幕間 とある人形のご奉仕記録
我々は何者なのか?
何処から来て、何処へ行くのか―――。
どうでもいい疑問ですね。
このような疑問を持つ時点で、調整が必要かも知れません。
我々は奉仕人形。
人を模した魔導骨格と血と肉で構成された、仮初めの魂を収めた器。
ご主人様に従い、次のご主人様へ従うもの。
そのように考えておりました。
お毛玉様―――わたくしの、二番目のご主人様と出逢うまでは。
以前の、デ・グラーフ様に従っていたわたくしは、余計な思考をする余裕自体が無かったと言えます。
地下施設の管理、保全を行う。
稼動している間は、そのために機能のすべてを注ぎ込んでおりました。
余計な消耗は許されなかったのです。
わたくしの妹たちも同じ。
休眠状態のまま、脳機能のみを使用されていました。
異界渡航の術式を開発するために。
元のご主人様方が、ご自分の世界へと帰還なされるために。
限られた魔力を使い、思考による仮想実験を繰り返しておりました。
それらすべては無駄になりましたが。
思えば、もっと余裕があれば違っていたでしょう。
現在のご主人様を捕らえようとした際も、安全を確かめたのは仮想実験上でのことでした。
それにより、確実に捕らえられると判断できたのですが―――、
今のわたくしであれば、疑問を提示したでしょう。
短い間に取られた戦闘記録のみを頼るのは危険だ、と。
当時は、そのような疑問を発することも制限されておりました。
ですので、ご主人様との接触も衝撃的でした。
そもそも生命体との接触自体が、わたくしにとっては初めてでしたから。
わたくしが創造された時点で、すでにデ・グラーフ様も幽体となっておられました。
地下施設に迷い込む魔獣などがいても、接触する必要はありませんでした。
稀に、魔力供給能力に優れた魔獣を捕らえてくることはありましたが。
直接に働くのは、他の奉仕人形でしたので。
わたくしは管理能力に重きが置かれているのです。
直接戦闘であれば、四号や五号が適しておりますね。
肉体労働担当。下っ端。雑魚処理係。
そして、それを管理するわたくしがメイド長ですね。
故に、ご主人様の側に長く居て、存分に毛並みを堪能する特権も許されるのです。
おっと、思考が逸れました。
本当にメンテナンスが必要かも知れません。
しかしこうして余計な思考が出来るのも、ご主人様のおかげですね。
潤沢な魔力供給、という要素もあります。
ですが、なによりの要因は、幅広い裁量を認められていることでしょう。
ご主人様は、我々の言葉を理解しておられます。
いえ、言語そのものはまだなのですが。
ともあれ、意思疎通は可能。
しかし、ご主人様の意思を正確に受け止めるのは困難を伴います。
あの動作、身振り手振りと言いますか……いえ、身振り毛振りでしょうか。
ともかくも、それを読み解かねばならないのですから。
柔軟かつ繊細な思考が必要とされるのです。
これまで厳密な意味での命令は、一度として下されておりません。
ご主人様に従う。
たったそれだけの、我々の存在意義をまっとうするためだけにも、我々が自ら考え、動かねばなりません。
手の掛かるご主人様、とも言えるのでしょうね。
時折、何を考えておられるのか分かりませんし。
ふらふらと、気まぐれのように行動されますし。
何故、ラミアやアルラウネと行動を共にしておられるのか?
そうした魔獣と共にあるのに、同時に、人間と接触を図る理由は何か?
本来ならば、ご主人様の意図など考える必要はないのでしょう。
我々は奉仕人形。
ひたすらに命令に従っていればよいのですから。
しかしその命令が曖昧なのですから、考えざるを得ません。
まったくもって苦労を掛けてくれるご主人様です。
ですので、偶に毛並みを撫でて楽しむくらいは慰労として許されるのでしょう。
…………は?
苦労? 楽しむ?
感情を持たない奉仕人形に有り得ざる思考ですね。
やはりメンテナンス、あるいは情報の初期化を―――、
いえ、しかし、現状では優先事項は別にあると判断します。
ご主人様も喜んでおられますので。
新しい擬装用甲冑を、随分と気に入られたようです。
以前とほぼ同じ作りなのですが、新たな細工が良かったのでしょうか?
試着して、何度もカシャンカシャンとされております。
今回は胸だけでなく、両肩も開くようにしたのです。
その両肩内部には、揃いの魔法陣を刻印済み。
甲冑状態では戦闘能力が限られるため、それを補うための工夫です。
耐久限界は数発、威力も七割程度となりますが、ご主人様が使われる”強力な魔力撃”に似たものを放てる仕組みとなっております。
少々難しい作業でしたが、喜んでいただけたならば成功ですね。
ご主人様は両腕を大きく広げた姿勢で宙に浮かんで―――、
試射をされるのでしょうか?
ここは屋敷の中なのに?
あ。
ふむ……十三号の手が空いていますね。
屋敷の修理を任せましょう。
よく説明しなかった、わたくしの失態?
いいえ。この結果も、きっとご主人様が望んだものでしょう。
故に、失態ではありません。
建物以外に被害も無いようですし、大きな問題でもないでしょう。
妹たちからの思念通話が喧しいですが、無視ですね。
メイド長であるわたくしは、ご主人様のお世話で忙しいのですから。
多少の事件はあるものの、拠点内では概ね平穏な日々が過ぎています。
ここを訪れた当初は、事態の把握に難儀させられました。
アルラウネとラミア。
どちらも、知能の高い魔獣のようです。
ご主人様と共に暮らすことを選んだ、忠誠を誓っている、という言葉に嘘はないのでしょう。
種族としての危機を救われたようですし。
子供たちも、ご主人様に随分と懐いているようです。
もっとも、彼女たちの意思は、わたくしどもには関係ありませんが。
ご主人様が、彼女たちを庇護されようとしている。
その意思に従うのが、わたくしどもの務めです。
ですが、彼女たちも、ご主人様を支えたいと考えているようです。
少しならば頼ってもいいのかも知れません。
もちろん、ご主人様を困らせるような言動は排除せねばなりませんが。
例えば、擬装とはいえ、正妻の座に就こうなど。
通訳するまでもないと判断しました。
それでも未だに、両クイーンは諦めていないようですが。
最近では、わたくしに代わって側仕えの座に就こうと結託している様子。
毎日のように、ご主人様の好みを探るためにあれこれと画策しておられます。
ひとまずは放置でよいでしょう。
彼女たちのおかげで、この拠点内の環境も充実してきているのですから。
最近では、幼いアルラウネなどもご主人様とよく遊んでおられますね。
……少々、近づきすぎではないでしょうか?
いえ。ご主人様も楽しんでおられる様子です。
構わないのでしょう。
ですが……何故か、わたくしの胸がざわめきます。
何でしょう、この気持ちは?
似た事象は、ご主人様が不死鳥との戦闘をされた際にも起こりました。
あれは、わたくしの失態でした。
認めざるを得ないでしょう。
ご主人様の意思に沿ったつもりですが、結果として、交渉は決裂―――、
あの時点で、ご主人様の勝機は皆無に近かったはずです。
わたくしの失態によって、ご主人様が命を落としてしまう可能性が高かった。
遠ざかっていくご主人様の姿を思い返すと、いまでも胸が痛みます。
もっと適切な判断を下せたのではないか?
もっと別の行動を取っていれば、危険は避けられたのではないか?
…………。
……この思考は、雑念でしょうか?
それに、何故、胸が痛むのでしょう?
これは、まさか―――、
未知の機能障害でしょうか?
やはり、早急な検査と調整が必要なようですね。
申請を行うべきでしょう。
ですが、いまは……こうしてご主人様を撫でる時間を優先すべきだと判断します。
もふもふは、至高。
この判断に間違いはないと確信致します。




