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07 地下迷宮を抜けると、そこはメイド喫茶じゃなかった


 思念通話というものらしい。

 魔術に似ているけど、彼女たちが持つ独自の技術だそうだ。

 その思念通話を頼って、メイドさんと意思疎通を図る。


『では、お毛玉様はこの世界の共通言語を解せず、数字のみを把握している、と認識してよろしいですね?』


 頷く。

 どうやらボクが装置付きの扉を開けられたことで、言葉が通じるものと誤解されてしまったらしい。

 まあ数字だけ覚えてるってのも特殊な事態だからね。

 仕方ないでしょ。


『しかし先程から、お毛玉様は空中に文字を書いておられると見受けられます』


 ちなみに、”お毛玉様”っていうのは、彼女が勝手に呼び出した。

 なんだか微妙な呼び方だよね。

 少々、こそばゆい。お手玉みたいで違和感もあるし。

 だけど敬意は払ってくれてるみたいだから受け入れておこう。

 名前を答えられなかったボクにも原因はあるからね。


『我々にとっては未知の文字です。もしや、異世界の言語でしょうか?』


 頷く。

 やっぱり身振り毛振りで答えるしかない。

 そう。この思念通話は一方通行なんだよね。

 使用者が語り掛けることしか出来ない。

 それに、たまに雑音も入る。

 『精神無効』を意識すると遮断もできるから、その影響だと思う。


 だけどまあ、完全に言葉が通じないよりはずっとマシだね。

 時間を掛ければ、ボクも覚えられる技能かも知れないし。

 話が一段落したら頼んでみよう。


『なるほど……お毛玉様の事情も訊ねたいところですが、まずは、我々のことを話してもよろしいでしょうか?』


 うんうん。むしろ、こっちから訊ねたかったくらいだよ。

 このダンジョンはどうなってるのか?

 メイドさんは何者なのか?

 ボクに接触してきた経緯や目的は何なのか?

 疑問は山ほどある。

 ボクは話に意識を傾けつつ、静かに歩くメイドさんの後に従った。


 最初に出迎えてもらった場所から、また石壁に囲まれた通路が続いていた。

 メイドさんの規則的な靴音ばかりが響く。

 もう魔獣はいないみたいだね。

 だけど何度か扉をくぐると、また下層への階段があった。

 そこを降りて、同じような通路を進んでいく。


『まず、わたくしは『奉仕人形』と定義されております。この地下施設を造られた方々に仕える、人型の道具であるとお考えください』


 ああ。もしかしたら、とは思ってたんだよね。

 見た目は丸っきり人間だ。

 美人さんで、肌も瑞々しい。

 でも彼女からはほとんど生命力を感じない。

 魔力も、これまで会った魔獣や人間とは異なる感じがする。


 ボクもそうだけど、魔力って、体という器に注がれた水みたいなものだ。

 自身の中心から湧いて、全身に満ちようとする。

 だけどこのメイドさんの場合、魔力は服みたいに感じられる。

 中心部にある魔力そのものは弱くて、それを覆い隠してるような。

 ん~……疑問はあるけど、まずは話を聞いてからだね。


『その奉仕人形である我々の主人は、異世界より、この世界へ渡って来られました』


 む。むむ? なかなかに衝撃の発言じゃない?

 つまりは、ここは異世界人が作った施設ってこと?

 それに”渡ってきた”ってことは、ボクみたいな転生とは違うっぽいね。

 その主人って何者なんだろ?

 一人で来たのかな? それとも大勢いる?

 話を聞くたびに疑問が増えてる気がする。


『およそ43320日前のことです。この世界では120年となります』


 ちらり、とメイドさんがボクを振り返る。

 これは、あれかな?

 ボクの計算力を試してる?

 この程度の割り算くらいなら……え~と、1年は361日?

 うん。今度”も”、間違っていないはず。

 魔力文字を描いて示してみる。

 もちろん、この世界の数字でね。


『はい。ご理解いただけているようで、安心致しました』


 よかった。小学生程度の計算力は示せたよ。

 これでさっきの失敗は完全に失くなったはず。

 嫌な歴史は消し去るもの。

 って、問題はそこじゃないね。

 百二十年前に何があったのか、そこらへんを詳しく聞きたい。


『外来襲撃、と呼ばれているものを、ご存知でしょうか?』


 足を止めて、メイドさんが見つめてくる。

 んん? 名前は聞いたことあるね。

 以前に、システムメッセージで残り何日とか告げられた。

 だけど、それが意味するところは知らない。

 伝えるのが難しいね。

 とりあえず頷きつつも、横にも首を振っておこう。


『詳細まではご存知ない、と推測。説明させていただきます。ですが、確証のない情報も含まれていることをご理解ください』


 うんうん。このメイドさんは優秀だね。

 奉仕人形って言ったけど、ボクも欲しくなるよ。

 彼女みたいな人が味方になってくれれば、余所との接触も楽になりそうだし。


『この世界には、管理者たる神が存在しません。それ故に、他の世界に対しては、ほぼ無防備です。不定期ですが、異世界からの干渉、あるいは侵略と言ってよい事態に見舞われています』


 うわぁー……。

 これってなかなかに重い話じゃないの?

 何度も侵略されるのが確定してる世界って……。

 異世界の相手ってことは、どんなのが来るか分からないんだよね。

 文明レベルが圧倒的に上の軍隊が攻めてくるかも知れない。

 宇宙戦艦がわらわらと押し寄せてきたり。

 あるいは、エイリアン的な対処に困る生物に襲われたり。

 いつ滅んでもおかしくないんじゃない?


 あ、だけど、少なくとも百二十年以上は無事で済んでるのか。

 中世レベルの文明だと思ってたけど、この世界って意外と強い?

 魔法とかスキルがあるから、それなりに抵抗できるのかもね。

 あとは勇者とかいたりして。

 まさか、とは思うけど、可能性はあるよね。


『ご主人様方も、その外来襲撃の際に、この世界に来られたそうです』


 と、メイドさんが振り向いて歩き始めた。

 ボクも後を追う。いまは話を聞き逃すワケにはいかない。

 だけど外来襲撃で来たなら、侵略者側ってことだよね。

 イメージはよろしくないなあ。


『元の世界の神から告げられたそうです。新天地を与える。そこに住む人々から魂を狩り、力として吸収すれば、世界はもっと豊かになる。相手は我々と似通った魔法文明を持っているが、その進歩は遅れている。戦いになれば、圧倒して、容易く蹂躙することも可能である、と』


 だけど負けた。

 だからこうして地下に逃れて潜んでいた。

 そう解釈していいのかな?


『ご主人様方は騙されたのです。神の戯れのために』


 ボクは飛ぶ速度を上げて、前を行くメイドさんの表情を窺った。

 まったく乱れていない。

 最初に会った時と同じように、冷ややかな美人さんのままだ。

 そして、やっぱり淡々と話を続ける。


『ご主人様方の魔法技術は、確かに優れていました。ですが、その原動力となる魔力を、自ら生み出す力が欠けていたのです。元の世界では、大気中に魔力が満ちていたために問題とはなりませんでした。この世界でも、最初の頃、神の加護が及ぶ領域内では圧倒的な戦果を上げていました』


 つまりは、自陣内では強かったってことかな。

 最初に陣地を整えて、そこで戦っている内は優勢だった。

 だけど、本格的に侵略を始めると問題が露呈した。


 魔力を生み出せない。

 つまりは弾薬とか燃料が足りない軍隊みたいなものだね。

 例えば地球の軍隊でも、そんな状況になったら―――、

 敗北決定だろうねえ。


『敗北したご主人様方は、元の世界にも戻れず、この地へと逃れました。追撃の目に掛からぬように、地下へと潜んだのです』


 なるほど。そうなると個人で作ったダンジョンじゃない訳だ。

 凄い魔術師が一人で作った、っていうより安心だね。

 自分で魔力を生み出せないとしても、この世界でも、大気中には僅かな魔力は漂ってる。

 それを利用して、少しずつ隠れ家を広げていったのかな。


 優れた魔法技術を持っていたなら、ここの石壁の頑丈さも納得できる。

 自己修復機能も、周囲の魔力を利用する形みたいだったからね。

 あ、でも肉壁の方はどうなんだろ?

 あっちの方は、どうにも気色が違ってた。


『そしてご主人様方は……はい? 何でしょうか?』


 メイドさんの肩を叩いて、ちょっと待ってもらう。

 黒毛の間に隠し持ってた肉を取り出した。

 それを掲げながら、首を傾げてみせる。


『……あの心臓のようなものは、非常に稀な魔獣のようです。最初は小さなものでしたが、徐々に大きくなり、この施設を自分の巣としていました。施設の維持には一定量の魔力が必要なため、完全に外部との接触は断てなかったのです』


 やっぱり他人や魔獣が溢れさせる魔力が頼りだったワケだ。

 ボクはまだ見つけてないけど、地上と繋がる出口もあるんだろうね。

 そこから魔獣が入り込んで、住み着いた、と。


『侵入者を防いでもくれましたが、肥大化が進み、対処に困っていたのも事実です。駆除してくださったことには、感謝を申し上げます』


 メイドさんが深々と頭を下げる。

 いえいえそれほどでも、って言いたくなるけど、ボクは忘れてないよ。

 石壁で通路を封鎖して誘導してたよね?

 ボクを利用して戦わせたってことでしょ?

 無事だったからいいけど、けっこうSAN値が削られたんだよ?


『また、謝罪もさせていただきます。お毛玉様との接触を望んだとはいえ、危険もある場所へと誘導致しました。ご寛恕賜りたく存じます』


 むう。こうも低姿勢に出られると怒り難いね。

 だけどまあ、あんまり怒ってもいない。

 こうして色々と情報も入手できたし。

 空腹も満たせたし。


 そういえば、奉仕人形って食事は取るのかな?

 聞いてみよう。

 焦んがり肉を齧りつつ、別の切り身を差し出してみる。


『……もしや、これをわたくしに食べろ、と?』


 あ、メイドさんの視線が揺らいだ。

 ほんのちょっぴりだけど、表情にも引き攣ったような気配がある。

 お肉は苦手なのかな? 美味しいのに。


『いえ、お毛玉様がそれをお望みでしたら、謹んで務めさせていただく所存ではありますが』


 あれ? もしかして引かれた?

 そういえば、このお肉って『悪食』とか鍛えられるんだっけ。

 おまけに、元はあのグロい肉壁だしねえ。


『率直に申し上げまして、拷問です』


 うん。無理を言っちゃったみたいだ。

 とりあえず、お肉は引っ込めよう。メイドさんを苛める趣味はないからね。



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