一一、さおりの義父母
夕食を済ませた相良祐二と佳枝は、お茶を飲みながらテレビを見ていた。ニュース報道で、ある有名な俳優が亡くなったとの放送に、同じ病気で逝った息子のことを思い出していた。
「お父さん、そろそろ、さおりさんと、良一の七回忌の相談をしなくちゃいけないわね」
「そうか、もう七年になるんだな・・・」
「ねえ、お父さん、今度こそ、さおりさんにはっきり言いましょうよ」
「そうだな・・・。あの娘ももう三一になるはずだ。本当なら、もう三、四年早く見切りを付けさせなきゃいけなかったのに、寂しさのあまり、ついつい、ここまで来てしまった・・・。婚期を遅らせて、悪いことをしたな・・・」
「ねえ、私の友人達に誰かいい人がいないか相談して、七回忌が終わった後、会えるようにお見合いの設定でもできないかしら・・・?」
「ああ、それはいいね。いつまでもさおりさんを良一に縛り付けておく訳にはいかないからな。特にさおりさんには、誰かを良い人と結婚して子供を産み育てて、幸せになってほしいしな」
「本当にそうね。、でも、そうなるとさおりさんとも縁が切れてしまって、本当に私達二人だけになってしまうわね」
「まあ、そう言うな。今まで私達の義娘でいてくれただけでも、本当に有り難いことなんだから・・・」
その時、ちょうど二人の話を遮るように電話が鳴った。
「あら、誰からかしら・・・?」
親戚もほとんどいない、ましてや子供も孫もいない二人には、電話がかかってくることも少ないのだ。
「もしもし、さおりです。ご無沙汰しています」
「もしもし、あっ、さおりさん! 今ちょうど、あなたの話をしていたところなのよ」
「えっ、そうなんですか・・・?」
「どうかしたの? もしかして良一の七回忌のこと?」
「あっ、はい、それもあるんですけど・・・、あの・・・」
「おい、さおりさんなのか?」
相手がさおりだと気が付いた祐二が佳枝に声をかけた。
「えっ、そうよ・・・。さおりさん、ちょっとお父さんに代わるわね」
祐二は、電話口まで進み、佳枝から受話器を受け取った。
「もしもし、さおりさん、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい、お義父さん、ご無沙汰しています。そちらはお変わりございませんか?」
「ああ、夫婦共に元気にやっているよ。そう言えば、来週はサツマイモの収穫なんだ。また敬美ちゃんを連れて、遊びに来ないかい?」
「えっ、あっ、はい、あの、それじゃあ、敬美ちゃんのお父さんもご一緒に伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっ、敬美ちゃんのお父さんって、お父さんが分かったのかい? それで会えたってことなんだね」
「は、はい、そ、そうなんです・・・」
「何か、相手は行きずりのって聞いてたけど、一緒に来るってことは、今後の関係もちゃんと築いていけそうってことなんだよね」
「はい・・・」
「そりゃあ、良かったじゃないか! ははは、そりゃあ、すごい! こっちは大歓迎だよ。ぜひ連れておいで!」
「あの、お義父さん、運転手で、敬美ちゃんの彼氏も一緒に良いですか?」
「おお、敬美ちゃんにはもう彼氏までいるのか?」
「はい・・・」
「大歓迎だよ。うまい物をたくさん用意して待ってるから・・・。そうだ、この前みたいに二、三日、泊まっていくといい」
「そうですよ! さおりさん、そうしなさい! 私も楽しみに待ってるから!」
耳を近づけて聞いていた佳枝が大声で言った。
「お義母さん・・・・」
さおりは、いつも義父母のやさしさに、涙してしまう。
「はい、聞いてみます。相談して、また明日、お電話していいですか?」
「もちろんだよ。待ってるからね!」
電話を切った祐二と佳枝は、喜びで一杯になっていた。
「母さん、敬美ちゃんがお父さんと彼氏を連れてくるなんて、こりゃあ、お祝いをしなくちゃなあ」
「そうね。あの頃は、まだ高校生になったばかりだったのに、もう良い娘さんになったということなのね。お父さん、時は進んでいるのね・・・」
「ああ、そうだね、本当によかった。おばあちゃんが死んで独りぼっちになったと聞いてたから、尚更だよ」
二人は、その夜、喜びのあまり、なかなか寝就けなかった。いつもなら、早朝の農作業に備えて、夜一〇時には夢の中なのだが、暖かい高揚感に包まれて、深夜まで話し込んだのだった。
翌週土曜日の午後、祐二と佳枝は、食卓に出す自慢の野菜を、庭の流しで水洗いしつつ、さおり達の到着を今か今かと待ちわびていた。そして、その広い庭に、一台のワゴン車が乗り込んできた。
「おじちゃん! おばちゃん! 久しぶり! あー、懐かしいなあ!」
「やー、敬美ちゃん、いらっしゃい! おう、こりゃあ、一段と綺麗になって! なあ、母さんや」
「ほんに、ほんに。ああ、さおりさん、お帰り! 首を長くして待ってたのよ」
「お義父さん、お義母さん、ただいま・・・です」
さおりが年配の男性を支えるようにして、歩いてくる。そして、その男性が口を開く。
「あの、初めまして、敬美の父で、相川敬司と申します。すみません、こんな格好で・・・。実は、交通事故で死にかけていましたもので・・・」
「で、僕が、敬美ちゃんとお付き合いさせてもらっています田中浩一です」
「「よろしくお願いいたします」」
さおりの反対側で敬司を支えていた浩一と敬司が揃って頭を下げた。
そのスーツ姿の二人を、祐二と佳枝は、驚きの中で凝視していた。
(似ている! 歳はいっているようだが、良一にそっくりじゃないか! この若者まで、どことなく似ているぞ! これはいったいどういうことなんだ? 夢でも見ているのか?)
固まった時間は、どれくらいだったろうか? さおりはこうなることを見越していたので、黙ってそれを見ていたが、敬司と浩一は困惑し、次の言葉を探し始めていた。するとそれに気付いた佳枝が口を開いた。
「まあまあ、そんなたいへんなご様子なのに、ようこそいらっしゃいました。私達は、さおりさんの義理の親で、相良祐二と佳枝です。こんな田舎までわざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」
「何をおっしゃいますか? 実に素晴らしいところじゃないですか? それにこの度は、ご無理を言って押しかけてしまい、申し訳ありませんでした。あの、これ、つまらない物ですが・・・」
敬司は、そう言ってお土産として持ってきたお菓子を、浩一がお酒を差し出した。祐二は、それを受け取ると、うれしそうに言った。
「おっ、こりゃ灘の酒だね。よし、今夜はこれを飲ませてもらおうかな! どうかな? 一緒に! 二人もぜひつきあってくれないかね?」
「いいですよ」「もちろんです」
敬司と浩一は、少しほっとしたように応えた。
「さあさあ、ここでは何ですから、中にどうぞ。広いだけが取り柄の古い農家ですけど・・・」
佳枝に勧めに応じて家に上がると、さおりが先導して仏間に向かった。そして、先ずは四人で、良一の仏壇にお参りしたのだった。
一二畳もある仏間兼応接間には、重厚な座卓とその周りに座布団が配置されていた。お参りの間、佳枝がその座卓にお茶の準備をしていた。祐二は座布団に静かに座りながら、何か予感めいたものを感じつつ、祈る四人の姿を眺めていた。お参りが済むと敬司は、さおり、敬美、浩一を従えるように、祐二の下座に回った。そして敬司は、さおり、浩一、敬美に手を借りながら、祐二の前に正座し、両手をついて頭を下げた。左袖から見えるギブスが痛々しいが、敬司はそれを気にもせず、改めて挨拶をした。
「以前、敬美がずいぶんとお世話になったと聞いています。どうもありがとうございました。そして、この度は・・・、実は、お願いがあって参いらせていただきました」
その言葉に佳枝が緊張した面持ちで祐二の隣に座った。敬司が両手をついて、再度、頭を下げると、他の三人もそれに倣った。
「さおりさんを私に、義娘さんを私の妻とさせていただけませんでしょうか? 突然、訪問して、何を不躾なことを言い出すのかと思われてると存じますが、どうか伏してお願いいたします。さおりさんを私にください!」
「お願いします。お義父さん、お義母さん」
さおりが続いて頭を下げた。そして敬美も続けて頭を下げた。
「父とさおりさんを夫婦にしてやってしてください。お願いします」
これを聞いて、固まっていた祐二と佳枝の目には、みるみるうちに涙が溢れてきた。
「そうか、そうか・・・」
二人は手を取り合うとボロボロと涙を零していた。そして、少し落ち着くと祐二が静かに口を開いた。
「さおりさん、おめでとう! 本当によかった! 私達はこんな日が来ることをずっと待っていたんだよ・・・」
「えっ?」
「もう七年でしょう。このところ毎日、良一を叱っていたんですよ。いい加減にさおりさんを自由にしてあげなさいって。一人で先に逝っておいて、残された人のことも少しは考えなさいって・・・」
「そうなんだよ、さおりさん。佳枝なんか、七回忌で君が来たときに、こっそりお見合いを画策しようかとまで思っていたくらいなんだ。僕達は、君がいつまでも良一に縛られ続けるのではなく、早く新たな幸せを、新たな人生を歩んでほしいとずっと願っていたんだよ・・・」
「お義父さん、お義母さん・・・」
「で、この方なんだね・・・。最初に見たときは、本当に驚いたよ。あまりに良一に似ているから・・・」
「そうですよ。私なんか、良一が生き返ったのかと思ったんだから・・・」
「それは、すみませんでした」
「いやいや、あなたが謝る必要はないよ、相川さん。むしろ君には礼を言わねばならんし、こちらからもお願いせねばならん・・・。どうか、さおりさんを幸せにしてやってくれんか? この子はやさしくて、本当に良い義娘なんだ・・・、僕らの自慢の義娘なんだよ」
「はい、ありがとうございます。頑張りますので、どうかお任せください」
敬司は、再度、深々と頭を下げた。
「やったあ! 敬伯父ちゃん、おめでとう!」
「うん、お父さん、さおりさん、おめでとうございます・・・。あっ、さおりさんじゃなくて、お母さんかな・・・?」
「えっ、お、お母さん? わ、私が?」
戸惑うさおりに敬司が囁く。
「な、突然、娘ができたって思うと結構戸惑うもんだろ?」
「はい、ふふふ・・」
そう言って、敬司を見つめるさおりは、満面の笑顔だった。
「まあまあ、今日はなんて幸せな日なんでしょう? あら、お茶が冷めてしまったわね」
佳枝が言うと、浩一が応えた。
「大丈夫ですよ。緊張して喉がカラッカラだから、ちょうど良いです」
そう言って、目の前のお茶を手にすると一気に飲み干した。
「あーっ、これ、うめーっ!」
一気に緊張感がほぐれ、みんなが笑い声を上げた。
「「ワッハッハッハッ・・・」」「「ハハハ・・・」」
そこからは、和やかな雰囲気に包まれ、四人が語るこれまでの経緯を、祐二と佳枝は驚きの中で聞いた。そして、それはそのまま、酒盛り、夕食へと続いた。普段なら、九時には床に就く二人だったが、その日は深夜まで宴が続いたのだった。敬美の「この状態で明日のさつまいもの収獲って、本当にできるのかなあ?」の一言で、お開きとはなったが、祐二と佳枝は床に入っても眠れずにいた。
「あなた・・・、もう寝た?」
「いや・・・うれしくてな、眠れんのだ・・・、さおりさんが良一を連れて帰ってきたみたいでな・・・」
「うん、うん・・・。それに、相川さん、とっても素敵な人ね・・・」
「ああ、それもまさか大学の教授で、医学博士とはな・・・。それにだ、この年で、あんな大きな孫ができるとも思わんかったなあ・・・」
「そうね。浩一君の『おじいちゃん、おばあちゃんと呼ばせてください!』には参ったわね。良一にどことなく似ているから、もう尚更・・・」
「彼は良一にそっくりな相川君の甥っ子なんだから、それも納得だけどな・・・。なあ、佳枝、僕達は幸せ者だな・・・。僕はさゆりさんを嫁がせたら、もうそれで縁が切れると、義娘ではなくなると思っていた・・・」
「ええ、本当に・・・。敬司さんが笑いながら言ってた『愛した人のご縁で僕は孤独な人生から救われました』って、あれって、むしろ私達のことよね」
「そうだな・・・。いや、きっと、みんななんだろうな。さおりさんはもちろん、敬美ちゃんも浩一君もずっと寂しい思いをしてきたんだ。だから、僕達も、かれらの良いおじいちゃん、おばあちゃんになって、これまでの寂しさなんか吹き飛ばしてやろうじゃないか」
「そうね・・・。ねえ、あなた、今日は私、ずっと心がポカポカして・・・、こんなに幸せになってもいいのかしら・・・?」
「ああ、僕もだよ・・・。それにもしかしたら、近い将来、新たな孫やひ孫にまで会えるようになるかもしれんのだぞ。そう思うとな・・・。さあ、そろそろ寝よう。明日は義娘や義孫達と一緒に収獲だ。明日もきっと楽しいぞ・・・」
「ええ、そうね・・、ねえ、あなた、今日は一緒に寝ていい?」
「ああ、お出で・・・」
佳枝は、祐二の布団に移り、祐二に抱きついた。祐二も腕枕をして、佳枝を包み込むように抱きしめ、幸せをかみしめながら、眠りに就いたのだった。




