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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
38/47

第三十四話「撃墜」

 蜻蛉大学構内で突如として見舞った新種の災害、コラプサー。

 その発生元となった音楽劇場から数十メートルか離れた場所、五階建ての灰色の建物の上に彼の姿はあった。

 そこは普段は幾つかの学科が授業で使用する教室棟であり、〈戦闘用スーツ〉を起動させている彼は屋上の角から眼下の景色を見下ろしている。

 鮮やかな赤でカラーリングされた装甲は西洋の鎧をモチーフにしたようなデザインであり、相当な強度を誇ることが一目見て伝わって来る。

 また、大きく盛り上がった両肩のアーマーと首との間には襟のある黒いマントが装着されていて、足首の上あたりまであるそれは、アプリケーションによる演出なのか風もないのにはためいていた。

 そして、頭部を覆う兜の両サイドからは大きな角のような装飾物がそれぞれ一本ずつ、天に向かってカーブしながら生えている。

 そんな、おそらく一般的なフリーファイターと比べても一際(ひときわ)(いかめ)しいであろう〈戦闘用スーツ〉に身を包む彼は、徐に頭部装甲を展開させた。

 上部と左右、三つのパーツに分かれながらそれが開き、その素顔が露わとなる。

 ──そこに現れたのは、WSROのトップであるアブサント・ワームウッドの側近、ローラス・クラウンの顔だった。

 ローラスは冷たいコバルトブルーの瞳を、音楽劇の屋根の上で片膝をついている異形の存在へと向ける。

 それから、彼は無言のまま胸の中で呟いた。

 ──見せてもらおうか。お前がどれほどの存在なのかを。

 その無機的な視線が向かう先では、黒い怪人が爆撃を受けた顔を上げ、地上にいる二人のフリーファイターを睨みつけたところだった。


 *


「しっかしアレだよな〜、冷静に考えりゃあ、ア○マイト光線って最強の技だよな。もうフ○ーザとかセ○とか一発じゃん? 絶対あいつが世界救えるよな」


 新手のフリーファイターの男は、ペラペラとわけのわからないことを喋る。

 何を考えているのか捉えどころのない印象だ。

 が、まあいい。これ以上邪魔をするというのなら、それ相応の姿勢で臨んでやろう。

 そう考え「神の指」を握る腕を構え直すと、男の隣に立っていたもう一人のフリーファイターが、不意に彼の脚の裏を蹴りつけた。


「あだっ⁉︎」


 大袈裟に声を上げる男に対し、ほぼ同じデザインの装甲──こちらは二本角であり、他にもところどころ差異はあるが──を纏ったそいつは呆れたように言う。


「しつこいしどうでもいい。さっさと本題に入ろうよ」

「んだよ、ストレイン! 別にいいじゃねえか。マジでチートなんだぞ、ア○マイト光線」

「だから聞いてないし。

 そんなことより、ほら」


 ストレインと呼ばれたその人物は、どうやら若い女性──それも、もしかしたら俺と同年代くらい──であるらしかった。

 彼女に促され男は不服そうにしながらも、再び顔をこちらに向ける。


「つうわけで、コイツがうるせえから本題入るけどよぉ。お前、この間白人の男(・・・・)を一人攫ってったろ」


 白人の男……致命者ゲオルギイとやらのことか。

 だとすれば、この二人は彼の仲間なのか?

 少なくとも致命者──つまりテロリストと繋がりがあったことは確かなようだ。

 一本角のフリーファイターは、黙したままのネフィリムに向けてさらに言葉を続けた。


「なんでそんなことしたんだ? いったいお前の目的は何なんだよ?」


 男の問いかけに、天使は答えない。

 何が目的かと言われれば、当然それは「椚原さんを護ること」なのだが。

 と、彼の隣りでそのやり取りを見ていたストレインが、痺れを切らしたように声を上げる。


「アク、時間の無駄。ああいう奴は無理矢理言わせればいいでしょ?」

「お前なぁ……ま、確かにそっちの方が俺ららしいけど」


 言ってから、アクという名前であるらしい男は改めて〈ロケットランチャー〉の照準を合わせるように、その先端をネフィリムに向けた。

 すると、セカンドリアリティでできた〈ロケット〉が自動的に装填される。


「俺たちはよお、少なからずあのおっさんに恩があるんだ。この国で言うところの『義理』って奴? 通させてもらうぜ?」


 彼が言った直後、二発目の〈ロケット〉が爆音と共に発射された。

 煙を吹き出したがら空中を突き進むそれを見て、俺は咄嗟に手を動かす。


 〈脚を伸ばしつつ、真横に跳んで避ける〉


 指示どおり、ネフィリムは屋根を蹴飛ばしながら横っ跳びで砲撃を回避した。

 続けて俺は次の行動を描き出し、真っ赤な文字を吸収した天使は両翼を広げる。

 ひとまず空中に引いてから、エンジェルビームで蹴散らしてしまおうと考え、俺はさらに腕を振り上げかけた。

 が、その時、先ほど躱したばかりの〈ロケット〉が暗い空の中をUターンして、今度は背後から再び襲いかかって来るではないか。

 ──追尾型か!

 俺は予定を変更し、いっそう手を動かすスピードを加速させる。


 〈天使は徐に左腕を斜に振って伸ばす。すると、その先端は人と同じ形の手ではなくなって行った。

 やがて、硬質な装甲を纏い丸く膨れ上がった腕の先は幅の広い巨大な刃へと変化している〉


 左腕から大剣を生やした天使は俺の紡ぎ出す文章に従い、振り向きながら目にも留まらぬ速さで刃を振るった。

 刹那、すぐ目の前まで迫っていた〈ロケット〉は綺麗に真っ二つに割れ、彼の体の両横で爆発する。

 と、地上から短い口笛の音が聞こえて来た。


「やるじゃんお前。けど、安心しな……まだまだ喰らわせてやっからよぉ!」


 宣言どおり、アクはまるで機関銃か何かのような勢いで〈ロケットランチャー〉をぶっ放す。

 一人の人間が肩に担いで撃っているとは到底思えないような弾幕が、地上からネフィリム目がけて押し寄せて来た。


「オラオラオラオラァァァァ!」


 これだけ発射しておいてまだ足りないのか。彼は雄叫びを上げながら、さらに馬鹿みたいに連射し続けている。


「いるかそんな物」


 反射的に答えながら、今度は右腕の武器で応戦させることにした。


 〈最大出力のエンジェルビームで全ての《ロケット》を焼き払う〉


 禍々しい赤い光線が、触れる物を瞬く間に蒸発させながら地上へ降り注ぐ。

 圧倒的なまでの威力を発揮したエンジェルビームは弾幕を物ともせず、何者にも阻まれることなくアスファルトに喰らいついた。


「のわっ⁉︎」


 二人のフリーファイターたちは左右に分かれ跳び、すんでのところで直撃を免れる。

 兵器を握っていない方の手を地面に着けながら、顔を上げたアクは素っ頓狂な声を出した。


「ま、マジでア○マイト光線撃てんじゃん⁉︎」

「……だからしつこいって」


 興奮している様子の彼から何メートルほど離れた場所で、ストレインが呆れたように呟く。

 さっきから何の話か知らないが、そんなダサい技名(?)と一緒にしてもらいたくなんかない。……いや、ほとんど似たような物か。

 などと、もはや自虐でしかないことを言っている場合ではない。

 この時、すでに俺の疲労はピークへと達しようとしていたのだ。

 非常に短いスパンでの連続の「執筆」、それも今までに増して高速で書き上げなければならなかったのだから、当然だろう。

 目の前で死んだ友を侮辱された怒りから、ここまでは疲れを忘れて腕を振るうことができたが……さすがにそれだけでは誤魔化しが効かなくなって来たか。

 俺は肩で息をしながら、いつの間にか額に浮かんでいた大粒の汗を左手の甲で拭う。

 ──やはり、さっさとこのコラプサーを終わらせたい。ここでいつまでもこいつらの相手をしていては、無駄に体力を削られるだけだ。

 が、しかし、フラワノイドの居場所がわからないのも事実であり、闇雲に探しているうちに他のフリーファイターと出くわしてしまったら意味がない。

 最も理想的なのはすぐにフラワノイドがどこにいるのか突き止められることだが、さて、どうしたものか。

 と、必死に思案しているさ中、突然背後に何者かの気配を感じた。

 それが誰なのか俺は振り返らずともわかった為、顔を前に向けたままでいると、そいつから先に声をかけて来る。


「……苦戦してるみたいですね、シオンさん」

「……そう見えるのか。だったら、今は邪魔しないでくれ」


 構ってやれるような余裕なんてなく、俺はそっけなく言い放った。

 だというのに、彼女はまた言葉を紡ぐ。


「大変そうですね……」

「お前、人の話聞いてたのか!」


 頭に血が上った俺は声を荒げながら、背後に浮かぶもう一つの魔法陣を振り返った。

 ──だが、そこに立っていた彼女の様子は予想していた物と全く違う。

 ステラは、いつものように人を小馬鹿にして愉しむような笑みを浮かべているのではなく、至って真剣な面持ちでまっすぐ俺を見つめていたのだ。

 透き通るような黄金の瞳と胸の前で組まれた両手は、それこそ必死に誰かの無事を祈っているかのようである。

 いや、「誰かの」などではなく、「俺の」だろう。


「ステラ……?」


 見慣れない雰囲気の彼女に、俺は思わずその名を呟いた。

 しかし、ステラが何かを答えるよりも先に、地上からの猛攻が再開される。


「はははっ! 残念ながらコイツは弾切れだ! つうわけ、で……」


 そんな笑い声が聞こえ、俺は視線を眼下に戻した。

 すると、クレーターのように円形に抉られたアスファルトの(そば)で、アクが担いでいた兵器を投げ捨てる。

 〈ロケットランチャー〉は消えてなくなり、代わりに新たな武器が彼の体の前に出現した。

 今度はなんと、複数の銃身が環状に集まった機関銃、いわゆる〈ガトリング砲〉という奴である。

 先ほど乱射していた物もそうだが、まるで一部隊とやり合おうとでもいうような装備だ。

 セカンドリアリティで形成された兵器の銃身が上に動き、宙に浮いたままのネフィリムに無数の昏い銃口が向けられた。


「次はこっちでぶっ飛ばすぜオラァ!」


 言うが早いか彼はトリガーを引き、〈ガトリング砲〉の銃身が回転しながら火を吹く。


「くそっ、本当にしつこいな」


 毒づきながら、俺はどうにか腕を振り上げて天使の翼を羽ばたかせた。

 ネフィリムは空中で半円を描くように飛び、弾丸の雨を避ける。


「はははははははは!」


 機関銃を装備したフリーファイターは地上で体を回しながら、彼の動きを追った。黒い兵器の本体から垂れ下がっていたカートリッジが、いくつも吸い込まれては限りなくひとりでに追加されて行く。


 〈大きく旋回して敵の銃撃を躱す〉


 もう回避させるだけで手一杯であり、なかなか反撃の余地を見出せそうにない。

 ──さっきの〈ロケットランチャー〉から察するに、いくらセカンドリアリティとは言え弾数は無限、というわけではないらしい。このまま避けきって、弾切れになった隙を狙えば……。

 とは言ったものの、一向にその時が訪れる気配はなかった。

 慌ただしく文字を紡ぎ出しながら、芳しくない戦況に苛立ちと焦りが募る。

 だからこそ、俺はすぐには気づかなかったのだ。

 もう一人のフリーファイターが、すぐ間近まで迫っていたことに。


「……こっちも忘れないでよね」


 その声の主は、ついさっきまで地上にいたはずのストレインだった。

 慌ててそちらを向くと、彼女の足元には正四面体の〈ブロック〉が浮かんでおり、なんと半透明のそれを足場にして空中に立っているではないか。

 しかもよく見ると他にも転々と〈ブロック〉が浮かんでいて、どうやら飛び石のようにその上を跳ねてここまでやって来たらしい。


「そんな、馬鹿な……⁉︎」


 にわかには信じられず、もうすでにネフィリムの真横で大振りな〈剣〉を構えている彼女を見つめた俺は、声に出して言う。

 フリーファイターたちの持つアプリケーション「FREE FIGHTER」は、過剰認識空間の特性を利用することにより成り立っているシステムだと聞いたことがある。だがそれにしても、こんなことまで可能だとは。

 想像の遥か上を行く戦法に驚愕せざるを得ない俺は、咄嗟に反応が遅れてしまい、天使の動きがわずかに止まる。

 そしてその一瞬を、相手は逃さなかった。


「意外とトロいんだ」


 つまらなそうに呟く声と共に、灰色の〈剣〉──刀身の幅が厚く、先端が途中で切り落とされたかのような形をしており、(ほとばし)る青白い稲妻を纏っている──が、振り下ろされる。


 〈右腕の装甲で顔を庇う〉


 どうにかそう描写して右上から迫る斬撃をガードさせるも、これにより大きな隙が生じることとなり、


「ははは! 玉砕! 粉砕! 大喝采ってか!」


 今度は地上にいる彼女の相方の餌食となってしまった。

 謎の雄叫びを上げたアクは天使の片翼に狙いを定めてトリガーを引く。

 まず先に左の翼がボロボロに撃ち抜かれ、続いてもう一方にも無数の穴が穿たれたところで、うまく飛んでいられなくなったネフィリムはとうとう背中から地上へ落ちて行った。

 銃撃を受けた箇所から煙を上げながら、彼の体は容赦なく地面へと叩きつけられる。


「くそっ!」


 奇しくも自らの攻撃によってできたクレーターのに沈んだ天使の(そば)へ、俺は魔法陣に乗って移動した。

 疲労を押して彼が起き上がる描写を書き上げようと試みるも、文字は形となった途端に崩れて消えてしまう。


「はあ……はあ……ちっ」


 進退窮まった状況に大きく舌打ちをしてから、俺は右手を下ろし脱力させた。

 力を込めたくても、もう限界だ。

 俺は「神の指」をただ握ったまま、仰向けに倒れている満身創痍の創造物を見下ろす。


「そ、そんな……」


 ステラの悲痛そうな声が背中越しに聞こえた。

 しかし、彼女に返事をしていられる余裕などはなく、俺は立ち尽くしていた。

 そうしている間にも、空中にいたストレインが〈ブロック〉の上を飛び移りながら地上へと降り立つ。

 着地した脚を伸ばした彼女は、〈剣〉を刃の背を右肩に乗せるようにしながら、ゆっくりとこちらに近づいて来た。

 また、数メートル離れた場所では、アクが油断なく〈ガトリング砲〉の銃口をネフィリムに向けている。


「まだ生きてるね。……ねえ、アンタがテロ組織の仲間って本当? それに、あの人もそうだったって」


 天使の体の左側、俺がいる方とは反対の場所で立ち止まったストレインは彼に話しかけて来た。

 ネフィリムは彼女の声を黙殺し、俺も俯いたまま口を噤んでいる。

 その様子を見下ろしながら、ストレインは得物の刀身を肩から離し、今度はその切っ先を彼のの顔に突きつけた。


「無視、か。……まあ、いいや。

 なら、さっさとアンタを殺して百万ドルをもらうとするよ」

「はははは! そしたら俺ら二人で山分けな!」

「……私はいいけどライに怒られるんじゃない?」


 呆れた声で仲間に答えつつ、彼女は片腕で〈剣〉を振り上げる。


「し、シオンさん!」


 それを見たステラが、堪らずといったように大声で俺の名を呼んだ。


「このままじゃネフィリムちゃんが──」


 俺のすぐ後ろに立った彼女が必死に訴えかけようとした直後、


「じゃあね、怪人さん」


 フリーファイターの冷淡な声が降って来る。

 その間中ずっと黙したまま、俺はあること(・・・・)を考えていた。

 それはこの窮地を脱することのできる唯一の解答であり、もう二度と引き返せぬ道へと進む為の選択。

 ──いや、もうすでに、選んでなどいられない。俺はもう、行くしかないんだ。

 稲光りを帯びた灰色の刃が振り下ろされた瞬間、俺は確固たる意志を決する。

 そして──。


 俺は「執筆」状態を解除(・・)した。


 瞬間、黒い天使の姿は消え、代わりに俺の実体が元どおり誰の目にも映る物となる。


「え?」

「は⁉︎」

「シオンさん……!」


 当然ながら予想外であろう出来事に、三者ともそれぞれ違った驚愕の声を上げた。

 ネフィリムを斬り殺すはずだったストレインの得物は空を切り、俺のつま先から数センチ先のところに刃をつける。


「だ……誰だよ、アンタ。……いつの間にそこに?」


 目の前で起きたことが信じられないといった風に、彼女は〈剣〉の柄を握ったまま呟いた。


「な、何をする気なんですか⁉︎ 生身だなんて……危険すぎます!」


 こちらは未だ魔法陣に乗ったまま、ステラが「シオンさん!」と俺に訴えかける。

 彼女の言うとおり、これは危険な賭けだった。

 しかし、もう後には引けない。

 十年前、「アバドン」の中で与えられた使命を全うする為、そして奴らと戦う為、俺は前へ進むしかないんだ。

 ステラの声を無視した俺は、代わりに顔を上げこちらを見つめたまますぐには動き出せずにいる二人のフリーファイターたちを視界に収めた。

 それから、俺はこの場にいる人間の中でただ一人、余裕のある笑みをこさえてみせる。


「……お二人に、提案したいことがあります」

「提案?」

「ええ」


 鸚鵡返しに尋ねて来るストレインに頷き、時間が惜しかった為俺は単刀直入に切り出すことにした。


「俺と、協力関係(・・・・)を結びませんか(・・・・・・・)?」


 *


(約二十分前)

 蜻蛉署内:第三資料室──。


 キャスターつきの椅子に腰下かけた山梨は、どうしたものかと頭を悩ませていた。

 頭の後ろで手を組んだ彼は、もたれながら横目で刑事の様子を盗み見る。

 栗田は相変わらず〈調査資料〉らしき物に視線を向けたままであったが、しかし大きな隙を見せる素振りがない。

 監視、という割には随分と簡易的な物なのだが、そもそも現職の刑事の目を欺くことなど山梨にはできる気がしなかった。

 だからこそ悩んでいるのである。彼にはどうしても仲間たちに伝えなければならないことがあるのだ。

 まだ確証があるわけではないし、それがいったい何を意味しているのか見当もつかないが、しかしながら重要な手がかりであることには違いない。

 加えて、先ほど夢の中で出逢ったあの少年の存在も気になる。

 山梨は彼の姿を、二日前「蜻蛉アースランド」のジュラシックエリアの広場で見かけていた。

 そしてそれを思い出した直後、自分が彼を目にしたのはその時が初めてではないのだと気付く。

 ──つまり、あの少年は例の怪人の姿を捉えた監視カメラの映像に、他の秋津学園の生徒と共に映っていたのだ。

 だからこそ、山梨は彼が学園の生徒だとすぐにわかったのであり、あの日一緒に「蜻蛉アースランド」を訪れた火野木に尋ねたのだ。

「Butterfly」の見せる夢の中、監視カメラの映像、そしてテーマパークの広場。

 それぞれ全く違った場所に同じ少年の姿があった。これが単なる偶然だとは考えにくいが、だとすれば彼はこの街で起きていることとどう関係があるのか……。

 考えども一向に答えが見つからず、思わず山梨は頭を掻き毟る。


「だあ〜、わけわかんねー!」

「何がですか?」


 〈資料〉から顔を上げた栗田が、驚いたような声で尋ねた、

 怪訝そうな彼の視線を受け、青年は慌てて誤魔化す。


「え、あ、いやぁ、大した話じゃないっすよ。

 それより、さっきから何の《資料》を読んでるんです?」

「ああ、これは異人街やその近辺で起きた過去の事件の報告書ですよ。第三のコラプサーの発生源となった男と、何か関係のある物がないかと思いまして」

「なるほど〜。

 もしかして、それも潜入捜査官って人の調査報告っすか?」


 背もたれに預けていた体を起こしつつ彼が尋ねると、中年刑事は首を縦に振った。


「ええ。全てがそうというわけではないのですが、かなり深いところの情報となると、彼に頼らざるを得ないので」

「へえ〜。にしても、一人であんな危険なエリアに潜入するだなんて、まるでスパイ映画みたいっすねぇ。

 それで、何か手がかりになりそうな物見つかりました?」

「そうですねぇ、一応気になることは」


 今度の問いに対しても頷き返したが、栗田はすぐにその内容を口にしていいものかと逡巡する。

 しかし、そんな彼の様子から余計に興味を惹かれたらしい山梨は、「もしよければ、俺にも教えてもらえませんか?」と言ってから首を傾げた。

 それでもまだ刑事は悩んでいたようだが、やがて隠すようなことでもないと判断したのか、白髪混じりの頭を掻いて話し始める。


「実は、近年異人街へ流れ込んで来た輩の中に、あの国(・・・)の出身者たちがいるそうで……」

「あの国?」


 青年が相手の言葉をそのまま返すと、栗田はやや緊張気味な面持ちで「ええ」と答えた。


「“バロメッツ共和国”ですよ」


 その国名を聞いた時、山梨が「なるほど」と声に出さずに納得する。

 今回の蜻蛉での件を調査する過程でその名前を見かけたのならば、確かに気にせざるを得ないだろうと思ったからだ。

 そもそも、話に上がっているバロメッツ共和国とは、かつて北アフリカに存在した小さな多民族国家であり、とある事情から現在は地図上にその形跡を残すのみとなっていた。

 この「とある事情」とは、簡潔に言ってしまえば長年に亘り続く内戦がエスカレートして行った結果である。

 兵力を消耗しきった反乱軍は最終的に苦し紛れの自爆特攻を開始。自ら彼岸へと向かって行った兵士たちの死はコラプサーと化し、敵味方の区別なく辺り一帯の人間に襲いかかった。

 非常に短い間に断続的にコラプサーが発生し、元々猫の額ほどの広さしかなかった国土全域に被害が及ぶこととなる。

 当時はまだフリーファイターのシステムやコラプサーに対抗する技術が整備されていなかったこともあり、数日のうちにバロメッツ共和国は滅亡。

 生存者はわずか十名未満であり、歴史上最も凄惨なコラプサー被害の一つだと、山梨は記憶していた。


「本当ですか? けど、なんでまたバロメッツ共和国の生き残りが日本なんかに?」

「さあ、そこまでは。というか、この情報自体確定的な物ではないようです。

 しかし、もし本当だとしたら何か今回のヤマと関係があるように思えたものですから」


「刑事の勘って奴ですかね」と、栗田は自分で言っておきながら照れ臭そうに笑う。

 彼の勘をどこまで信用していいものかわからないが、全くの偶然や無関係で片付けてしまえる情報のようには思えない。


「なるほど……僕も気になって来ちゃいました」


 膝の辺りに肘をつき、指を組んだ両手の上に顎のせるポーズを取りながら青年は言った。

 仮にもしこの中年刑事の直感が正しいとすれば、新たに増えたピースがピタリと嵌る場所はどこなのか。

 そんな風に考えて彼が目線を上げた時、突然栗田の顔の横の空間が揺らめき、〈スマートフォン〉が一台出現する。


「おっと、失礼」


 律儀に一言断ってから、彼は手を伸ばした。


「もしもし、どうしたんだ?」


 特にそんな必要はないだろうに、通話に応じた栗田は椅子から立ち上がる。


「なんだって? 電波が悪くて聞こえないんだが」


 部下からの連絡なのか、彼はやや憮然とした口調で電話口に告げた。

 それから、回れ右をして、くたびれた地味な色のスーツの背中を山梨へ向ける。


「いや、だからその件に関してはこの間……」


 空いている手をポケットに突っ込み、少々煩わしそうに通話をする刑事の後ろ姿を見て、彼はふとあることを思った。

 ──あれ? これチャンスなんじゃね?

 隙をついてここから脱出しある物(・・・)を準備しようと考えていた山梨にとって、相手が気を取られている今はまたとない機会だった。

 善は急げと、さっそく彼は静かに腰を浮かせる。

 ほんのわずかな物音も立てぬよう注意しながら膝を伸ばした山梨は、首を曲げて栗田の様子を窺いつつ、自らのデスクのある方へ向き直った。

 彼の目的の物は、二つ並んだディスプレイの傍に置かれたペン立ての中にある。

 ペン立ての中身はタブレットを操作する時に用いる物と、半分飾り目的で立てかけられている〈羽根ペン〉、そして今時珍しい実物のボールペンだった。

 山梨はここも慎重に、しかしそれでいて素早く手を伸ばすと、そのボールペンを指で摘むようにしてなるべくまっすぐに引っ張り上げる。

 まるでジェンガでもやっている気分だと、案外冷静に考えているうちに、無事どこにもぶつけることなく、完全に取り出すことができた。

 ひとまずほっと胸を撫で下ろした彼は、休む間もなく次の工程へと移る。

 ──いや、正確には移ろうとした(・・・・・・)のか。

 安堵の息をついた山梨はすぐに顔を上げた。

 すると、目の前にあるディスプレイの暗い画面に映った自分の顔と目が合う。

 そこまでは別段どうということもなかったが、問題はその後だった。

 画面の中に映る青年の頭の上の空間が突如として揺らぎ、正方形のアイコンが出現したのである。


「……ああ、わかった。じゃあ、引き続き頼むよ」


 通話を終え〈スマートフォン〉を停止させた栗田は「ったく、あいつは」と毒づいてから、背後を振り返った。

 すると、そこには、奥の壁の前に設置されたデスクの方を向いたまま中途半端な体勢で固まっている山梨の姿が。


「どうかされたんですか……?」


 異様な空気を感じ取ったらしく、彼は怪訝そうに尋ねる。

 だが、相手からの返事はなく、


「山梨さん?」


 栗田が再び声をかけた時、青年は答えぬまま踵を返して振り向いた。

 かと思うと、すでに彼の両手は先ほどまで座っていた椅子の背もたれを握り締めており、中年刑事が状況を把握できずにいるうちに、頭の上に持ち上げる。


「え、ちょっとあんた何を──」


 最後まで言いきる前に頭部に強い衝撃を受け、彼の意識は暗闇に沈んでしまった。

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