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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
29/47

第二十五話「食欲」

 再世八年五月十六日、午前十時過ぎ頃。

 蜻蛉キングスホテル三十七階:イタリアンレストラン「イル・グラナータ」──。


 窓際の一席に腰下ろしたワームウッドは、かなり遅めの朝食を摂っているところだった。

 昨晩桜を招いて食事をした時とは違い、店内には他の宿泊客の姿が見受けられる。当然ながら彼らのほとんどが朝食を済ませた後であり、店内にいる人間はコーヒーや紅茶を飲みながら思い思いにゆったりとした時間を過ごしていた。

 そんな中、トーストとベーコン、それからスクランブルエッグというかなりベーシックなメニューが並んでいる彼のテーブルへ、側近であるローラスが歩み寄って来る。

 白いシャツの胸元を大きく開けラフな感じで着ているワームウッドとは違い、すでにきっちりとスーツに身を包んでいる彼の後ろには、三人の男女の姿が。

 客人を(あるじ)の元へ案内して来たローラスは彼の真横に行き、「お客様をお連れしました」と静かな口調で報告した。

 トーストに丁寧にマーガリンを塗り広げていたワームウッドは、手を止めることなく「ああ、ご苦労様」とだけ答える。

 それから、彼は目線だけを上げて三人を一瞥し、


「どうぞ、おかけください」


 笑顔を浮かべてそう言うと、トーストに噛りついた。

 しかし、彼らは誰一人として席へ着くようなことはなく、三人を代表してスキンヘッドの壮年の男──松原が口を開く。


「初めまして、(わたくし)蜻蛉署の松原という者です。そちら様のご希望によりお迎えに上がりました」


 いつにも増して緊張した面持ちで自己紹介と来意を告げる彼に、ワームウッドは申し訳なさそうなさ苦笑いで応じた。


「わざわざご足労いただき、恐縮です。

 ですが、私まだ朝食を食べ終えてなくてですね。お恥ずかしい話、ちょっと寝坊してしまいましたので」

「それでしたら、また後ほどお伺い致しましょうか?」

「いえ、それには及びませんよ。すぐ済ませますから。

 もしよろしければ、みなさんもコーヒーか何か飲んで行きませんか? 費用はこちらで持ちますので」


 流暢な日本語を手繰る彼の様子はその(いかめ)しい肩書きとは程遠く、どこか人懐こさすら感じられる。

 そのことを、火野木はかなり意外に感じていた。

 いや、だからといって油断してはいけないのだと、昨日の大演説の様子を思い出した彼女は改めて気を引き締める。

 火野木らコラプサー対策局の末端には全く知らされていなかった、WSROからの「お知らせ」。その内容はとてま衝撃的な物であり、これまで自分たちが地元警察と共に進めて来た捜査に与える影響も、計り知れないだろう。

 しかも、あんな物が放映されるということは当然自分たちの上、いや、その更に上(・・・)もあのことは承諾済みだったはずだ。

 まざまざと実感させられた、我が国に対するこの男の強い影響力。それもまた、彼女にとってはショッキングだった。

 だからこそ、現場での彼の様子からはなるべく目を離さぬようにしなくてはならないと、火野木はさっそく目を光らせる。

 彼女が視線を送り続けている先で、ワームウッドは順調に朝食を続けている。

 トーストを一度皿に戻した彼は、空いている席──四人がけの席にいる為ちょうど三つある──を手で示す。

「座ってくれ」とのことなのだろうが、そうはいってもすぐに応じるわけにも行かず、松原は早くも自らの後頭部に手をやった。

 火野木もまたこんな時に仲良くブランチだなんて考えられない、と無言のままその提案を拒否する。

 ──が、しかし、彼女の上司だけは話が違うようだった。


「いやぁ、それじゃあお言葉に甘えちゃいましょうかね。実は私も朝食べでもいないので、助かります」


 遠慮も躊躇も全く感じられぬ様子で、橘はワームウッドの真向かいの席にどかりと腰下ろしたではないか。

 これを見た火野木は頭痛がするとばかりに額を抑え、松原はどこか気が楽になったらしく自然と微笑えんでいる。


「ええ、どうぞ。

 ここのモーニングセットはシンプルですがとても美味しいですよ?」

「あ、じゃあそれを一つ。

 お前も何か頼んだら?」


 椅子に深くもたれかかった彼は、首を曲げてメニュー表を差し出しながら、部下に尋ねた。

 当然、彼女はため息を吐く。


「……でしたら、一番安いコーヒーを。ホットで」

(わたくし)も同じ物でお願いします」


 諦めるように二人は答え、それぞれ空いている席に着いた。

 それを見たワームウッドは満足げに笑い、その後ろに控えていたローラスに視線を送る。

 彼は無言で頷くとウエイターを呼び、先ほど彼らが伝えたメニューを注文した。


「……ところで、ワームウッドさん。お食事をしながらで大丈夫なんで、二、三お伺いしてもよろしいですかね?」


 飄々とした笑みを浮かべたまま、橘は尋ねる。

 返って来たのは「ええ、構いませんよ」という快い物であり、コラプサー対策局の男はまず礼を述べた。


「ありがとうございます。

 では、さっそく……あなたたちは、ぶっちゃけどこまでご存知なんですかねぇ? 例の黒い怪人について」


 彼の言葉を聞いた松原と火野木は驚かざるを得ない。

 いきなりこれほど直球か質問を投げかけるだなんて、普通予想できないだろう。

 火野木は思わず自分の上司を見つめ、「何を考えているんだ」と視線で問いかける。

 だがこの時、橘はすでに目の前の男を観察し始めていた為か、それには全く反応しなかった。

 にわかに緊張感が漂い始める座の中で、ワームウッドだけは鷹揚な態度を崩さないでいる。


「そうですねぇ、正直なところ……ほぼ何も(・・)


 この回答もまた、予想の斜め上を行く物だった。

 いや、もしこれが反対に何もかもわかっているのであれば、それはそれで衝撃的だが……にしてもここまではっきり言い切るとは。


「ほう、その割には昨日の演説、とても熱が籠っているように思えましたが。

 それに、百万ドルでしたっけ? 懸賞金までかけるんだから、よほど強い確証があっての発言なのではないかと」

「はは、そう思われるでしょうね」


 こともなげに言った彼は、先ほどはトーストを掴んでいた手を今度はフォークに伸ばす。


「では何故あそこまで大々的に彼の存在を発表したのか。みなさんからすれば当然の疑問でしょう」

「ええ、まあ。

 お答えいただけるんですか?」

「はい、とても単純明快なことですから」


 ワームウッドはフォークをスクラブエッグに突き立て、ぐるぐると渦を描くように搔き回し始めた。


「今までみなさんがどのようにコラプサーと戦って来たのか、全て目を通させていただきました。今回のこともそれ以前の物も、全てね。

 そして辿り着いた結論は、今までのみなさんのやり方では、彼らを捕らえ白日の下に晒すことは困難だということです」


 明瞭な口調で発せられた言葉を、橘は無言で聞いている。

 彼の目つきは普段の気の抜けた物とどはこか違っており、どんな小さな綻びでも逃すまいと観察に集中しているようだった。

 そんな意外な上司の一面を垣間見た火野木は少々面食らいながらも、二人のやり取りをじっと見守っている。


「……つまり、我々のやり方ではテロリストたちを逮捕できない、と?」

「はい、そうですね。

 ですから、これからはもっと強引な手段で捜査に臨むべきだと判断し、あのような挑発的なスピーチ映像を流したのですよ。それと、彼に懸賞金をかけたのも同じ理由からです」

「なるほど、テロに臆することなく強固な姿勢で臨むことを、犯人にも、そして国民にもアピールした、というわけですか」

「ええ。

 あの怪人の正体が何であっても、見過ごしていい物でないことには変わらない。これくらいの強行策も時に必要かと」


 躊躇うことなく答えた彼は、ひとしきりかき混ぜたスクラブエッグをベーコンに絡めそれをフォークで突き刺した。

 平然と朝食が再会される様子から目を離さずに、橘は「なるほど」と静かに呟く。


「いや、これでよぉ〜くわかりましたよ。どれだけ我々が頼りなく映っているのか」

「いえいえ、そんなことありませんよ。

 むしろ、あなた方がこの戦いの勝敗を左右する大切な要因だと思っています。だからこそ、我々も捜査に参加させていただきたいのですし」


 何の臆面もなく、一貫して余裕の態度を崩さず、場の空気を掌握し自分のペースに持ち込むやり口。その姿は以前、秋津学園で会談を行った際の生徒会長皇樹桜の物と似ているように、橘には感じられた。

 あの時と同じで、一度こうなってしまってはもう相手の独壇場から抜け出せないだろうと、確信できるような空気が漂っている。

 しかし、それでも彼はもう一つ──正確には二つ──根本的なことを質問しなければならない。


「あー、それなんですけどね。昨日あなた『日本の対策組織と共に調査をして来た』って仰っていた。しかし、そもそもいつの間にそんなことしてらしたんですか?

 それに、テロ組織についてはどのような経緯で調査を行っていたんでしょうか? 簡単にわかるようなことではないですよね?」


「お聞かせ願います?」と、橘は最後につけ足した。

 ワームウッドはこの問に対しても、想定内だとばかりにあっさりと頷き返す。


「はい。まず一つ目の質問ですが、実は我々もっとずっと以前からこの国のコラプサー対策局の方々に協力してもらっていたんですよ。それこそ、十年前、『アバドン』が発生した直後からね」

「それはつまり……今までずっとそうだったとでも? まさか、我々の仕入れた情報は」

「ええ、先ほども言いましたように、全て把握しております」


 彼の言葉に、橘と火野木の二人はしばし絶句した。

 松原でさえも、この真実をどう受け止めてよいかわからず、彼らとWSROのトップとを見比べるばかりである。

 ──つまり、対策局(おれら)はできた時から今までずっと、世界第二現実機構(こいつら)に情報を献上させられて来たってことかよ。

 しかも、そうなれば当然上層部はこのことを把握していた、ということになって来る。その上で下の人間たちには何も伝えずにいたとしたら、そこにはどんな思惑があるのか。

 橘はよりいっそうキナ臭いことになって来た、と思いながら、舌打ちしたくなるのを我慢して口を開いた。


「……そいつは初耳だ。すみませんねぇ、うちの上司はあなた方にはザル(・・)らしいが、部下には口が固いようで」

「おや、そうでしたか。……言っちゃダメだったかなぁ。

 ──まあ、いいや。それで、次はテログループについてでしたよね?」


 尋ねておきながら、ワームウッドは相手の答えを待たずに話し出す。


「これに関しては最重要機密となる為、あなた方であっても全てをお話しすることはできません。

 と、これだけでは納得していただけないと思いますので少しだけ言いますと、実のところ彼らの存在というのも『アバドン』が発生した時点で(・・・・・・・)すでにわかっていたことなんですよ」

「本当ですか? まさか、あの大災害もテロだったと仰るつもりで?」

「うーん、そうではないんですがね……とにかく、今私の口から言えるのはこれだけです。あまり調子に乗って口を滑らせるといけないので」


 苦笑と共にそう締め括る男を見て、橘はもうこれ以上何も情報は得られないだろうと感じた。むしろ、ワームウッドはまるで知らぬが仏とでも言いたげであり、実際そのとおりなのかも知れない。世界規模の重要機密を教えられたところで身に余るどころの話ではないだろう。

 それ故、彼は一度張り詰めていた集中の糸を弛緩させることにした。

 いつものように見るからにものぐさそうな目つきへと戻ったところで、ちょうどタイミングよくウエイターがカートを押してやって来る。


「おっ、やっと朝食にありつけそうだ。

 いやぁ、すみませんなぁ、ご馳走になってしまって」

「どうぞお構いなく。どうせ経費で落ちますから」


 緊張感溢れる舌戦が一転、途端に気の抜けたやり取りをする二人を見て、火野木と松原は内心ほっとしたような呆れたような複雑な感情を抱いた。

 そんなことなど知る由もない橘は、頼んでいた物がテーブルに置かれて行く様子を見るとはなしに見ながら、全く別のことを考える。

 ──十年前、あいつ(・・・)が東京にいた理由も、この男なら知っているんじゃねえのか?

 そんなことを思いはしたが、今の彼にとっては空腹を満たすことが最優先順位事項であり、すぐに胸の奥底へ押しやるのだった。


 *


 昨日放送されたWSROの映像の影響力は凄まじく、ネットやテレビはその話題で持ちきりだった。

 それは登校しでからも同じであり、教室内では幾度となく、怪人やそれにかけられた懸賞金、そしてテロ組織などについて話し会っている。

 ただでさえインパクト抜群の出来事な上に、自分たちの通う学園のある街が騒ぎの渦中となっているのだから、当然の反応だろう。

 そんなことをどこか他人事のように考えているうちに、四時限分の授業が終わり、早くも昼休みを迎えていた。

 友人たちの提案により、今は屋上で昼食を摂ろうとしているところである。

 コンビニのレジ袋の中からサンドウィッチを取り出しつつ、俺はふとあることを思った。

 ──皇樹先輩も、あの放送を見たのだろうか。そして、もしそうだとしたら、どんな感想を抱いたのだろう?

 というかそもそも、何故彼女の元へWSROの使者が現れたのか。先輩は、あの後どこへ連れどこへ……?

 わからないことや、気になることだらけだ。

 と、考えごとをしながらサンドウィッチの封を開ける俺を見て、椚原さんが意外そうな声を上げる。


「春川くん、お昼それだけなの?」

「え、ああ」


 基本的に俺の昼食のメニューはサンドウィッチかおにぎりとペットボトルのお茶、それから携帯栄養食くらいだった。

 俺の答えを聞いた彼女は、珍しく呆れた表情をする。


「ダメだよ、もっと食べないと。背伸びないよ?」


 まさか身長のことを椚原さんが持ち出して来るとは。

 そう言う彼女の足元には、今時あまり見かけない真四角の無骨な弁当箱が広げられており、しかも中身は日の丸弁当とタクアンだけだった。女子高生の昼食にしては、さすがに渋すぎやしないだろうか……。


「いや、つうかあんたのそれ何? 夫婦仲の冷めきったサラリーマン?」


 俺が思ったのと同じタイミングで、椚原さんの隣に腰下ろしていた日向が尋ねる。


「いーじゃん、お米も梅干しも美味しいんだからさぁ。これだからお子様は」

「あんたにそういうこと言われたくはないわ……マジで」


 何故か勝ち誇った顔をされて、彼女は面倒臭そうに言った。

 すると、今度は俺の隣りから杏藤がその手許を覗き込む。


「てか、お前はお前でお菓子だけじゃんか」


 確かに、日向が両手で大事そうに握って食べていたのは、短いスティック状のお菓子──なんとかブラウニーとかそんなところか──だった。

 日の丸弁当に比べたら格段に女子高生らしいが、普通みんなそこまで少食なものだろうか?


「わ、私はいいのよ。そんなに食欲ないんだから」

「んなこと言って、本当はダイエットしてるとか? 似合わねー」


 鬼の首でも取ったかのように、友人は嬉しそうに言う。小学生みたいな茶化し方だな、と若干呆れつつ、俺はサンドウィッチにかぶりついた。


「うるっさいわね、ほっといてよ。

 だいたい、そういうあんたは弁当どうしたのよ?」

「俺はとっくに早弁済ませてるからな。もうねーよ」


 全く自慢できるようなことではないのだが、彼は堂々と胸を張って答える。


「なんであんたまでドヤ顔してんだか……」

「二時限目にはもう腹ペコだからな。コレ常識。

 つうか、お前なんでダイエットなんてしてんだ? もしかして彼氏できたとか?」


 杏藤の口から飛び出しだそのワードに、何故か椚原さんが「ふぁっ⁉︎」と一番食いついていた。

 だが、当の日向はすぐに答えようとせず、そっぽを向いてしまう。


「なぁ、マジで彼氏なの? 教えろって」

「……うるさい。なんで察しない(・・・・)のよ」

「ん? 今なんか──」

「うざいって言ったの! もう絡んで来ないでよ! 馬鹿!」


 思った以上に堪に触る発言だったらのか、いつにも増して強い口調で彼女は怒鳴り返した。

 かと思うと、食べかけのチョコブラウニーをその場に放り捨てて、日向は立ち上がる。

 彼女はそれっきり何も言わずに、あっけに取られている俺たちを置いて、校舎内へと繋がるドアの方へと歩いて行ってしまった。

 確かに杏藤の発言はデリカシーに欠ける物だったが、しかしあそこまで過敏な反応を見せるとは。

 バタンと力任せにドアが閉められる音を聞いてから、箸を持つ手を止めた椚原さんが俺の隣りを睨む。


「な、なんだよ……」

「今のは杏藤ちゃんが悪い。カリリンだって女の子なんだから、あんな風に言われたら嫌に決まってるじゃん」

「いや、だってよぉ……」

「だってじゃないよ。

 ほら、私も一緒についてってあげるから、謝りい行こ?」


 諭すように言った彼女は、さっそく無骨なお弁当箱に蓋をして立ち上がった。

 杏藤はかなりバツの悪そうにしていたが、それでもすぐに動き出そうとはしない。

 こればっかりは依怙贔屓とかではなく椚原さんが正しいだろうし、彼女に加勢するべきか。


「杏藤……」


 サンドウィッチを飲み込んでからそう言ってやると、彼は耐えかねたように声を上げる。


「ああもう、わかったよ! 行って来るって!」


 短く刈った頭を掻きながら立ち上がった杏藤は、小走りにドアへ向かって行く。

 彼の後を追うようにして椚原さんが歩き出したのを見送りながら、俺はペットボトルに手を伸ばした。

 喧嘩するほど仲がいいと言うが、やはりそればっかりというのもよくないのだろう。これぞまさに、「親しき仲にも礼儀あり」か。

 緑茶を飲みながらそんなことをしみじみと思っていると、


「ずいぶんと少食なんだな、春川」


 突然声をかけられる。

 ペットボトルを口から離しつつ、俺は首を回して後ろを振り向いた。

 すると、そこにはいつの間にか梔子先輩が、腰に手をあてて立っているではないか。


「あ、どうも」

「やあ。それにしても本当にそれだけで放課後まで保つものなのか?」


 先輩は口角を吊り上げて笑いつつ、首を傾げる。


「ええ、いつも大丈夫です」

「そうか。私など二時限目には空腹で飢え死にしそうだがな」


 ついさっき友人が言っていたのと同じことを、彼女もやはり勝ち誇ったように胸を張って言った。

 それを聞いた俺は緑茶のキャップを閉めて(わき)に置き、「いつからいらしたんですか?」と尋ねる。


「ああ、君たちがここに来る少し前くらいからだよ。

 ただ、ほら、椚原がいたから……」

「なるほど、様子を窺っていたんですね」


 俺が言うと梔子先輩はこくりと頷いた。


「どうもあいつは苦手でな。なんというか、毎回ペースを狂わされているし」


 心なしか表情を曇らせる先輩。

 どうやら、昨日「蜻蛉アースランド」を一緒に回ったことにより、余計に苦手意識が強くなってしまったらしい。

 椚原さんはただ純粋に生徒会のファンならだけなのだが……少々(・・)気持ちが前に出すぎしまうからな。


「すみません、うちのクラスメイトが……」

「あ、いや、君が気にすることではないよ。

 それより、少し君と話がしたいんだが構わないか?」

「はい。見てのとおり友人たちも行ってしまいましたし」

「ありがとう。

 ならば、食べながら聞いてくれ」


 彼女はそう言うと、先ほどまで杏藤がいた辺りへとやって来る。

 昼食を摂りながらでよいと言われたものの、別段急いでいるわけでもないので俺はそのまま話を聞くことにした。


「昨日のWSROの放送、君も見ただろう?」

「ええ」

「……どう思った?」

「どう、と言われましても……」


 少しだけ答えに迷ってから、俺は胡座をかく自分の脚に視線を落とす。


「とにかく、衝撃的でした。蜻蛉で起こってコラプサーが、全てテロリストによる物だったなんて。

 それに、あの黒い天使のことも」

「そうか。やはり、そうだろうな」


 俺の回答は、やはり充分予想し得る物だったらしい。

 目線を上げて様子を窺うと、先輩は青澄んだ空に顔を向けていた。今日は風が強く、浮雲が早く流れて行く様が見上げずともわかる。


「私も驚いたよ。……それに、まだ信じられない。あいつが、テログループの一員だなんてな」


 先週発生した三度のコラプサーのうち、その全てでネフィリムと対峙していた彼女は、どこかで彼のことを認めていたのかも知れない。


「だから、今度会ったら直接聞き出してやろうと思ってる。ついでに一戦交えたいしな」


 言いながらすでに拳を握り締めている梔子先輩。「お手柔らかにお願いします」と俺は口に出さずに呟いた。


「それで、ここからが本題なんだが、今日は桜にお使いを頼まれていてな」

「皇樹先輩、ですか」


 いったい、どういった用件なのか。

 なんとなく彼女の関わることというだけで嫌な予感がしてしまう。

 とはいえ、ちょうど皇樹先輩の名前が出たことだし、彼女とWSROの関係や「方舟ゲーム」について梔子先輩に尋ねてみるいい機会かも知れない。

 俺がそんな風に考えていることなど知る由もないであろう彼女は、「ああ、実はな」とすぐさまその内容を切り出そうとした。

 ──が、その時、校舎内から屋上へ出る為のドアが開かれる。

 そして、こちらへやって来たのは、気落ちした様子のクラスメイトたちであった。

 先輩も彼らに気付いたらしく、言い出したそばから口を噤む。

 と、俺たちの方へ近づきながら顔を上げた椚原さんが、さっそく憧れの副会長の姿をロックオンしたことがわかった。

 彼女はびっくりするような瞬発力で相手との距離を詰め、今日もやはり敬礼と共に挨拶をする。


「梔子先輩! お勤めご苦労様であります!」

「あ、ああ、どうも」

「今日はどうなされたのですか! ちなみに私はみんなご飯を食べてたんですけど、ちよっと野暮用で行ってました! ところで先輩はお米派ですか? それともパン派ですか? つうか炭水化物って一番太りやすいらしいですねっ!」


 質問しておきながら主食その物を否定するような言い方である。

 椚原さんのマシンガン──というかもはや勢いで言えばガトリング砲のような──トークに、顔色を悪くした先輩は降参だとばかりに小さく両手を挙げた。

 なんだかこっちが申し訳ない気分になって来た俺は、助け舟を出すことにする。


「確か今から、生徒会の公務があるんですよね?」


 もちろんそんな物があるかどうか俺にはわからないが、一応彼女をアシストしたつもりだ。

 梔子先輩もすぐに察してくれたらしく、思い出しように手を叩いた。


「そ、そうだった。私には仕事があるんだった」


 自然な言動とは言い難かったが、まあ仕方ないだろう。


「というわけだから、米かパンか議論はまた今度にしよう」

「うぇええ〜」


 椚原さんはあからさまに嫌そうな反応をした。

 彼女の気持ちを尊重してあげたいのは山々だが、ここは心を鬼にして先輩に助力しよう。


「仕方ないよ椚原さん。生徒会の方々はお忙しいから」

「そうだけどぉ……」

「そういうわけだ、すまない。

 春川も、さっきの話の続きはまた後日改めてさせてもらうよ」

「はい、わかりました」


 申し訳なさそうに笑ってから、彼女は二人の横を通り抜けドアの元へ向かい、それを開けて校舎へ入って行った。

 扉が閉まるのを見つめながら、俺は杏藤に問う。


「日向はどうしたんだ?」


 すると彼は芝居がかった動作で肩を竦めてみせた。


「ほっとけってさ。へそ曲げちまってるよ」

「ちゃんと謝ったのか?」

「謝ったよ。ごめんっつったけど、『しばらく話しかけないで』ってさ」


 どうやら今回は相当お怒りのようである。

 これくらいで二人の関係が壊れるということはないだろうが、少し心配だ。


「杏藤ちゃん、デリカシーないから……」

「んなっ、そんなん言われてもよぉ。あーもう、女子って面倒臭え」


 彼らのやり取りを聞きながら、俺は食べかけだったサンドウィッチに手を伸ばす。

 杏藤たちかなるべく早く仲直りすることを願いつつ、実はパン派の俺は昼食を再開するのだった。

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