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アカシックシード  作者: 若庭葉
Season1「Butterfly」
12/47

第十話「誤解」

 蜻蛉総合病院二階:小児病棟内の談話室──。


 入院着やパジャマを着た子供たちがテレビモニターの前に集まりアニメに夢中になっている中で、その子だけは一人離れた場所にいた。

 彼女は一人テーブルの片隅に腰下ろし、ひたすら画用紙に絵を描いているのである。

 この部屋の中にはテレビの他にも反対側の壁には備え付けの本棚があり、漫画や絵本はもちろん、下の段にはブロックや着せ替え人形などのおもちゃ類が閉まってあった。

 が、しかし、どれもその子の興味を惹く物ではなかったらしい。

 と、ちょうど談話室に入って来たばかりの若い女性看護師がその様子を見つけ、声をかけてあげようとテーブルの方へ歩み寄って行く。

 その子供がここに入院している理由は単なる怪我や病気為だけではなく、もっと深い事情によるの物だということを、病院の職員の大半が把握していた。それは当然この看護師も同じであり、つい先日両親を亡くしたばかりの女児に対して、彼女は同情や憐れみの念を禁じ得ない。

 検診に使用する小型のタブレットを胸の前で持ちながら、努めて優しげな表情で看護師は話しかける。


「今日は何の絵を描いてるの?」


 すると、子供は柔らかそうな髪を揺らしながら顔を上げ、満面の笑みを浮かべるのだった。


「天使さん!」


 これもまた院内ではすでに有名な話であり、悲惨な形で家族をいっぺんに失ってしまったにもかかわらず、彼女は常に周囲に笑顔を振りまいているのである。幼いながら大人を心配させまいと気を遣っているのか、それとも辛い境遇を必死で乗り越えようとしているのか。いずれにせよ、その姿は見る者に感動や勇気を与えていた。

 現に、この若い看護師なぞはよほど感受性が強いのか、目頭が熱くなるのを感じここで涙を零すまいと必死に堪えている。


「そ、そうなんだー。上手に描けたかなぁ?」


 若干震える声を抑えてながら言って、彼女は画用紙の中を覗き込んだ。

 そして、看護師は思わずぎょっと目を見開く。

 そこに描かれていた「天使さん」とやらには、確かに翼が生えており光の輪っからしき物も浮かんでいた。

 しかしながら、その全身は神の遣いにはそぐわぬ黒色で塗られており、むしろ正反対の存在、いわゆる「悪魔」のように彼女の目には映ったのだった。


 *


 再世八年五月十二日、午後一時過ぎ。


「いやぁ、申し訳ないですねぇ。車まで出してもらっちゃって」


 四人乗りの乗用車の後部座席に揺られながら、橘は目の前の席に向かって言った。もっとも、シートを倒し頭の後ろで手を組んでいる様子からは、全く申し訳なさが伝わって来ないのだが。


「いえいえ、大した手間ではございませんので」


 と、松原は人のよさそうな笑みを浮かべて答える。

 今のご時世自らの手で車を「運転」するということなど滅多になく、実際彼のした操作といえば目的地を入力した程度であった。かつてはハンドルが付いていた場所は今や長方形のタッチパネルになっており、乗車時に行きたい場所さえ入力してしまえば後は座っているだけで移動が可能なのだ。

 車に搭載されたコンピューターが直接交通のネットワークシステムに繋がれでいる為、信号の変化はもちろん、車間距離や走行速度など、状況に合わせて最適な物が自動的に選択される。これは人間が自らの手で運転するよりも遥かに安全であり、今や自動車の起こす交通事故はほぼゼロに近い。

 なので、運転席という概念もあまりなく、現に松原は座席を回転させ二人と向き合って座っていた。必要な入力を終えたパネルが車体に収納され、その上側に背もたれが来るような形である。


「それに、正直お二方に付いて来てもらえて心強いですよ。お恥ずかしい話ですが、彼らの相手は毎回緊張しますから」


 と、警部が自虐的に言うのを聞いた橘は、ある種の感心を覚えた。現職の刑事を本当に緊張させられる高校生がいるのなら、ぜひ会ってみたいものだと。

 そしてすぐに、どうせこの後会うではないかと思い直す。

 そう、現在彼らが向かっている場所は私立秋津学園であり、これからこの学園の生徒会と会って少々話をすることになっているのだった。

 議題となるのはもちろん、三日前、そしてさらに昨日と立て続けに発生しているコラプサーについてであり、陣頭指揮を執っていた松原と専門家である橘たちにお呼びがかかったのである。


「そりゃ大変ですね。粗相のないよう気をつけねーと」


 もちろん冗談のつもりで言ったセリフだった。

 しかし、目の前の人物から返って来たのは予想外の言葉。


「そうですね、そうした方がいいでしょう。特に、あの方(・・・)の前では……」


 本当に緊張しているといった様子で、松原はそう答える。

「あの方」とは誰を指しているのか、当然橘は聞き返そうとしたが、それよりも隣の座席に腰下ろしていた火野木が口を開黒くのが先だった。


「ところで、先ほどの打ち合わせの内容を確認ささていただいてもよろしいでしょうか」


 〈メモ〉のタッチパネルを手許に浮かべた彼女は真面目くさった口調で言い、現場監督からの返答を待つ。


「ええ、どうぞ。重要なことですし、こちらとしても助かりますよ」

「ありがとうございます。

 では、さっそく」


 火野木の人差し指がパネルに触れたかと思うと、パネルの周囲に五つほど小振りのウインドウが表示された。これらは前回、そして前々回のコラプサーに関する報告文や写真、それから各種表(リスト)のようである。

 自身の言葉どおり、すぐさま彼女は打ち合わせをしていた事柄を淡々と述べ始めた。


「まず、昨日、そして三日に発生したコラプサーについて、基本的には現在わかっている情報のほとんどを学園側へ伝える、ということでしたね?」

「ええ」


 部下の無機的な声を聞きながら、橘は思う。

 ──やっぱ、さすがにおかしいだろ。

 いくら街の中で強い権力を持っているからといって、国の組織の人間を呼びつけて知ってることを全て教えろだなんて、直接の被害者遺族とかでない限りそうそう言えたことではない。

 しかし、現に自分たちはこうしてその要望に従おうとしているわけであり、彼にはそのことがまた不思議でならないのである。

 初め学園側からこの要望が来た時、橘はどうせ現段階では四割、よくて六割くらいの情報しか報告しない──というか普通できない──のだろうと思っていたのだが、松原の判断は予想とは異なる物たった。

 なんと、言われたとおり現在の調査状況について、何から何まで全て報告するつもりだと言ったのである。

 これには彼も驚き、また火野木に至ってはわかりやすく難色を示した。

 もっとも普通はこれが当然の反応であり、そもそも「コラプサー発生時における人命救助や消滅後の処理が円滑かつ適切に行われているか」を監査するのがコラプサー対策局の役割である為、そういった面においても見過ごせる物ではなかったのだろう。

 というわけで、急遽打ち合わせを行うこととなり、結果伝える情報は現在わかっていることの八割程度ということでまとまった。

 それでもまだ安心できないのか、改めて釘を刺しておくべきだと判断したらしく、火野木は「打ち合わせの確認」を行いたいと申し出たのだ。


「まず被害状況の報告と、発生源(・・・)について。資料を提出すると共に松原さんの口から説明していただきます。

 ──が、しかし、発生源となった自殺者たちについては最低限のこと以上は触れないよう、お願いします」

「はい。彼らの自殺の動機等、先ほどもお伝えしたように未だ判然としていないところもありますからね」


 二つのコラプサーの発生元についての調査報告は、先ほど蜻蛉署で受けていた。その際、松原の言葉にもあったように、彼らの自殺した動機に関してはまだわかっていないということも聞かされている。


「そうですね。そちらも気になるところですが……もう一つ」


 言いながら、彼女はウインドウの一つを短くタップした。

 すると他の物を押し退けるようにその〈写真〉だけが拡大される。

 そこに写っているのは秋津学園の制服を着た少年の姿であり、隠し撮りでもしたかのような不自然なアングルだった。


()についての話をするかどうかは、こちらが状況を見て判断致しますので」


 現場監督はこれに関しても当然のように了承する。

 部下の手許に浮かぶ写真の中の少年を見つめてから、橘は目線を窓の外へ流し何事か思案し始めた。


「もちろん、そうしてください。

 ……それにしても、あの『アバドン』の唯一の生き残りが学園さんの生徒だったとは。しかも、ここ最近起きた二つのコラプサーに巻き込まれ、どちらも無事生還している。いやはや、相当悪運が強いんでしょうな」


 松原が暢気な口調で言ったタイミングで信号の色が赤になり、三人を乗せた乗用車は緩やかに速度を落として停止する。

 上司がずっと外の景色に目を向けたまま黙り込んでいた為、これについても火野木が答えた。


「ええ。

 もっとも、これらが単なる偶然にすぎずこの少年が強運なだけ、とも思えませんが……。いずれにせよ、現時点では扱い方の難しい情報ですので」

「わかっておりますとも。判断は、プロであるお二人にお任せ致します」

「はい」


 彼女が短く答え、〈写真〉の大きさを元に戻したところでちょうど信号が変わり、乗用車が再出発する。

 そのまますぐ交差点を左折する車内で、スキンヘッドの警部は話題の方向性を別の物へと変えた。


「ところで、その『アバドン』についてなんですが……どうして、あれだけはずっと(・・・)なくならない(・・・・・・)のでしょうか? 確か、門を開けることすらできないんでしたよね?」


 そう言ってから、「気になっていたものでして」と言い訳のように付け足す。


「それでしたら、単純にろくな処置を取れぬまま長年放置されて来たからですよ。世界初のコラプサーでしたから、当時は門やフリーファイターの体制も整っておらず、手をこまねいているうちに門の開通も困難な状態になってしまったようです」

「ははあ、はるほど。そう説明していただくと、意外と簡単な理由なんですな。

 しかし、かつて日本の中心だった東京がこのまま永遠に暗闇の中というのは、なんといいますか非常に残念な話ですねぇ」


 かつて世界中を震撼させた超大規模コラプサー「アバドン」は、なんと発生から十年が経過した今でも、大都市東京をすっぽりと呑み込んだまま、その場に居座り続けていた。

 火野木も言っていたように当時は対処する為の技術など皆無であり、この未知の災害に国内はこの世の終わりのような大混乱に陥ってしまう。

 全く被害者を救助する手立てがない上に、国の中枢とも言える首都をやられてしまったことにより、行政の機能もほぼ停止状態。直接的にも間接的にも「アバドン」による被害は(おびただ)しく、日本は混沌の数ヶ月を過ごすこととなった。

 それでも、大きく傾きかけたこの国が今の形まで復旧することができたのは、国の官僚たちの活躍や他には世界第二現実機構(WSRO)の手厚いサポートがあったからだろう。

 彼らの手助けを受け日本は新たに首都を大阪に置き、今日(こんにち)までどうにか無事国の運営を行えているのだ。


「そうですね。

 ですから、(わたくし)共もいずれ『アバドン』を消し去る方法を発見することを一つの大きな目標として掲げ、日夜研究を続けているのです」

「それは頼もしい。是非期待させていただきますよ」

 

 どうやら松原は心からそう言っているらしく、ルームミラー越しに優しげな視線を二人に向けた。

 そんな彼らのやり取りを聞きながら、橘は黙ったまま頬杖をついている。窓の外を流れる景色は繁華街や蜻蛉のメインストリートに比べればやや落ち着いた物となっており、もうすぐ目的地へと到着するだろうと予想できる。

 するとすぐに、三人を乗せた乗用車は学園の敷地入り口である緩やかな坂道へと差し掛かった。

 乗用車は坂道の手前、錆びついた門の前で自動的に一時停止し、運転席側の窓が一人でに下がって行く。

 その様子を見て寄って来た守衛に、松原は名前と来意を告げた。

 坂道の上の敷地は周囲をちょっとした雑木林に囲まれている為、今いる場所からは中の様子はあまりよく見えない。

 ただ、校舎らしき建物が頭の先を覗かせており、目の前にある黒い門とは違ってかなり真新しい感じだった。もしかしたら、校舎の方は建て替えてからまだ間もないのかも知れない。

 二言三言言葉を交わしただけで守衛は持ち場に戻って行き、ほどなくして門が両側に開かれる。古めかしい見た目に反して、門の開閉は自動であった。

 確か今日は臨時休校とかで、一般生徒たちは登校していないはずだから、こうして門扉を締め切っていたのだろうと、橘はどうでもいいことを考える。

 再発車した乗用車は、やや左向きにカーブした緩やかな坂道を登り始めた。

 次第にその姿を露わにして行く荘厳な面持ちの白い校舎を、三人ともただ無言で見つめていた。


 *


 商店街でコラプサーに巻き込まれた翌日。

 臨時休校なのを利用して繁華街へ遊びに行くことになった為、俺は同じクラスの友人と共に今日もまた第三女子寮の前にいた。

 一応前回のコラプサーの翌日も休校となっていたのだが、その時は大事をとって入院させられていた為、特別何かするようなことはなかった。

 しかし、昨日は直接プラントに襲われていないことになっているお陰か、案外すんなりと解放され、こうして友人の誘いを受けることができたのである。

 出かけるメンバーはあと二人、この庭に梅の木の植わった寮に住む生徒たちであり、彼女らを待っている間、俺は彼と他愛もない会話をして過ごしていた。


「つうかさぁ、やっぱお前ら運悪すぎるよな。ある意味逆に憑い(・・)ちゃってるんじゃね? 厄病神的なのが」


 と、俺の友人──杏藤銀太(あんどうぎんた)は面白がってるとも本気で心配してるとも取れる口調で言った。

 彼とは椚原さん同様中学からの付き合いであり、クラスメイトの中で一番よくつるんでいる。俺とは違い健康的な短髪と浅黒い肌の色がいかにもスポーツマンといった見た目だが、実際は特に運動部というわけではなく所属しているのは美術部(幽霊部員)だった。

 的確すぎる指摘を受けた俺は、杏藤に苦笑いで答える。


「そうかも知れないな」


 実際、何か変な少女(やつ)には付きまとわれてるし。

 そもそも、今日出かける目的も、ここ数日の間に二回もコラプサーに巻き込まれるという空前絶後の不運に見舞われた俺と椚原さんの「厄祓い」のような物であった。これは彼ともう一人の友人が言い出したことであり、彼ら曰く「さすがに笑えないレベルでついてない」らしい俺たちの為に、企画してくれたのだとか。

 正直厄を祓ったところでどうにかなる類いのことではないのだが、友人たちの心遣いを無下にするわけにも行かず、こうしてありがたく参加させてもらっている。

 それに、もう一つ。俺には昨日から気がかりなことがあり、それについて確認することも密かな目的だった。


「いやそうかもって、二日に一回ペースは洒落んなってねえだろ」

「……だよな」


 友人は呆れたような表情になって言う。

 彼の反応は正しいと思いつつ、やはり俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 すると、ちょうどその時、塀の向こうから待ち人二人が駆け寄って来た。


「ごっめーん、お待たせ〜」


 と、立ち止まって顔の前で手を合わせるのは、もう一人の共通の友人、日向夏輪(ひゅうがかりん)である。

 セミロングヘアーを流した彼女は、誤りながらも、特徴的な八重歯を見せて笑った。

 日向とは高校に上がってからの知り合いだ。椚原さんと同じ寮ということもあり、まず先にそっちで仲良くなった彼女を通して、俺たちとも交流を持つようになったのである。

「ホント遅せーよ。何してたんだよ」と杏藤がさっそく噛み付くと、「だからごめんって。謝ってんだから許してくれてもいいじゃん。これだから杏藤は」と、反省するどころかむしろ迎撃するするようなセリフが返って来た。もちろん友人はさらに言い換えし、売り言葉に買い言葉的な応酬に発展する。しかし、これはいつものことであり、なんというか彼らにとっては挨拶のような物なので、俺はあまり気に留めなかった。

 二人の夫婦漫才を聞き流しながら、俺は日向の後ろに隠れるように立っている女生徒に、視線を向ける。

 当然、そこにいるのは椚原さんだった。

 彼女は珍しく浮かない表情をしており、体の前で組んだ両手の指を落ち着きなく動かしている。

 なんとなく、すでに結果は目に見えているような気もしたが、それでも俺はあることを確認すべく、椚原さんに声をかけた。


「や、やあ、椚原さん……いい天気だね」


 何故天気のことに触れたのか。我ながら、自己嫌悪に陥ってしまいそうなほど不自然極まりない挨拶である。

 果たして、彼女の反応はというと、


「……見ればわかるし」


 と、目を逸らして言いながら、むすりと頬を膨らませるのだった。

 ……確かに。

 というか、やはり昨日の今日ではまだステラのことを気にしていたか。

 俺とあいつの関係についてやはりただならぬ誤解をしているままらしい。

 何故か今まで見たことのないくらい機嫌が悪そうだし、どうしたものか。

 俺が密かに頭を抱えていると、いつの間にか言葉の応酬を止めていた日向と杏藤が、不思議そうに俺たちの様子を見ていた。


「ねえねえ春川さぁ。昨日からはっちゃんの様子がおかしいんだけど、あんた何かやっちゃったの?」


 口許に手をやりながら、ヒソヒソと声をかけて来る日向。


「いや、『やっちゃった』つもりはないんだけど……やっぱ怒ってるよな椚原さん」

「たぶんねー。あんな感じのはっちゃん見たことないし」


 彼女が頷きながら言うと、今度は反対側から杏藤がコソコソと会話に加わる。


「おいどーしたんだよ。お前らすげえ仲良かったのに。やっぱシオン何かしたんじゃね?」

「何もしてない、つもりなんだけど……」

「とにかく、さっさと謝っちゃいなって。ああ見えてはっちゃんってば結構繊細、という可能性もなくもないし」


 日向の言い回しはすこぶるあやふやであったが、それでもここは彼女の言うとおりにすべきかと思い、俺は謝罪する為に視線を上げた。何について謝ればいいのかもわからないまま。

 と、こちらが口を開くよりも先に、椚原さんが両手で拳を握り締め小刻みに震わせていることに気がつく。


「こ、この距離だよ! この距離でヒソヒソやられても全部聞こえちゃってるよ! 本人目前にしてやらないでよ! これでも繊細なつもりだよぉ!」


 どうやら知らぬ間に火に油を注ぎまくっていたらしく、彼女はバタバタと地団駄踏んで喚き散らした。

 日向と杏藤は顔を見合わせて苦笑し、俺はさらに焦ることになる。


「ごめん、椚原さん。そうじゃなくて昨日の……ほら、あいつは本当にただの親戚で、ベッドって言ってたのもこの間入院した時にお見舞いに来てもらったってただけなんだ。あいつ、実は長い間海外で暮らしてたせいでまだ日本語が下手なところがあって」


 咄嗟に思いついた言い訳にしては、なかなか悪くないんじゃないように思えた。最後のダメ押し的な部分は、やっぱり漫画やアニメにありそうな物だけど。

 俺の弁明を聞いた椚原さんは、それでも上目遣いに疑わしそうな視線を送って来る。


「本当に?」

「ほ、本当に」


 罪悪感が全くないわけではなかったが、仕方ない物だと割り切って笑顔を取り繕った。

 すると、先ほどの説明が功を奏したのか、彼女の顔にもほんのりと笑みが広がり、


「そっかー。そうだよね。春川くんがそんなスケコマシスト(・・・・・・・)なわけないもんねー」


 ようやく普段どおりの口調に戻ってくれた。

 スケコマシストが何者なのかは皆目わからなかったが、俺はひとまず安堵の息を漏らす。

 日向と杏藤も同じような気持ちだったのか、再び顔を見合わせた。

 それから、友人は仕切り直すような声で言う。


「ほら、いつまでもここにいてちゃ邪魔んなるし、さっさと行こうぜー」

「そうそう。杏藤にしてはまともなこと言ったね」

「『しては』ってなんだ『しては』って」


 またもや夫婦漫才に発展しそうな二人を見て、今度は俺と椚原さんが顔を見合わせる番だった。

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