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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
20/47

第十七話「大剣」

「執筆……」


 静かな声で呟いた俺は腕を激しくしならせて、空中に文字を紡ぎ出す。

 先端が万年筆のペン先のような形の赤い爪から、それと同じ色の線が引かれて行き、ほどなくしてある二文字を形作った。


 〈来い〉


 殴り書くようにして打ち出された最低限度の長さの文章は、何もない空間にひとりでに浮かんでおり、異常な光景を目の当たりにした彼らが思わず息を呑むのがわかる。


「し、シオン、お前、何をして……」


 友人の声はどこか心配してくれているようでもあったが、かといってここまで来たら止まれない。

 こうするのが、みんなを助ける一番確実な方法なのだから。

 そして、再び俺が腕を振り上げた時──。

 上空から、漆黒の天使が舞い降りる。

 翼を広げたまま俺たちとフラワノイドとの間に降り立ったネフィリムは、真っ赤な文字を左手で握り潰した。

 そのまま片膝をアスファルトにつけると、巨大な翼を金属の擦れるような音を立てながら折りたたむ。

 突如飛来した第三の怪人──としかみなの目には映らないだろう──を目の当たりにした彼らは、絶句するしかないようだった。

 また、菊の花を頭に乗せたフラワノイドも、鞭のごとき長い根を持ち上げたままのプラントも、天使の動向を窺っているのかすぐには動き出そうとしない。

 これは俺にとっては好都合だった。

 この機を逃すことのないよう、すぐさま次の工程へと移行する。

 直後、俺たちの足元のアスファルトが、まるで水を湛えているかのよう揺らぎ波打った。

 それから歩道の中に出現したのは丸く切り取られた景色であり、一時停止している映像のようなそれは、つい十分ほど前の俺たち三人や他校の女生徒たち、そして発生源となった白人の男の様子を上空から映した物である。

 コラプサーに巻き込まれただけでも充分ショッキングな出来事だろうが、それに加え謎の黒い天使とこの現象。これ以上ないくらい混沌とした状況の中、彼女が怯えた目を俺に向けていることに気付いた。


「はる、かわくん、なの? ……これは、春川くんがやっていることなの?」


 青ざめた顔で問う椚原さん。

 ひとまず彼女を安心させてあげようと、俺はそちらに顔を向けて微笑みかける(・・・・・・)


「大丈夫だよ。俺が護るから」


 が、椚原さんからの返事はなく、それどころか何故か息を止めたような表情で後退っていたのだが……まあ、大した問題ではないだろう。

 それよりも、今は彼女を護る為にあの怪物を駆除しなければ。

 視線を花ならざる者に戻してから、俺は改めて大袈裟なポーズで「神の指」を握る手を構え直した。

 そしてそのまま、真っ赤な爪の先を足元に映る停止中の過去へと突き立てる。

 すると、世界を書き換えるペンから強烈なエネルギーが放たれ、映像の中にいくつも波紋が広がった。


「行こうか、ネフィリム」


 俺が自らの創造物の名を呼んだ次の瞬間には、彼は過去の空間へと書き加えられていた。


 *


(約十分前)


 白人男性は困ったように大きな手で額を抑えた。


「オウ、ソーリー。スミマセン、ワタシモアマリ日本語ワカラナイデス。知ッテイルコトバト言エバ、『セップク』と『ハラキリ』クライデース」

「いや、それどっちも同じじゃない?」

「ていうかそんな物騒な言葉誰から教わって来るの?」


 今度の感想は概ね同意できる物である。彼にとって我が国はどのように映っているのだろうか。


「ソウナノデスカ? トモダチニ教エテモラタノデスガ……。ホラ、ドウヤルノカモレクチャーシテモラテルンデスヨ?」


 柔和な表情で言うと男はジャケットの内側に右手を突っ込み、徐に何かを取り出す。

 そして、その手に握られて出て来たのはなんと、それこそ切腹の時に使う物のような、二十センチほどの長さの短刀だった。

 彼は胸の前の辺りで真横に構えた短刀を、躊躇うことなく木製の鞘から引き抜く。

 露わになった鈍色の刃はまるで本物のような──見たことがあるわけではないがそう思うには充分なほど──滑らかな光を放っていた。

 何が行われようとしているのか、そして本当にあれは実際の刃物なのか。

 女子高生二人もさすがにおかしいと思い始めたらしく、一歩後退る。

 それでもその時はまだ、彼女らの顔には笑みが浮かんでいたのだが。


「えっと、何それ? まさか、本当に切腹するつもりとか?」

「オウイエ〜ス。ズバリ、ソノマサカデース」

「いや、つうかその文化自体もうとっくに──」


 呆れたような口調で言いかけた彼女の言葉を遮るように、白人は両手で握り締めた短刀を振り上げた。


「致命者“ゲオルギイ”、参リマース」


 その直後、鋭く日の光を反射した刃は彼の白い喉笛に突き刺さる。

 ──と、思いきや、次の瞬間予想外の出来事が発生し、彼の言うところの「切腹」は中止されることとなった。

 短刀の切っ先が喉元に触れる直前、まるで巨大な雲が太陽を覆うかのように、急激に日が陰る。

 それにより異変に気付いた白人の男は、手の動きを止めて上空を見上げた。二人の女子高生や、俺たちも同様の行動を取る。

 するとその刹那、日の光を遮っていた黒い影が、突如彼らの頭上から飛来したのだった。

 影の主は女子高生たちと異邦人の間に着地しようとした為、二人の少女は風圧に耐え切れず尻餅をつきながら後退る。こうして空いたスペースに舞い降りたのは、一体の黒い天使。

 猛禽類の物のような巨大な両翼を広げたままアスファルトの上に片膝をついた異形の存在に、誰もが驚愕し言葉を失った。

 もっとも、その中で俺だけはみんなとは全く違った意味で驚いていたのだが。

 ──ネフィリムが現れたということは、未来の俺がこの空間に書き加えたということ。ならば、やはりあの男は本当に首を掻き切り、俺たちはそのまま三度目のコラプサーに巻き込まれるはずだった、ということなのだろう。

 何にせよ、こんな衆人環視の中堂々とネフィリムを送り込んで来るだなんて、よほど切羽詰まった状況だったらしい。

 唖然とした表情で天使の姿を見つめる男は、やかて忘れていた言葉を思い出したかのように、ぽつりと呟いた。


「オ、オウ……マサカ、コンナ所デ出逢ウダナンテ」


 まるでネフィリムの存在自体は元から知っていたかのような言い方である。

 もしかしたら、彼が「致命者ゲオルギイ」と名乗ったことや自ら命を絶とうとしたことと、何か関係があるのではないだろうか。

 と、そんな考えていた俺の視線の中で、天使は立ち上がり一歩前に足を踏み出していた。

 徐に長い腕を挙げ、彼は目の前で自分の顔を見上げている致命者ゲオルギイに、手を伸ばして行く。


「ナ、何ヲ」


 言いかけた彼に抵抗する隙など与えず、素早く相手の左の二の腕あたりを鷲掴みにすると、天使はそのまま力任せに捻り上げてしまった。

 ミシミシと骨が軋む音と、痛々しい男の悲鳴が街角に響き渡る。


「ギィヤァァァァ⁉︎」


 激痛に顔を歪めながら絶叫する彼は、自由な方の手で握っていた短刀を振りかざし、窮鼠猫を噛むといった具合にネフィリムの胸を斬りつけた。

 が、その程度の反撃では天の遣いの体に擦り傷一つつけることもできず、男の手もろともあえなく弾き返される。

 その瞬間を逃すことなく、ネフィリムはもう一方の手でゲオルギイの右手首を握り潰した。「潰した」というのはあながち比喩ではなく本当に何かが砕けるような音が聞こえ、力を失った致命者の手から短刀が零れ落ちる。


「コノ、悪魔ガァァァ!」


 痛みと怒りで我を忘れたらしい彼は、凄まじい形相になって声を荒げた。

 しかし、そんな言葉がネフィリムに通じるわけもなく、彼は仮面のように表情のない顔で、未来の俺が下しているであろう命令に従い両膝を曲げる。

 ──失礼な。これでも天使だぞ?

 と、俺が心の中で呟いたのと同時に、俺の創造物はアスファルトを蹴りつけて跳躍し、そのまま巨大な翼を羽ばたかせ空へと飛び立つのだった。


「ハ、離セッ!」


 ゲオルギイは抵抗を試みるも生身の人間がもがいた程度で天使の握力が弱まるはずもなく、結局そのまま空へと連れ去られてしまう。

 ぐんぐんと凄い速さ遠ざかって行くその黒い後ろ姿を見上げながら、やはり茫然とした表情で杏藤が口を開けた。


「な、なんだったんだ、今の……どう見ても、人間じゃないよな?」


 ずいぶんと久しぶりに聞いたような気がする彼の言葉は、おそらく特定の誰かに向けられた物ではないのだろうが、取り敢えずここは俺が応じておくことにする。


「……ああ、たぶんな」


 答えながら、俺もみなと同じように天の遣いが去って行った方を見上げていた。


 *


 白い光で描かれた魔法陣の上に立つ俺は、高速で青空を突き進む天使の後ろ姿を追っていた。

 このままゲオルギイをどこか人気のないところまで運び、椚原さんが巻き込まれることのないような状況で自殺させる。

 ──いや、自らの手で命を絶たなければコラプサーが起こることはないのだ。いっそのこと適当なところな突き落とするとかで殺してしまった方が確実か。

 そんな風に考えつつ、俺は「神の指」を振るいネフィリムに指示をした。


 〈羽ばたく力をさらに強め、加速する〉


 真っ赤な文字は彼の巨大な翼に吸収されて行き、注文どおり天使は速度を上げて空を駆ける。

 と、ここですっかりその存在を忘れかけていたあいつが、やはりというか何というか、やたらと楽しそうに声を上げた。


「おおっ、凄い凄い! ネフィリムちゃんってば、こんなに速く飛べるんですね〜」


 言うまでもなく声の主はステラであり、いつの間にか俺の隣に出現していたもう一つの魔法陣の上に腰下ろして瞳を輝かせている様子が、そちらを見ずとも目に浮かぶ。

 だから俺は前を向いたまま、一応彼女の声に答えた。


「まあ、お前と同じでなんでもありだからな。

 というか、男は『ちゃん』付けされるの嫌らしいぞ」


 変な時に椚原さんと杏藤の会話を思い出した俺は、そう付け加える。


「え? でも、天使って性別ないんじゃないですかぁ?」

「そりゃあ……まあ、そうなんだろうけど」


 我ながら緊張感のない会話をしていると、やがて前方に学園の敷地が見え始めた。ちょっとした雑木林に囲まれた中に、白い校舎や体育館などの施設やグラウンドなどがあり、生徒たちが部活動を行っている姿が上空からもでも窺える。

 と、俺は学園の敷地の先がに山があることを思い出した。学園の所有物ではないようだが、松の木の側にある第一男子寮のすぐ裏手、高いフェンスによって仕切られたすぐ向こう側が竹藪となっているのだ。

 この竹藪へは四月に行われたボランティアの清掃活動で一度訪れたことがあり、ある程度なら中の様子も知っている。

 つまり、ネフィリムを書き加えられる範囲内というわけだ(今は過去へ書き加えている状態の延長なので、一度行ったことのある場所でしかネフィリムを動かすことができない)。

 あの山の中なら、ある程度学園との距離を取れれば、関係ない人間がコラプサーに人が巻き込まれることもないだろうし、何よりあいつを始末しても人目につき難いだろう。

 俺はすぐさま、手をしならせてネフィリムの次の行動を紡ぎ出した。


 〈学園の敷地を通り過ぎたら、裏山の中ほどへ降り立つ〉


 再び文章を背中から取り込んだ彼は、ほどなくして竹藪の真上辺りに差しかかる。

 すると、その時、天使に両腕を掴まれ捕らえられていた男が何やら不穏な動きを見せた。

 先ほどと同様ネフィリムの顔を見上げた彼は、ここからでもわかるほど不気味な笑みを浮かべる。


「クク、貴様ノ能力(チカラ)ナド、所詮仮初メノ物……。真実ノ天使(・・・・・)ハ、常ニ我ラ致命者ト共ニアル」


 不敵に口角を吊り上げながら、またしても意味深な発言をする致命者ゲオルギイ。

 この状況にあってどこか勝利を確信しているかのような口ぶりは、油断ならぬ雰囲気を感じさせた。

 そして、そろそろ距離的には申し分ないだろうという位置まで来たところで、彼は「あっかんべぇ」をするみたいに口を開けて舌を突き出す。


「あいつ……まさか、もう一度⁉︎」


 魔法陣の上で俺が声を発したのと、致命者ゲオルギイが舌を噛み千切った(・・・・・・)のとは、ほぼ同時だった。


「ムッ、グウ……⁉︎」


 舌根が喉の奥に詰まった為だろう、彼は苦しそうに呻き声を上げ両目を見開く。

 男の口から飛び出した赤い血液が、ぼたりとネフィリムの能面のような顔に付着した。

 その様子を見た俺は、咄嗟に腕をしならせて先ほどとは違った指示を出す。


 〈男の両腕から手を離し、竹藪の中へ落とす〉


 空中に投げ出され重力のままに落下して行く異邦人は、濃緑色の木々の中に呑み込まれ見えなくなった。

 ──直後、竹藪の中から爆発音が響き渡る。

 黒煙が天まで登り、暗闇の渦が山の一部を包み込んでしまった。

 ──結局コラプサーの発生は免れなかったか。

 特に予想外の出来事というわけでもなくその程度にだけ思ってから、俺はネフィリムを黒煙の中に向かわせる。


「いよいよですねぇ、シオンさんっ」


 彼に続いて暗闇の渦に突入した時、隣から声をかけられた。


「ああ。

 というか、お前はなんでいつも楽しそうなんだ?」

「むふふ、そんなの嬉しいからに決まってるじゃないですか〜」

「嬉しい?」


 場違いにもほどがある発言に、俺は思わず首を曲げて彼女の方を向く。人が死にコラプサーが発生しているというのに「嬉しい」とは、多分に不謹慎すぎるだろ。

 そんな風に考えていると、ステラは目を逸らすように俯いてから俺の問いに答えた。


「……シオンさん戦う姿を見ることができて」

「え?」


 呟かれたセリフの意味がわからず聞き返した時、暗闇を抜けた俺たちは竹藪の中へ降り立つ。

 正確には地面に足を着けているのはネフィリムだけであり、俺とステラは魔法陣の上に乗っているままなのだが。


「それは、どういう……」

「そんなこと、今はどーでもいいですからっ」


 顔を上げた彼女は普段と変わらぬ嬉々とした表情を浮かべ、悪戯っぽく笑う黄金の瞳を俺に向けた。


「それより、ほら、フラワノイド! さっさとやっつけちゃいましょ?」

「あ、ああ、そうだな」


 真意のほどを教えてくれるつもりはないらしく、その様子を見た俺は彼女の言うとおり敵との戦いを優先することにする。

 ひとまずネフィリムの翼を収納させてから、俺は竹藪の中の様子を見回した。

 薄暗い山中には鬱蒼と竹が生い茂っており、視界はあまりよくない。加えて結構な斜面となっていることから、立ち回りを考えなければ苦戦を強いられることが予想された。

 なんにせよ、まずはフラワノイドを発見しなければ話にもならないか。

 考えながら、俺はさらに眼を凝らしてみた。

 確か、ゲオルギイの死体はこの辺りに落ちて来たはずなのだが。

 茶色く枯れた竹の葉が敷き詰められた地面の上には、一見したところそれらしい物は見当たらない。

 もう少し先へ進んでみるかと思い、ネフィリムを動かす為に手を挙げた時──。


「シオンさん! 後ろ!」


 珍しく必死そうな声で、ステラが叫ぶ。

 ただならぬ様子に、俺は慌てて彼女が見つめているの同じ方向を振り返った。

 すると、なんとすぐ目の前(・・・)にまでフラワノイドのが迫っているではないか。

 頭に菊の花を乗せた怪物は跳び上がりながら、両手で握り締めた刀を左肩を前に向けて振りかぶる。


「斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ」

「な⁉︎」


 予想外の奇襲は俺に回避や防御を行う隙を与えず、不気味な輝きを放つ紫色の刃は容赦なく振り下ろされた。

 そして、フラワノイドの放った斬撃は、俺の体を文字どおり斬り捨ててしまうのだった。


 *


 私立秋津学園:温室──。


 紅茶を飲み談笑(?)をしていた彼女らの顔と同じ高さの空間に、黄色と黒の縞模様をしたウインドウがひとりでに開かれた。

「コラプサー発生警報」という真っ赤な文字が表示されると共に、けたたましいアラート音が響き渡り、それを聞きながら茉莉が声を上げる。


「まさか、三度目(・・・)が⁉︎ 桜!」

「どうやら、そのようね」


 居ても立っても居られないといった様子ですでに腰を上げている彼女に対し、桜は至極落ち着いた表情で応じた。

 すると、今度はウインドウに手を触れた小枝が驚いたような声で二人に報告する。


「こ、このコラプサー、学園からかなり近いみたいです!」


 彼女の顔の横に浮かぶウインドウは画面の中身が切り替わっており、そこには簡明な蜻蛉の街の地図と、自分たちと発生元までとの距離が示し出されていた。

 小枝の言葉どおり、赤い円で表示されているコラプサーの発生区域は学園の敷地のすぐ(そば)、どうやら裏山と通称される竹藪の中であるらしい。


「本当ね。

 この距離なら、警察の到着を待つより私たちで対処してしまった方が早そうだけど……」


 顎に手を当てて、独白のように生徒会会長は呟く。

 その言葉を聞いた茉莉は、すでに立ち上がっていた為に彼女を見下ろす形で、凛とした声で言った。


「桜、『門』の使用を許可してくれ」


 後輩からのこの要望に、桜は目線だけを上げる。

 彼女らの言葉から察するに、普通一般人の所持するような物ではない「門」のアプリケーションを、学園の生徒会は所有しているらしい。蜻蛉内で各機関に強固なパイプを持ち警察とも協力体制を取っているという彼女たちからしたら、この備えも当然のことなのだろう。

 茉莉の顔を見つめ息を吐くようにクスリと笑った彼女は、やや緊張感を欠いた口調で尋ねた。


「あら、それはあなた一人で戦うということかしら?」

「そうだ。お前もさっき言っていたとおり、その方が手っ取り早い」

「ふふ、頼もしい返事ね。まあ、私もそう思うけれど。

 ……いいわ、『門』を起動させなさい」

「ああ」


 無事許可を得ることができた彼女は、短く答えると共に頷き返す。

 二人の会話を固唾を呑んで見守っていた小枝は、緊張した表情をしながら、友人の武運を祈ってか胸の前で両手を組んでいた。

 それから、すぐにでも温室を出て現場に向かおうとする茉莉に対し、桜は「ただし」と釘を刺す。


「あまり無茶なことはしないように。内部の状況もわからない上に、援護してくれる人はいないのよ? いくらあなたと言えど、危ういかも知れないわ」

「……わかっている。私はまだ小枝のクッキーを一つしか食べていないんだ。必ず帰って来てこの続きをするぞ」


 どうやら、彼女は本気でそう考えているらしく、いたって真剣な面持ちで答える。

 が、しかし、この状況でそんな返事など普通予想し得るはずもなく、生徒会長はなんだか肩透かしを喰らったような気分にさせられた。

 もう一人の役員もまた手を組んだまま苦笑しており、そんな仲間たちの反応を見た茉莉は、むしろ彼女の方が意外そうな顔をする。


「ん? 私は何かおかなことを言っただろうか?」

「うーん、まあ、意外だったというかなんというか……」

「そ、そうですね。

 ……そんなに気に入ってくれたの? 私のクッキー」


 彼女たちの言葉を聞いた茉莉は自分の発言のおかしさに気付いたらしく、その途端恥ずかしそうに赤面してしまった。


「わ、私はただ、『無事に帰って来るぞ』という意志を二人に伝えたかっただけでだな!」

「ふふ、そんな可愛らしい反応しなくてもわかってるわよ」

「可愛らしい⁉︎」


 照れ臭いのか顔から湯気が出そうな勢いの後輩に、仕切り直すように咳払いをした桜は告げる。


「それじゃあ、面白い物も見れたことだし」

「くっ、また馬鹿にされたっ」

「改めて……行って来なさい、茉莉。秋津学園生徒会副会長として、そしてフリーファイターとして、この街を護るのよ」

「……うむ」


 生徒会会長の命を受け、フリーファイターは真面目な表情に戻り、それから左手で拳を握り締めた。

 そして、裏拳の要領で手の甲をウインドウに叩きつけると、強引にアプリケーションの警報機能を停止させる。


「これ以上、あの巫山戯た災害にうちの生徒を傷つけさせはしない」


 確固たる意志を鋭く尖らせた瞳に浮かべると、茉莉は踵を返して歩き出した。


「ええ、期待しているわ」

「頑張ってね、茉莉! けど、気を付けて!」


 出入り口のある方へと向かって行く背中を見つめながら、彼女らはそれぞれのセリフと共に仲間を送り出すのだった。


 *


 フラワノイドの放った斬撃は、俺の体を真っ二つに切り裂いた。

 ──いや、正確に言えば怪物は俺の胴体を文字どおりすり抜け(・・・・)、翼を開いた状態で立ち尽くしていたネフィリムの背中に向けて、得物を振るったのだが。

 紫色の刃が、天使の黒い背中を縦一文字に斬りつけた。

 傷を負った場所から勢いよく鮮血が噴き出すのを見た俺は、慌てて「神の指」を握った手を動かす。


 〈振り向きながら、右腕を使って相手を薙ぎ払う〉


 ネフィリムはすぐに紡がれた文章どおりの動作で反撃し、その動きに合わせて俺たちは魔法陣ごと反対側へ移動した。

 菊の頭の怪物はこれを後ろに跳んで躱し、結果ちょうど俺と位置が入れ替わった形となる。

 刀を片手に持ち替えもう一方の手を地面についたフラワノイドは、今まで戦って来た奴らと同様人間のような口でぶつぶつと呟き続けていた。


「斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ斬リ捨テ」


 早くも息が上がって来ているのを感じながら、俺は溢れんばかりの殺意の言葉を吐き出し続ける怪物を睨みつける。


「なるほど、刀か。だったら……」


 俺は応戦の仕方を決定し、さっそく「神の指」で文字を打ち出した。


 〈天使は徐に左腕を斜に振って伸ばす。すると肘から先の部分が原子レベルにまで分解されて行き、代わりに黒いもやが漂い包み込んだ。もやの向こうで天使の腕は倍ほどの長さへと変化し、先端は人と同じ形をした手ではなくなる。

 やがて遮る物が消えた時、硬質な装甲を纏い丸く膨れ上がった腕の先には幅が広く巨大な刃が生えていた。刃の色は天使の瞳と同じで赤く、反り返った背中の部分からは紫色の棘が鋭い歯のように並んでいる。

 左腕をすっかり大剣へと変えた天使は膝、を曲げて腰を落とし、敵を迎え撃つ為顔にの横で新たな武器を構えるのだった〉


 エンジェルビームを放つ砲門と同じような要領で、こちらも刃を与えてやる。


「おおっ、ビーム砲の次は刀ですか〜。なんていう名前なんです? エンジェル何?」

「……もうそろそろエンジェルから離れたいんだが」

「いやでもぉ、自業自得じゃないですか〜」


 満面の笑みで言うステラ。

 彼女に馬鹿にされることにもいいかげん慣れて来ていた俺は、「そうだな。じゃあいいやもう……」とだけ答えてから、気を取り直して顔を上げた。

 真っ赤な剣の切っ先を向けられたフラワノイドは、相変わらず壊れた機械のように「斬リ捨テ」という単語をリピートし続けている。

 かと思うと、落ち葉の積もった足場を蹴りつけ、怪物は弾丸のごとき速度で飛び出した。

 あっという間にネフィリムとの間合いを詰めると、フラワノイドは両手で柄を握り締め、先ほどと同じ構えで得物を振り上げる。

 俺はすぐに空中に文字を紡ぎ、自らの創造物に迎撃するよう指示を飛ばした。


 〈上体を捻り、敵の攻撃ごと力任せに叩き斬る〉


 二つの異形の存在が繰り出した斬撃は真正面からぶつかり合い、文字どおり激しく火花を散らす。

 互いの力は拮抗しているらしく、ネフィリムとフラワノイドはどちらも一歩も引かずに、色も形も違う刃を交えるのだった。

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