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逆さ都市  作者: 海山 照理
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3 1973D「団地と公園、或いは給水塔」

  3 1973D「団地と公園、或いは給水塔」


「次の子供は裏山の採石場から生まれるんだって」

 マリアKはジャングルジムの下から私を見上げながらそう言った。

「また採石場?」

 私はジャングルジムの格子組みされた鉄パイプから両手を放しなが言った。

「そう。沖田先生が見つけたらしいの」

「沖田先生、最近、子供のマイニングに出かけてばっかだったもんね」

 私はそう言って、緑のペンキが所々剥げた鉄パイプから足の裏が離れない様注意して、ゆっくりと膝を伸ばした。ジャングルジムのてっぺんに立ち上がると、マリアKにどうだと言わんばかりの表情を向けた。

「他人事じゃないよ。この団地にまた子供が増えるんだから、イーリスだってもっと喜ばなきゃ。噂じゃ私達と同じ一三歳。しかも男の子」

 マリアKは右肩から胸に垂らしていたシャンパゴールドの髪を背中に降ろしジャングルジムを登り始めた。

「名前は分かってる?」

 私はそう問いかけながらジャングルジムのてっぺんから辺りを見渡した。まだ午前中なので団地建屋に挟まれたこの公園は少し薄暗い。上を見上げると、五階建の建屋に挟まれたせまい青空が見えた。

「聞かなかった。ネームプレート部分の採掘はまだなんだと思う」

「どんな名前なんだろう」

 私はそう言って、首の付け根より下、鎖骨の上辺りに埋め込まれたネームプレートを人差し指で撫でた。横長の長方形の翡翠石製。薄緑色の表面には「イーリス」と刻まれている。

「でも、裏山の採石場は花崗岩が多いから、ネームプレートはクオーツ製ね」

「クオーツ?」

「水晶のこと。花崗岩の多い場所では石英が結晶化して水晶が出来易いの。ありがちな素材ね」

 マリアKは揃えた髪の下から透き通った黄色い瞳を覗かせ物知りげに言った。マリアKは学校での勉強に熱心だ。聞いてもいないのに学んだ内容をよく私に披露する。上から目線のマリアKはあまり好きじゃない。

「マリアKのも水晶じゃなかった? 黄色水晶。ありがちなやつ」

 マリアKは「違うわ」と唇を尖らせ、「私のは琥珀、レアなやつよ」と誇らしげに言った。

 マリアKは四年前、カウリの木から生まれた。彼女の親、正樹おじさんが三年間のチャイルドマイニングの果てに見つけた。カウリの木は、この津ノ南島の北部に生息する珍しい種で、背たけが五〇メートルにも至る巨木らしい。そして、その幹を割った中にマリアKは結晶化していた。九歳児として生まれたマリアKは、私と同じ津ノ南島学校に同級生として入学し、今年で私と同じ一三歳になる。

「私、生まれてからこのかたイーリスとばかり遊んでいるから、そろそろ新しい友達が欲しいの」

「こっちこそ」

 私とマリアKは天神市が運営する同じ団地に住んでいたため、この四年間はお互いほとんどの時間を共にしていた。でも、今日みたいに日曜日でさえ合わせる顔が同じ日々が続くと、そろそろこの団地に新しい同級生が来て欲しいとも思えていた。

「新しい子も私も陸地生まれだけどさ、イーリスは海で生まれたんでしょ?」

 マリアKはジャングルジムのてっぺんに登り付き、私の横にしゃがみ込みながら言った。 

「うん。海の底の地中で身体が形成されて、波にもまれて南の海岸に打ち上げられたんだって。この島の翡翠っていうのはそういう生まれ方らしいよ」

 八年前、五歳の女児としてこの津ノ南島に生まれた時のことをふと思い出す。私は判然としない意識の中、波打ち際で寄せては返していく波に揺られていた。そこに母がやって来て私を見つけたのだ。胸のネームプレートを見て小さく「イーリス」と言った。それが私の記憶の始まり。

「翡翠って変わってるよね。イーリスみたいに薄緑の翡翠色の瞳の女の子ってあんまり見ないし」

「ネフライトとかプラスチック製のネームプレートなら緑の子も結構いるじゃん」

「でも、イーリスのはなんか薄いのよね」

 そう言ってマリアKは私の髪に視線を向けた。私は右手でショートに切りそろえた自分の髪に触れた。ほとんど白と言って良い色相に、よく見ると心ばかり緑が薄く溶け込んでいる。私は自分の髪の色が余り気に入ってなかった。キラキラと輝く髪を持つマリアKが少し羨ましい。

「髪の色の話はやめてって言ってるのに」

「別に髪の色の話なんてしてないわ。瞳の色の話よ」

 マリアKは意地悪な笑顔でそう言うと、ジャングルジムの上にすくと立ち上がった。一四五センチの私より少し低い華奢な体。彼女の透明度の高い白肌にマッチした真っ白なワンピースが風にはためいていた。

「それよりさ、アレ見つけたわ」

「ほんと?」

 マリアKは「うん」と返すと、縁がレース調に仕立てられたがワンピースのポケットに手を突っ込んで、それを取り出した。

「ほら。給水塔の鍵」

「本当にあったんだ」

「お父さんの鍵束の中にあったわ。昔、給水塔の管理をしてたって言ってたからもしかしてと思ってたの」

 私はマリアKから鍵を受け取ると、慎重に鉄パイプの上の足の位置を変え、背後にある給水塔の方を振り返った。

 団地建屋の間の狭苦しいこの公園。その横に作られた給水塔。下から仰ぎ見ると、やたらに高く思える。一五メートルはあるだろう団地建屋の二倍はある。古く劣化したクリーム色のコンクリートで出来た円柱型。接地面の円柱の直径は八メートルくらいで、上に昇る程細くびれていき、中心付近でまたラッパの様に膨らみ始める。団地建屋の間から空に突きたラッパ型の部分は、この薄暗い団地敷地内では珍しくいつでも太陽の光に照らされている。

「今から登ろう」

 私は黒いジャンパースカートの裾を抑え、ジャングルジムの上から飛び降りた。

「危ない」とマリアKが小さく叫ぶ。だが、私は「早く行くよ」と気に留めずに告げる。

マリアKは少し呆れ気味に「イーリスはもう少し女の子らしくなるべきよ」と言って、のろのろとジャングルジムを降り始めた。


 二人で給水塔の扉の前に立つと、やたらと濃い影に包まれた。給水塔の大きさが際立って感じられる。

 鍵の掛かったドア。子供達だけで入ってはならない場所。私はちょっとしたスリルを感じ始めていた。冒険はいつでもこうでなくちゃならない。

 私は鍵を差し込み、アルミ製のシリンダーを回した。カチャリとロックが外される音が鳴った。

 鍵を抜き出すと、アルミ製の丸いドアノブに手を掛け、回して引く。

 所々錆が噴き出した片開きのドアが耳障りな高音を立てて開く。ドアの向こうからひんやりとした空気が漏れだす。目を凝らすと薄暗い小さな踊り場に埃が舞っているのが分かった。まるでホラー映画に出てきそうな空間だ。

「……ねぇ、明日にしない?」

 背後から小動物の鳴き声の様にか細いマリアKの声が聞こえた。振り返って「なんで?」と返す。

「だって、急過ぎるし……。今日は採石場に新しい子供の採掘を見に行きましょ」

「嫌だ。子供の採掘には時間が掛かるんだし。今日はまだ生まれないよ」

 マリアKは給水塔に登ろうという私の提案に乗った手前、今更になって少し腰が引けている様だった。マリアKの突然の臆病にはいつも悩まされる。だけど、大人同伴じゃないと立ち入れない場所への侵入には勇気が要るのも確かだ。

「マリアKだって給水塔に登ってみたいって言ってたじゃん。もう鍵だって見つかったんだから、行くの」

「今日じゃなくてもいいじゃない」

「今日行くの」

「なんでそんなに給水塔に登りたいのよ?」

「いい景色が見れそうじゃん」

「それだったら今日じゃなくてもいいじゃない。……本当は何が見たいの?」

 マリアKにはまだ言ってなかった。言えばどうせマリアKは呆れるだろうから。私は言葉を濁す様にボソリと告げる。

「……逆さ都市」

「またそれ?」

 ほら。やっぱり。

「いいじゃん。私は逆さ都市が見たいの。出来れば給水塔みたいな高い位置から」

「イーリスさ、最近そればっかじゃん。夕方になったらいっつも丘に出かけてぼーっと見てる」

 マリアKはため息交じりの声で呆れる様に言った。だから理由は伝えたくなかった。

「そう。だって、あんな大きな都市、マリアKは見たことあった?」

「ないけど、一回見ればもういいよ」

「よくないよ!」

 私は、これは一大事なのだと言わんばかりに声を張り上げ、マリアKの目をじっと見つめる。

「他の島の街並みを見られることはとても貴重な体験なんだよ? マリアKは他の島に行ったことある?」

「それは、ないけどさ。でも、逆さ都市はただの蜃気楼だよ? どこの島の風景かもわかんないし」

「南海岸の向こうの島だよ。実際に行こうとするならきっと船で半年は掛かるって学校で先生が言ってた。まだ誰も行ったことがない島なんだよ、きっと」

 私は少し声を荒げ、マリアKに訴えると、彼女は渋い表情で黙り込んだ。

 私が逆さ都市に拘るのには理由があった。

 ここ津ノ南島に住む一五〇〇人程度の人間の内、他の島に渡ったことがある者はほとんどいない。私達島民はこの津ノ南島を囲む大洋の向こうの世界をほとんど知り得ない。でも、学校の図書室や街の本屋にある書籍を読めば海の向こうの島についての見分を得ることが出来た。それは私の興味をそそり、いつしか海の向こうの島々への憧れを植え付けた。他島にはポータブルCDプレイヤーだとか、パーソナルコンピューターだとか、津ノ南島にはない様々なテクノロジーや機器があるという。そもそも、この島で子供達が〈ペイント〉で実体化させるあらゆる機器――ブラウン管テレビだとか、冷蔵庫、手回し洗濯機は、間違いなく他島から伝わった情報を起源としている。大人達が私達子供に機器の実体化をせがむ際に渡される概念図や設計図の大半はこの島の大人が考えたものではない。皆、本の中から持ってくるのだ。そして、その本は他の島で流通していたものを、極まれにこの島に訪れる旅人が持ち込むか、大昔に大洋を旅したことのある島民が書き残したものばかりだ。私達は他島へもっと関心を向けるべきなのだ。そもそも他島への渡航を妨げているこの島の低レベルな航行技術――少なくとも隣島までの五〇〇〇キロメートルを安全に航行するだけの能力――だって、他島を知ることで向上するかもしれない。他島には私達より進んだ技術が眠っているのだ。

 それに、私にとって他島への関心は技術の話だけではない。

 私は母から〈ペイント〉方法を学んだ“桜”という木花が、他島にあると考えている。それを探したいのだ。

 母は、七年前に突然この島から姿を消した。理由は誰にも分からない。そもそも、母の存在を知っているのは私だけだ。私は生まれてからの一年間を、丘の上に〈ペイント〉で建てた家の中で過ごした。母は数日に一度、家に訪れ、私と共に過ごした。その一年間、私は他の島民と出会うことはなかったし、また、母も他の島民に知られることはなかった。私と母は丘の上で隔絶された一年間を過ごしたのだ。だから母はどこからこの島にやって来たのかとか、どの島に去っていったのかということを島民の誰も知らないのだ。私以外、誰も母を知らない。

 でも、私は確かに母と過ごした。丘の上の小さな家。二人だけで過ごした親子の時間だった。その時に母は私に桜という木花を教えてくれた。この島にはない木花。それは、私と母の絆。桜が咲く島には母が居るのかもしれない。

「逆さ都市の観察は、他島を知る貴重な体験なんだよ。私はマリアKみたいに内向きじゃないの。もっともっと外の世界に開かれなきゃ」

 私は渋い表情のままのマリアKに畳みかける。「マリアKは引きこもりだ」

 すると、マリアKは堪えていたのを解く様に、突然、強気な声で言った。

「私はイーリスとは違うの。逆さ都市が現れる夕方はお家でお父さん夕食を食べていたいの。逆さ都市を見てる暇なんてないの。独りぼっちのイーリスとは違うの」

 マリアKはそう言い終えると、ハッとした表情を見せ、気まずそうに視線を逸らして俯いた。

 マリアKは熱が上がって言い過ぎたと感じてるのだろう。確かに言い過ぎだ。今、私に親はいない。学校から団地の一室に帰ればいつも独りだ。独りの夕暮れ時が寂しくないと言えば嘘になる。逆さ都市の観測に拘るのはそんな寂しい夕暮れ時を誤魔化すためとマリアKは思っているのだろう。そうかもしれない。

「給水塔に登る」

 私は意を決した様にそう言った。

 ここでうじうじとマリアKと言い争っていても仕方がないのだ。嫌なことを言われようが、動機がどうだと言われようが扉を開けた以上は進むのだ。

 私はマリアKの腕を強引に引いて給水塔の中に連れ込んだ。マリアKは一瞬たじろぎながらも、腕を振りほどくことなく私に連れられるがままにした。

 私はそのままドアの向こうに足を踏み出した。

 給水塔内部は暗かった。

 壁に設置してあった照明のスイッチを入れると、ブンと言う音と共に天井の蛍光灯に明かりが点った。入ってすぐの小さな踊り場からはかなり急な鉄組の階段が伸びていた。内壁は外壁より多少は綺麗だったが、劣化したコンクリートの亀裂にカビが生え、とてもじゃないが触れようとは思えなかった。階段を少し上ると、すぐに踊り場に行き当たり、反対側にまた階段が折り返して伸びていた。それを何セットか繰り返し上った。途中、マリアKが「もう降りよ」と根負けした様に訴え出したが、取り合わなかった。

 何段もの階段を上り、私とマリアKの息が切れて来た頃、遂に、最後の踊り場に行きついた。そこにはさらに上に続く階段はなく、代わりに、古びてボロボロの木製ドアが設置されていた。

「やれば出来るじゃん。最上階だよ、多分」

「もういいよ、降りようよ」

 マリアKが不安そうな声で何度目かの懇願をする。

「マリアKは小心者だ」

「小心者でいいから早く降ろしてよ」

 私は掴んでいたマリアKの右腕をさらに強く引き寄せ、木製ドアのドアノブに手を掛けて言った。

「ここまで来てそれはないでしょ」

 ドアを空けると、中心に大きな円柱状の柱が通った直径五メートル程の円状の空間が開けていた。中に入り辺りを見回すと、壁面の四ヵ所――恐らく東西南北の方角――に窓が設置してあった。その他には、上の階――最上部の給水タンクのある階に繋がるのであろう、天井に設けられた点検窓の様な施錠済みの入口と、そこに昇るための設けられたタラップ、そして、いくつかの小さな管が壁面を垂直に伝っているだけだった。

 私はマリアKの腕を掴んだまま、南側に面する窓の前に立った。

 窓の高さは、腰より少し上から天井擦れ擦れまでの位置で、横幅は二メートルにもなりそうな長さだった。耳の様な形のクレセント錠を開け、左手側の窓を引き戸式に開けると、横幅一メートル程の開口部から強い風が吹き込んだ。目をしたたかせながら遠くを見やると、海の彼方に水平線が見えた。逆さ都市の観測には十分すぎるロケーションだった。

「ここは今日から逆さ都市観測所だ」

 私は息巻いた声で宣言した。

「どうでもいいけど、部屋の中ぼろぼろだし、すごく汚い」

「そんなの〈ペイント〉で解決だよ。壁と床を塗り替えれば問題なし」

「私、こんな広い部屋〈ペイント〉出来ないわ……」

 私は「まかせなさい」と、指先に光の粒子を集め、腕を振り下ろす。部屋は瞬時に綺麗なホワイトに染まる。ついでにもう一度腕を振る。床に白いふわふわの絨毯が敷き詰められる。

「これくらい出来なきゃね」

「こんなの出来るのイーリスくらいよ。普通の子なら出来なくて当然だわ」

 マリアKは悔しそうに小さな声で呟いた。私はマリアKみたいに物知りで頭がいい訳じゃないが、〈ペイント〉の能力なら誰にも負けない自信があった。

「さぁ、環境も整った。マリアKも夕食前の少しの時間でいいから、私と逆さ都市の観測を始めるの」

 マリアKはため息交じりに「わかったわ」と告げた。

 



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