09 ハニートラップを踏み抜こう
はぁ~……へこむ。
そっかぁ。騙されるって、こんな気持ちになるんだ。
ちょっぴり新鮮だね。
胸が弾む。
自然と口元が吊り上がってくる。
どうやって、あの幽霊を成仏させてやろう?
その瞬間を想像するだけでも楽しくなるよ。
だけど、まずはこの状況から脱出しないといけないか。
『逃れようなどと、無駄な考えはやめた方がよいぞ』
幽霊がほくそ笑む。
そういえば、幽霊なのに普通に声も出せるんだね。
笑い声は漏れてるよ。
メイドさんとも話してたっけ。
どうでもいいか。
どうせ、すぐに何も喋れなくしてやるつもりだし。
『おまえの戦闘能力は、すでに把握しておる。あの魔力砲撃が最大の攻撃手段なのであろう? その障壁は、充分に耐えられる設定にしておいた』
肉壁との戦いを分析した、ってところかな。
隠れ家なんだから、カメラみたいな物もあったんだろうね。
もしくは、千里眼みたいな魔法とか。
ともかくも、ボクの手の内はあらかた知られてるってことか。
でも甘いよ。
攻撃手段が豊富なのがボクの強味だ。
例えば『八万針』は、把握しきれないほどの種類がある。
それに、この魔法陣や障壁自体を『支配』、『吸収』することだって―――!?
『そうそう。障壁には、触れない方がよいぞ』
ボクが毛針で触れた途端、障壁から白い光が放たれた。
閉じ込められた状態だから避けられもしない。
光が、雷撃みたいにボクの全身を貫く。
痺れるような痛みが襲ってきた。
魔力も乱されて、ボクは床に転がってしまう。
『この世界で『懲罰』と呼ばれている術式じゃ。おまえのような魔獣には効果的なのだろう?』
また幽霊が笑う。
自分の計画がピッタリとはまって、随分とご機嫌みたいだね。
だけど、そんな計画を崩すのは、もっと楽しそうだ。
ボクは回復を待つ。
障壁に触れられないのは分かった。
閉じ込められた状態だから、なるべく一撃で決着をつけたい。
そうなると、アレしかないかな。
『八万針』には、幽霊に効きそうなのもある。
でも少し決定力が足りないね。
『万魔撃』を防げるっていうのは、ハッタリじゃないと思う。
そうなると、選べる攻撃手段は限られてくる。
確かに、『万魔撃』はボクが持つ最大威力の技だ。
ただし、それは”線”の攻撃になる。
もうひとつ―――”点”での攻撃なら、頼れる技があるよ。
密閉空間では危険だから封印しておいた。
だからまだ知られていない。
あとは、幽霊に効くかどうかは賭けだけど―――。
『ん? もう回復したのか? まあいい。さっさと続きを……ッ!?』
幽霊を睨む。
殺意を込めて。一瞬で殺せるように。
いや、邪魔をする、なにもかもを殺せるように。
そして―――『死滅の魔眼』、発動!
広間に閃光が満ちる。
ボクを捕らえているものと、幽霊の手前と、二重の障壁が光を放った。
魔眼に反応して防ごうとしたんだろうね。
だけど、言わせてもらおう。
魔眼覇王は伊達じゃない!
《行為経験値が一定に達しました。『支配無効』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『魔力集束』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『死滅の魔眼』スキルが上昇しました》
続け様に光が瞬く。
直後に、その光ごと黒に染まる。
殺意を込めた魔眼効果は、障壁にまで”即死”効果をもたらした。
『な、ッぁ、ガ―――!?』
幽霊が叫ぶ。
断末摩の叫びだ。
とっくに死んでるはずなのに断末摩っていうのも変だけどね。
成仏の叫び? いや、その表情は成仏なんていう穏やかなものじゃないね。
ボクを呪うみたいに、憎々しげに歪んでいた。
まあ、なんでもいいや。
それよりボクもピンチだよ。
”死滅”した障壁が、”死毒”の塊に成り果てる。
さすがにゾンビ化して襲ってはこないけどね。
ボクを囲ってた障壁が、死毒になって降り掛かってくる形だ。
即座に風の魔術を発動。毒を散らす。
同時に『加護』も張って、高く浮かび上がる。
《行為経験値が一定に達しました。『連続魔』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『精密魔導』スキルが上昇しました》
息を止めて、天井近くまで逃れる。
どうにか脱出成功した。
だけど、まだ終わりじゃない。
幽霊の生き残りがいるからね。
これもまた変な表現だけど―――『死滅の魔眼』、連続発動!
魔法陣の中に浮かんでる光球、魂に対して次々と魔眼を撃ち込む。
『退霊針』も同時に。
これまで浮かんでるだけだった光球だったけど、さすがに異常事態を察したんだろうね。
幾つか、人の姿を取り始めるのもあった。
何か叫んでたけど無視だ。
どんどん成仏させていく。
話し合いを拒絶したのはそっちだし、容赦する理由も無い。
そうしている間に”溜め”もできた。
何をするか分からない連中だから、徹底的に破壊するよ。
大きな魔法陣へ向けて、『万魔撃』を叩きつける。
台座ごと砕け散る。
魔法陣が割れて、そこにあった光球も消えていった。
《行為経験値が一定に達しました。『恒心』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『状態異常大耐性』スキルが上昇しました》
ふうぅ……随分と派手に暴れちゃったね。
ボクにしては無茶をしたと思う。
死毒も完全には防げなかった。
でも倒れ込むほどじゃない。まだ充分に戦えるよ。
幽霊どもは全部片付けたはずだ。
あと、残ってるのは―――、
『―――お待ちを。わたくしどもに戦う意思はありません』
メイドさんがいた。
一人で障壁を張って、ガラス管の列を守るように立ってる。
死毒が広範囲に散らばってるからね。
メイドさんは無事みたいだけど、ガラス管の一部には表面が溶けてるのもあった。
物質に対しては効果の薄い毒のはずだけど、無防備な人形だと危険かな。
ボクだって眠ってる人形を痛めつける趣味はない。
メイドさんを睨んだまま、風を操って死毒を払っていく。
もちろん警戒は解かないよ。
『主人は消滅しました。今のわたくしどもの目的は、新たなご主人様を得ることです』
その言葉が本当なら、幽霊は完全に消え去ったってことだろうね。
機械みたいな人形が嘘を言うとは思えない。
でも、また命令されているのかも知れない。
ボクを罠へと誘導するつもりかも知れない。
危険があるなら、排除した方が―――。
そう思って、ボクは魔眼を発動させようとした。
だけど直前で踏み止まる。
メイド服の胸元が開かれた。そこにボクの目は引きつけられる。
いやらしい意味で、じゃないよ。
メイドさんの胸の中央には、赤く輝く小さな石が埋め込まれていた。
『よろしければ、注いでくださいませんか?』
なにを?、って、たぶん魔力だろうね。
胸に埋め込まれた赤い石。
それが奉仕人形の核だって解釈してよさそうだ。
そこに魔力を注げば、新しいご主人様として登録される?
なんとなく分かる、けど―――。
ああ、そうか。
この状況だと、ボクにとっても選択肢はなさそうだね。




