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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
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第十三話「花畑」

 再び蜻蛉署へと立ち寄った橘は、山梨の様子を見て行く為「第三資料室」と書かれたドアをノックした。


「橘だ。入るぞー」


 と、相手の許可が返って来る前にノブを捻る。

 彼が室内に足を踏み入れてみると、オレンジ色の〈ヘッドホン〉を頭に装着し自分の方へ背を向けながら画面に見入っている青年の姿があった。

 彼の指が絶え間なくキーを叩く音を聞きつつ、左手にコンビニのレジ袋を下げた橘はスチール棚の間を歩いて行く。

 すると、ほどなくしてその存在に気が付いたらしい青年は手を止め、椅子を回して振り返りつつ〈ヘッドホン〉を外した。


「あ、どうもっす」

「よお。もしかしてさっきからぶっ通しでやってんのかよ?」


 橘らが一度この部屋を去ったのはだいたい十五時前であり、現在は十九時半を過ぎたところだ。

 もしそうなら四時間以上も続けて作業を行っていたことになるが、山梨はこともなげに笑顔で頷く。


「そうっすね。もうちょっとであのアプリを作った奴が誰かわかりそうなんで、つい夢中になってました」

「へえ、そんなことまでわかるもんなんだな」


 彼からしたら素直に感心していたつもりだったが、専門家から返って来たのは呆れた眼差しだった。


「いやいやいや、当然じゃないっすか。こういうのはどれだけ巧妙に隠蔽しようと、必ずどっかに足跡が残っちゃうもんなんすよ。で、今はその足跡を見つける為にどんどん古い地点へと遡ってるわけです」

「悪かったな時代遅れのおっさんで。

 で? 成果の方はどうなんだよ?」

「ああ、いくつかわかったことはあります」


 山梨は得意げに答え、「まず一つ」と言う代わりに右の人差し指を立てて見せる。


「あの『Butterfly』って奴、どうやら睡眠導入用のヘルスケアアプリってことになってるらしく、不眠症で悩んでた人の間では結構有名な物だったみたいっす」

「ん? つうことは、自殺の原因どころか身体に悪いもんじゃあねえのか?」

「さあ、まだどうにも断言はできないっすよ。二人とも眠れなくなるほどの悩み事があったってのは確かみたいっすけど、その程度の物が必ず自殺に結び付くとは限らないし」

「まあ、そうな……。

 つうかよ、そもそも睡眠導入なんてお手軽にアプリでできるもんなの?」

「あ、はい。一応、実際に快眠作用のある物も中にはあるらしいっす。

 ただまあ、結局は思い込みによるところがデカイんじゃないっすかね。病も気からってよく言いますし、漢方とか風邪薬とか結局そういう機能を高めるもんなんでしょ?」

「なるほど、気の持ちようっつうわけか」


 納得したように言いながら、彼はレジ袋の中を漁り缶コーヒーを取り出して相手に差し出した。


「忘れてた、差し入れだ」

「おっ、あざっす! ……って、ブラックかぁ。俺いつも微糖しか飲まないんすけど」

「なんだよ、人がせっかく奢ってやってんのに。文句あんなら返せ」


 言いながら、自分の分のブラックコーヒーの缶を取り出す橘。

 山梨は不満げな顔をしながらも、渋々プルタブを開ける。


「はいはい、ちゃんと飲みますよ。つうか、たった百円ちょっとで『奢ってやってる』って……」

「なんか言ったか?」

「別にぃ。コーヒー貰えて嬉しいなぁっ、と思って」


 一度だけ口を付けた後、彼はすぐに缶をデスクよ上に置いてしまった。


「で、話の続きっすけど、ネット上で『Butterfly』のことを話題にしてる奴らは大抵はそういう、不眠症患者みたいな感じでした。

 ところが、ここ最近はちょっと様子が違ったらしいんすよ」

「あん? どういう意味だ?」

「はい、つまりっすね……」


 山梨は黒縁眼鏡の蔓を指で押してかけ直してから改めて言葉を続ける。


「ある一時期を境に、『Butterfly』に関するサイトには、どうも単なる不眠症患者っていう感じじゃない奴らの書き込みやら宣伝やら、そんなのが増えて来てたんすよ。それも、尋常じゃないくらい」

「なんだそりゃあ? つうか、そういう感じじゃない奴らって……」

「うーん、うまく言い表せないんすけど、なんつうか明らかキマッちゃってる(・・・・・・・・)ような連中っすかね」


 歯切れ悪く言った彼は「ちょっと待っててください」と断ってから、ディスプレイに向き直りキーを叩き始めた。

 それからほどなくして、指の動きを止めた山梨は体をどかして片方の画面の中身が橘にも見えるようにする。


「これ、見てください」

「ん、ああ」


 缶コーヒーを握ったまま彼が画面の中を覗き込むと、そこには真っ黒な背景に毒々しい赤い文字が書き込まれた「いかにも」なホームページが開かれていた。


「なんだこれ。闇サイトって奴か?」


「熾天使の致命者の会」という仰々しいタイトルを見つめながら、橘が尋ねる。


「そんなところなんすかね。正直よくわかんないっす。

 ……ただ、このサイトの中にはちょいちょい『Butterfly』についての記述がありまして。しかも連中、あのアプリが『正しい世界の入り口』だとか『悪しき魂は必ず滅びる』とか意味不明なことばっか言ってるんすよ。ただのヘルスケアアプリにしてはずいぶんとスピリチュアルっすよね?」

「ああ、お前が、『キマッちゃってる』って言った意味がわかったよ。

 んで? こいつら何モンだ? 新手の宗教かなんかか?」


 胡散臭そうだと言いたげに顔をしかめる彼に、山梨は苦笑しながら首を捻った。


「もしかしたらそうかも知れないっすね。言ってることだけ見たら、まるで神のお告げかなんかだし」

「睡眠導入のアプリで天啓たァ、神様も時代の波に流されてんのかねぇ」


 呆れた声で呟いた橘は缶コーヒーを口許に運び、苦々しい味の液体で喉を潤す。


「あ、なんかそれ、すげえ苦労してるみたいで面白いっすね。

 ──ま、とにかく、本当にこいつらのことは今すぐどうこう言えるもんじゃないんで、一旦置いておくとして……」


 言いながら画面上のサイトを閉じた彼は、椅子を回転させて上司を振り返った。


「まずは、このアプリの製造者が誰なのかってのを探ってるってわけっす。

 で、まあ、予想どおりっちゃ予想どおりなんすけど、どうやらこいつ個人製作のアプリらしくて、ちゃんと国に認知されてる物じゃないみたいっすね」

「へえ。

 そういやぁ、そういうお上の知らねえアプリ──そういうのを“ノラ”っつうんだよな──ってのが最近増えて来てんだっけ?」


 何気ない相槌のつもりので橘が言うと、またもや生きた化石(シーラカンス)でも目にしたかのような反応をされてしまう。


「最近どころかだいーっぶ大昔からありますよ! 今の発言時代遅れを通り越して、常識的にヤバイっす」

「え、そうなの?」


 山梨はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

 これを受けた彼は少し間を置いてから、何事もなかったかのように、


「……とにかく今は、その『Butterfly』ってのが本当に自殺の理由と関係あんのかどうかが重要なわけだからな」

「あっ、誤魔化したっ」

「ともあれ、結局そいつがどういうアプリなのかわからねえことにはなんとも言えねえし、どうしたもんか」

「ああ、それなんすけどね。実は……」


 言いかけた彼の顔の横、何もなかった空間が揺らぎ、そこには例のアゲハ蝶を象ったマークのあるアイコンが表示される。

 それは紛れもなく彼らが話題にしていたアプリケーションの物であり、橘は暫時言葉を失った。


「もうインストールしちゃいましたー。やっぱ実際に使ってみるのが一番早いかなーって」

「い、いや、早いかなってお前……だいたい大丈夫なのか、それ。お前まで変なこと言い出すようになるんじゃないだろうな」

「さあ? まーでも大丈夫じゃないっすか? 俺神様とか信じてないですし」


 あっけらかんとした口調で言ってのけてから、山梨はアプリケーションを停止させる。

 アイコンが消えてから、彼は「あ、でも」とさらに言葉を続けた。


「明日菜には内緒にしといてください。心配させちゃうかも知れないんで。ああ見えて、ツンデレっすからね」


 にかりと歯を見せて笑ってからデスクの上に置いてあった缶コーヒーに手を伸ばす山梨を見て、橘は呆れたように呟く。


「お前、いろんな意味でポジティブなのな」


 *


 私立秋津学園敷地内:第一女子寮──。


 彼女が自室の机に座っていると、コンコンと小気味好い音でドアがノックされた。

 開かれた古びた表紙の分厚い本に視線を落としながら、部屋の主はそれに応じる。


「はい」

「私だ。入るぞ?」

「ええ、どうぞ〜」


 ドアを押し開き室内に入って着たのは、学園指定の緑色のジャージを着た女生徒であった。

 彼女は他でもない生徒会副会長の梔子茉莉であり、風呂上がりなのか肩につかない長さの髪をわずかに湿らせ首にタオルをかけている。

 書斎兼寝室のような室内を茉莉が進んで行くと、奥に置かれた女子高生が持つような物とは思えないほど立派な机に座った部屋の(あるじ)は、本を閉じて顔を上げた。

 彼女──皇樹桜は、授業中や本を読む時はいつもそうなのか縁の細い眼鏡をかけている。

 桜は机の上のデジタル時計を一瞥してから、来訪者に視線を向けて尋ねた。


「どうしたの? こんな時間に」


 時刻は二十一時を過ぎている。

 その為か彼女もすでに自分の名前と同じ色のパジャマに着替えており、彼岸花の髪飾りはつけていなかった。

 この問いに、茉莉は濡れた毛先をいじりながらむつかしい表情をして答える。


「いや、昼間コラプサー対策局の男に言われた件なんだが、やはり少々気になってな」

「ああ、例の『アバドン』の唯一の生存者って奴ね」

「うむ」


 頷いてから彼女はどこか気落ちしたようにうつむいて、視線を足元に落としてしまった。


「実は、私はその生徒が誰なのか、心当たりがあるんた」

「……わかっているわ。彼のことでしょう?」


 お見通しだとばかりに笑いながら言うと、桜は眼鏡を外し本の横に置く。

 言い当てられたこと自体はあまり意外だとは思っていないらしく、茉莉は顔つきを変えぬままこくりと頷いた。


「ああ。たぶん、あいつがその生存者の少年なんだと思う。

 ……なあ、桜。お前は、初めから全て知っていた(・・・・・)のか?」


 後輩からの問いかけに、秋津学園生徒会会長はこれまでと別種の笑みを口許に浮かべる。

 それから、彼女は机の上に肘をついて組んだ両手に顎を乗せ、あっさりと相手の質問に肯定で答えた。


「ええ、まあ、そうね。彼が学園(うち)に入学したこと、そして十年ぶりにコラプサーに巻き込まれ無事に生還したこと……どちらも私にはわかっていた(・・・・・・)わ」

「……それは、“あの男”に教えられたからか?」


 知らず知らずのうちに拳を握り締めている彼女の様子を見て、桜は瞬時目を伏せる。

 だが、それでもわずかに表情が曇った程度であり、愉しそうに笑っていること自体には変わりないのだが。


「そんなところ、かしらね。

 いずれにせよ、私も彼には興味がある」

「つまり、お前は春川を──」

「茉莉」


 名前を呼んで、彼女は相手の言葉を制した。

 仕方なく茉莉が口を噤むと、桜は満足そうな表情を浮かべた。


「とにかく、一度会っておきたいわ。ゲーム(・・・)はすでに始まっているのだし」

「それでは、やはりあの黒い天使がそう、なのか?」

「さあ、私もそこまでは知らされていないもの。

 ……けれど」


 彼女の瞳は遠い日の幻を映し出すかのように、ここではないどこか遠くに向けられる。


「もうすぐ、あの人(・・・)がこっちに来る。そうすれば、いずれ何もかもはっきりするわ」

「……そうか」


 呟いてから、茉莉は唇を噛み締めた。流れた前髪が彼女の目元に影を落とす。

 よりいっそう強く力が込められた為かその拳は小さく震えており、まるで話に出た「ある人」の存在を厭うているようにも見えるのだった。


 *


 深夜。

 蜻蛉署内に築き上げた拠点にて作業を続けていた山梨は、ふとディスプレイに表示されている時刻を見て手を止める。

 もうすでに午前三時を過ぎており、どうりで眠たいわけだと彼は一人で納得した。

 室内は蛍光灯の灯りをすでに消してあり、PCの画面だけが光源という非常に目に悪そうな状態となっている。

 二つの画面内のページをそれぞれ閉じてホームへ戻ると、彼は椅子を軋ませて深くもたれかかった。

 続いて〈音楽プレイヤー〉を停止させたことにより、オレンジ色の〈ヘッドホン〉が姿を消す。

 一度仮眠を取ることに決めた山梨は大きな欠伸をしてから、今度はそれらとは違うアプリケーションを起動させた。

 正方形の背景に蝶を象ったマークの描かれれているアイコンが、彼の顔の前の空間に浮かび上がる。

 薄っすらと輝きを放つその姿を見た山梨は、黒縁眼鏡を外してデスクの上に置いた。


「……そんじゃ、いっちょいい夢見せてくれよ」


 アプリケーションその物に語りかけるように呟き、彼はすぐさま瞼を閉じるのだった。






 ──引いては返す波のような微睡みが終わり、いつの間にか山梨の意識は眠りの中へと落ちていた。

 どこまでが現実の続きでどこからが夢の始まりなのかは判然としないものの、すでに何かが変わっているのを彼ははっきりと感じ取る。

 そして、瞼の向こう側が妙に明るいことに気が付き、山梨は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

 すると、それまで第三資料室にいたはずの彼の目の前に広がっていたのは、青澄んだ空と一面に広がるの花畑(・・)だった。

 先の見えないほど広大な空間を埋め尽くすように、大輪のコスモスが咲き乱れている。それらはコラプサー内で咲くような銀色の物とは違い、白やピンクの色の花びらを付けて、穏やかにそよぐ風に頭を揺らしていた。

 天から注ぐ麗らかな日差しも頬を撫でる柔らかな風も、そして膝の辺りをくすぐる花の感触も、何もかも全て、まるで現実の物のよう彼には感じられる。

 いや、だからこそこれは「夢」なのだと、山梨は確信する。

 しかし、ならば何故、自分はこれほどまでにはっきりとここを夢だと(・・・・・・)認識できているのか。夢の中にしてはどうにも意識が明瞭すぎる。

 すでに何かしらの違和感を覚えていた彼は、立ち止まったまま景色を見渡した。

 どこまでも続くコスモス畑と青空。我ながらどんな夢を見ているのだと思わず苦笑しかけた時、その声は彼の背後から聞こえて来た。


「ヒロちゃん……」


 聞き覚えのある女の声に懐かしい呼び名で呼ばれた山梨は、驚愕と共に後ろを振り返る。

 するとそこにに立っていたのは、紛れもなく彼の幼馴染である火野木明日菜であった。

 彼女は普段と同じ髪型をしてとり前髪は地味なヘアピンで纏めているものの、服装は大きく異なっており、眩しいほど白いワンピースを着ている。

 また、その顔つきにしても普段の仏頂面とは違い、穏やかな微笑みを湛えていた。

 何故、彼女が自分の夢の中にいるのだろうか?

 山梨は当然疑問に思いつつ、完全に幼馴染と向かい合う。


「明日菜……どうして」

「ヒロちゃん」


 夢の中の住人はその問には答えず、代わりにもう一度名前を呼ぶと共に右手を差し出して来た。

 まるで相手をダンスに誘うかのように返された彼女の手のひらを見つめた彼は、瞬時どうしたものかと迷った。

 ──これは、俺の夢。つまり、俺の願望か何かなのか?

 そんな風に考えながら、山梨は自らも手を伸ばしていることに気付く。

 ──だったら、なんだって言うんだよ。夢の中で明日菜と会って、俺はいったい何を……。

 二人の右手の指先が触れ合う。

 と、次の瞬間、不意に火野木が彼の手を握り締め、自分の方へと引き寄せるのだった。

 これに対し咄嗟に対応できなかった山梨の体は、引っ張られるがままに彼女の方へと倒れ込んでしまう。


「おわっ⁉︎」


 必然的に、コスモスの花を薙ぎ倒して寝転がった火野木の上に彼が覆い被さるような形となった。

 一応左手と膝をついて体を支えてはいるものの、彼女の顔や体がすぐ間近にあることを感じ、山梨は動揺を禁じ得ない。

 自然と体が熱くなってしまっているのがよくわかる。

 風に乗って香るこの甘い匂いは、花の蜜の香りかそれとも幼馴染の物なのか。山梨にはよくわからなかった。

 いつもとは違い妖しい表情で微笑みかけて来る火野木を見て、彼は思わず生唾を呑み込む。

 ──これは、やっぱり夢の中だ。そして、今この花畑には俺たち二人(・・・・・)しかいない(・・・・・)。……俺は、こんなことを望んでこの夢を見ているのか?

 一抹の罪悪感が、胸の奥で頭をもたげた。

 しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、繋がれたままの手は互いに強く指を絡め合う。

 柔らかな手の感触や熱を帯びた彼女の吐息は、どうしようもないほどにリアルだった。

 ──ああ、俺って最低だな。

 何かを諦めたように心の中で呟いた山梨は、眠る時と同じように瞼を閉じ、体を沈めながら相手の顔へ自らの顔を近づけて行く──。


 その、刹那。


 不意に何者かの視線を感じた彼は、唇を重ね合わせる寸前のところで顔を上げ、その発信源である花畑の先に目を向ける。

 すると、どこまでも続いているようにさえ思えるほど広大なコスモス畑と青空が、地平線の辺りで発生した黒い渦(・・・)に突如として呑み込まれており、彼の夢の景色は口を開けた暗闇の中へ流れ込むように歪んでいるのだった。

 そして、その渦の中にもさらに別の空間が広がっていることが辛うじて山梨にも見える。

 顔を上げた状態のまま、山梨は必死に目を凝らし、暗闇の中にある物が何なのかを見極めようとした。

 渦の向こうはどこか人工的に作られた場所のようでありながら、そちら側にもまた花が咲いていることがわかる。

 それも、薄っすらと光輝く銀色のコスモスが、だ。

 床や壁のようなところから咲く花は彼に、「コラプサー」という仕事柄慣れ親しんだワードを連想させた。

 いったいあれは何なのか。

 そして、あの視線の主はどこに──。

 山梨はさらに注意深く暗闇の向こうを観察する。

 と、渦の中に広がる空間の先に、辛うじて何者かの存在を確認することができた。

 漠然としたシルエットしかわからないが、確かに誰かが椅子にでも腰掛けるような形で、こちらの様子を眺めているらしい。

 ──あいつは、いったい……。つうか、この夢は、誰によって(・・・・・)見せられている(・・・・・・・)んだ?

 混乱気味に暗闇の中を見つめる彼は、それでも不気味なほどリアルに、柔らかな彼女の指の感触を感じていた。

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