第十一話「会談」
来客用の入り口から校舎内へ上がった橘らはスリッパに履き替え、出迎えてくれた教頭の案内で応接室へと向かっていた。
静まり返った廊下に、大人たち四人の足音だけが響き渡る。
自然と無言で進む一同に、ただでさえ気の弱そうな教頭は余計緊張してしまっているらしく青い顔をして歩みを進めていた。
だいぶ髪が後退した額に汗を浮かべた彼が、そろそろ重たい空気に耐え切れなくなって来た頃、応接室の扉が廊下の片隅に見え、案内人は密かに胸を撫で下ろす。
重厚なドアの前で立ち止まった教頭は、ノックの後で中へ声をかけた。
「私です。蜻蛉署の方とコラプサー対策局の方々をお連れしました」
「おお、入ってくれ」
すぐに返って来きたのは壮年の男の声であり、それを聞いた彼は「失礼します」と言ってノブに手をかける。
開かれたドアの先で彼らを待ち受けていたのは、三人の人物だった。
室内には長方形のテーブルを挟んで対面式のソファと左右の辺にそれぞれ一脚ずつ椅子が置かれていたのだが、入り口から見て奥のソファと右手の席から立ち上がったは、生徒会役員と思しき女生徒たちと、予想どおり壮年の教師である。
「ようこそ、おいでくださいました。ささ、こちらへお掛けください」
白髪頭のよく太った男は、恭しい手振りで入り口に近い方のソファを指した。
一番最後に入室した橘はぐるりと座を見渡してから、案内された場所へ腰下す。その右横には火野木が座り、松原は左手の椅子に向かった。
客人たちが各々席に着いたのを見てから、学園の人間たちは、ドアの側に控える教頭を除いて全員椅子に座り直す。
「本日はお忙しい中わざわざお越しいただき、大変恐縮でございます。私、この学園の校長を務めさせていただいております、下柳という者です」
下柳は座ったまま背中だけを離して、灰色の頭のてっぺんを見せるように頭を下げた。
三人がそれぞれ会釈を返すと、顔を上げた彼は今度は女生徒たちへと視線を向け、
「ええ〜、それからこちらの二人が我が校の生徒会の役員たちでございます」
ある意味わかりきったことを、改めて説明する。
下柳の言葉を受けた二人の役員のうち、髪の長い方の女生徒が橘らに微笑みかけた。
「ご紹介に預かりました、生徒会会長を務めております、三年の皇樹桜と申します。以後お見知りおきを」
大人たちにも全く物怖じしないどころか、自信に満ち溢れた態度で桜は自己紹介をする。
その様子を見た橘は、密かに感心していた。
艶のあるどこまでもまっすぐな髪を背中の辺りまで流しており、色白の肌や端正な顔立ちはいわゆる「大和撫子」という言葉が相応しいように思える。
また、横髪の左側だけを耳にかけており、それを纏めている彼岸花を象って作られた朱色の髪飾りが目を惹いた。
完璧なルックスと堂々とした立ち振る舞い。これだけでもすでに高いカリスマ性を持ち合わせていることがよく伝わって来る。
彼はまっさきにそのことに感心した。
それから、気になったことが一つ。
「皇樹」という苗字に、どこか聞き覚えがあるような気がしたのだ。
すぐには思い出せそうにないが、いったいいつどこで聞いた物だったかと、橘は声に出さずに唸る。
その間にも、桜は自分の隣りに腰かけている女生徒の紹介へ移っていた。
「それと彼女が、副会長の」
という言葉を継いで、本人が名を名乗り頭を垂れる。
「二年、梔子茉莉です。よろしくお願いします」
こちらもまた明瞭な口調で茉莉は言った。
彼女のことは、橘らはすでに知っている。
茉莉は蜻蛉の街のフリーファイターであり、ここ数日の間に連続して発生した二つのコラプサーでは、両方とも救助活動に参加していたからだ。
のみならず、今日の会談についてご丁寧に挨拶までして来たのだから、三人ともかなり印象に残っているのだった。
こちらも相当な美人顏であったが、それでいて切れ長の瞳は気の強さを表しているようであり、さすがにその歳でフラワノイドと闘っているだけのことはある。
とにかくどちらも大人顔負けの落ち着きっぷりで──特に、この場にいる校長と教頭の二人と比較するとその差がよくわかる──、橘と火野木は噂に聞いていた生徒会の権力の片鱗を、目の当たりにしたような気になった。
と、彼女らの自己紹介が終わったのを見計らったように、校長が再び口を開く。
「ええ〜、それではここから先は生徒会の二人にお任せするとして、私どもは退出させていただきます」
このセリフには橘も驚きを禁じ得なかった。
いくら物怖じせず堂々としているからと言って、本当に生徒たちだけで国家組織との会談をさせるとは。常識的に考えてありえないはずでたる。
しかし、ここにおいてそれは通用しないとでも言うのか、中座した校長はドアすく傍にいた教頭を引き連れて、そそくさと応接室を出て行ってしまう。
後に残された橘と火野木は、この時ようやく気付いた。
今日のこの会談の場は、本当に学園の生徒会の為だけに設けられた物なのだと。
さすがに予想できなかった展開に、彼ら──松原はこうなることがわかっていたのか、苦笑しながら後頭部をさすっていた──が面食らっている中、それを見透かしたらしい口調で桜が声を発した。
「ふふ、どうかお気になさらずに。ここまでが、今日の彼らの仕事ですから」
こともなげに言う彼女に、どう返すべきか橘はわからなかったので黙っておくことにする。
──つうか、校長と教頭を平気で「彼ら」呼ばわりかよ。
彼がまた別の意味で感心していると、桜は場を仕切り直すように改めて口を開いた。
「でしたら、さっそく……そうですねぇ、まずは昨日とそのさらに二日前のコラプサーについて、現時点で判明していることを教えていただきましょうか。
松原さん、よろしくお願いします」
「はい」
直接指名を受けた松原は、道中自分でも言っていたとおり緊張気味に返事をする。
すると彼の手許に資料であるらしい〈冊子〉が人数分浮かび上がり、それを手に取ってテーブルの上に置いてから、役員たちの方へ二冊差し出した。
同様に橘と火野木にも〈冊子〉を配ると、松原は自分の分を手に取ってすぐにページを捲る。
「ではまず、第一の──便宜上そう呼ばせていただきます──コラプサーについてご報告させていただきます。
このコラプサーで、発生源となったのは市内にある広告会社に勤めていた会社員、梅宮克也二十九歳。独身でありあの住宅街のにあるマンションで一人暮らしをしていた梅宮は、三日前の五月九日、自室のベランダから飛び降りて自殺。それが第一のコラプサーを発生させる原因となりました」
資料の該当するページには、彼が読み上げた内容のさらに詳細な物と、梅宮の顔写真が載っていた。なんとも凡庸な影の薄い感じの男だという印象を、橘は受ける。
「続いて第二のコラプサーですが、こちらの発生源は商店街の中ほどにある民家に住んでいた草薙宏之、三十八歳。彼はこの家の家長であり、他に妻と母、そして七歳になる娘と四人で暮らしておりました。草薙は昨日自らの家に火を放った後首を吊って自殺したようで、直接の死因は窒息死だと判明しています。
また、どうやらその際に無理心中を図ろうとしたらしく、妻と母を手にかけておりました。幸い娘だけは軽傷で済み、現在は蜻蛉総合病院に入院中です」
松原はそこまでの調査報告を淀みなく述べると、「以上が、発生源の二人についての大まかな情報となります」と言って一息ついた。
資料に目を落とし無言で聞いていた桜は、顎に指を当てながら僅かに首を傾げる。
「あのぉ、彼らの自殺した動機についてどこにも記載されていないようですが、まだ何もわかっていないということでしょうか?」
「え、ええ。お恥ずかしい話ですが、そこに関しては未だ有力な情報を得られていないままでして」
警部はそう答えつつ、手に持った〈冊子〉から視線を上げて相手の顔色を窺うも、「そうですか……」と呟く彼女の胸の内を探るのはなかなか困難であった。
おとなしく諦めることにした彼は、報告内容を次の項目へ移す。
「続いて被害状況に関してですが、まず第一のコラプサーに巻き込まれた市民は、確認できている限り十五名。そのうち死亡者数は六名となっております。
また、第二のコラプサーでは被害者はさらに増え、巻き込まれた人々は実に二十七名。うち十名の方が、命を落としてしまいました。ここまで被害が大きくなってしまったのは、発生元となった家屋が火事に見舞われており、その様子を見ようと、付近に野次馬が集まっていたからでしょう」
松原の紡ぐ声を聞きながら、橘は全く別のことを考えていた。
すでに聞かされていた内容だったからということもあるのだが、それ以上にやはり皇樹という名前が引っかかっていたのである。
もうだいぶ昔に、どこかで聞いたことがある気がしてならない。それも、一度や二度ではなく一定期間のうちに幾度となく。
腹の底からこみ上げて来る物を無理矢理堰き止められているような不快な感覚に、彼はもどかしい気分を暫し味わうこととなる。
「どちらも被害者数は決して少ないとは言い難い物であり、現場の指揮を執らせていただく者としては大変遺憾に思う所存であります。
また、先ほどの自殺の理由に関してもですが、まだ現在捜査中の箇所も多い為、これからも誠心誠意情報収集を進めて行きたいと考えております」
頭の中が霞みがかったようにもやもやとしている橘を余所に、会談は進んで行く。
松原が再び言葉を区切ると、またしても資料を見つめながら桜が口を開いた。
「そう、ですか。……つまり、基本的にはここに書いてあること以上の情報は判明していない、というわけですね?」
「ええ、そう捉えていただいて構いません」
「ふむ、なるほど。予想どおりと言えば予想どおりですが、少々残念ではありますね」
言いながら彼女は顔を上げ、まっすぐ彼の顔を見据えながら微笑む。
それはとて華やかな笑みであり、この少女が異性を魅了するにはただこうするだけ充分なのだろうと思えるほどだ。
が、しかし、松原の反応はむしろ真逆の物であり、彼は蛇に睨まれた蛙のごとく顔を強張らせた。
「我々生徒会と致しましては、学園に通う生徒たちの安全の確保を最優先に考えています。しかしながら、ここ数日の間に続発したコラプサーには、どちらも我が校の生徒が巻き込まれており、中には怪我を負ってしまった者もいる。これは、実に由々しき事態だと思いませんか?」
「そ、そうですね、仰るとおりで……」
「ご理解いただけているのであれば、何よりです。
でしたら、これからあなた方が本校の生徒を護る為に、いったい何をしてくださるのか、そして何ができるのか、今この場で具体的に仰っていただけますでしょうか?」
「そ、それは、ですね……」
桜はあくまでも可憐に微笑みかけたままである。
それなのに、現職の刑事が気圧されるほどの異様な雰囲気を、彼女は醸し出していた。
あきらかに異常な空気が応接室内を支配する中、さすがの火野木も驚きと共に戦慄すら覚える。まるで得体の知れない生き物を思いも寄らぬ場所で発見したかのような、恐怖すら感じられる不気味な気分だった。
「と、とにかく、我々と致しましては発生源の自殺の動機を調べると共に、今回の経験を生かしたマニュアルを作成し、今後またコラプサーが発生した際にはさらに迅速かつ的確な対応を取れるよう、努力して行くつもりですので」
「ふふ、優等生のような返答ですね。さっそくマニュアルとやらの成果が出ているのではないですか?」
「は、はあ」
覆ることのない余裕の表れなのか、容赦なく言い放つ桜に対し、困ったように眉毛を曲げることしかできない様子の松原。
そろそろ助け舟を出した方がいいのではと思った火野木は、隣に座る上司に視線を送る。
すると、深々とソファにもたれかかる橘は、どうやら初めの方以来資料のページを捲っていないらしく、手に持ってはいるものの目線の先は何もないテーブルの上に向けられていることがわかった。その様子を見た彼女は当然怪訝に思う。
今までの流れの中で何か気になることでもあったのか。いや、もしかしたら彼もこの異様な雰囲気にあてられてしまったのではないか?
彼女がそんな風に思い不安になりかけた、その時──、
「ああっ⁉︎」
と、不意に橘が大声を上げた。
そのまま立ち上がりそうな勢いの彼に、火野木も含め室内にいた全員が、ぎょっとなって視線を向ける。
一同の注目を浴びながら、当の本人は全く気にも留めない様子で目の前の女生徒に話しかけた。
「おたく、もしかしてあの元総理大臣、皇樹泰造の縁者の方だったりします?」
身を乗り出して問う橘に対して一瞬探るような眼差しを向けたものの、余裕の笑みを崩すようなことはなく、桜は鷹揚に頷く。
「はい。皇樹泰造は私の祖父です」
「あ、いや、どうりで。聞いたことある名前だと思いましたよ。
しかし、まさかこんなところで政界の英雄のご家族の方とお会いできるなんて。私、これでもあなたのお祖父様のファンなものですから」
本気とも冗談ともわからない口調で上司が言うのを聞きながら、火野木はその皇樹泰造という人物について思い出していた。
確か、今から十数年前の内閣首相であり、かなり豪気な物言いとどんな相手にも常に強気な態度を貫く姿勢が反響を呼び、国民からの人気や支持率もかなり高かったはずである。
ただその反面激情家しても知られており、当時まだ十代だった彼女にしても国会で度々殴り合いの喧嘩にまで発展しかけていたのは印象的だった。
また、それまでの総理大臣たちとは一線を画す豪放磊落なスタイルと、時たま反感を買うこともある勝気な発言は国外からも広く注目され、海外メディアの中には「蘇ったサムライ」だとか「生きる武士道」といったあだ名を付けられていたはずである。
もう十年以上も前に政界を退いた人物だが、その影響力は未だ根強く残っており、日本中に彼のことを支持する者は数多く存在するという噂だ。
そんな、国の歴史に名を刻むほどの大人物の孫娘が、私立秋津学園の生徒会会長。
なるほど、彼女の余裕の笑みやその人を食ったような態度は、もしかしたら祖父から受け継いだ物なのかも知れないと、火野木は一人納得した。
「それはどうも。そんな風に仰っていただけるだなんて、祖父も草葉の陰で喜んでいることでしょう」
皇樹元総理大臣がこの世を去ったのは、もう六年も前だったか。その際も世界的なニュースになり様々なところで大きく報じられていたはずだ。
「そいつはますます光栄です。
それにしても、なるほどやはり血筋という奴なんでしょうな。お若いのにしっかりとされてらっしゃる。将来は日本初の女性総理大臣になられたりして」
「ふふ、今はあまりそういったことは考えておりませんわ。
ただ、自分の持っている力は余すことなく発揮するようにと常に心がけているだけですの」
「ほほう、そして今まさにそれを発揮する場所が学園の生徒会というわけですな」
「ええ、そうなりますわね」
どちらも穏やかな表情をしてはいるものの単なる和やかな談笑とはいかないらしく、彼らが丁寧な言葉の裏側で青白い火花を散らしているのは明白だった。
腹の探り合い、という奴をこの二人はしているのだろう。
松原と火野木は、気が気じゃないといった様子でこの静かな戦いを見守る。
一方、先ほどから黙したまま腕を組んで座っていた茉莉は、それでいて抜け目なく来客たちの動向を監視するように、視界の中に捉えているのだった。
*
秋津学園生徒会との会談を終えた一行は、再び松原の運転により、今度は蜻蛉署へ戻っていた。
会談、と言えるのかどうかわからないほど始終緊張状態のまま続いた話し合いは、時間にしてしまえばたった三十分ほどである。
しかし、実際の長さ以上に神経が疲労しているのを、火野木は感じていた。
行きとは違い誰もが口を閉じたまま、もう三分の二以上道を引き返して来た時、彼女は隣のシートにもたれている上司の方を盗み見る。
橘は頬杖をついたまま窓の外を流れる景色をぼんやりと見つめており、何を考えているのかいまいち読み取れない。
そう思いながら、火野木は先ほどのある出来事について、思い切って尋ねてみることにして口を開いた。
「……橘さん」
「あん?」
顔は向けられずに、声だけが返って来る。
その反応はいつもと大差ないのだが、やはりまだ何か考えごとをしているようにも思え、彼女は少々躊躇いつつも言葉を続けた。
「先ほど、あのことについて彼女に尋ねたのはどうしてなのでしょうか? 何か意図があったのですか?」
「……まーな」
部下の言葉を頭の後ろに受けた橘は、そっけない返事をしながら思い出す。
会談の最後に彼と皇樹桜が交わした、短いやり取りのことを。
──ひとしきり現在の状況やら今後の蜻蛉署の動きやらを報告し終えると、自然と話し合いも終了ムードが漂い始めた。
そして実際、生徒会会長は場を締めくくるつもりらしく、手渡された資料の〈冊子〉を保存すると、
「こちらと致しましてはこれで充分ですので、もし他に何もなければ今日はもう終了ということでも……?」
空になった手を打ち合わせてから、桜は首を傾げる。
ようやくこの重たい空気から解放されるかと思うと、火野木も松原も内心ではほっと胸を撫で下ろしていた。
──のだが、彼だけは違うらしい。
「はーい、最後に一つだけいいですかねぇ」
ひらひらと右手を挙げた橘は、気の抜けた声で言って流れを塞き止める。
これに対しても桜は至って柔和な表情のまま、「なんでしょうか?」と尋ねた。
「いやぁ、ちょっと参考までにお聞きしたいんですがねぇ」
彼はまるで照れ隠しでもするかのように、ボサボサの髪を挙げていた手で搔きむしってから、片頬を釣り上げる。
「皇樹さん、あなた『アバドン』ってのはもちろんご存知ですよね? 十年前発生して以来、東京を覆い続ける超大規模のコラプサーで、今のところ生存者はたったの一人だけ。世界の歴史に残るであろう未曾有の大災害です」
橘の持ち出した話題は、他の客人たちにとっても意外な物だった。
このタイミングで「アバドン」について触れるということは、もしや……。
それから、彼らの予感はすぐに的中することとなる。
「それでですねぇ、その唯一の生存者である当時五歳の少年ってのが、なんとこの学園の生徒さんらしいんですよ。
……しかも、彼はここ数日の間に発生した二つのコラプサーにも巻き込まれていて、どちらもほぼ無傷で生還している。偶然にしては、ちょっとできすぎてると思いません?」
火野木らの予想どおり、最後の最後で彼が尋ねたのは例の少年についてだった。
ここまでノータッチで進んでいたのだから今日は話さずに終わるものかと思っていたが……。
いったい橘にどんな思惑があるのか計りかねるが、この問いに対する答えには確かに二人とも興味がある。
果たしてどんな返答がなされるのか、みな一様に注目して待つ中、桜は左手を頬に当てて考え込む素振りをしてから、
「それは確かに、単なる偶然とは思えませんねぇ。
しかし、かと言って何かあると断定することもできませんし。難しい質問です」
と、どこかとぼけているようにも取れなくもない様子で言った。
だが、その後すぐに彼女は「ですが、もしかしたら」とそれまでとは違った方向に言葉を繋ぐ。
「彼には何か特別な能力があって、それを使ってコラプサーから脱出していた……という答えはどうでしょうか?」
言ってから自分でもおかしいというようにクスリと笑う桜を見て、橘は明らかな異質を感じ取った。
根拠はないが、これ以上この話題を続けるべきではないと判断した彼は、また頭を掻きながら、
「それは盲点だった。彼が超能力者という線で調べを進めた方がいいかも知れませんね」
と冗談めかして答えこの話を終わらせたのだった。
──結局、会談はそのままお開きになり、〈名刺〉交換──彼女らは学生でありながら、どちらも立派な〈名刺〉を持っていた──だけをしてから、生徒会役員たちに見送られ今に至る。
取り敢えず、今日の収穫は学園の生徒会がこの街で絶大な権力を有している理由がなんとなく見えて来た、ということくらいか。
橘は彼らや例の少年について、今はあまり深く考えないでおくことに決めた。
「まあ、今は目の前のことをやるしかないか……」
「え? はあ、それはそうですね。珍しくいいこと言うじゃないですか」
独白したつもりの彼だったが、部下にしっかり拾われてしまうのだった。




