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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
30/47

第二十六話「相談」

 同日、十四時四十分。

 蜻蛉署内:取調室──。


 二人の警官に付き添われ室内に入って来た男は、すでにデスクに座っていた青年を見て顔をしかめた。

 対して、満面の笑みを浮かべた山梨は、彼に向かって気安く右手を振ってみせる。

 男は即座に踵を返して部屋から出て行きたくなったが、青年の隣にかけていた刑事に「早く座りなさい」と促され、不承不承パイプ椅子に腰下ろした。

 前回と同様、薄汚いスウェットに身を包んでいる彼に、山梨は笑顔で声をかける。


「どーもです韮沢さん。元気してましたぁ?」

「ちっ。ああ、兄ちゃんのツラ拝むまではな」


 顔を背け、道端に唾を吐き捨てるように答える韮沢。

 その反応を見たコラプサー対策局の青年は、よっぽど嫌われてしまったんだなと苦笑した。


「あらら、ご機嫌ナナメっすね。

 ま、いいや別に。そんなことより、また聞きたいことがあるんすけどね〜」


 それでも不遜な態度を改めるようなことはなく、彼はすぐに尋問を開始する。


「韮沢さんは、黒い怪人というのはご存知ですか?」

「あァ? なんだそりゃ」

「あ、知らない。あんなに有名なのに?

 なら、僕が教えてあげますね。今巷で話題の怪人と言えば、凶悪なテロ組織の仲間であり、百万ドルの懸賞金をかけられた謎の存在っす」

「……結局『謎』なのかよ」

「そのとおり」


 山梨は男の鼻先を右手で指差した。

 向けられた人差し指の先端を見つめながら、韮沢はまた舌打ちをする。


「まだまだわからないことだらけなんすよね。

 だから今日は、そこんとこと含めて教えてもらえたらなぁって」

「……知らねえもんをどう教えろっつうんだ」

「またまた〜。そんなこと言っちゃって、本当は仲よくやってたんじゃないんすか?」

「相変わらず、人を小馬鹿にしやがって……」


 彼は毒づき、再び顔を背け視線を黒ずんだ床に向けた。


「本当に何も知らねえよ。だいたい、なんだよテロって」

「韮沢さんのお仲間たちのことなんでしょ?

 ──そうだ、じゃあこの人はどうっすか?」


 思い出したかのように青年が言うと、その手元に一葉の〈写真〉が浮かぶ。

 彼はそれ掴み取り相手にも見えるようにデスクの上に置いた。

 〈写真〉に写されていたのは、ラフなジャケット姿でマイクを握っている壮年の白人男性。

 横目でそれを覗き込んだ韮沢は、「誰だよこいつ」と吐き捨てるように言った。

 その問いに、それまで山梨の隣りで黙って座っていた中年刑事──彼も前回の取り調べの際にこの部屋にいた──が答える。


「この男の名前はモーリス・ハマメリス。蜻蛉大学の教授だったが、一昨日自殺しコラプサーの発生源となった」

「つうわけです。

 心当たりないっすか?」


 彼は上目遣いに相手の顔を覗きながら、首を傾げた。


「さあ。少なくとも、外人の知り合いなんかいねえよ。そーゆうのは“異人街”にでも聞き行った方が早えんじゃねえの?」


 男は答え、自らのセリフに笑い出す。

 やはり尋問には慣れている為かどこか余裕すら感じさせる男。彼の様子を見つつ、青年は〈写真〉を自らの方へ引き寄せつつ停止させた。

 それから黒縁眼鏡を蔓を押し上げてかけ直し、攻め方を変えることにする。


「韮沢さん、あなた方が『熾天使の致命者の会』っていうグループ名でネット上で寄り集まって、『Butterfly』の布教活動を行っていたのはもうわかってるんすよ。

 で、僕一つ気になったんですけどぉ、いったい何なんすか? その、“熾天使”って。……もしかして、例の怪人がそうなんじゃないっすか?」


 体を前に傾けたまま山梨が尋ねると、韮沢は小馬鹿にするような表情を浮かべた。


「あんたら公務員ってのはよぉ、お勉強はできるクセにそんなことも知らねえのな」

「おや、てことはもしかして、結構有名? 今流行ってんの?」

「……熾天使はこの世界の管理(・・)を神から任されている存在かのさ。

 そして、あのお方は俺たち人類に終末を告げる為に降り立った……。もうすぐ間違った世界は終わり、悪しき魂を持つ者は淘汰されるんだ」

「ふうん、悪しき魂ね……」


 彼は考え込むように言葉を切ってから、「それって、悪い奴は地獄行きとかそういう話なんすかね?」と、頭を掻きながら更に尋ねる。

 山梨の言葉を聞いた致命者は、やはり彼を嘲笑するような口調で答えた。


「はあ? 何言ってんだよ。そんなわけねーだろ。

 真の終末ってのは天国と地獄だとかそんなんじゃねえんだ。全ての帰るべき場所は、“無”なんだからな」

「無?」

「そうだ。

 この世界は元々無の中に種を落とし(・・・・・)芽を出し(・・・・)、そして花を咲かせる(・・・・・・)もんなんだよ。でもって、熾天使はその花の成長を見届ける役目を担っている。あのお方は唯一、無の中であっても存在することができる。そうして、外側からこの世界を観測し続けているわけだ」


 彼は自らの語った終末論を信じて疑わないらしく、黒く淀んだ瞳の奥に妖しげな狂気の光を宿らせる。

 それを垣間見た青年は、やはりこの男が異常な宗教の信者であることは間違いないと確信した。

 ならば、コラプサーの連続発生とはどのように関わっているのか。そして、彼らの言う「熾天使」の正体は、結局のところ何者なのか。

 山梨は背筋を伸ばし、今度は背もたれに体を預けるようにして腕を組んだ。


「……なるほど、なんつうか難しい話っすね。

 で、結局その熾天使って何者なんすか? 本当にあの黒い怪人とは関係ないの?」

「当たり前だろ、天使が黒いわけねえじゃねーか」

「まあ、確かに。言われてみれば。

 けど、だったら──」

「あのお方は」


 彼の言葉を遮った韮沢は前回同様、昂ぶる気持ちを抑えられないといった様子で興奮気味に続ける。


「あのお方は、常に俺たち(・・・)を見ているんだ。滅多なこと言うもんじゃないぜ?」


 まるで、「何人たりとも逃れることはできない」と宣言するかのような口振りだった。

 山梨もその隣りにいる中年刑事も、男の発言から異様な雰囲気を感じ取る。

 これ以上この話題を続けても韮沢の思想を聞かされて終わるだけのように思え、山梨は話の方向性を変えることにした。


「ええっと、やっぱ何言ってんだかよくわかんないんで、違う話しますね。

 これは、あくまでも例え話だと思ってもらっていいんすけど……もし仮に凶悪なテロ組織がいるとして、その人らは何故わざわざコラプサーを起こすんでしょうか? テロの手段だったら、他にもいくらでもありますよね?」


 尋ねてから、彼は「韮沢さんはどう思います? 参考にしたいんで教えてください」と付け足す。


「もし仮に、ね。……なあ兄ちゃん、あんた『コラプサー』って単語がかつて何を指して使われる言葉だったか、知ってるか?」


 ──いや、質問に質問で返すなよおっさん。

 山梨は密かに呆れながら、暫時記憶の引き出しを漁ってみた。

 が、すぐにそれらしき物を見つけられず、取り敢えず苦笑しておく。


「さあ、ちょっとわかんないっすね」

「くく、やっぱなぁ、国家公務員(あんたら)こういう豆知識的なの苦手そうだもんな」


 彼はしてやったりと言いたげな表情で笑った。歪んだ唇の間から黄色く汚れた歯が覗き、青年は内心不快に思う。


「正解はな……“ブラックホール”さ」


 韮沢は、鬼の首でも取ったかのように上機嫌になって答えた。

 予想外のワードが飛び出し、山梨と中年刑事はよりいっそう男の言わんとしていることがわからなくなる。


「あー、えっと、それが僕の質問の答えとどう関係あるんすか?」

「ヒント、だよ。こいつは大ヒントだ。後は……あんたらお利口さんなんだろ? 自分らで考えるんだな」


 そう言うと、致命者は楽しそうに片頬を引き攣らせた。

 不快な笑い声が響く取調室の中、山梨はふとあることを考える。

 自分たちはただイカれた男の妄言に振り回されているだけで、かれから何回尋問を行っても全て無意味なのではないか、と。


 ──そんな彼らの尋問の様子を、セカンドリアリティによって〈壁〉に見せかけているガラス越しに、橘らは眺めていた。

 前回の取り調べの際と同じような形だが、今日は初めから山梨が向こうにいるのに加え、ワームウッドとローラスの二人も参加している。

 有益な情報をもたらすどころか意味不明な発言ばかり垂れ流す重要参考人を見て、松原はすっかり板についてしまっている苦笑いを浮かべた。

 それから、彼は剃り上げた後頭部から右手を離さずに、座に向かって話しかける。


「先ほど、韮沢が異人街がどうのと言っておりましたが……実は、ハマメリスの周辺を洗っていたところ、どうやら実際に何度か異人街の近くで目撃されていたらしいことがわかりました」

「本当ですか? それは、様々な可能性が考えられますなぁ」


 無精髭の生えた顎に手を当てながら、橘がそれを拾った。

 同じような感想を抱いているらしい火野木は、手元に浮かんだパネルにさっそくそのことをメモしている。


「あのぉ、一つお伺いしたいのですが?」


 と、何故か気恥ずかしそうな様子でワームウッドが手を挙げた。

 部屋の隅に置かれた椅子──他に室内にある物と比べ若干上等そうである──に腰下ろした彼は、皆の視線を受けはにかみながら続ける。


「お話に上がっている異人街とは、どういった場所なのでしょうか? なにぶんこの街に来たばかりのものですから、把握しきれていませんで」

「ああ、異人街というのは、蜻蛉の外れにある寂れた区画の通称ですよ。近年流れ込んで来た外国人労働者たちが多く棲みつくようになった為、そう呼ばれるようになりました」


 スキンヘッドの刑事が説明してやると、ワームウッドは納得いったように頷いた。


「なるほど、よくわかりました。

 しかし、普通の大学教授が出入りするような場所ではなさそうですね」

「ええ、仰るとおりです。

 異人街に住んでいるのは、正規の手順や道のりを経て日本にやって来た外国人だけじゃありません。母国じゃ到底表立って歩けないような経歴の持ち主や、自分たちのビジネス(・・・・)拡大の為にやって来たような連中まで様々です。ですので、当然治安は最悪でして、お恥ずかしい話ながら(わたくし)共も全貌を把握しきれていないのが現状です」


 彼の言葉を聞きながら、橘は秋津学園の生徒会役員たちのことを思い浮かべる。

 先週初めて松原と会った時、彼は「近年危険な輩が増えて来た為に彼女らのことを無下にはできない」といったことを零していたが、おそらくこの発言には異人街のことも含まれていたのだろう。

 そういえば、彼女らは昨日の放送を見てどんな感想を抱いたのだろうか。自分たちの通う学園のある街がテロの標的となっていたことを知り、あの生徒会長は何を思っただろうかと、橘は人知れず興味を覚えていた。

 そんな彼が背を向けている先では、WSROのトップと現場監督を務める警部とのやり取りが続いている。


「ふむ、そんなに危険な場所ならば、なおのことテロ組織と繋がりのある人間が潜んでいないか、調べる必要があるのでは?」

「その点については、すでに信頼できる部下に極秘裏に調査を行わせております。彼は長年異人街に潜入している者でして、内部の事情にも精通しておりますので」

「へえ、まるでスパイ映画のようですね。

 わかりました、異人街についてはそのエージェントの方にお任せしましょう」

「そうしてやってください。

 彼には『ワームウッド様も期待されている』と伝えておきますよ」


 一応軽口を叩く余裕はあるらしい松原。

 これを受けたワームウッドは鷹揚に微笑み、「ええ、よろしくお願いします」と答えるのだった。


 *


 放課後。

 いつもと同じ通学路を歩く夏輪の足取りは重かった。

 今日の昼休みの一幕を思い出しては、激しい後悔の為に胃がキリキリと痛む。

 あの後も、夏輪の友人は何度か謝罪を試みたのだが、その度に彼女は冷たくあしらってしまった。

 確かに嫌なことを言われはしたが、本当はそんなに目くじら立てるような物ではないと、夏輪自身よくわかっているのに。

 それなのに冷たい態度を取ってしまったのは、怒っているからというよりもむしろショックだったからだろう。

 夏輪は自分で自分を分析し、もう何度目になるかわからないため息を吐いた。

 大通りを歩く彼女の頭上では空に浮かぶ〈ウインドウ〉が報道番組を流しており、昨日の「WSROからのお知らせ」について、コメンテーターたちがまじめくさった様子で論じている。

 しかし、悩める少女がそんな物を気に留めるわけもなく、彼女は視線を足元のアスファルトに向けたままのろのろと歩いた。

 夏輪は友人にからかわれたことがショックだったのだが、それにも増してその後彼が謝りに来た時が辛かった。

 足早に廊下を歩く自分を追いかけて来たのは彼ともう一人の友人であり、その姿を見た時彼女は無性に悲しくなったのである。

 ──最悪だなぁ、いろいろと。

 がっくりと肩を落とした夏輪は胸の内でそう呟き、いっそう大きなため息を吐いた。

 足取りが重いどころかとうとう歩みを止めてしまう。

 と、そんな彼女の前方から不意に何者かが声をかけて来る。


「あれ? 君は確か、春川くんの友達だよね?」

「へ?」


 虚をつかれた夏輪が顔を上げると、なんとそこに立っていたのは二足歩行する人間大のカエル──のような見た目のキャラクターの〈着ぐるみ〉を来た人物だった。


「……え、誰?」


 当然、怪しげな格好を目にした彼女は、相手に警戒の眼差しを向ける。

 その反応を受けたカエルのキャラクターは、自分が今〈着ぐるみ〉を着ていることを思い出したらしく、慌てて名乗った。


「お、俺だよ、月下だよ。ほら、学園のOBの」


 夏輪は、その名前や声に聞き覚えがあった。先週ゲームセンターで出逢い、つい昨日も「蜻蛉アースランド」でバイト中のところに出くわした青年の物だ。


「ああ、言われてみれば声がそうですね。

 今日もバイトなんですか?」

「うん、今日はモリアオガエルのモリアンくんになって新アトラクションの宣伝をしてたんだ。

 あ、これ、よかったらどうぞ」


 月下は手元に出現した〈チラシ〉を掴み彼女に渡す。

 その中には木に産みつけられたモリアオガエルの卵をモチーフとした絶叫マシンらしき物が載っており、そのリアルさに夏輪は思わず「うっ」と声を漏らす。


「え、遠慮しときます……」

「あれ、もしかしてドン引きしてる?」


 彼女が突き返した〈チラシ〉を受け取ってから、青年は再び〈着ぐるみ〉の中で口を開いた。


「ところで、今日は一人なんだね。てっきりいつも四人でいるかと思ったけど」

「あ、はい、いつもはだいたいそんな感じなんですけど……ちょっと喧嘩しちゃって」

「なるほど、それで落ち込んでたんだね?」


 月下の言葉に、夏輪は決まりの悪そうな顔で尋ね返した。


「やっぱ、そう見えます?」

「うん。漫画だったら縦線入ってそうだね」

「あはは……」


 おそらく的確な表現なのだろうと思いながら、彼女は力なく笑う。

 そんな学園の後輩の様子を見た青年は、少し考え込むような間を空けてから優しげな声を発した。


「日向さんは、これから暇なのかな? 何か予定あったりする?」

「え? いえ、特にないですけど……?」

「よし。じゃあ、どこかその辺のお店でちょっと話してかない? あ、変な意味じゃなくて、俺でよければ相談に乗るからさ」


 これは意外な申し出である。

 夏輪は少し返事に迷った。本当にナンパというわけではないらしいことはよくわかる。

 しかし、それならばむしろ、あまり親しくもない彼に相談に乗ってもらってもよいのだろうかと不安になったのだ。

 彼女は目線を上げて、相手の様子を伺う。

 が、そこは〈着ぐるみ〉、どんな表情をしているのかなんて全くわからない。

 見上げた先では大きなカエルが首を傾げたまま動きを止めており、その姿を見た夏輪はなんとなくおかしく思えて来た。

 クスリと小さく吹き出してから、彼女は答えを決める。


「月下さんって、面白い人ですね」

「え、そう?」

「はい。つうか、なんならちょっと変わってます」

「それは、素直に喜べないな……」


 心なしか〈着ぐるみ〉の顔が落ち込んでいるように見え、夏輪には余計に面白いと感じた。


「相談、乗ってもらえますか?」


 彼女が言うと、人間大のカエルは「任せろ」と言わんばかりに自らの胸を叩く。


「ああ、もちろん。

 ちょっと待ってて、一応バイト先に連絡するから」


 〈スマートフォン〉を起動させた彼は夏輪に背中を向け、大きな丸い頭にそれを押し当てた。


 ──それから、二人は月下の提案によりすぐ近くにあった全国チェーンのカフェに入った。

  それぞれ注文した飲み物を乗せたトレイを手に持ち、少し迷った結果テラスの二人がけの席へ腰を落ち着かせる。

 パラソルの下に入った夏輪は、すぐにアイスコーヒーにガムシロップとミルクを注いでかき混ぜた。

 こちらはブラックのまま、今は私服姿へと変わっている月下が笑みを浮かべる。


「それで、どうして喧嘩しちゃったの?」

「ぐっ、いきなり本題に入るんですね。

 ……ええっと、少し嫌なこと言われちゃって」


 テーブルの上に視線を落とした彼女がそう答えると、青年は少し意外そうな顔をした。


「え? それは、春川くんが?」

「あ、いや、あいつじゃなくて、その……」

「ああ、もう一人の彼か」

「はい。

 あいつ、杏藤って言うんですけど、普段から私と杏藤は口喧嘩してばっかりなんです。……それで、今日も売り言葉に買い言葉な状態だったんですけど、なんかいつも以上にムカついちゃって」


 夏輪は言いながら後悔の為か、辛そうな表情になって行った。

 月下は暫し無言で彼女の紡ぐ言葉に耳を傾ける。


「デリカシーないんですよ、あいつ。それに、私のことを女子として見てくれてない、っていうか。

 知り合ってから一ヶ月くらいでこれだけ仲良くなれたのはよかったけど、ちょっと失敗しちゃったかも知れないです。……なんていうか、このままじゃただの女友達のままで終わっちゃいそうで」


 そこで言葉を切った彼女は、コーヒーの入った紙コップを両手で掴んだ。が、すぐに口をつけようとはせずに、そのまま話を再開する。


「あいつに言われたことも嫌だったんですけど、その後謝りに来てくれた時がもっとしんどかったです……。

 あいつ、もう一人の友達──先週月下さんにサインねだってた()です──と一緒に、私のところに来たんです。その時、なんか悲しくなりました。私とはいつも口喧嘩してばかりなのに、はっちゃんとは仲がいいんだなって」

「……なるほど。

 つまり、君はその杏藤くんのことが好きなんだね?」


 青年にそう言われた瞬間、夏輪は気恥ずかしそうに赤面した。


「ま、まあ、そう、なんですけど……そんなにはっきり言われると、ちょっと……」

「ああ、ごめんごめん。

 けど、だったらなおのこと仲直りしないとだね」


 自分でもそれは重々承知であり、少女は肩を落とす。

「……ですよね」と弱々しく呟いた彼女は、そこでようやくコーヒーを一口飲んだ。

 月下はやはり優しげに微笑んだまま、「きっと大丈夫だよ」と声をかける。


「ゲームセンターで会った時も、昨日アースランドで会った時も、みんな凄く仲よさげだったしすぐに元どおりになるよ。それに、彼だって謝りい来たってことは、関係を修復したいと思ってるってことだろうからね」


 彼の言葉を聞いた夏輪は、紙コップをテーブルに置きながら自然と表情が和らいでいるのを感じた。

 きっと、目の前にいる人物の優しさに触れた為だとすぐにわかり、暖かい気持ちになる。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして。というか、俺は何もしてないけど」

「そんなことないですよ。声かけてもらえなかったら、たぶん一週間くらい引きずってました」

「ならよかったよ。

 ──あ、でも、もしまだ悩むようだったら、オススメのアプリ(・・・・・・・・)があるんだ」


 月下は表情を変えぬままそう言った。


「へえ、どんなのなんですか?」

「……これだよ」


 直後、彼の顔の横の空間に、真四角のアイコンが出現する。

 そのアイコンには空を舞うアゲハ蝶のマークと、「Butterfly」というタイトルのみが表示されていた。



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