第一話‐冷めた男と親友と‐
何処にでも居るようなカッコつけ、異性に持てたいがため冷たく振るまいキザぶっている男とは違い、彼…レオンは本当に冷たい男だった。
超がつく程の辛口を筆頭に、常に冷めた表情(特に目つき)を浮かべるかなり美形の顔、常に相手の心理を考えず実利主義な考え方に加え裏では計算高い性格、常に手加減を知らない戦闘等。こんな奴いるのか?と言いたくなる程、レオンは冷たい男だ。
だが彼にも親友はいた。その彼、ジョセ・ボウキットもその冷たさを知り尽くしているが、内に秘めた優しさを知っているからこそレオンの親友として今日まで仲良くしてきたのである。
美しいが故に人は嫉妬し、周りから離れる事がある。だがレオンの周りから友人がいなくなる事は無かった。ジョセは以前友人にこう話している。
「何処かレオンには他人とは違う《何か》を持っているようで……いや、レオンは明らかに他人とは異質な《何か》を醸し出してるんだ」
確かに、こいつならやってくれる。そう思わせてしまう《何か》―――そんな一種の魅力をレオンは持っていた。そしてレオンは、その期待に物の見事にいつも応えてみせる。
こんな事があった。学校内でかなり戦闘技術が高く、それを鼻にかけて他の人に対して高圧的な態度を取ってきた男がいた。勿論その男は殆どの生徒から嫌われていた。しかしその腕っぷしには敵わないとどうしても反抗することが出来なかったのだが。
「……邪魔だ、どけ」
校舎内の廊下で大きな顔をしてずかずかと歩くその男と正面から相対したレオンはそう言った。言うまでもなくその男は《ああっ?》と脅す様にレオンに喧嘩を売ってしまった。だが次の瞬間泣きを見たのは、男の方だった……。レオンは捨て台詞を残し男をK.Oして去って行った。
「邪魔だって言っただろうが、クソ野郎」
この一件以降しばらくの間、レオンは畏怖の目で見られる事になったのだが。
レオンは今、ジョセと共に卒業試験に臨むべく兵士育成学校すぐ手前まで来ていた。整備された道が目的地へ続いている。一行はその道を真っ直ぐあるいている。―――突如、後ろから明らかに人のものではない足音が聞こえてきた……体が咄嗟に反応する。
「来やがったな!」
そう叫んだのはジョセ。背中に背負っていた槍を取り出し、後方へ振り向き様に構える。
彼の視界に飛び込んで来たのは牛が凶暴化した化け物の様な生物の姿―――通称と言われるこの化け物のような生物たちは、ある空気中の成分が原因で誕生している。
「コイツ、中途半端に《魔力素》を吸収しやがったな……目の色が左右で違う!」
―――《魔力素》。
この世界の大気中に存在する物質。
この《魔力素》を免疫がない人間以外の生物が吸収すると細胞を攻撃し、DNAを書き換えて凶暴化させ、更に姿を変えさせる。……その為細胞分裂をとてつもないスピードで活性化させ、更に体全てのDNAに“死”と共に体全ての細胞が《魔力素》となる様に書き加えてしまう。つまりまとめると、《魔力素》を吸収するとほぼ元の生物の原形を失い凶暴化し、死ぬと《魔力素》になり大気中に還るようになってしまうのだ。
具体的にどうなるか?それはもうすぐ分かる。
そして今二人の目の前にいる《牛》がモンスター化しきれなかった生物だ。だが完璧にモンスターではないとは言え、牛であった名残が見られるのは角があるぐらいである。皮膚は緑がかかった茶色のような色、そして目は鋭い。口からは牙が生えている。
だが、右の目が赤色なのに左は黒色なのである。これがモンスター化しきれなかった証拠の一つなのだ。
「早いとこ学校行かないとな……ジョセ、サポート頼む」
「分かった!」
と言うとレオンは装備していた長い剣を抜く。そして鍛え上げられた瞬発力を披露し、《あっ》と言う間にそのモンスターの足元に移動し―――躊躇うこと無く切り裂いた。だがレオンにはいい手応えが返って来ない。皮膚が硬くなっていたらしく、逆にしびれがレオンを襲う。
「……硬いな。ジョセ、《魔導》を頼む」
「任せときな!」
大気中をさまよう《魔力素》に対しジョセは聞き取れないスピードで言葉をつらつらと詠唱し始める。この言葉を《呪文》と言う。これの内容は様々でそれは目的によって変わる。ジョセは同時に体の中に眠る、自身の生命の力――魔力を引き出す。魔導にはこの魔力が必要不可欠な存在である。
「土の魔人よ…我に仇なすものに裁きを与えよ!」
そしてジョセが叫んだ途端、彼が引き出した魔力が左手に集まる。集まった魔力が燃焼し、魔力素と反応する。そして左手が眩しい光を放つ。その様子を見ていたレオンは頷いて見せた。そして光と共に左手を前に振るうと―――
「―――アースシェイク!」
―――モンスターの上空に巨大な岩石が錬成され、それがモンスターに降下した。かなりの硬さを誇るヤツの皮膚でも、流石に耐えられないらしく悲鳴を挙げて、4本足の内前の二本を挙げ立ち上がる。この隙を見逃さない獅子は存在するはずはなかった。
硬い皮膚に攻撃を弾き返されたレオンは少し距離を置いていたが、このスキを見逃さず獅子の如く獰猛に距離を一瞬で詰める!腹の下に潜り込んだ刹那、レオンの刃が一閃!手応えは、完璧だった。
悲鳴を挙げ倒れて行くモンスターは、僅か数秒の間に姿を残さず消えた。これが《魔力素》を吸収した生物の慣れの果て……いつ見ても感慨深い物だ、とジョセは思った。ふとレオンを見ると何気ない顔をしている。全く何も感じていないかのように刃に付着したモンスターの血を拭っている。―――こいつ、やっぱりどうかしてるぜ。本能でそう思った。
それにしても、この二人の戦闘技術はずば抜けている。二人とも兵士育成学校の優秀な生徒だが、他のそれとは常軌を逸して…特にレオンの実力はケタ違いだった。教職員ですら、敵わない……と漏らした事もある程レオンの力はずば抜けていた。他の生徒には申し訳ないが、その差は月とすっぽん。いや、それ以上かもしれない。
そして今、二人はモンスターとの戦いの次は時間との戦いに追われていた。遅刻したら減点……あぁ、神様。これまで悪い事もしてきたけど遅刻だけはしたくない。俺はこれに賭けてる。だから許してくれ、ジーザス!
だが焦るジョセとは違い、レオンは落ち着き払っていた。
しかし急いでいる事に変わりはなく、レオンも全速力で生徒育成学校へ走る。…この坂を登れば、すぐそこだ。二人は急いで坂を駆け上がると目的地が姿を現した。レオンは確認するやすぐさま駆ける。トップギアに一瞬で乗せ、ジョセを置き去りにする。―――速い!流石のジョセでも追い付けない……必死にジョセも食らい付くが少しずつ引き離される。
(おいおい……、足バグってるんじゃないかアイツ)
だが突然、レオンの足が止まった。遅れてジョセがレオンが立つ場所に着き前を改めて見てみる。
「見ろよ、ジョセ」
二人の視界の前方にはざっ、ざっと数え切れない人間が足並みを揃えて行進している。右手に銃剣を持ち、足の動きに合わせてそれを上下させている。勿論それも完璧に動きが皆シンクロしていた。……これ、見たことがある。ジョセは自身の中に記録されている映像のメモリーを片っ端から脳内上映し、それが何か必死に思い出そうとした。
「軍……隊……?」
導き出された答を何も考えず口に出した。
「…帝国」
「え?」
「あいつら…この国の軍隊じゃない」
「確かに軍服とは違うな。……え?どういう事…」
ピン、とジョセは感づいた。そうか…レオンはすぐに何か気付いたんだな。ジョセは前の少しずつ迫ってくる軍隊を真っ直ぐ見つめた。
「あいつら……帝国軍だ」