第三十話「招待」
「……あ、れ?」
意識を取り戻した彼は自分を取り巻く状況が理解できず、そんな声を漏らした。
何故か、床に抑えつけられており、全く身動きが取れない。
それに加え腹部に強烈な痛みを感じる。まるで思いきり金属バットで殴られたような感覚──当然、実際にそんな体験をしたことがあるわけではないが──だ。
いったいどうして自分はこんな目に遭っているのだろう、と痛みに耐えながら不思議に思っていると、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「山梨くん!」
それは彼の幼馴染の発した物であるらしく、どうにか首を動かして声のした方を見上げると、床に膝をついて座り込んでいる火野木の姿がすぐ傍にあるではないか。
「……あす、な?」
必死そうな様子の彼女を見上げ、山梨は呟く。
火野木は一安心したような、しかしまだ心配が残っているような複雑な表情をして、彼のことを見つめた。
青年の意識が無事に戻ったことを認めた松原は、そこでようやく部下たちに指示を出す。
「二人とも、山梨さんを離してやれ!」
警部の声に従い栗田と柊は山梨の上から離れ、彼の体は解放された。
それでも鈍い痛みが消えず、立ち上がろうとした途中で呻き声を上げて動きを止める。
「だ、大丈夫⁉︎ 山梨くん!」
「あ、ああ……何故か腹が痛いけど……」
顔を歪めながらも、山梨は笑顔をこさえて返事をした。
今にも泣き出しそうな表情をしていた彼の幼馴染は、やっと胸を撫で下ろす。
そして、刑事たちに支えられながらなんとか立ち上がった青年を見た橘は、今度は体ごと後ろの机を振り返った。
彼はボサボサの頭を掻きながら、未だ何事もなかったかのように椅子に座り続けているワームウッドに声をかける。
「いやぁ、すいませんねぇ、なんかうちのモンが迷惑かけちゃって」
「いえいえ。こちらこそ、部下が手荒なマネを致しました。
……が、しかし、先ほどの彼の行動。正直、異常としか言いようがありませんね」
口許から手を離し、彼は芝居がかった仕草で腕を広げた。
橘は相手のことを見下ろしながら、「……仰るとおりで」と答える。
と、ちょうどそこで机の上に乗っていたローラスが床へ軽やかに飛び降りた。
その様子を視界の端に捉えながら、橘は再び頭を掻き毟る。
「あ〜、おそらくあいつも疲れが溜まってたんでしょう。ここんとこ働きっぱなしだったもんですから」
「なるほど、そうかも知れませんね」
鷹揚に頷いてから、ワームウッドは目線だけで彼を見上げた。
「ならば、彼には少し休養を取ってもらいましょうか」
二人の視線が、まっすぐにぶつかり合う。
「ええ、そうさせるつもりです」
簡明に答え、橘は彼らのやり取りを見守っていた部下たちへと向き直った。
今は若手刑事に体を支えられている山梨に対して、彼は少々ぶっきらぼうな口調で言う。
「つーわけだから、お前二、三日この件から外れてろ」
「え……いやでも、そんなに休むのは申し訳ないっつうか」
「構いやしねえって。つうか、むしろさっきみたいなことがあった方が迷惑だ」
突き放すような言葉に、青年はもうそれ以上言い返すことができなかった。
俯いた彼は一言、「わかりました……」とだけ呟く。
山梨はすぐにでも部屋を出て行こうと体の向きを変えようとしたが、そうするよりも先に引き止められた。
「ちょっと待ってください。休んでいただくのは結構ですが、ただの休息というわけには行きません。先ほどの様子は、明らかに異常でしたので」
あくまでも穏やかな表情のまま、ワームウッドは動き出そうとしたばかりの彼を見やりながら言う。
これに答えたのは、彼の視線の先にいる青年ではなく橘だった。
「何を仰りたいんです?」
「簡単なことですよ。彼にはしばらくの間監視をつけさせていただきたい」
ワームウッドの口から飛び出したワードに、その場にいたほとんどの者が息を呑む。
確かに、先ほどの山梨の様子は異常としか言いようがなく、彼の提案した処置は妥当と言えよう。
だが。
「……まるで犯罪者のような扱いですね」
「お気を悪くされたのなら、申し訳ありません。
しかし、それも仕方ない状況だと思いますが?」
再び彼らは視線を交えたが、今度はすぐに橘が目を逸らした。
「わかりました。でしたら、そちらの刑事さんたちに山梨を見張っててもらうってことでいいでしょうか?」
彼は栗田と柊を見やりながら言う。
意外なほどあっさりと下された判断に、最も反応を示したのは彼の部下だった。
「ま、待ってください橘さん!」
火野木の訴えるような声には応じず、橘はさっさと警部の了承を得ようとしている。
「いいですか? 松原さん」
「こ、こちらとしましては、一応その、構いませんが……」
「待ってください!」
もう一度声を張り上げると、彼女は自らの上司へと詰め寄った。
「監視だなんて、あんまりではないでしょうか? 実際に彼が誰かに危害を加えたわけではないのですし」
「お前の気持ちはわかる。だが、さっきのあいつの様子がヤバそうだったのは確かだ。
それに、少しでも人様を傷つける恐れがあるのなら、普通野放しにはできねえよ」
諭すように言ってから、彼は山梨にも確認を取る。
「お前も、構わねえだろ?」
「……はい」
現在の状況を作り出す原因となったにもかかわらず所在なさげに立っていた青年は、消え入りそうな掠れ気味の声で答えた。
「決まりですね」
そう締め括ったのはワームウッドであり、その後すぐに処置が施される。
──そして、現在。
山梨は普段の拠点である第三資料室にいた。
いつもと同じようにキャスター付きの椅子に腰下ろしていたが今はPCとは向き合っておらず、頭の後ろで両手を組んでぼんやりと天井を見つめている。PCの使用を禁止されている為、手持ち無沙汰なのだろう。
その向かい側には別の部屋から持って来たパイプ椅子に腰下ろしている栗田と、彼の横に立って幼馴染に心配そうな視線を送っている火野木の姿が。監視役に選ばれた中年刑事は何かしらの事件の〈資料〉らしき物に目を落としていた。
捜査会議室を後にしてから、山梨は終始無言のまま今に至る。
火野木は何と声をかけていいものか迷いながら、それでも押し黙っていることに耐え切れず、おずおずと口を開いた。
「……お腹、もう大丈夫なのよね?」
相手の様子を探るようにしながら、彼女は尋ねる。
これを受けた山梨は天井を見上げたまま、「ああ、大丈夫」とどこか上の空のような返事をした。
どうやら何か考えごとをしているらしく、それに気付いた火野木は更に問いかける。
「どうしたの? 何か気になることでも?」
「……まーね」
またも生返事をしてから、彼はようやく幼馴染の方に顔を向けた。
「明日菜さぁ、この間のアースランドで見かけた子のこと覚えてる? たぶん、秋津学園の男子生徒だと思うんだけど」
予想だにしなかった質問に戸惑いながら、彼女は記憶の引き出しを漁る。
中高校生くらいの少女や草薙鈴菜とならば対峙したが、それ以外でしかも少年となると全く覚えがない。
「いいえ、記憶にないわね」
と、答えた直後、火野木は先ほどの問いに違和感を感じた。
その回答を聞いて「そっかー」と呟きながらまた天井に目を向けている山梨に、彼女はすぐさま聞き返す。
「でも、どうしてその子が学園の生徒だと思うの? 日曜日に遊園地に遊びに来ていたのなら、制服ではなく普段着だったはずでしょ?」
「え、まあ、それはそのぉ……」
「……」
「ちょ、そんなジト目しなくたっていいじゃん。なんとなく、そうなのかなぁって思っただけだから」
組んでいた手を解いて相手に手のひらを見せながら、彼は慌てて弁明した。
それでも相変わらず火野木は冷たい視線を送り続けており、山梨は「本当だよ⁉︎ 信じてマイ幼馴染!」と声のボリュームを上げる。
にわかに普段どおりのテンションを取り戻して来た彼と、呆れ返った様子の幼馴染。
そんな二人のやり取りを、中年刑事はいつの間にか〈資料〉から目線上げて、無機的な瞳で観察するように見つめていた。
*
放課後になり、俺は椚原さんと一緒に帰り道を歩いていた。
杏藤は学校を休み、日向は部活がある為今日は二人だけである。
普段と同じ道を歩きながら、友人は「そうだ!」と何かを思いついたように声を上げた。
「今日、杏藤ちゃんのお見舞い行かない? カリリンの部活終わるの待ってからさっ」
瞳を輝かせて言う彼女に、俺は思わず笑みを浮かべながら頷き返す。
「それはいいアイデアだね。賛成だよ」
「でしょー?
あ、でも私第二寮の場所知らないかも」
椚原さんの言葉のとおり、杏藤は第二男子寮に下宿していた。
「ああ、それなら大丈夫。何度か杏藤の部屋にお邪魔したことがあるから、行き方はわかるよ」
「本当に?
よし、じゃあさっそくカリリンにメール入れとこーっと」
〈スマートフォン〉を起動させ、彼女は歩きながらメールを打つ。
その姿を横目で見ながら、俺は心から感心していた。普段から破天荒な言動が目立つが、それでも椚原さんの本質的な部分にはしっかり他人に対する優しさがある。
こういったところはなかなか自分にはない点であり、見習わなければならないなと、孫を愛でる老人のような気分で密かに思った。
「送信っと」
声に出して言った彼女の手元から、〈スマートフォン〉の姿が消える。
日向を待っている間どうしようかと考えていると、友人もまた同じようなことを口にした。
「これからどうしよっかー? 一旦帰ってから何かお見舞い用に買いに行く?」
「うん、そうしようか」
と、俺が相槌を打った時、今度は俺の顔の横の空間が揺らいだ。
何かと思い目を向けると、空中に浮かんでいたのは〈手紙〉であるらしかった。
よくメールマガジンやダイレクトメールなんかは、こいった形式で〈デバイス〉のメール機能を介さずに直接表示されることがある。
しかし、どこかからそういった物を受け取る機会がこれまであまりなかった俺は、少々訝しみながら、それを手に取った。
「……何だろう?」
立ち止まり、よく手紙のイメージで用いられるような白い〈封筒〉を裏返してみるも差出人の名は見当たらない。
取り敢えず、現実の物と同じように口を破ってみると、〈封筒〉は消え去り中身が一人でに開かれる。
そして、目の前に現れた物を見て、俺は背後から冷水を浴びせられたような気分になった。
〈手紙〉の中には、一文字ずつ全く違う新聞や雑誌などの活字を切り貼りして作られたような文章──まるで刑事ドラマなんかでよくある脅迫状みたいだ──が綴られている。のみならず、開かれた途端にボイスチェンジャーを用いたような気味の悪い声が、その内容を読み上げるのだった。
『黒イ天使ヲ従エル者ヘ。我々ハ貴様ノ大切ナ者ヲ預カッテイル。取リ返シタクバ、コレヨリ一時間以内ニ私ノ元へ来イ』
──思いも寄らぬ言葉を聞かされ、咄嗟に思考か追いつかない。
俺は手に持った〈手紙〉の文面をまじまじと見つめ、次第に混沌とした恐怖が足元から這い上がって来るのを感じる。
その刹那、〈手紙〉は突如として〈炎〉に包まれて燃え上がり、反射的に手を離すとみるみるうちに〈灰〉と化してしまった。
〈脅迫状〉のようなメッセージは跡形もなく消えてなくなり、俺たちはあっけに取られたまま歩道の中に立ち尽くす。
──今のは、何だ? 俺の「大切ナ者」とは……まさか。
俺の頭に浮かんだのは、今日に限って学校を欠席していた友人の名前だった。
「な、何、今の……もしかして、不幸の手紙って奴⁉︎」
と、椚原さんが的外れなことを言っているが、今はそんなことを指摘している場合ではない。
とにかく、杏藤に連絡してみよう。
俺は〈スマートフォン〉を起動させ、彼の番号を呼び出して電話をかけた。
思い過ごしであってくれ、と願いながら。
しかし、コール音は聞こえて来るものの、一向に繋がる気配がない。
「春川くん? どーしたの……?」
彼女の不安げな声にさ答えず、痺れを切らした俺は電話を切り〈スマートフォン〉を停止させる。
それから、俺の様子からただならぬ事態が起きていることを感じ取っているらしい椚原さんの方に向き直った。
「ごめん、ちょっと用事ができたから、その、買い物は一人で行ってもらえるかな?」
「え、いいけど……また習い事?」
彼女は疑うような視線でこちらを見上げて来る。
「え、う、うん、そうなんだ」
「……へえ。いったい何始めたの?」
「それは……ふ、フラメンコ?」
「嘘吐くの下手くそ!」
今回ばかりは的確すぎて言い返せない。
しかし、ことは一刻を争うかも知れないのだ。どう言ったら納得してもらえるのだろうか……。
「……そのとおりだね。
けど、ごめん。本当に大切な用事なんだ」
とにかく、今はここで押し問答している暇はない。椚原さんには申し訳ないが、急いで第二寮へ向かい彼の安否を確かめなければ。
俺はこのまま強引に押し切ってしまおうと考えた。
しかし、彼女は、
「……春川くんはさぁ、いったい何と戦っているの?」
静かな声でそう尋ねて来る。
椚原さんのつぶらな瞳は、どこか不安そうに揺れていた。
どう切り返すべきかすぐにはわからず、俺は「それは……」と呟いたきり口を閉ざしてしまう。
すると、彼女は目を伏せてから、さらに声のトーンを低くして紡いだ。
「先週初めてコラプサーに巻き込まれてから、春川くんちょっと変だよ。なんだか、凄く思いつめてるみたい」
──バレている、のか?
いや、そうでないとしても、椚原さんは俺の様子がいつもと違うことを敏感に察知していたのだろう。
今まで必死すぎて自分では気付かなかったが……俺はどこか以前とは変わって来ているのかも知れない。
「……私には、言えないことなの?」
「……ああ」
言えるわけがない。
君はコラプサーの中で死ぬ運命にあって、今まで俺がそれを救って来た、だなんて。
そして、きっとこれからも、ずっとそうだろう。
俺の短い返事を聞いた彼女は、「そっか」と幽かな声を零す。
それから、結局何も弁明できずに立ち尽くしていた俺に、クラスメイトは意外な言葉を寄越した。
「わかった。なら、もう聞かない。
……けどね、けど、きっと春川くんなら大丈夫だよ」
「え?」
そして、再び顔を上げた椚原さんは、 普段と変わらぬ笑顔を浮かべながら、それでいて強い感情を抑え込んでいるような表情で続ける。
「あの時、春川くんも私にそう言ってくれたもんね。だから、今度は私が太鼓判を押したげる。春川くんは誰にも負けないから!」
その声を聞いた俺の脳裏に、約一週間前、住宅街でコラプサーに巻き込まれる直前にしたやり取りが蘇った。
──確かにあの時、俺は「大丈夫だよ」と彼女に言ってあげた。しかし、それはただ彼女の笑顔が見たかったというだけの理由からだ。
なのに、椚原さんは今……本当に俺の身を案じ、それでいながら応援してくれている。
そのことを理解した時、どうしようもないほどの自己嫌悪と、それを遥かに上回る暖かな気持ちが胸の奥から込み上げて来るのを、はっきりと感じた。
こんなにも、人の優しさに触れていると心から実感できるようなこと、今までの人生であっただろうか……。
いや、これからだって、そうないのかも知れない。
「……ありがとう」
ようやくまともに言葉を返すことができた俺は、彼女につられて笑っていた。
「君がそこまで言ってくれたんだ、絶対に勝ってみせるよ」
「春川くん……」
椚原さんは目を丸くして呟いてから、すぐにまた──しかし先ほどと比べパッと華やぐような──笑顔を浮かべる。
「うん! ならもう、オッケー牧場だね!」
耳慣れない単語と共に、彼女は親指を立てて見せた。
「ああ!
じゃあちょっと行って来るから、買い物が終わったらどこかで待っていてくれる?」
「了解!
どこに行くかわかんないけど、気をつけてねー!」
元気よく手を振る椚原さんに見送られながら、俺は歩道を再び進み始めた。
最初は早歩きぐらいの速さだったが、募る不安に後押しされすぐに走り出す。
俺の勘違いであれば、それでいい。
そんな思いを胸に第二男子寮を目指し歩道を駆けて行った。
目的の場所へは方角が同じこともあり、途中まではいつもの帰り道を進むこととなる。
──ほどなくして俺は昨日、そして一週間前と芦屋と出会った歩道橋の辺りに差しかかった。
まさか、今日も自殺志願者みたいな顔で車道を眺めているのではあるまいな、と歩道橋の上に目を向ける。
が、そこには誰の姿もなく、俺はなんとなく一安心した。
──のだが、それも束の間。
何か強い、違和感のような物を感じた俺は、少しだけ走る速度を緩める。
まるで自分が重大な物を見落としているかのような、不快な感覚だ。
いったい、これは何だというのか。
思考を巡らせるうちに、どんどん脚を動かすスピードは落ちて行き、やがてただ歩くのと変わらない状態になってしまう。
──やはり、俺は何かを見過ごしている……。よく、思い返してみるんだ、今までのことを。
自分自身に言い聞かせた直後、頭の中で今までのことを振り返る。
それらは、先週十年ぶりにコラプサーに巻き込まれてから体験して来たことの記憶の断片であり、いくつも蘇っては消えて行った。
──春川シオンさん、あなたは十年前、その能力を譲り受けた。そして、それが今まさに開花の時を迎えたのですっ
──神の力を持つ者の遣いは、やはり“天使”しかいない。
──余計な混乱を街の住人や生徒たちに与えたくない
──だって君は、もう会ったんだろ? あの天使に。コラプサーの中で。
──例の黒い天使の件、誰にも言ってないんだよね?
そうか……。あいつに関してはまだ何とも言えないが、どうやらフラワノイドとは敵対しているらしい。今はまだ俺たちにとってどういう存在なのかわからないけど、無視していい物じゃないだろう。
──ええ、いいわ。あなたにも教えてあげましょう。
あの黒い天使の正体、それはね──それは、宇宙人なのよ。
──クク、貴様ノ能力ハ所詮仮初メノ物……真実ノ天使ハ、我ラ致命者ト共ニアル。
──真実ノ天使ニ仇ナス悪魔ニハ、罰ヲ与エル。貴様ラ人類ハ、ショセン失敗作ニ過ギナイ。
──あんた、昨日黒い怪人を目撃してるんですよね? それも、すぐ目の前で。
──ねえ、あなたは、十年前『アバドン』の中で何を見たの?
──春川くん、あなたはあの時何か特別な力を受け取ったのでしょう?
──もう、ゲームは始まっている。運命を書き換える為の戦いが、ね。……そう、「方舟ゲーム」よ。
──この黒い怪人は、先日のコラプサー発生直前に発生源となった男の目の前に降り立った、未知の存在です。……しかし、我々WSROはこの怪人こそが、彼らテロ組織の仲間だと判断し、厳しい姿勢で対処することを決定致しました!
──例の怪人とやらを操っているのは、君なんだろ?
──僕たちはね、“真実の天使”を解放し来るべき終末をこの世界に迎えさせることを目標としている。テロだなんて愚劣な行為と一緒にしてもらいたくはないね。
──そうそう、もう一ついいことを教えてあげよう……致命者は、君たちのすぐ近くにもいる。
頭の中に浮かんだのは、かつてステラが、あるいは俺自身が、梔子先輩が、芦屋が、月下さんが、皇樹先輩が、致命者ゲオルギイと名乗った男が、花の頭を持つ害虫が、橘が、そしてワームウッドがが口にしたセリフ。
走馬灯のごとき回想の奔流の中、ある一つの答えに辿り着いた俺は、気付けば完全に立ち止まっていた。
それから、先ほどと同じように〈スマートフォン〉を取り出して、ある人物へと電話をかける。
何回かのコール音を経て、彼女は思いの外すぐに通話に応じてくれた。
『もしもし? 春川? あんたからなんて珍しいね。どうしたの?』
不思議そうな日向の声に、俺はすぐさま電話をかけた理由を告げる。
「……ああ、実は日向に聞きたいことがあったんだ。
確か、昨日偶然月下さんと会って、相談に乗ってもらったと言ってたよな?」
『うん、そーだけど?』
「……なら、その時何か変わったことはなかったか?」
『へ? そうねぇ……』
彼女は暫時考え込んでから、『そういえば』と俺の質問に答えてくれた。
『なんか、変なアプリを紹介されたかも』
「変なアプリ?」
『そう』
──直後、電話口から発せられた言葉を聞いて、俺は絶句することとなる。
『「Butterfly」ってタイトルなんだけどね』




