが確実に命運を左右することを知っていた。ケークは肩で息をし始めたが、グリパニアの英雄はまだまだ余裕の表情だった。力関係に差があることはもちろんだが、自分が今日この日に敗死するはずはないことを、幼き日に老僧から聴かされた預言によって、知っていたからである。


『苦しいのは相手も一緒だ。間合いをもう一歩詰めた方がいい』


 どこからか再び聞き覚えのある声が響いてきた。その不思議な声に従うようにして、ケークは将軍の駆る黒駒の方へ、さらに一歩だけ歩を進めた。最初から引き分けなど望んでいない両者にとって、必殺の間合いになった。敵味方多くの観衆は息を吞んだ。次の瞬間、砂地の窪みに足を取られ、ケークは僅かに態勢を崩した。その刹那、バルガスは相手の胸に向けて槍を突き出した。だが、よろめいて見せたのはケークの策略えんぎであった。彼は素早く馬の右方に回り込むと、将軍の左肩目がけて力任せに剣を振り抜いた。その瞬間、観客からは大きな悲鳴があがった。参謀エルナンド・フィルも現地に駆けつけており、この戦いを不安な面持ちにて眺めていた。いくら嫌っている人物でも、グリパニアの指揮官が敗れるところを見たくはないのだろう。ケークの剣の刃先はバルガス将軍の身体に触れることはなかった。だが、その自慢の黒駒は、その尻尾を僅かに切り落とされ、錯乱状態に陥り、まるで将軍を振り落とそうとするように大暴れをした。ここまでバルガスを慌てさせた対戦者はかつてなかった。ケークはその一刀で体力を使い果たし、正気を失ったように呆然としていた。しばしの時を経て、馬が落ち着きを取り戻すと、将軍はまるで興を失ったように、相手ケークに背を向け、グリパニアの軍勢の方に向けて二歩三歩と歩み始めていた。この一騎打ちの敗北を認めたわけではないだろうが、ケークの勇気とその素晴らしい剣技に一目を置いたのは間違いないだろう。


 ふたりの二度目の対決は、運命神がそう願った通り、痛み分けに終わった。ふたりの人生も両軍の戦いも、これから長きにわたり続けられることになる。部隊ごとの整列が済むと、北軍の騎馬隊は砂煙を巻き上げながら退却を始めた。その光景を見ると、アイムール要塞の側からは、喜びを振り絞ったような大歓声が上がった。南軍の一兵士が無敵のバルガス将軍と互角に渡り合ったのだもの、歓喜の声を上げずにはおれないだろう。ケークがこの場で見せた素晴らしい戦いぶりとその勇気が、苦境にあった南軍の兵士にとって大きな励ましになったことは疑いようもない事実である。かくして、『アイムール要塞はグリパニアの攻撃によってあっけなく落とされる』という、凡人たちが考え出した当たり前の予想と一部の願望は粉々になって消え去った。この国の歴史は偉大な神々が思い描いた『大きな目的』に向かって動き始めることになる。この後、フェルナンド・ケークは南軍の士官の勧めに従って東の森へと旅立つことになる。互いの思いとは裏腹に、彼と北軍のバルガス将軍は、もう二度と戦場にて対面することはなかった。


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(エピローグ) サウスヴィクス峡谷での戦いから二か月後の一幕


 この日、ケークは数人の仲間を引き連れ、サイズ北西の森林地帯を訪れていた。この場所は三か月前の四月十五日の深夜、アイムールから派遣されたリディッツ隊長の指揮する部隊が、付近の巡回を行っていたグリパニア軍に対して奇襲をかけた地点である。何度も記している通り、この作戦は失敗に終わり、ケークだけが生に取り残される形となった。いつの間にか、この場所には小さいが、石造りの鎮魂碑が建てられていた。ケークの奇跡的な生還によって、皮肉にも、より多くの人が戦前の南軍のつまずきを知ることになった。ケークは石碑の前で手を合わせ、ここで亡くなった三十八名の仲間のために祈りを捧げた。


 ケークが敵将との一騎打ちを演じたあの日から、戦況はまた大きく変化していた。南軍の首脳たちの予測通り、グリパニア軍はその大軍を二つに割いて、サイズ森林を通過することで、東からハノンを目指すという第二の侵攻作戦を構築しつつあった。それを受けて、アイムール側は南部各都市での兵士募集によって集められた二千名の部隊を大森林に配置することになった。このフェルナンド・ケークも部隊長のひとりとしてこの防衛作戦に参加していた。この頃には、彼はすっかり英雄扱いされるようになっていた。この後もグリパニアの精鋭を相手に回しながらも奮闘を続け、多くの勲功を積み重ねることになる。後世から眺めれば、大陸の盟主に向けての第一歩でもある。


 兵士の数や技術や装備の面で優位に立つはずのグリパニア軍であったが、自慢の騎馬隊がほとんど機能しない、この密林において、視界の効かない場所での戦いに慣れた南軍の兵士たちと斬り合うことは、簡単にはいかなかった。しかも、この未知の森林において、敵は人間ばかりではない。毒蛇の類いや猛獣や害虫からもその身を守らなければならないのだ。南軍の十倍もの兵力を誇りながら、進軍は思い通りにならず、まるで象の歩みのようであった。短期決戦という文言はいつしか立ち消え、先の見えない凄惨な戦いに足を取られることになる。名だたる指揮官たちの焦りは、かえって多くの戦死者を出すことに繋がっていった。


 業を煮やした北軍の指揮官たちは、南郡の中央部に広がるサイズ森林を大きく迂回する形で、先に中立地帯である東テム城を占領しようという強引な策にでる。かくして、グリパニア第二師団の総督カミシュランが東テム城へと入る。この翌年に南軍の総指揮官となるフェルナンド・ケークが旧南テム地方に本陣を置いたことから、この大戦はテム東南戦争と呼ばれることになる。それから二年半に及ぶ激戦の形勢は紆余曲折あったのだが、二百二十六年末に東テム地方で大勝した南軍の完全なる勝利にて終結する。


 ――ケークの瞑想はしばらく続いていた。この神聖なる場所で精神こころを集中させていると、ふと、虫の音や動物の鳴き声が止んだように感じられ、風に乗って、かつての仲間たちの声が聴こえてくるような気さえした。


『あんな怪物と独りでよく戦ったな』

『僅かな期間で本当に強くなったな』

『俺たちの代わりに戦ってくれてありがとう』


 そんな懐かしい声たちが、心の奥まで響いてきた。ケークは思わず目頭が熱くなった。

「あの夜、恐怖のあまり、皆さんを見捨てて……、戦闘から逃げてしまいました……。本当にすいませんでした……」


 ケークはそのように告白した。周りを取り囲む緑の木々は風に揺られながら、『みんな、死んでいないよ』という言葉を彼に返した。すでに亡くなったと思っていたそんざいは、あの雲の向こうで生きている。心の重しがひとつ取れたような気がした。これから始まる第二の生を素晴らしいものにしてみせるという決意を込め、ケークはその言霊たちを受け止めた。


 二百二十四年四月、バルガス将軍の命を狙って企画された、南軍の奇襲部隊による深夜の攻撃は完全な失敗に終わった。しかし、三十八名の魂はこの大森林の大地に宿り、生き残ったフェルナンド・ケークの強さを支えていた。

 当初の目標まで書けませんでしたが、ここで終わりにしたいと思います。今後は、中盤部分のつじつま合わせなどをしたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。もし、よろしかったら、短編なども読んでいってください。 2024年3月20日

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