16 出発地点から遠くに行くほど敵が強くなるのは何故だろう?
ホワイトタイガーが足を止めて、僅かに目を見開く。
その反応で言葉が通じるのは分かった。
「……ΛδЮι、Νσφω¨εuυ?」
白い息を吐きながら、呻るみたいに言葉を投げてくる。
やっぱり喋れるんだね。
ボクは十号さんに目を向けた。通訳をお願い、と。
『十号より―――あの白いのは、ご主人様の目的を知りたいようです』
白いのって……十号さん、意外と口が悪い?
まあいいや。
それよりも、ボクの目的か。
今回は探索だね。
もちろん、ホワイトタイガーと敵対するつもりはないよ。
ただ、いい獲物がいれば狩るつもりだけど。
そこらへんのことを穏便に伝えてもらう。
ボクの方は身振り毛振りになるから、ちょっと不安だけどね。
ちゃんと伝わるかな?
警戒しつつ、十号さんとホワイトタイガーの遣り取りを見守る。
『十号より―――要約致しますと、ご主人様の威光に屈服するようです』
え? 屈服?
なんだかよく分からないけど、上手く交渉が進んだってこと?
あ、ホワイトタイガーが身を翻した。
最後にボクを一瞥して、家族の方へ戻っていく。
屈服というか、勝手にしろ、って感じなんだけど?
『加えて、ここより南東方向には飛竜の巣があるという情報を入手しました』
ほほう。飛竜の巣か。
あんまり近寄りたい場所でもないね。
それよりもサバンナで牛とか探したい。
拠点も充実してきたから、牧畜とかにも手を出したいんだよね。
南東方面は、地形を把握する程度にしておこう。
深入りしなければ大丈夫でしょ。
問い:大丈夫だよね?
答え:それはフラグです。
これが世界の真実らしい。
サバンナの上空を飛んでただけなのに、いきなり飛竜が襲ってきた。
『コンニチハ』攻撃も通用しなかったよ。
まあ、言葉が通じる魔獣の方が少ないんだろうけど。
ともかくも戦うしかない。
飛竜が吐き出す炎弾を避けつつ、ボクと十号さんは空中で左右に広がった。
十号さんには後退の合図を出す。
ちょっと手強そうだから、身を守るのに専念してもらおう。
こんな遭遇戦で、貴重なメイドさんを失いたくないし。
『徹甲針』を飛ばして、飛竜の注意を引き付ける。
十号さんを狙おうとしてた飛竜が首を回した。
咆哮を上げて、ボクの方へ向かってくる。
けっこう小回りが利くね。
おまけに素早い。
たぶん最高速度は、毛玉体のボクよりも上だと思う。
だけど、魔眼を一発撃ち込むくらいの余裕はあるよ。
『災禍の魔眼』、発動!
《行為経験値が一定に達しました。『精密魔導』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『災禍の魔眼』スキルが上昇しました》
途端に、飛竜の動きが鈍る。
というか、硬直して慣性で空中を流れるだけになる。
でも苦しんでる様子でもない。
どうやら成功したみたいだ。
強力になったのはいいけど、病魔効果なんかも加わって、『災禍の魔眼』は使い難くなってた。
そんな欠点を補いたかったんだよね。
麻痺とか混乱とか、個別の効果が発揮できればいい。
そのために、これまでも少し練習はしてた。
魔眼は、体内に刻まれた回路に魔力を流すことで発動する。
その回路全部を使わず、必要な部分だけに魔力を巡らせるような感じだね。
効果を搾るから、僅かだけど消耗も少なくて済む。
エコだ。
環境に優しい魔眼だね。
ちょっと違う気もするけど、まあいいや。
ともあれ今回使ったのは麻痺効果のみ。
それだけでも充分だった。
動けなくなった飛竜は、掠れた悲鳴を上げながら地面に落ちる。
そこに『徹甲針』の雨を降らせて追撃。
鱗が硬くて刺さり難いけど、全弾命中となればダメージは大きい。
『轟雷の魔眼』を撃ち込んでトドメを刺す。
《行為経験値が一定に達しました。『轟雷の魔眼』スキルが上昇しました》
以前の、『雷撃の魔眼』と比べて、単純に威力が増してるね。
さすがにまだサンダーバードには敵わないけど。
それでも飛竜は仕留められた。
『十号より―――竜の素材は幅広い用途があります。持ち帰られるのがよろしいかと』
ボクに続いて、十号さんも地上に降りてくる。
そうだね。持って帰ろう。
例えば鱗だけでも、鎧を作るとか出来そうだ。
運ぶのは大変そうだけど、持てるかな?
『十号より―――お任せください』
静かに頷いた十号さんは、魔力で紐のようなものを浮かべた。
飛竜の死体を縛って持ち上げる。
どうやら一人でも運べそうだ。
だけど単純な腕力じゃないよね。
メイド人形の腕は、華奢って言えるくらいに細いし。
何かの魔術を使ったのは分かった。
もしかして、重力制御とかしてる?
帰ったら聞いてみよう。
共通言語以外にも、メイド人形から教われることは多そうだね。
さて荷物も増えたし、今日の探索はここまでかな。
ちょっと気になってる所もあったんだけどね。
ホワイトタイガーが教えてくれた南東方向なんだけど、サバンナとは少し風景が変わってきてる。
一目で分かるくらい、砂漠だ。
飛竜の巣があるような地形とは思えないんだよね。
いや、もっと遠くにいけば違うのかも知れないけど。
あるいは、砂漠好きな飛竜っていう可能性もあるんだけど。
何にしても、かなり広々とした砂漠が続いてる。
不毛の土地、って感じで歓迎したくないけど―――……ん?
なんか違和感がある?
ぼんやりと、砂が続いてる風景を眺めてたんだけど……なんだろ?
あれ? もしかして?
さっきまでとサボテンの位置が違ってる?
ひとつだけじゃなくて、あちこちに生えてるサボテンが根元から移動してる?
というか、近づいて来てるような?
いや―――違う、サボテンだけじゃない。
砂漠が盛り上がって押し寄せてきてる。
津波みたいに。
砂津波? そんな現象ってあるの?
驚いてる場合じゃないね。
上空へ退避。メイドさんにも後退の合図を送る。
それと同時に、砂漠の盛り上がる速度が増した。
まるでビルみたいに砂が舞い上がる。
そして大量の砂の下から、事態の原因が姿を現した。
細長い、その形には見覚えがある。
だけど大きさがまるで違う。
丸く割れた口に無数の牙を生やした、ミミズ―――サンドワームだ。
大きな口が息を吸っただけで、周囲の空気が激しく揺らぐ。
甲高い、威圧するような鳴き声が響き渡った。




