24 毛玉vs炎鳥②
《行為経験値が一定に達しました。『万魔撃』スキルが上昇しました》
かなり頼ってるスキルだから、このメッセージも何度も聞かされたね。
鍛えられてるのは間違いない。
でも、効かない。
魔力ビームを正面から受けても、ファイヤーバードは構わずに突撃してきた。
『ご主人様―――』
ボクも一号さんも、空中を駆けて回避には成功していた。
体勢を整えつつ、『凍晶の魔眼』を撃ち込む。
大気が一瞬凍りつくけど、すぐに溶けて水蒸気になるだけだ。
でも注意を引ければそれでいい。
まだ一号さんは空中に留まっていた。
繰り返して、撤退の合図を送る。
無表情で、冷ややかな眼差しはいつもと変わらないはずなのに、ほんの少しの躊躇が混じって見えた。
もしかしたら、交渉失敗の責任を感じていたのかも知れない。
だけど一号さんが悪いんじゃない。
確認を怠ったボクの失敗だ。
伝達が難しいのは承知していたはずなのに焦っちゃったからね。
そもそも、人形を責めるなんて不条理でしょ。
命令に従ってくれただけなのに。
だから、この怒りっぽい鳥の相手はボクがする。
だいたい、先に攻撃してきたのは向こうだからね。
ちょっとメイドさんが罵っただけで、怒りすぎでしょ。
一部の業界ではご褒美だっていうのに。
プライドが高いんだろうけど、こういう相手とは遅かれ早かれ衝突になったんじゃないかな。
却って良かったのかもね。
とはいえ、命の危険を冒すのはやっぱり勘弁して欲しい。
ここはひとまず逃げる。
注意は引けたから、まずは拠点から距離を取るよ。
湖の南側へ向けて回り込む進路を取る。
ファイヤーバードは追って―――あれ? 追ってこない?
でも戦う気を失くしたんじゃない。
大きく息を吸い込んでる。
《行為経験値が一定に達しました。『危機感知』スキルが上昇しました》
背後へ向けて、『闇裂の魔眼』を発動。
煙幕代わりに闇を広げて、ボク自身は大きく軌道を変える。
直後、野太い熱線が駆け抜けていった。
とんでもない熱量が伝わってきて、一拍の後、激しく大気が揺れた。
熱線は遥か遠くに着弾して、大爆発を起こしていた。
キノコ雲が見える。
うへぇ。なんてデタラメなブレスだ。
って、掠りもしてないのに、マントが燃えてる。パージ!
甲冑も熱を帯びてるけど、こっちはまだ脱がない方がいいね。
『凍晶の魔眼』を最低限度の出力で発動させて、冷やしておこう。
まだ短い攻防でしかないけど、ファイヤーバードの戦闘力、その傾向はなんとなく掴めてきたよ。
まず、速度はサンダーバードほどじゃない。
以前は簡単に追いつかれて、逃げるなんて無理だったからね。
だけどその分、攻撃力は上みたいだ。
最初の『万魔撃』も防御されたんじゃないね。
突撃で纏った炎による”攻撃”で打ち消してみせた。
いまの大爆発ブレスも、近くに着弾してたらボクは終わってたね。
サンダーバードも一撃必殺ではあった。
でもファイヤーバードは、広範囲の一撃必殺技を持ってる。
あれ? これって詰んでない?
たとえ地中に潜っても、大地ごと焼却される気がするんですが?
ああもう、とにかく距離を取るしかないね。
こっちにだって作戦が無い訳じゃないんだ。
幸い、ボクが飛ぶ速度は上がってる。
ほとんど偶然だけど、甲冑を着てると飛び易いのは分かってた。
空気抵抗とかの関係だろうね。
ファイヤーバードもまた追ってくるけど、なんとか距離を詰められないくらいの速度は出せる。
あとは、ブレス対策に高度を上げるようにする。
さっきの一撃は、地上に着弾しての大爆発だったからね。
空中炸裂弾みたいなものが出てこなければ―――とぉっ!?
《行為経験値が一定に達しました。『回避』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『空中機動』スキルが上昇しました》
羽根みたいな小さな炎弾が飛んできた。
それも数え切れないほど。
回避しきれない。
『衝破の魔眼』で防いでも、弾幕が厚くて何発か抜けてくる。
あつっ! いたっ!?
鎧が削れる。燃える。
《行為経験値が一定に達しました。『凍晶の魔眼』スキルが上昇しました》
鎧を凍らせて耐えるけど、このままじゃ逃げ切れないね。
もうちょっと距離を稼ぎたかったけど仕方ない。
ひとまず拠点からは離れられたから、派手な戦いをしても問題はない。
炎弾を回避しながら術式を組む。
思い切り上昇してから発動。
サンダーバードにも一矢報いた、大量の水を浴びせる術式だ。
滝みたいな水流を、ファイヤーバードの頭へ叩きつける。
プラズマと違って水蒸気爆発は起きない。
温度自体は幾分か低いんだろうね。
それでも大量の蒸気が上がって、目眩ましにはなった。
方向転換しつつ、ボクは距離を取る。
ほんの数秒、ファイヤーバードはボクの姿を見失った。
でもやっぱり空中で黒甲冑は目立つね。
水蒸気の中から飛び出してきたファイヤーバードも、すぐに方向転換する。
また無数の炎弾を飛ばしてくる。
距離は開いて回避しやすくなったけど、数の圧力を防ぎきれない。
鎧が削られる。
速度も落ちて、飛行自体が不安定になってきた。
そこで、ファイヤーバードが大きく息を吸い込んだ。
大爆裂ブレスだ。
マズイ、と思った瞬間には熱線が放たれていた。
飛行が不安定になっていたので回避しきれない。
甲冑ごと熱線に飲み込まれる。
氷を纏っていても、まったく関係なく溶かされる。
直後に大爆発も起こって―――、
轟音と、凄まじい熱が辺り一面に広がった。
ファイヤーバードは満足げに嘴の端を吊り上げる。
白煙が立ち昇る中を悠然と滑空していった。
爆裂ブレスは確実に命中した。
甲冑ごと溶けて、もう跡形も残っていない。
確実に獲物を仕留めた。
ファイヤーバードは勝ち鬨を上げるみたいに鳴き声を上げた。
そうして全身に纏っていた炎を鎮める。
よし。この瞬間を待ってた。
《行為経験値が一定に達しました。『隠密』スキルが上昇しました》
『死滅の魔眼』、全力発動!
頭に向けて叩き込む。
さすがに抵抗されたけど、頭部全体を死毒の霧が覆った。
悲痛な鳴き声が上がる。
だけど、まだまだ。
『徹甲針』、そして『凍晶の魔眼』をまとめて叩き込む。
《行為経験値が一定に達しました。『懲罰』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『破戒撃』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『高速撃』スキルが上昇しました》
《条件が満たされました。『疾風撃』スキルが解放されます》
気が緩んだ瞬間に全力での攻撃だ。
おまけに、氷結系の攻撃は苦手としてるはず。
さらに『徹甲針』には、魔獣全般に効果のある『懲罰』も乗せたからね。
防御貫通の『破戒撃』も働いてくれた。
必殺にはまったく届かないけど、間違いなくダメージを与えられたよ。
とりわけ羽根部分には、念入りに叩き込んでおいた。
というか、羽根に一点集中だし。
狙いは、ファイヤーバードの飛行能力を衰えさせること。
そして、また逃げる。
そのまま堕ちてくれてもよかったけど、さすがに頑丈だね。
空中で何回転かしながらも、体勢を立て直して、ファイヤーバードはまた飛び上がった。
うわぁ、凄い眼光をぶつけてくる。
殺る気ゲージが上昇してるね。
だけど距離は稼がせてもらった。さらに速度を上げて逃げるよ。
ファイヤーバードも追ってきて、また炎弾を無数に飛ばしてくる。
だけどさっきより間合いがあるので、なんとか回避できるくらいだ。
ん? どうしてボクが無事だったかって?
単純な仕掛けだね。
空っぽの甲冑を、『支配』と『風雷系魔術』による突風で飛ばしただけ。
軽量化しておいて本当によかったよ。
ボク自身は、水蒸気の煙幕に隠れてたってワケだ。
なるべくなら選びたくなかった手段だけどね。
甲冑を犠牲にしたのは、まあいい。
手間隙掛けて作ったものでも、また作れるものでもある。
でも、だけどさあ―――、
折角のアーマーパージなんだから、もっとカッコイイ場面で使いたかった!
お約束って大事だよ。
敵に追い詰められて、「本気を出そう」とか言って鎧を脱ぐとか。
もしくは敵ごと自爆に巻き込んで、ボクの本体だけ脱出するとか。
そういう浪漫のある場面を期待してたのに。
台無しだよ!
おのれ、ファイヤーバード!
この借りは必ず返す―――と、冗談言ってる場合じゃないね。
《行為経験値が一定に達しました。『多重思考』スキルが上昇しました》
ファイヤーバードが、また大きく息を吸い込むのが見えた。
爆裂ブレスが来る。
上昇しつつ、『闇裂の魔眼』で煙幕代わりの暗闇を広げる。
お決まりの回避行動だ。
ワンパターンになりつつあるけど、これは相手も対策が打ち難いはず。
きっと感知能力に優れた敵だと通用しない。
でもファイヤーバードは精密な攻撃は苦手だからね。
炎弾にしても、手数で強引に押し切る形だし。
闇を裂いて、野太い熱線が襲ってくる。
だけどその時には、ボクは大きく距離を取ってる。
それでも熱風が襲ってくるのが怖いところだ。
少しは死毒を喰らったはずなのに、ブレスの威力はまったく衰えてない。
いや、衰えてるのかも知れないけど、元が高威力すぎて比べられない。
いったい何処からエネルギーが出てるんだか。
ほんと、反則的な生物だよ。
速度っていう優位点がなかったら、完全に終わってたね。
でも、その速度のおかげで辛うじて戦える。
戦場を選べる。
ようやく見えてきたよ。
まだ距離はあるけど、”この戦場”なら勝利する可能性も見出せそうだ。




