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逆さ都市  作者: 海山 照理
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2 1973D「津ノ南島 丘の上から」

  2 1973D「津ノ南島 丘の上から」


 風に揺られた草たちが頬を撫でる。

 いつしか微睡み始めていた私を、この世界に引き留めたい様な、名残惜しく、ささやかなタッチ。風に合わせて有機的なリズムが刻まれる。

 草原に寝ころんだままだった私は瞼を開く。

 色彩のない眩しさだけの世界が視界に射し込み、次第に色を帯びていく。

 青色。

 空の色。

 胸の上に横たえていた右手を視線の先に向かい伸ばす。出来るだけ空に近い位置へ。肘が伸び切るまで伸ばす。鼻からゆっくりと息を吸い込む。緑の香りが鼻腔をすり抜け、胸が膨らむ。少し留めて、ゆっくりと吐き出す。

 心はとても穏やかだった。

 今なら繊細なイメージを描くことが出来る。

 伸ばしていた右腕の先、緩く開かれた五本の指の内、人差し指と中指に意識を集中する。次第に砂粒の様な光の粒子たちが、流れの遅い渦を描いて指先の空間に現れる。

 やがて、手のひら大にまで広がった光に、心に描いていたイメージをそっと乗せる。優しく、丁寧に、あずける様に。

 純白だった光にぽつぽつと黄色が差し始める。ゆったりとした渦の動きに合わせ、淡いグラデーションを描き溶け込んでいく。筆で混ぜる二色の絵具が新しい色彩を見つけるまでの光景に似ている。

 二つの色が均衡に至り、新しい一つの色に生まれ変わると、真っすぐに伸ばしていた腕を少し頭上側に曲げ、もう一度、空に向かってボールを投げる様に軽く振り下ろす。

 人差し指と中指の先に居場所を見つけていた光たちは、指先の軌道に沿って空に描き直される。私の指先の筆で空中に塗られる絵具の様に見える。

 空中に描かれた黄色の光の線は、やがて細切れに千切れて無数の小さな花弁として像を結び始める。

 いつか母に教えて貰った桜の花弁のイメージ。

 但し、私のはオリジナルだ。薄紅色ではなく黄色の花弁。

 イメージはカタチになる。私はイメージをこの世界に実体化させる〈ペイント〉の能力を使っていた。子供達にだけ宿る奇跡の力だ。

 肘を立てて、上半身を少し起こす。

 背後から強い風が吹き付ける。

 それぞれ自由な軌道で空に揺蕩っていた桜の花びらたちが、旅立つ方向を見つけ一斉に舞い上がる。

 花びらが向かった先に視線を向ける。

 この丘から望める大海原。その水平線の上空。既に茜色に染まり始めていた高い雲。花びらたちはそこに向かって吸い込まれていくように姿を消していく。青空に照らし出されていた黄色が夕焼けの影に溶け込んでいく。

 この世界は美しい。そう思った。

 身を起こし、水平線の彼方に浮く雲たちの底面にじっと目を凝らした。海の端から端まで長く広がった雲の底面の辺りがゆらゆらと滲み始め、その輪郭線が消えていく。日の終わりを迎える太陽が最後の力を振り絞って放つ暖色光のスパーク。それを受けて雲の下半分が溶けていく。

 私は傍らに置いていたデイパックのチャックを空け、父から貰った片手サイズの黒い双眼鏡を取り出し、レンズ超しにもう一度、溶け始めた雲の底面に視線を向けた。

 像が結ばれていた。

 雲の底から、海に向かって伸びる無数の長方形。どれも形が違う。長さも向きもバラバラ。でも、硬質で直線的な様は均一。

 雲の底から垂れ下がるように生えているあれは“高層ビル”だ。そして全景としてはそれらが寄り集まったもの――“巨大都市”の光景。だけど、雲の底から生えているあの巨大都市は上下逆さまだ。逆転した像が上空に結ばれる、上位蜃気楼と呼ばれる気象現象。

 私はあの巨大都市を〈逆さ都市〉と呼んでいる。

 一ヵ月前からこの島の南の海の上空に突然現れる様になった光景。以来、朝焼けの頃と夕焼けの頃、水平線の上空に三〇分程現れては消えていく。私が見たことのない不思議な都市のカタチ。この世界に新しく生まれた美しさ。

 しばらく双眼鏡で逆さ都市を眺め続けた。

 次第に空には夜の帳が降り始めた。逆さ都市は徐々に闇の中に消えていった。

 代わりに半月の月が海上に顔を出し始めていた。草原には虫たちの鳴き声が響き始め、ひんやりとした風が辺りを包んでいた。私は丘の上の草原をゆっくりと見回すと、自宅に向けて歩き始めた。




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