23 毛玉vs炎鳥
鎧の中で深呼吸をする。
落ち着こう。落ち着く。うん、ボクは落ち着いてる。
まだ、火の鳥が近づいてきてるって情報だけだ。
例のサンダーバードと関係してるかどうかも分からない。
それどころか、巨大っていうだけで弱い魔獣かも知れない。
『追加報告、推定戦闘力は一万以上です』
うへぇぁっ!?
ちっとも弱くないじゃん!
しかもこのメイドさんスカウターって、あんまり正確じゃないんだよね。
独自の魔術らしいんだけど、”上限を”見誤ることが多い。
ボクに対して使っても、五千以上としか図れなかった。
つまりは、まあ、とんでもなく怖い敵である可能性が高い。
よし。逃げよう。
メイドさんに、全員へ退避を指示するよう伝える。
緊急用の脱出路を使ってね。
一応、冒険者にも伝えておいた。
さすがに緊急脱出路は使わせてあげられない。
代わりに魔術を発動させて、十人くらいなら入れる穴を掘っておく。
『逃げるなり、その穴へ隠れるなり、お好きに判断なさってください』
さすがに冒険者たちの行動は早かった。
巨大な魔獣が迫っていると聞かされると、すぐさま荷物をまとめ始めた。
ボクものんびりとしてられない。
一号さんだけを連れて、上空へと飛び立つ。
南から迫ってくる火の鳥は、すぐに見つけられた。
遠目でも巨大さが窺える。
嫌な予感が当たった。
やっぱり、サンダーバードと同格くらいの鳥だ。
とっても大きい。威圧感も充分だね。
戦ったら、まず勝ち目はない。
だけど幸いというか、ファイヤーバードはボクたちの拠点を目指してる訳じゃなさそうだった。
少し進路がズレてる。
湖の中心あたりを目指してるのかな?
ボクと一号さんも移動して、その正面で待ち構える形を取る。
完全に戦闘を覚悟するなら、魔眼を撃ち込むのに最適な距離だね。
でも、まずは相手を知りたい。
一号さんに思念通話を繋げてもらう。
『はじめまして、火の鳥様』
ボクへの通訳も並行してやってもらう。
難しい作業かと思ったけど、一号さんの無表情は変わらない。
しっかりと言葉が届いたらしく、ファイヤーバードが飛行速度を緩めた。
近くで見ても火の鳥だ。
黄金色の全身に、黒いラインが混じってる。
羽根の隙間から炎が吹き出してるみたいに見えるね。
精悍な鷹みたいな顔つきで、それに似合った野太い声を返してきた。
共通言語だっていうのは、ボクにも聞き取れた。
『拙僧に何用か、小さき者よ』
え、なに? まさかの修行僧キャラ?
いや、修行してるのかどうかは知らないけど。
通訳をちょっと疑ってしまうくらいには意外だった。
『わたくしは、この辺りに住居を持つ者です。よろしければ、来訪の目的を教えていただきたく存じます』
『ふん……見た所、其方らは人間ではないな?』
ファイヤーバードは滑空しながら、じろりとこちらを観察する。
ボクは甲冑姿だけど、人間じゃないってバレたらしい。
野生の勘ってやつかな?
あるいは、他の感覚?
どっちにしろ、隠しておく理由もなさそうだね。
胸部分だけをカシャンと開いて、本体を覗かせてみる。
『っ、面妖な……』
あ、ちょっと目を見開いた。
驚かせられるなら、隠しておいた方がよかったかもね。
『ともあれ、人間でないならば関係は無い。拙僧はこれより、人間の街を焼きに行くところだ』
『人間の街を……何故でしょう?』
『拙僧の島で、目障りである。多少の行動はこれまで目を瞑ってきた。しかし最近の人間どもの行動は目に余る。眷属の一部が捕らえられたという話もあった。加えて、拙僧の住居に近づきつつある人間もいるようだ』
むう。眷属って、もしかしてハーピーでもいたのかな?
ラミアが捕らえられそうになったし、そういうこともあるかもね。
何にしても、仲間が捕まったら怒るのも当然でしょ。
もしかして、以前のサンダーバードはそれで街を襲ってきたのかな?
ファイヤーバードも、事情を話すというよりは、怒りを吐き出してる感じだ。
だけどボクとは無関係なのは良い材料―――。
『近くに巣を持つ飛竜も、すでに何体か狩られた。このまま拙僧の住居に近づいてくるのは見過ごせぬ』
あ、それたぶん人間の仕業じゃない。
犯人はボクです。
巣に近づいたつもりはないけど、砂漠で飛竜を何体か狩りました。
でも、なんていうか、うん、秘密で。
バレなきゃ犯罪じゃないとも言うし。
『なるほど。事情は理解いたしましたが……』
一号さんが、ちらりとボクを振り返った。
眼差しがちょっと冷たさを増してる気がする。
えっと、非難じゃないよね?
どう対処するべきか?、といったところかな?
まあいずれにしても、急いで方針を決めなきゃいけないのは確かだ。
人間の街って、まず間違いなく北にある帝国の街のことでしょ。
ボクとしても迷う。
人間の街が消え去ったとしても、元の生活に戻るだけ。
取引で手に入る物がなくなるのは残念だけど、ファイヤーバードと戦う危険に比べれば小さなものだ。
こっちに被害が及ばないなら、すぐに回れ右して帰りたい。
でもねえ、だけど、もしかしたらなんだけど―――、
あの街には、銀子がいるかも知れないんだよね。
銀子を拾ったのはボクだし。
冒険者に預けたのも、ボクがそれしか選べなかったから。
最低限、命を守る義務はあるでしょ。
それに、やっぱり食卓を充実させたいんだよね。
メイド人形が作ってくれる食事に不満はないけど、乳製品や調味料が手に入れば、もっと美味しい物も増えるはず。
だから、一号さんに身振り手振りで伝える。
なるべくなら止めたい。
上手く伝わるかな?
『……その毛玉は何をやっているのだ?』
『ご主人様は、言葉を扱うのが少々苦手なのです。申し訳ございませんが、しばしお待ちを』
『ふん。長くは待たぬぞ』
むう。偉そうな物言いするくせに、意外と心が狭い?
焦らせないで欲しい。もうちょっとゆっくりしていこうよ。
と、文句言ってる場合じゃないね。
この交渉は大事だ。失敗できない。
だから一号さん、上手く言いくるめちゃってください。
『街を、守る……可能ならば、ですか? そして、あの火の鳥には……消す?、ではなく、それは置いておいて、もっと緩やかに、どろどろ……? 敵対する可能性もありますが、本当にそう告げてよろしいのですね?』
うん。なんとか伝わったみたいだ。
あとは一号さんの話術に期待しよう。
敵対する可能性って言っても、こうして対峙した時点で危ないんだし。
でもアルラウネやラミアとも、なんだかんだで仲良くなってる一号さんだ。
きっと良い方向にまとめてくれるでしょ。
『見逃してもらう、ということは望めませんか?』
『……貴様らが、人間が滅ぼされることを嫌うと言うのか?』
『肯定します。わたくしどもは、人間の街と取引を始めようとしていますので。それを無為とされるのは損失です』
『人間と取引だと? 馬鹿な……』
ファイヤーバードが目を見開く。
驚いたってことは、隙を見せたってことだ。
一号さん、畳み込むチャンスだよ。
『事実です。ですので―――』
またちらりと、一号さんがこちらを窺う。
ん? チャンスだよ。攻め込もう。
頷いて、突撃サインを出す。
一号さんも頷いて、口を開いた。
『邪魔をされるならば、叩き潰させていただきます』
え、ちょっ!? ボクも目を見開いちゃったよ!
一号さん、なに言っちゃってるの!?
もしかして指示が上手く伝わってなかった!?
『じわじわと、緩やかに、嬲り殺しです。まずは、その目障りな嘴から潰しましょうか。二度と話など出来ないように。それが嫌ならば、さっさと尻尾を巻いて逃げることをお勧めします』
ファイヤーバードが野太い声を上げる。
全身に纏っていた炎が勢いよく噴き上がる。
うわぁ。怒ってるのは明らかだ。
『……申し訳ありません、ご主人様。どうやら交渉は失敗のようです』
うん、そうだね。それも見れば分かるよ。
でもいまは、あれこれ考えてる場合じゃない。
一号さんには撤退命令を出す。
同時に、ボクはまた甲冑の胸部分を開いた。
カシャン、と。
もしもに備えて、”溜め”は作っておいたからね。
こうなったら、やるしかない。
迫ってくる炎の塊へ向けて、『万魔撃』を叩きつけた。




