一、事故
第一作品の「三五から夏都へ・・・」と同じく、恋愛物です。今、長編を二つ書いているのですが、その気分転換にこれを書いてみました。一作目は、恋愛の裏に?愛と平和をテーマとして盛り込んでいますが、こっちは、恋愛だけですごく軽く書いていますので、気軽に読んでいただけたらと思います。
「俺もついに五一歳か・・・、人生下り坂ってとこやな・・・」
相川 敬司は、安アパートの一室で、一人呟いていた。八月一五日は、敬司の五一回目の誕生日である。しかし、この日はお盆休みで、終戦記念日であること、また両親を早く亡くしたこともあり、敬司は、誕生祝いというものをあまり経験していない。ただ唯一思い出すのは、二六歳の時、当時付き合っていた幸村 由美が祝ってくれた誕生日のことである。その頃はもう、お互いに結婚を意識しており、それ故か、その時の誕生プレゼントは、ネクタイと由美自身だった。
「クリスマス以降、何回かやってたのに、あん時のあいつ、緊張しまくって・・・可愛かったけど、あれが最後やったなあ・・・。今頃、どないしてるんやろう・・・。きっと、ええ奥さんになっとるんやろうなあ・・・」
敬司は、昨日、コンビニで買った菓子パンにかぶりつき、ミルクコーヒーを飲んで、朝食代わりとした。
「さて、そろそろ動くか? 官公庁やさかい、今日も開いとるやろう・・・」
敬司は部下の失態の責任を取る形で、二七年勤務した東京の某大学病院を三月三一日付けで依願退職していた。そして、故郷の神戸に戻り、本籍に近い場所に引っ越していた。しかし、この街に、昔の面影は残っていない。阪神淡路大震災後の再開発で、幼い頃、妹とさんざん遊んだ公園さえも消えてしまっている。そんな町名だけが残った故郷に帰ってはきたものの、本当に帰ってきたと言えるのか、今の敬司には自信がなかった。ただ近所に住む妹家族と数人の幼馴染み、そして今だに敬司の顔を憶えてくれている町内会のじいちゃん、ばあちゃん達だけが、敬司に、ここが故郷なのだと思わせていた。
「おばちゃん、おはよう」
「おや、敬ちゃん、おはようさん。この前は、ありがとうね。また、電球が切れたら頼むさかいな」
「ああ、おばちゃん、まかしとき! 何時でん、遠慮せんと声かけてや」
「敬ちゃん、今日は、どこ行くん?」
「今日から、就職活動や・・・。帰りに寿子んとこ寄って、おとうちゃんとおかあちゃんを送ってくるけん、ちょっと遅うなるかもな・・・?」
「ほうな、よろしゅう言うとってな。ほな、気いつけるんやで」
「ああ、ほな、行ってくるで」
(東京での朝に、こんなやりとりはなかったな・・・。朝、顔を合わせたとしても、「おはようございます」だけで終わりやったし。やっぱあ、姿形は変わっても、ここは俺の故郷ちゅうこっちゃな・・・)
敬司は、少し晴れやかな気持ちになって、近くの電停へと歩を進めるのだった。
官庁街の駅で降りて、敬司はハローワークに向けて歩き出した。時間は既に九時を回っており、朝の通勤ラッシュは落ち着きを見せ始めていた。人通りも比較的まばらになったところで、話ながらゆっくり歩いている女性二人を追い越そうと思い、敬司は右の車道側に寄っていった。そして、ちょうどすぐ横に並んだところで、『ドカン』という大きな音が斜め後ろから聞こえた。
(交通事故か?)
そう思って、敬司が振り向くと、敬司のすぐ後ろに大型トラックが迫っていた。
(こりゃあ、いかん!)
そう思って、横を見ると、驚く敬司を二人の女性が何事かと見ている。
(あっ、こりゃあ、三人とも駄目だわ・・・、この子等、姉妹かな? まだ若いちゅうのに・・・、えーい、くそっ、そうはさせへんど!)
敬司は、思わず手を延ばしていた。そして敬司は両手で二人の胸元を思いっきり押したのだった。突然、中年の男に胸を触られる?押されるという行為を受けた二人は、驚きと同時に、いかにも嫌そうな、軽蔑するような顔をして敬司を見た。
(えー? た、助けてあげてるのに、そないな顔せんでもええやんか・・・)
スローモーションのように時が流れていく中で、敬司はそう思った。その途端、敬司は空中にはね飛ばされていた。
(こりゃあ、あかんで。寿子、浩一、幸司、堪忍やで、お兄ちゃん、今日は行けへんようやわ・・・てか、これでたぶんお別れや・・・)




