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えっ、何で死んでへんねん?  作者: ひめさん
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三、由美との出会い

 敬司と幸村由美が出会ったのは、二六年前の敬司が二五歳、由美が二一歳の時だった。この日は、敬司が病院当直明けの休みということで、視覚障害者の大友おおとも 博和ひろかずに頼まれ、ガイドヘルプ役として都内の小学校を訪れていた。敬司と大友は、敬司がまだ学生の頃にボランティア研究集会で知り合い、それから五年の付き合いになる。障害を持ちながら自らもボランティアとして、障害者支援や盲導犬育成のための講演活動を行っている大友は、やさしくて何かと機転の利く敬司が大好きで、こうして自分が知らないところに行くときには、よく「また、頼むわ」と連絡をしてきていた。この時もやはりそうで、同じボランティア仲間である教師の山田やまだ 卓也たくやからの依頼で、彼の勤務する小学校を訪れていた。由美は、ちょうどその頃、教職資格取得の実習で、この学校に来て、山田の指導を受けていたのだった。

「山田さん、遅くなりました」

「やあ、大友君、今日はありがとうね。相川君もガイドお疲れ様」

「いえいえ、いつもお世話になっている山田さんからの依頼ですから、僕もアルタも相川君も喜んで来ちゃいましたよ」

山田の隣には、若い奇麗な女性が立っており、気になった敬司は目の見えない大友の代わりにという感じで山田に聞いた。

「あのー、そちらの方は?」

「あー、今、早稲田大学から教育実習にきている幸村由美さんだ。僕が指導しているんだけど、どう、相川君、なかなかの美人で可愛い娘だろ!」

敬司が返答に困っていると

「もう山田先生ったら、相川さんが困っていますよ!」

「ははは・・・」

「まあ、この子が盲導犬のアルタくんですね? すごく、賢そうですね」

由美はそう言うと、すぐにしゃがみこんでアルタの頭を撫で始めた。アルタは困惑しつつもじっとしていた。そして、それを山田と敬司はじっと見ていた。

盲導犬にとって、ハーネスを付けた時からそれを外すまでは、仕事中なのだ。そして、その間、事故が起きないようにいつも周りに注意を払うように訓練されているし、そのためガイド中、使用者は、盲導犬を自分以外の誰にも触らせないようにと、厳しく指導もされている。盲導犬は、仕事中に知らない人から触られることで注意力が散漫になったり、『遊んでもいいの? 仕事は終わり?』と勘違いしてしまうことがあるからだ。そしてこれが続くと、ガイドに専念できなくなり、盲導犬としても崩れていってしまうことになる。だから、『ハーネスを付けたら、他の人には絶対に触らせてはいけない』という鉄則がある。福祉の世界では常識となっているのだが、彼女はそのことを知らなかったようだ。大友は、由美が止めるまで黙って待っていた。

 大友は、アルタが大好きで、息子のようにかわいがっていた。そして彼は、子供達も大好きで、小学校での講演だけでなく、子供ボランティアサマースクールを主催し、子供達の中にボランティアマインドを育もうと活動していた。山田と敬司もその中心メンバーで、毎年、夏休みになると手伝いをした。大友は、大好きなアルタを、ボランティアを学ぶ子供達にも好きになってもらいたいと、サマースクールの期間中はむしろアルタを触らせるようにしていた。もちろん、ハーネスを外してからではあるが、ほとんどの視覚障害者は、ハーネスを外したときでさえ、決して触らせないのが普通なのだ。敬司は、以前、大友に「なぜ、アルタを子供達に触らせるのか?」と聞いたことがあった。そのとき、大友は、笑顔で答えた。

「アルタには、みんなに、特に子供達に愛される盲導犬でいてほしいんだ。そのために、もしアルタが、盲導犬として少し壊れることになったとしても、それはそれでもいいかなあと僕は思っているんだ。だって、僕には、助けてくれるみんながいるから・・・。たとえアルタがガイドをできなくなったとしても僕の場合、困ることはないだろ?」

確かに、大友の人柄に惹かれて、多くのボランティアが集まってくる。それらは、大友に何らかの相談をしたり、教わりに来たりすることが多いのだが、そうした関わりの中で、ボランティア達は自ら進んでガイドヘルプをするようになっている。

「まあ、確かに大友さんなら困らないだろうけど、それって、大友さんだけのことだからね。大友アルタは、ただの飼い犬じゃなくて、特別な盲導犬なんだって、ちゃんと教えないと駄目だよ」

「うん、分かってるって」

敬司が大友にこんな話をしたということは、山田も知っていた。だから、大友が黙っている以上、山田も由美に何か言おうとはしなかったのだ。

「お茶の用意をしてたんだけど、今からだと、ちょっと微妙だから、講演が終わってからということで、直接、視聴覚室の方に案内するよ。もう一〇分ほどで、五、六年生一八〇人と先生方も一〇名ほど、集まってくるからね」

山田はそう言って、他の三人と一匹を動かした。

「アルタ、ゴー」

大友の声に、アルタは山田の後をついていく。アルタも敬司と山田とは付き合いが長いため、安心しているのだ。


「・・・ということで、今日の僕の話はこれで終わりです。今日は、僕達の話を聞いてくれて、僕やアルタのこと、盲導犬のことを知ってくれて、どうもありがとう。また、どこかで会ったら、気軽に声をかけてくださいね。じゃあ、さようなら」

「はい、それでは、皆さん、大友さんとアルタ君にもう一度、盛大な拍手をお願いします」

山田の声に、拍手が起こり、その拍手の中を、由美の案内で敬司と大友とアルタは、退場した。そして、そのまま応接室まで案内され、校長も交えてお茶をいただき、学校を後にすることになった。その見送りに、山田と共に由美も付いてきていて、困ったような顔をして言った。

「もう、三人ともひどいです。盲導犬って触っちゃいけないって、なぜ最初に教えてくれなかったんですか?」

敬司は、以前、大友から聞いたことを由美にも説明し、

「・・・まあ、由美先生が若くて、あまりに綺麗だから、大友さんもちょっと言いづらかったんだと思いますよ」

そう言うと、由美は赤い顔をして返してきた。

「もう、相川さんったら・・・。でも今日は本当に勉強になりました。大友さん、相川さん、山田先生、そしてアルタ君、どうもありがとうございました」

由美は、そう言って深々と頭を下げた。その様子を山田はニマニマしながら、見ていた。そして、その夜、山田から敬司にお礼の電話があった。

「相川君、今日はどうもありがとう。ところで、どうだった? 幸村先生、奇麗で、初々しくて良い娘だろう・・・僕は、相川君にお似合いなんじゃないかと思うんだけどね・・・」

「な、何、言ってるんですか? 山田さん!」

「君ね、研究やボランティアも良いけどね、少しは、自分の人生を楽しまなきゃ! 君も二六になるんでしょ。彼女の一人ぐらい、いてもいいと僕は思うんだけど・・・。知ってるかい? 君の周りには君に好意を寄せる娘達がけっこういるはずだと思うんだけど・・・、君ってそういうのにホント鈍感だからなあ・・・。まあ、ちょっと考えてみてよ・・・、また連絡するからね」

 山田は、一回り年下の敬司を年の離れた弟のように感じていた。敬司が、ボランティア活動中の問題を、さりげない心配りと機転の良さでこっそりと解決したりしていたからだ。彼が活動に参加してくるまでは、山田がその役割を担っていたので、(これは将来性のある奴が入ってきたなあ・・・)と一人喜んだものだった。そして、今回の教育実習生の幸村由美も気配りのできるやさしい子だった。指導し始めて一週間ほど経って打ち解けてくると、由美はいろんな質問を山田に投げかけてきた。そのやり取りをする中で、山田は彼女のやさしさや、献身的な考え方を知ることになった。

(こりゃー、敬司君にぴったりの娘じゃないか・・・?)

山田は、つい先日、教え子同士の結婚で初めて仲人を務め、その二人の幸せな姿に、大満足する経験をしていた。そして、思ったのだ。

(敬司君と由美さんの仲人なら、買ってでもやりたいけどなあ・・・)

それから山田は、事ある毎に由美をボランティア活動に誘い、敬司と結びつけるべく画策し始めた。もちろん、それに感づいた大友もこっそり協力し、応援した。

敬司は、この頃、放射線医学、放射線技術学の画像診断支援分野で研究発表を重ねていた。病院勤務をしながら大学院にも席を置き、毎日、遅くまで研究も行いつつ、何とか時間を作ってはボランティア活動にも参加していたのだ。ボランティア仲間には、若い女性達も多くいて、もちろんそれなりに付き合いもあったが、だからと言って敬司には、恋愛などに目を向ける余裕はなかった。

そして、由美も四回生になるにあたり、就職について、OLとなるのか、教職へ進むのかと悩んでいた。さらに就活を東京でするのか、出身地の神戸でするのかという問題もあり、今は恋愛どころではなかった。

「山田先生、私には、どんな仕事が合っていると思われますか?」

「うーん、僕は、教職しか分からんからな・・・。それに就職相談をするなら、同郷の敬司君の方がいいんじゃないか? あいつは、病院で多くの大学生の実習指導を担当しているし、進路についての相談もよく受けるって言ってたからな・・・。君も彼の連絡先は知っているんだろう?」

「はい、知ってはいますが・・・」

「どうした? 彼は嫌いか?」

「いいえ、嫌いじゃありませんよ。逆に、いつもすごいなあと思って見ていますから・・・。困った人がいるとさりげなく手を貸して、私が気がついた時には、いつも相川さんがさらりと対応されているんですよ。私もあんな風にできたらなって、相川さんのことはいつも尊敬しながら見ていますよ」

「そうか、なら、相談してみろよ。これから自分がどこを目指せばいいのか、何かヒントをもらえるかもしれんぞ。彼も六月の後半なら、学会が終わって一息ついている頃だからな」

「はい、分かりました。山田先生がそうおっしゃるなら、来週にでも連絡してみますね」

 そうして、二人は時々会っては話すようになった。出身地が同じ神戸だったこともあり、敬司と由美は急速に親しくなっていった。気がつけば、相川の妹の結婚式に、親族として参加するほどに。


「ごめんな。相手の親戚との数合わせみたいなことで・・・」

「仕方がないわよ。敬司さんに親族がいないのは戦争のせいだもの・・・。戦災孤児だったお父様とお母様に責任がある訳でもないし・・・。でも、これからは、どんどんと家族が増えていって、敬司さんだって家庭を持って・・・。うん、きっと賑やかになっていくと思いますよ」

「そうかな・・・。うん、そやな・・・、俺もそうなってくれるとうれしいけどな・・・」

「そ、そうですよ・・・」

この時の赤い顔をしてうつむいた由美を、敬司は一生忘れないと思った。そして初めて、由美と共に歩む人生を考え始めていた。なお、その隣の席で、聞き耳を立てていた山田と大友の二人が、こっそりとグッドジョブサインを出し合って喜んでいたのを二人は知らない。

そして三ヶ月後のクリスマスイブ、二人でパーティーをしたいと、敬司は由美のアパートに初めて誘われたのだ。数日前には、由美が都内の小学校への採用内定を受けており、そのお祝いも兼ねたパーティーだった。敬司は『レストランを予約するから』と言ったのだが、由美が『私の手料理を食べてほしいから、アパートに来て!』と譲らず、敬司もその誘惑には勝てなかった。当日、敬司は、スーツにネクタイ姿の緊張した面持ちで、由美のアパートを訪れた。由美も二、三日前から、このパーティーのために、人生で一番の決意を固めて待っていた。

「こんばんは、由美ちゃん。おじゃまします」

「どうぞ、敬司さん。狭いけど、さあ、上がって!」

五畳ほどのフローリングのダイニングキッチンと六畳のリビング、いわゆる一DKのアパートだ。ダイニングのこぢんまりとしたテーブルには、所狭しと料理が並べられていた。リビングには、ピンクの花柄のカバーをかけたシングルベッドがあり、部屋の真ん中に小さなこたつ、その前には、TVとラジカセが置かれてあった。そして窓のカーテンと部屋を仕切るカーテンもピンクの花柄で、ベッドとおそろいになっていた。

「へえー、さすがは女の子の部屋や、きれいにしとるね・・・。えっと、これ、お土産のシャンパンとケーキ。どこに置く?」

「とりあえず、そこに置いといて。これを切ったら終わりだから・・・」

由美は、パセリを刻んで、ビーフシチューの上にかけた。それを見ていた敬司が、テーブルの上に運ぶ。テーブルには、由美手作りのパンやサラダが並んでいる。


「じゃあ、食べましょう!」

「由美ちゃん、先ずは乾杯をしようよ。せっかくシャンパンを買ってきたんやさかい・・・」

「そうね・・・」

由美はテヘペロと笑い、ワイングラスを出してくる。

「シャンパングラスなんてないけど・・・」

「これで十分だよ!」

敬司は、そう言って、栓を勢いよくあけた。その音やはじけ飛ぶコルク栓に驚く由美と、吹きこぼれるシャンパンをグラスで受けようと焦る敬司、慣れない儀式に戸惑いながらも楽しそうに笑う二人がいた。

「メリークリスマス、由美ちゃん、そして就職内定おめでとう! じゃあ、カンパーイ!」

二人は、これまでいろんなことを話し、理解し合ってきた。そして、口にはしていなかったが、お互いに心は決まっていた。

「由美ちゃん、料理、最高だったよ。もうお腹パンパンやし・・・」

「ふふふ・・・、まだケーキがあるもんね!」

「ま、まだ喰うのかよ。太るで!」

「まあ、年頃のレディに対して、失礼ね。それに、このくびれのどこが太っているって?」

由美は、胸を突き出し、腰に手をあてて、腰のくびれを強調した。冬だというのに由美は身体にぴっちり張り付いたドレスを着ており、豊かな胸とくびれた腰が強調されて、いつになく大人っぽい。ジト目で見ていた敬司と、見られていた由美が急に気恥ずかしくなって、お互いの頬を染めていた。

「そ、そうだ。プレゼント・・・」

実は、敬司は、今日のために、内緒で三ヶ月分の給与をはたいて、婚約指輪を用意していたのだ。

「由美ちゃんも就職だし、すぐでなくてもいいんやけど・・・。だから、できれば、あの・・・予約済みってことで・・・」

「ぷっ、何よ、それ、変なの・・・。まあ、いいわ。せっかくだから貰っておいてあげる・・・。じゃあ、私からも、お、お返しをしなくちゃね・・・」

由美は、うれしそうに左の薬指に指輪をはめると、部屋を暗くし、ロウソクをつけた。そして部屋のカーテンを引き、そこの奥に消えた。ケーキの準備をするものと思っていた敬司は不思議に思った。すると、まもなく敬司を呼ぶ声がした。

「敬司さん、こっちに来て・・・」

敬司は、まさか?と思いながら、恐る恐るカーテンを開いた。すると、そこにはセクシーな下着姿の由美が赤い顔をして立っていた。

「あの・・・、プレゼント、いろいろと考えたんだけど・・・、私の初めてを貰ってもらおうかと思って・・・」

敬司は、由美の消え入るような声が終わる前に、由美をやさしく抱きしめていた。

「由美ちゃん、ええの?」

「うん、敬司さんに貰ってほしいの・・・、それに、指輪、とってもうれしかったわ」

二人は熱いキスをかわし、そしてどちらからとなくベッドに誘った。


 こうして二人は将来を誓い合った。ところが、その一年後、由美は突然、姿を消したのだ。敬司は、由美から聞いていた神戸の実家を訪ね、母親の美子にも聞いてみたが、由美の消息はまったく分からなかった。敬司には、由美が失踪した理由がさっぱり分からず落ち込み、悩んだ。当時は生活も荒んで、何事にも力が入らなくなっていた。それを見かねた山田や大友等のボランティア仲間、そして仕事関係の友人達からも多くの叱咤激励があった。さらに、指導教授からも、ここぞとばかりに矢のような論文執筆の催促があった。敬司は、これに一心不乱に取り組むことで、失恋の喪失感を無理矢理薄めようと努めた。それが、学位(博士号)取得への道を早めたのは、間違いない。そして、ずっと心配してくれていた職場の先輩達からの無理やりに近い斡旋で、一年後には別の人を妻に迎えていた。

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