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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
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エピローグ2「強敵」

 今日は、朝から酷い雨だった。

 早くも梅雨入りしてしまったのかと思えるような天気の中、俺はビニール傘をさしたまま突っ立っている。

 すぐ傍らに「音楽劇場」と書かれた看板があり、その足元には多くの花束や缶ジュースなどが備えられていた。もちろん、それらの中には先ほど俺が置いた物も存在する。

 また、宙に浮かぶ〈テープ〉の向こうには平べったい建物が見えていた。その建物は上から潰したようなシルエットをしており、てっぺんに大きな穴が穿たれているのがここからでもわかる。

 二日ぶりに蜻蛉大学を訪れた俺は友人が最期を迎えた場所を眺めながら、右手を真横に挙げた。ペンを握る形にした指のあいだに、黒いもやが集まって来る。

 やがてもやは世界を書き換えるペンを形作った。

 ──が、俺はすぐに「神の指」のリロードを中止する。

 彼の、杏藤の死を書き換えることはできない(・・・・)ということを、わかっていたからだ。

 もし二日前にネフィリムを書き加え、彼の自殺を止めることができたとしても、運命までもは変えられない。

 杏藤は生きている限り自殺して死ぬことになり、そうなれば、今度は彼の起こしたコラプサーに椚原さんが巻き込まれるという事態も考えられる。それだけは、絶対に避けたかった。

 彼女を護る為だけではなく、友人の想いを護る為にも。


「……見ていてくれ、杏藤」


 ──あの時、お前がどんなつもりであんなことを言ったのかはわからない。……けど。


「俺が、護るから……お前の分まで、俺が」


 目の前で死んで行った友に向けて呟きながら、俺は拳を固く握り締める。

 わからないからこそ、一方的に彼の意志を受け取ることに決めたのだ。

 そして、右の拳を胸の前につけた俺はコラプサーの中でのある出来事を思い返した。






 ──ストレインが〈剣〉を振り下ろす瞬間、俺は「執筆」状態を解除した。

 地面に倒れていたネフィリムの姿が消え、代わりに実体を持つ俺がそこに現れる。

 当然驚愕しているらしい彼女に、俺はある提案をした。


「俺と、協力関係を結びませんか?」


 余裕のある笑みをこさえながらそう言うと、やがて彼女は得物から手を離す。

 〈剣〉は跡形もなく消え去り、と同時に背筋を伸ばしたストレインは興味深そうに答えた。


「ふうん、協力ね……アンタ、私らと手を組もうっての?」

「はい。

 あなたたちと同じで、俺も友人がテロ行為に利用されました。俺は、奴らを倒さなければならないんです」

「……なるほどね。

 けど、それで私たちに何のメリットがあるわけ? 今ここでアンタをとっ捕まえて、WSROにでも渡した方がよっぽど見返りを期待できそうだけど」


 当然の疑問だが、それ故に想定の範囲内だ。


「確かに、そうですね。

 ですが、俺はあなたたちの知らない情報を知っています。おそらく、WSROもまだ掴んでいないことをね」

「へえ、いったい何を?」

「……テロ組織のメンバーの所在です」


 俺の回答に、彼女がマスクの下で息を呑むのがわかった。

 また、離れた場所で俺たちのやり取りを見守っていたアクは、こちらもすでに〈ガトリング砲〉をしまっており、さっきまでうるさかったのが嘘のように黙している。


「まさか……なんでアンタにそんなことわかるの? ただの高校生、ってわけじゃないんだろうけど」

「それは何と言いますか、向こうから接触して来たので……」


 苦笑気味に答えてから、俺は改めて彼らに取引を持ちかけた。


「とにかく、俺の持っている情報は多少なりともお二人の役に立つはずですよ。

 もし少しでも興味があるのなら、この場を見逃していただけないでしょうか?」


 これを受けたストレインは背後を振り返り、今度は俺ではなく仲間に尋ねる。


「だってさ。どうする?」

「うーん、そうさなぁ……」


 彼は唸りながら、考え込むように腕を組んだ。

 正直かところ、二人がこの取引に乗ってくるとはこの時の俺は思っていなかった。彼らが味方につくつかないに関わらず、体を休ませることができればそれでよかったのである。

「神の指」を停止させ、フラワノイドを倒すだけの体力を温存することが目的なのだから。

 そんな風に考えていると、やがてアクが鬼を思わせるデザインの顔を上げた。


「いいんじゃねえか、面白そうだし。その情報とやらを教えてもらってから判断することもできるしよぉ」

「そっか。じゃあ、決まりだね」


 彼女は再びこちらに向き直る。

 それから徐に頭部の装甲を展開させて、素顔を見せた。

 露わになったのは黒いショートヘアーと褐色の肌で、予想はしていたが日本人ではないらしい。思いの外幼げな顔立ちをしているが、どことなくエキゾチックな雰囲気である。

 また、前髪だけは妙に長く、今は左目を隠すように流していた。

 ストレインはあどけない顔つきに似合わぬ鋭い視線を寄越しながら、俺に声をかける。


「いいよ。アンタの話乗ってあげる」

「ありがとうございます。

 詳しいことはこのコラプサーが消滅した後にでも」


 無事この場を乗り切れたことに安堵しつつ、俺はすぐに踵を返そうとした。


「待って。

 アンタ、本当に何者なわけ? どうしてテロリストなんかと戦ってるの?」


 ──そう言えば、先ほども同じようなことを訊かれたな。

 などと考えつつ、俺は彼女の問いに答える。


「与えられた使命を果たす為ですよ」


 俺の返事を聞いたストレインは、結局よくわからないといった風に眉をひそめた。

 だが、彼女が再び何か言い出すよりも前に俺は「執筆」を行い、その場を後にしたのだった。






 かくして、俺は思いがけず協力者を得ることに成功した。

 と、同時に、これで本当に後には引けなくなったのだ。

 ──やってやる。ここからは、こちらから戦いをしかける番だ。

 強く、胸の内で誓った俺は、腕を下ろして踵を返す。

 歩き出した俺は靴の中に水が入り込むのを不快に感じながら、大学の出入り口を目指して行った。

 が、しばらくもしないうちに前方に見覚えのある人たちの姿を認め、彼女らの前で足を止める。

 大通りの真ん中に立っていたのは、秋津学園の生徒会会長と副会長だった。梔子先輩は俺と同じようなビニール傘を、皇樹先輩は上等そうな黒い傘を、それぞれさしている。

 こちらから声をかけるべきかと迷っているると、皇樹先輩が先に口を開いた。


「こんなところで会うなんて、奇遇ね春川くん」

「どうも。

 先輩方も、献花してくださるんですね」


 梔子先輩の抱えている花束を見て、俺は尋ねる。


「ええ。お葬式にも参列させてもらったけど、一応ね」


 俺の声に応じた彼女は、いつになく表情を曇らせた。こんな天気の為から普段にも増して白く見える顔を見つめていると、皇樹先輩は目線を上げる。


「……今回のことは、非常に残念に思っているわ。杏藤くんもだし、それに月下先輩も……。あなただって、とてもショックだったと思う。

 けど、それを承知の上で春川くんにお願いしたいことがあるの」

「なんでしょう?」

「もうすでに茉莉から聞いているかと思うけど、私たちは今、学園内に新たな委員会を発足させようとしているわ」

「……委員会、ですか。確か、学園を護る為の活動を行うんでしたよね?」


 口に出してみると、やはりかなり漠然とした趣旨だ。

 この問いにコクリと頷いた生徒会長は、まっすぐに俺の視線を見返す。


「ええ、そうよ。

 私たちが目指すのは、学園の生徒たちをコラプサーから護ることのできる組織……その名も、防衛委員会」


 そう言ってから、「安直なネーミングよね」と皇樹先輩は初めて力なく笑った。


「けど、活動内容は本格的な物よ。役員には生徒たちを護る為の力を与えるつもりだし、その手はずもすでに整っているわ。

 ……そこで、春川くん。あなたも、この委員会に参加してもらえないかしら」


 どうやら本心からそれを望んでいるらしく、彼女は至って真剣な眼差しで言う。

 俺はすぐには返事をせずに、少し考えてみることにした。防衛委員会とやらに所属することで、自分にどんなメリットがあるのかをだ。

 ──学園の生徒会は蜻蛉の街の中において絶大な影響力を誇る。もし、委員会に入ることでその後ろ盾を得られるのなら致命者たちとの戦いも有利になるかも知れない。

 加えて、彼女らがWSROと何らかの関わりを持っていることは明白だ。特に、皇樹先輩は確実に俺の知らないことを知っているだろう。

 どんな思惑があって俺を勧誘しているのかはわからないが、利用できる物は利用させてもらうべきだ。


「……わかりました。俺で構わなければ、立候補させていただきます」


 胸中を悟られぬよう、俺はあくまでも笑顔で答えた。


「ありがとう。快諾してもらえて嬉しいわ。

 詳細に関しては後日、全校生徒に向けて発表する予定だから、またその時に」

「はい」


 彼女は安堵するように表情を和らげ、「それじゃあ、私たちも花を供えに行くわね」と俺の横を通り過ぎようとする。


「ありがとうございます。杏藤も喜ぶでしょう」


 横目で二人を見送りながらそう言った時、ちょうど真横くらいの位置に来た梔子先輩が足を止めた。

 そう言えば珍しく無言だったなと不思議に思っていると、彼女は唐突に口を開く。


「……すまないな、春川。お前だって辛いだろうに」

「そうですね……ですが、だからこそ俺も戦いたいと思ったんです」


 もちろん、俺は心からそう思っていた。

 俺の言葉を聞いた梔子先輩は「そうか」と短く応じると、目を伏せてから口許に笑みを浮かべる。


「私も、似たような気持ちだ……」


 言いながら、彼女は傘を持っていない方の手で拳を握り締めていた。つい今し方、俺がそうしていたように。


「天使だろうと悪魔だろうと、もう誰の命も奪わせない」


 先輩は長いまつげに縁取られた瞼を開ける。その隙間から覗いた瞳は、光すらも塗り潰してしまえそうなほど昏い物だった。


()は、必ず私の手で葬り去る」


 彼女の黒目が映し出しているのは、きっと漆黒の天使の姿だろう。

 青白い怒りの炎を静かに燃やす先輩の姿を見て、俺は密かに身震いした。

 ──フラワノイドなんかよりも、よっぽど手強そうだ。


「それでは、またな」

「ええ」


 簡素なやり取りをして、今度こそ俺たちは別れる。

 いっそう強さを増す雨の中、俺と二人の先輩方は、それぞれの進む方へと歩いて行った。






 〈Season1『Butterfly』──了〉

season1完結です。

ここまでお付き合いいただいた読者諸兄の皆様、ありがとうございます。


で、season2の投稿ですが、まだいつになるか決まっていません。早ければ5月中、おそくとも6月には投稿したいと思いますので、しばらくお待ちください。


それでは、season2でまたお会いしましょう。



わかば

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