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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
23/47

第二十話「好意」

 蜻蛉総合病院二階:小児病棟──。


 検診用の小型タブレットを抱えながら、一人の若い看護師が重い足取りで廊下を進んでいた。

 今彼女が向かっている先はとある訳あり患者のいる病室であり、だからこそ気が進まない。

 その患者──小学二年生の子供──は特に重い病気や怪我があるというわけではなく、強いて言うなら精神的な養生の為に入院していた。

 それだけならまだよかったのだが、問題は子共の描く()である。

 その子は入院するようになってからずっと、何かに憑かれたように不気味な絵を描き続けているのだ。

 得体の知れない、黒い怪人の絵を。

 描いた本人はその存在を「天使さん」と言い張るが、大人たちからすればむしろ「悪魔」のようにしか見えなかった。

 彼女は他の子供たちとは一緒に遊ばず、看護師たちの気味悪がる視線を気にすることもなく、ただひたすらに、黒いクレヨンを画用紙に塗りつける。

 この看護師も初めてその子の描いた絵を見て以来、どうにも得体の知れない恐怖を拭えずにいた。

 だが、しかし、と彼女は思い直す。

 幼くして両親を失ったその子の方が、自分よりも何倍も恐ろしい体験をしたのではないか、と。

 そして、そんな心に傷を負った人々を癒すのが自分の役目なのではないのか、とも。

 すると、立ち止まりかけていた足が不思議なほど軽くなる。

 彼女は思い出したのだ。自らに課せられた偉大なる使命を。

 ──私があの子を元気づけてあげないと。そうよ、絵なんかでめげてられないわ!

 空いている方の手で拳を握り意気込んだ彼女は、例の患者のいる病室の目の前に到着した。

「草薙鈴菜」と書かれた名札を見つめた彼女は、意を決してドアをノックする。

 が、返事はない。

 というのは、いつもどおりであり、大方今日もお絵描きに夢中なのだろう。

 そう判断し、彼女は扉をスライドさせた。

 ──今日こそは、あの子に教えてあげなくちゃ。「天使は黒ずくめなんかじゃない。白衣を着ているものなよ!」って。


「鈴菜ちゃん、検診のお時間ですよー?」


 部屋に入り、まっさきにその子のベッドに向かいながら、彼女は笑顔で声をかける。


「……あれ?」


 だが、カーテンの仕切りの中には、肝心の「鈴菜ちゃん」の姿が見当たらない。

 布団がはだけたままになっているベッドと備え付けの小さなテーブル、そしていたるところにばら撒かれた大量の黒い天使の絵だけが残されているばかりだ。

 どこへ行ったのだろうと、一人で首を傾げる若手看護師。

 と、途端に嫌な予感が胸の奥から込み上げ、先ほどの決意もみるみるうちに萎んで行ってしまうのだった。


 *


 思わぬ休暇を得た山梨は乗用車の運転席に腰かけながら、少々気まずい空気を味わっていた。

 その原因は助手席に座り無言のまま窓の外を眺めている火野木である。

 いや、正確に言えば彼が見る夢によって彼女の存在を普段以上に意識してしまっている為か。

 夢の中で幼馴染の幻影と過ごす時間を思い出しては罪悪感を覚えてしまう山梨は、正直なところなるべく彼女と顔を合わせたくはなかった。

 それなのに、こうして同じ車に乗って移動しているのは、火野木からある提案を受けたからである。


「橘さんはああ言っていたけれど、今のうちにできることをしておきたいわ」


 署から出ようとしていた彼を捕まえて、現実の幼馴染はそう言って来た。

 どうにも気乗りしなかったもののその意見には賛成せざるを得ない

 結局、山梨は後ろめたさをどうにか押さえ込み、こうしめ局の所有物である黒塗りの乗用車に乗り込んでいるのである。

 彼らが目指しているのは、蜻蛉市内のとある場所。そこで、数日前に起きたコラプサーの被害者の一人に会うつもりなのだ。

 山梨はなるべく夢のことについては気にしないようにしていたが、さすがにこの沈黙に耐えきれなくなり、カーステレオのボタンに手を伸ばした。

 流れ出したラジオ番組は正午のニュースを報じる物であり、何もないよりからマシだろうと、彼は横長のパネルに触れてボリュームを上げる。


『……続いてのニュースです。

 日本に滞在中のWSRO世界第二現実機構事務局長、アブサント・ワームウッド氏は、A県蜻蛉市の一部でコラプサーが連続発生している件について、「非常に短いスパンでの出来事であり、早急に原因を調査・ならびに対策を取らなければならない」と述べ、近日中に自らも現地へ赴き対策機関への視察を行う旨を発表されました』


 女性キャスターの読み上げた報道内容を聞き、二人は思わず目を丸くした。


「はぁ⁉︎ 来んの? あの人!」

「……らしいわね。というか、また私たち何も聞かされていないのだけど」


 彼女は、窓の外に向けていた視線をカーステレオへ移す。

 しかしすでに番組は次のニュースへと変わっており、動物園で生まれたライオンの赤ちゃんの成長が順調であることを告げていた。


「マジかよ……てことは、橘さんも知らないよなぁ」

「そうでしょうね。後で連絡を入れておくわ。

 ……それにしても、どうしてなのかしら?」

「何が?」


 信号が赤に変わり一人でに減速する車内で、山梨は助手席に問う。予想外のニュースを聞いた衝撃からか、自然と話ができるようになっているのを感じながら。


「どうしてわざわざあの人が出向いて来るのか、と思ったの。確かに、このコラプサーの連続発生は異常。けど、かといってわざわざWSROのトップが出て来るようなことではないわ。

 そもそも、この来日自体が急な物だったし」

「確かに。

 今まで日本で起きたコラプサーに、ここまで関心を示すようなことなかったのにな」


 言ってから、「『アバドン』の時以外は」と彼は声に出さずに付け足した。


「ええ。いったい、どんな思惑があるのかしら……」


 顎に手を当てて考え込む火野木。

 山梨がその顔を盗み見た時、乗用車は再発車する。


「上はこのこと知ってんだよな?」

「おそらく」

「ちぇ、現場の人間には内緒ってことか」


 ツマらなそうに言い捨てた彼の言葉尻を、彼女は見事に捕まえた。


「あら、隠し事をしているのはあなたたち(・・)も同じじゃない」

「なっ」


 鋭い指摘に動揺しかけた山梨はがくりと体勢を崩しながらも、辛うじて持ち堪える。


「んのことでしょう?」

「……」


 冷たい視線が頬に突き刺るのが痛いほどわかった。

 しかし、とぼけるような彼の様子を見て、最終的に火野木は何かを諦めてため息を吐く。


「はあ……まあ、いいわ。ヒロちゃんってば昔からそうだし」

「え? 今なんか懐かしい呼び名で──」

「気のせいじゃない?」

「あれ? そ、そうかな」


 それでも聞き間違いとは思えず首を傾げた山梨は、ふと彼女のセリフに違和感を覚えた。


「って、ちょっと待って。『たち』ってことは、他にも誰か隠し事してるが人いんの?」


 自分が隠し事をしていると認めているような発言だったが、火野木はそれに関してはあえて指摘せず、代わりに「ええ」と言って頷く。

 意外そうな表情をした彼は、黒縁眼鏡をかけ直しながらさらに尋ねた。


「え、嘘。誰誰?」

「……本当に気付いてないの?」

「うん、全く」


 その返事に心底呆れたような表情をしてから、彼女は膝の上に乗せていた自分の手に視線を落とす。


「……橘さんよ。あの人、私たちに隠してることがある。……いいえ、私たちの知らない何かを知っている、と言った方がいいかしら」

「マジで?」


 今度の問いに幼馴染は答えなかったが、それが肯定だということは明白だった。

 それから、再び沈黙が場に降りて来る。

 カーステレオから流れるキャスターの声だけが響く車内で、二人はそれぞれ何事かを思案しているようだった。

 と、ちょうどその辺りで目的地である白く巨大な建物が車道の先に見え始める。

 彼らが目指していた場所は蜻蛉総合病院であり、ここに入院中の小さな生還者と面会を行う予定だった。


 *


(数十分前)


 蜻蛉署内一階の喫煙所にて。

 咥えた煙草に火をつけた橘は、壁にもたれかかりながら紫煙を吐き出す。

 山梨と火野木の二人を送り出した後、彼はすぐにここへやって来たのだった。

 それはもちろん煙草を吸う為に他らならないのだが、実はもう一つ、橘にはしなければならないことがある。

 彼は、指を開いた右の掌に視線を落とした。

 すると、何もなかったはずの空間に、一枚の小さな紙──ある人物の〈名刺〉が出現する。

 煙を燻らせたまま橘が見つめる先には、「私立秋津学園生徒会会長」という長ったらしい肩書きと共に、「皇樹桜」の三文字が記されていた。

 この〈名刺〉に記載されている連絡先はすでに自らのデバイスに登録済みであり、彼はそれをくしゃりと握り潰すように指を閉じる。

 そして、すぐにもう一度手を開くと、そこには〈名刺〉の代わりに〈スマートフォン〉が握られていた。

 すでに発信中のそれを耳に当てながら、橘は反対の手で煙草を摘み灰皿に灰を落とす。

 数回の呼び出し音を聞いただけで、相手は通話に応じてくれた。


『もしもし、皇樹です』

「橘です。その節はどうも」

『いえいえ、こちらこそ』


 くすりと、小さく笑うのが電話越しにわかる。

 余裕の表れなのか、それとも単に機嫌がいいだけなのかわからなかったが、彼は気にせず続けた。


「突然電話してしまい申し訳ないんですが……申し訳ないついでに、一つお願いしてもいいですかねぇ?」


 失礼極まりない話の切り出し方だが、相手からはあまり嫌そうな感じは伝わって来ない。


『ええ、構いませんわ。なんでしょう?』

「ありがとうございます。

 実はですねぇ、おたくに通う生徒さんの中に一人会わせてもらいたい人がいるんですよ」

『そうですか。いったいそれは誰のことなんでしょうか?』

「……春川シオン」


 男子生徒の名を口に出しながら、橘は煙草を咥え直し紫煙を吐き出す。


「彼に一度会って、話がしたいんですよぉ。ダメですかね?」

『……』


 と、珍しく答えに窮しているのか暫時相手は黙り込んだ。

 かと思いきや、再び息を吐くような笑い声が聞こえて来る。


『わかりました。ご要望どおり、一度機会を設けましょう』

「本当ですか? いやぁ、面目ないですなぁ」

『いえ。

 ところで、これだけは教えていただきたいのですが、いったい彼とどのようなお話をされるおつもりでしょうか?』


 彼女の疑問は当然の物であり、これに対する解答を彼はすでに用意していた。


「……実はですねぇ、昨日発生したコラプサーの直前、彼はどうやら発生源となった(・・・・・・・)男と接触していた(・・・・・・・・)らしいんですよ」

『まあ、そうでしたか……それで、その人について春川くんにご質問を?』

「ええ、まあ。といっても、話たいことはそれだけではないですが」


 橘の脳裏に浮かんだのは、あの巨大な翼を持つ黒い怪人の姿。

 あの場に春川シオンが居合わせていたのは間違いない。ならば、この異形の存在についても情報を手に入れられる可能性は充分にある。


『なるほど……黒い怪人について、ですか』


 不意に電話口から飛び出したそのワードに、彼は思わず煙草を落としかけた。

 慌てて左手を添えてむしろ灰を落とす為に口から離しつつ、今度は橘が相手に尋ねる。


「もしかして、ご存知でした?」

『ええ。あれほど有名になっていれば、嫌でも耳に入りますわ』


 生徒会の情報網の広さを思い出していた彼に、桜は「それに」と言ってさらに言葉を繋いだ。


あれ(・・)に関しましては、うちの副会長も見たと言っておりますので』

「なに? てことは、もしかしてコラプサーの中で……?」

『そのようですわね』


 この答えに、橘は舌打ちしてやりたくなるのをどうにか堪える。

 ──こいつら、絶対前から知ってただろ。

 心の中で彼が毒づいた時、電話の向こうから手を叩くような音が聞こて来た。


『そうですわ、どうせなら今日、三人でお話ししませんか?』

「今日ですか? まあ、私は構いませんが……」


 元からオフになっており用事も主にこの連絡ぐらいだったので、そう答える。

 しかし、あまりにも急だったことには少々面食らったが。


『でしたら、是非そうさせていただきますわね。

 彼にも、(わたくし)の方から伝えておきますので』

「はあ、わかりました。

 場所はどうします?」

『それも後ほどこちらからご連絡させていただきますわ。

 では、失礼致します」


 そう言って、桜は電話を切ってしまった。

 始終相手のペースだった気がしてなんとも言えない心地だが、これは好都合だ。

 橘はひときわ強く煙を吸い込んでから、まだそこそこの長さのあったそれを灰皿に押しつけて揉消すと、さっそく喫煙スペースを後にした。


 *


 まず初めに昼食を摂ることに決めた俺たちは、緑豊かな高原となっているエリアの中、大きな木の下にレジャーシートを広げていた。まさしく、椚原さんの言っていたとおり「ピクニック」状態である。

 また、彼女の荷物の中身はお弁当とレジャーシート、それから水筒だったことがわかり、その準備のよさからして相当楽しみにしていたらしい。

 と、そんなわけでそれぞれ持ち寄った食料を食べ終え、うららかな日和の下食後の小休止をしていると、不意に鼻がむず痒くなって来た。


「ふぇっくし!」


 かと思ったら、堪らずくしゃみをしてしまう。口許を手で抑えながら、俺は「誰かが噂……しているわけないか」と心の中でくだらないことを考える。

 と、こちらに目を向けた日向が、何故かニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なーに、春川〜。以外と可愛いくしゃみするじゃん」

「え、そうか? 普通だと思ってた」

「いやいや、なんか女の子みたいだったよ。

 ねえ、はっちゃん?」


 何か面白い物を見たと言った顔つきのまま、彼女は隣に座っている友人に話を振る。

 吊られて俺もそちらに目を向けると、椚原さんはその声に応えぬまま、草原の先のちょっとした茂みの辺りを見続けていた。


「ん? 何見てんの?」

「……リスだ」

「え?」

「ディスイズ、リスだぁ!」


 急に大きな声を出した彼女が指差す場所には、なるほど確かに〈シマリス〉らしき小動物の姿が。

 小さな〈木の実〉を器用に両手で掴んでいた〈リス〉は椚原さんの声に驚いたらしく、それを放り捨て茂みの中へと去って行ってしまう。


「ふぁっ、逃げられた⁉︎

 杏藤ちゃん、追いかけよう!」

「え? 俺?」


 完全に不意打ちだったらしい杏藤は自らの鼻先を指差したが、彼女は気にせず彼の手を掴み立ち上がった。


「早く早く! 見失っちゃうよ!」

「わっ、ちょ、まだ靴履いてねえって!」


 スニーカーを片方履けていない状態の彼を連れて、椚原さんは茂みの方へ向かって走り出す。

 そんな二人の様子を見送った俺たちは、思わず顔を見合わせて苦笑した。


「凄いはしゃいでるね、はっちゃん」

「ああ、楽しんでくれているみたいで何よりだよ」

「そうだね。

 ……ねえ、春川」


 急に声のトーン下げる日向。

 どうしたのだろうと思い、俺は彼女に視線を移す。

 すると、日向はどこか神妙な面持ちで俯きながら言葉を続けた。


「あんたさぁ、はっちゃんのことどう思ってんの?」

「え? どうって?」

「だから……好きなのかってことよ」

「それはまあ……友達だからな」


 質問の意図が読み取れず、我ながら曖昧な返事をする。

 俺の答えを聞いた彼女は両脚を伸ばし、レジャーシートの上についた両手で体を預けるような体勢になると、不満そうに唇を尖らせた。


「そうじゃなくてさぁ、ほら、異性としてどうかってこと」

「……あ、ああ、なるほど」


 ようやく友人の言わんとしていることを理解した俺は、どう答えたものか急にわからなくなる。


「好き、なんだよね? あんだけいつも一緒にいるんだからさ」

「うーん、そのはずだけど……」

「だけど?」

「なんというか、説明するのが難しいんだけど……種類(・・)が違うというか」


 言葉だけではなく目線でも追求されているのを感じながら、俺は頭を掻いて適当なワードを絞り出そうとした。


「……そう、あれだ。俺は確かに椚原さんに好意を抱いているけど、それはほら、()的な感じなんだ」

「孫……」

「そう。誰だって自分の孫は可愛いだろ? そんな感じ、かな」


 自分からすれば納得の行く答えなのだが、果たしてこの例えて伝わったのだろうか。

 日向は俺に向けていた視線を逸らし、それから再び俯く、


「あんた、それはっちゃんの前では言わない方がいいよ?」

「え、ああ」


 なんだか妙な威圧感が放たれているのを感じ、俺は素直に彼女の言葉に従うことにした。

 それにしても、どうして日向は突然こんな話を持ち出したのだろうか?

 そう思いながら、彼女の横顔を見るとはなしに見ていると、


「……うまく行かない(・・・・・・・)もんだね」

「え?」


 小さく呟く声が聞こえて来る。

 しかし、日向はすぐに「なんでもないよっ」と言いながら立ち上がった。

 そのまま両腕を大きく伸ばして伸びをする。


「うーん……あ、はっちゃんたち戻って来た」


 俺も同じように前を向いてみると、彼女の言ったとおり、茂みの方から大変ご機嫌な様子でこちらに駆け寄って来る、椚原さんの姿があった。

 また、その隣では疲れきった表情の杏藤が苦労して片足歩きをしている。


「ああ、本当だ」


 言ってから、俺はもう一つあることに気付いた。

 椚原さんの後ろには、彼女に手を引かれながら二頭身のファンシーキャラ──「蜻蛉アースランド」のマスコットキャラクター、カゲロンが歩いているではないか。

 ……〈リス〉を探しに行っていたんじゃなかったのか?


「たっだいま〜。カゲロン捕まえて来た〜」

「いやいや、捕まえちゃダメでしょ」


 呆れた顔でツッコミを入れる日向。

 どうしてこんな状況になっているのか。

 カゲロンはそこそこ走らされているらしく、立ち止まると共に膝に手をついて息を整えている。

 ちなみに、彼の〈着ぐるみ〉──真っ青な体色の耳の長い狼のような見た目をしている──も、実は全てセカンドリアリティでできているらしかった。

 よって、大昔の物とは違い中に熱気が込もったり汗の臭いが酷かったりといった心配はないだろうが、それでも急に走らされれば誰だって疲れる物である。


「痛てて、足の裏なんか刺さったわ」


 と、こちらは靴を履くことすら許されなかった杏藤が、レジャーシートに腰下ろしながら言った。自らの右足の裏を恐る恐る確認している彼に、日向は何故かやたら不機嫌そうな声を投げかける。


「あんた、しっかりはっちゃんを見てなさいよ」

「は? なんで俺のせいなんだよ?」

「一緒に行ってたからよ。ったく、本当に使えないんだから」

「お、お前、なんかいつもより機嫌悪くねえか?」

「別に!」


 終いには顔を逸らしてそっぽを向いてしまう。

 確かに、杏藤の言うとおり普段よりも彼に対する当たりが強い気がした。


「そんなことよりさぁ、みんなもカゲロンと写真撮ろーよー! マジもんのカゲロンだよ?」


 カゲロンの手を握ったまま、一人上機嫌な椚原さんが意気揚々と提案して来る。

 俺としては一向に構わないが、こんなに強引でいいものなのだろうか?

 さすがに申し訳なく思えた俺は、彼女の代わりにファンシーキャラに謝罪しておくことにした。


「あの、すみません、連れが無理を言って」


 すると、公式設定では確か語尾に「〜だロン」をつけていたはずの彼は、意外と普通の人間と変わらない口調で返事をしてくれる。


「いやいや、気にしないでよ。それが俺の仕事だから」

「ありがとうございます」


 と、言いながら軽く頭を下げたところで、ふと別のことに思い当たった。

 ──あれ、この声どこかで聞いたような……。

 そして顔を上げた俺は、それが気のせいではないことを告げられる。


「というか、こんなところで会うなんてやっぱり奇遇だね」

「そ、それじゃあ、やっぱりあなたは」

「ああ、久しぶり──でもないか。そう、学園のOBの月下だよ。今ちょうどここでバイトしてるんだよね」


 と、カゲロンは気恥ずかしそうに耳の生えた頭を掻きながら、その意外な正体を明かしたのだった。

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