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幕間 とある魔族令嬢の惨劇

 魔族。

 その括りはとても曖昧。

 この世界のステータス上では『人類種』と示される。

 だけど角が生えていたり、青い肌だったりもする。

 魔獣のように特殊能力を持っている人もいるし、ほとんど龍みたいな体を持つ人もいる。


 デタラメすぎる。

 魔術が得意だとか、腕力が強いだとか、全体としては特定の傾向もない。

 要するに、一般的な人類種と見た目で区別しているだけ。

 分かり難い。

 魔王によって創り出されたとか、実は古代人の血族だとか、そういうファンタジー的な設定があってもよさそうなのに。


 なんて文句を言っても、中二的な妄想にしか聞こえないかな。

 いまの私も魔族だし。

 角が生えていて、白い髪で、肌も病的なくらいに白い。

 前世とは少し印象が違う体だけど、そう悪いものではなさそうだった。


 この数ヶ月の間で、だいたいの事情は掴めてきた。

 幸運なことに、私が生まれた家は裕福だった。

 魔族の中でもとりわけ力の強い貴族で、大きな屋敷の中には書庫もあった。

 赤ん坊の気まぐれのフリをして本を手にするのは難しくなかった。

 異世界転生の定番というやつだ。

 もちろん文字は読めない。最初は言葉だって分からなかったんだから。

 でも、学ぶことは簡単だった。


「アデーレ様は、本当に書物がお好きですね」


 そんな風に微笑みながら見守ってくれる侍女(メイド)もいた。

 まじまじと本を読む零才児。

 明らかに文字を目で追ってる。

 不思議と思われたかも知れない。だけど、どうでもよかった。

 そんな些末事に余計な時間を取られたくなかった。


 おかげで、『共通言語』や『常識』、『魔術知識』の閲覧許可も取得できた。

 この閲覧許可はポイント以外でも取れるそうだ。

 例えば『魔術知識』を持っている人から、その本を読ませてもらったり。

 書き写した本に目を通したり。

 ある程度の理解を進めると、システムが許可を認めてくれる。

 コイツはもう読んじゃってるし認めてもいいだろ、って理屈じゃないかな。


 ともかくも、そうして私は言葉を覚えた。

 生後半年もすると、問題なく喋れるようになってくる。

 だから告白した。


「お母さん、私はあなたの子供ではありません。端的に言うなら、転生者です。

転生前の名前は大貫藍と言います」


 母親は発狂した。








 悪魔が憑いている。

 母親を狂わせた私には、そんな評価が下された。

 魔族の神官やら学者やらが呼び集められて、煩わされる破目になった。

 だから、父親と交渉することにした。


「私は『魔導の才・弐』を持っています」


 ぎょっ、と父親は目を見開いた。

 私はまだ、この世界の常識には詳しくなかった。

 だけど『魔導の才』が貴重なものだというのは知っていた。

 ”壱”でも天才、”弐”なら国家が涎を垂らして欲しがるほどだ。

 ”参”や”極”となれば、英雄や勇者でもなかなか持っていない。

 その餌を、父親は無視できなかった。


「まだこの年齢で、です。ここからさらに伸びる可能性は高い。そんな私を、このアングラード家を繁栄させるための駒として使っていただいて構いません」


 父親は温厚そうな魔族だった。

 領地も安定しているみたいで、メイドからの評判も上々だった。

 きっと領主としても優秀だったのだろう。

 だから父親としてではなく、貴族として私の言葉を無視できなかった。


「私には、他の世界で生きてきた知識もあります。この世界よりも特定の分野では発展していました。その技術もいくつかは提供できます」


 ノーフォーク農法とか、鉄砲の造り方とか。

 何処まで通用する知識か分からない。

 だけど、有用であることを示して、急いで力をつけたかった。

 私の願いは何なのか?、と父親も訊ねてきた。


「ひとつだけです。それは―――」


 簡単なことだ。

 父親は怪訝な顔をしながらも頷いてくれた。

 魔王にも話を通して、協力を取り付けてくれた。

 でも十年経っても成果は上がらなかった。

 だから、父親を殺した。







 私の足下では、父親だったものが赤い染みになっている。

 『重圧の魔眼』で、頭から潰れて肉塊になった。

 無能だったから。

 邪魔ばかりするから。


「これで晴れて、アデーレ様が当主となりますな。おめでとうございます」


 元父親の書斎には、数名の魔族が控えていた。

 全員、私の部下だ。

 他の領地の貴族もいれば、平民出身の者もいる。

 悪魔や龍みたいな見た目の者もいれば、普通の人間みたいな者もいる。

 様々な特徴があって魔族はデタラメだと思っていたけど、ひとつだけ共通する傾向もあった。

 それは、好戦的な者が多いこと。


 いまの魔族は人間と和解して、同盟関係にある。

 現在の魔王が穏健派で、国をまとめている貴族も、魔王に賛同する者が多かったからだ。

 別段、それ自体には私も不満はない。

 だけど人間を憎んで、戦いを望んでいる魔族も多かった。

 だから利用させてもらうことにした。

 私の願いを叶えるためには、世界すべてを従える必要もありそうだったから。


「まだ正式な当主じゃないわ。王都にも報告しないといけない」

「アデーレ様のご意向ならば、魔王も無視はできぬでしょう」

「魔王”さま”よ。今はまだ、ね」


 素直に認めてくれるならば魔王でいてくれて構わない。

 当主の交代と、世界との戦争を。

 だけど邪魔をするなら、まとめて潰す。


「今は”外来襲撃”に備えなさい。それを片付けてから、動く」


 恭しく頭を垂れる部下達を一瞥してから、私は窓の外へ目を向けた。

 魔族領とはいえ、人が住む場所だ。

 屋敷の外には穏やかな田園風景が広がっている。

 邪魔ばかりする父親だったけど、無能と評価するのは少しだけ酷か。

 少なくとも、領地を繁栄させるのには役立ってくれた。

 これからの戦いに利用させてもらおう。


 この世界も、自然が豊かなところは嫌いじゃない。

 穏やかな風景を、”彼”もきっと何処かで見ているのだろう。

 だから、絶対に探し出してみせる。


 まだ小さな手を強く握りながら、私は自分の部屋へと戻った。

 ふう、と一息を吐く。

 父親の断末摩の叫びが思い出されたけど、すぐに消えた。

 そんなことには構わずに、ひとつの術式を空中に描き出す。


 この術式を作り出すのには半年も掛かった。

 だけど苦労した分の成果はあった。

 記憶を映像として形にする術式は、いつでも私と”彼”を会わせてくれる。


 授業中に窓の外を眺める彼、

 廊下で一人佇む彼、

 騒がしいクラスメイトへ虫を見るような眼差しを送る彼、

 こっそり覗いている私に気づきもせず、自分の部屋で黙々と編み物をする彼、

 そして初めて出逢った時の、私に優しく微笑んでくれた彼―――。


 いくつもの姿が空中に浮かぶ。

 ああ。五十鈴(いすず)くん―――、
















 五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん―――。


 大好き。

 愛しているわ。

 女の子みたいに可愛い顔も。

 抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な体も。


 全部全部、大好きだった。

 潰されて、壊れてしまっても構わない。

 きっと彼も転生して、変わらずにいてくれるはずだから。

 人間でも魔族でもエルフでも獣人でも、あるいは魔獣になっていたって見つけてみせる。

 そして、もう一度、私を見て欲しい。

 あの冷酷で優しい瞳で。

 私を、私だけを見つめて欲しい。


 そのためなら何だってする。

 たとえ世界すべてを手に入れてでも、絶対に再会を果たしてみせるわ。



本編再開は明日からです。


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