一〇、退院、そして・・・
敬司が退院し、敬美とさおりと三人暮らしを始めて、二ヶ月が過ぎた。敬司による敬美とさおりの救出劇とその顛末は、誰かのSNSで拡散し、関係者の中で話題となっていた。それらを見聞きした友人、知人達が、敬司の見舞いにこぞって訪れた。その中でも敬司が最もうれしかったのは、二〇年ぶりに再開した山田と大友の訪問であった。由美の失踪以来、お互いに会いづらくなっていた二人は、今回の顛末を聞いて、『さすがは由美ちゃんだ』と由美を褒め称えた。そして、由美によく似た娘の敬美を見て、感激していた。さらに、かいがいしく敬司の世話をするさおりの存在にも喜こんでいた。
「ほうほう、由美ちゃんが、敬美ちゃんが慕っていて天涯孤独であるさおりさんを妻にと、敬美ちゃんのお母さんにしろとな? さすがは由美ちゃん、死んでも君達のことを考えてくれるとは・・・、本当によくできた子だ!」
「でも、さおりさんって二〇歳も年下ですよ。これって、犯罪ですよね。それに、あんなに美人さんなら、俺なんかより、他にいい人がたくさんいるでしょうに・・・」
「確か、ご主人を亡くしたのは六年くらい前らしいね・・・。たぶん、まだご主人を忘れられなかったんじゃないかな? だから、今まで誰にも近づこうとしなかった・・・。それにその人、君にそっくりっていうことなんだろ?」
「はあ、らしいです・・・」
「じゃあ、さおりさんさえ良ければ、いいんじゃないか? 君だって、最愛の人は由美さんだろう? そして、幸恵さんも・・・。彼女にとってもたぶん最愛の人は前のご主人さん・・・でも今はもういない。だったら、お互いにそこは尊重した上で愛し合う、そんな夫婦の在り方もあるんじゃないのかなあ・・・。熟年婚じゃあ、こんなの常識だって聞くぞ」
「えっ、そうなんですか・・・? もし、本当にそれでいいのなら、俺も多少は気が楽なんですが・・・」
そこに、聞いていたかのようにさおりが入ってきた。
「はい、ぜひ、そのようにさせてください。実は、あの人のご両親からは、位牌は自分達が引き取るから、早く再婚して幸せになるようにと言われていたんです。だけど、あの人を忘れるなんてできそうになくて・・・。これまでも心配してくれる人がいたんですけど、全て、断ってきたんです。もちろん、相川さんは、私には過ぎた方ですし、初めて見たときには、あって思いました・・・。でも、やはり私の中では二番目でしかないと思うんです。それに、由美さんはすごい人です。私にはとてもかないません。だから、お互いに二番目や三番目でもいいというのであれば・・・、私は、その・・・」
「ワッハッハッ・・・、こりゃ、いい。山田先生、こりゃあ、相思相愛だわ。よし、敬司くん、君、動けるようになったら、すぐに結婚しろ! なあに、式の方は、私達がしたように、会費制ですればいいし、声かけも実行委員会でやるよ。何せ、君の後輩達は今や、ボランティア界の大物ばかりになっているからな、こりゃ、おもしろいことになってきたなあ・・・、久し振りにワクワクするよ」
「えー、大友さん、そんなに大げさにしないでくださいよー」
「まあ、任せとけって!」
「山田先生まで・・・、ホンマ勘弁してーな!」
「わっはっは・・・」
この話を聞いて、大阪と東京の有志達ですぐに実行委員会を結成された。東京では、大友と山田が中心となり、名だたるボランティアリーダー達が実行委員に名前を連ねた。さらに敬司の元部下達や学会関係者達も加わった。大阪では、浩一と幸司、敬美の友人、敬司の馴染み達が、さらに近所のおじちゃん、おばちゃん達まで加わって、会場探しや参加する人の人選を行うなど、一ヶ月もしないうちに態勢が整いつつあった。しかし、敬司はまだギブスが取れておらず、ようやく家の中を一人で動けるようになったくらいだったので、せめて回復して再就職が決まってからにしてほしいとお願いをした。そこで、日程は、一年後くらいにとされ、それまでに敬司は、怪我をしっかり治して、就職先も見つけておくようにと厳命されたのだった。
そういう話があって数日もしないうちに、大阪市内の某私立大学保健学部で診療放射線技術学科長をしている大川教授と講師の柚木がお見舞いに訪れた。
「相川先生、ぜひともうちに来てくれませんか? 何でも神戸医大に研究職で誘われたとかいう噂もあるそうですが、それよりは私達と同じ放射線技師や研究者を育てていただく方が今後の医療界のためにも、学会のためにもなるのではないでしょうか? あなたなら、実績も申し分ないですし、何よりも実際に指導を受けたうちの柚木君が、先生の指導力とお人柄に太鼓判を押していまして、絶対に引っ張りましょうと、このところずっと言い張っておりましてな・・・」
「相川先生、ご無沙汰しています。学生時代には、色々と相談にも乗っていただき、どうもありがとうございました。私も先生のようになりたいと思って、研究も続けていたら、いつの間にか技師から教員になっていました」
「いやー、柚木くん、学会でも頑張ってはるのは、遠くからずっと見ていたよ。ホンマに立派になったなあ・・・」
「相川先生、うちは、報酬も他の大学には劣らんし、研究費もしっかりと付けるから、どうか、うちに来てはもらえんだろうか? 知ってのとおり、わしも後一年半で定年じゃ! それまでは、客員教授ということになるが、その後はわしの後を継いで、主任教授兼学科長をお願いしたいと思うとるんじゃ・・・」
「相川先生、僕も精一杯バックアップしますので、一緒にどこにも負けない優秀な学生達を育てていきましょうよ?」
その夜、浩一を連れて帰ってきた敬美に敬司は告げた。
「浩一、敬美、今日な、なんや知らんが、就職が向こうから舞い込んで来よったで」
「えー、どういうこと?」「えー、どこからや?」
「浩一も知っとるやろ、私立の〇〇大学、あそこの大川先生が来てな、俺に客員で来てほしいって」
「ほう、○○大学か? でも敬伯父ちゃん、客員教授やったら、ちょっと報酬が低いんとちゃうか?」
「報酬は、正規と同じか、少し色つけてええて、言いよったでー、ほんで、一年ちょっとしたら、大川先生の跡目を継げ言うて・・・」
「えっ、大川教授って学科長やん。へー、いきなり学科長か? ふーん、なら、いいんちゃう?」
「ね、お父さん、私はよう分からんけど、大学の教授って、お給料どれくらいあるの?」
「さあ、俺も知らへんわ・・・、でも少なくても手取りで片手くらいはあるやろ」
「ふーん、片手って・・・もしかして五〇万ってこと? 手取りで・・・?」
「そんなもんやろなあ・・・」
「う・・・、不条理や、なしてこんなエロ親父にそんな大金を・・・」
「お、お前、娘が父親に向かって、エロ親父とはなんや、エロ親父とは? いくら新米親父とは言え、ちったあ、気い遣わんかい?」
「だって、この間、お風呂でさおりさんに身体拭いてもらっとったときに、あの、その、興奮して大きくしてたじゃない?」
「えーって、み、見とったんかい? そりゃあ俺かて男やさかい、あんなに奇麗でスタイルもよくて、ほんで良い臭いのする人に身体拭いてもろうたら、息子だって元気一杯一杯になるちゅうもんや!」
「ふーん、じゃあ、今度は私がかわりに拭いてあげようかしら。私だって、もうすぐ看護師になるんだから、お手のものよ。娘だったら、大丈夫よね・・・?」
「いや、そ、そりゃあ、あかんぞ!」
「そ、そうだ、そりゃあ、あかんで!」
「ふーん、浩一お兄ちゃんまで、私じゃなくて、さおりさんがいいんだ?」
「い、いや、俺は絶対に敬美ちゃんの方がいいけど・・・って、何言わせるんだ!」
「「・・・・・」」
敬美と浩一が真っ赤になって固まっていた。
敬美は、このところ、初めてできた従兄の浩一に、看護大学の卒論や就職先の病院について、相談をしていた。浩一も突然現れた美人の従妹に相談されるのがうれしくて、連絡を受けると必ず応じていた。そんな二人が、お互いを意識するようになるのは、当然のことだったのかもしれない。
「なあ、さおりさん、敬美って、もしかして浩一のことが好きだったりするん?」
「まあ、今頃、気が付いたんですか? この頃はよく二人だけで食事をしてきてますよ。いいじゃないですか、従兄妹同士なら結婚もできるんですから・・・」
「な、け、結婚って・・・、結婚なんて話があるんか? それは、まだ早いやろ・・・」
「いえ、そこまで話しているかは知りませんよ。でももし、そうなったら、浩一さんもあなたの息子になる訳ですから、どこか他の男に敬美ちゃんをさらわれるよりは、息子同然の浩一さんと一緒になった方が一〇〇倍いいんじゃありません? 敬美ちゃんも来年から社会人になることですし・・・、何なら、私達と一緒に式をするっていうのはどうかしら?」
「そりゃあ、どこの馬の骨ともしれん奴にやるよりはええけど・・・。それでも、堪忍してえなあ。俺かて、もう少し娘と一緒に暮らさせてほしいがな。なあ、お願いしますわ」
「私は、娘夫婦と同居でもかまいませんけど・・・」
「いや、あかん、あかんって! 敬美には、また結婚は早すぎますって!」
「ふふふ・・・」
さおりは、思っていた。
(敬司さんと一緒にいると本当に楽しいわ・・・。あなた、そして由美さん、幸恵さん、美子さん、ありがとうございました。私達、きっと幸せになりますから・・・。それから・・・、もし、敬司さんが私の一番になってもどうか堪忍してくださいね・・・)
さおりは、仏壇でほほえむ四人に、手を合わせて、そう祈っていた。




