19 転生者
ラミアの卵を抱えた冒険者たちが、城門の方へと走っていく。
それを確認しながらも、ボクは動けなかった。
空中に浮かんだまま、じんわりと”溜めて”いく。
地上にいる二刀剣士も、僅かに腰を落として飛び掛かる瞬間を窺っていた。
だけど戦う必要はない。
作戦名F-ZEROが成功すればね。
ボクは素早く魔力を動かして、空中に文字を描き出した。
『転生者?』
もちろん、相手から読めるようにね。
二刀剣士は目を見開く。
明らかに文字を読めて、その問い掛けの意味も理解した表情だった。
「まさか……おまえも、”そう”なのか?」
久しぶりに日本語を聞いた。
懐かしさを覚えたけど、ボクはまだ油断しない。
『八ガ浜中学。知ってる?』
「やっぱり! おまえも三年二組だったのか? あのタンクローリーが突っ込んできて、それで転生したんだろ?」
どうやらクラスメイトだったらしい。
そうなると、他にも転生してきた人がいるのかもね。
まあ、いまは考えてる余裕はないか。
「でもまさか、魔獣に転生してる奴がいるなんてな。笑える。あ、俺の元の名前は田中原宗司な。そっちは?」
ふぅん。田中原くんか。
あんまり覚えてないね。何かの運動部だった気はするけど。
ともかくも先に教えてくれたのは助かった。これで間違えずに済む。
ボクも名乗っておこう。
『目黒文人』
嘘だけどね。
クラス委員の目黒くんは、誰とでも仲が良かった。
だから今だけ名前を使わせてもらうよ。
「うわ、文人くんかよ。全然面影ないじゃん」
効果はあったみたいだ。
二刀剣士は笑いながら腕を下ろす。
肩の力も抜いて、戦いの構えを解いた。
「だけど、こんなところで何してたんだ? 城壁とか凄かったけど―――」
『万魔撃』、発動!
油断した二刀剣士へ向けて、目からビームを撃ち下ろした。
これぞ、フレンドリーに戦意ゼロと見せ掛けて一撃必殺を狙っちゃおう作戦。
成功すれば、戦うまでもなく決着がついた。
でも残念ながら、二刀剣士の反応はボクの予想を上回った。
咄嗟に空中へ跳んだ二刀剣士は、そのままボクへ迫ろうとする。
以前にも見た多段ジャンプだ。
この世界の戦士には基本技なのかね。厄介だよ。
「テメエ、何しやがる!?」
それはこっちの台詞だよ。
なに? 他人の家を襲って、仲良くできるとでも思ってたの?
幼女拉致までやらかしてるのに。
おめでたい思考だね。
だけどすぐに戦いへ切り替えてくるのはさすがかな。
空中を、まるで地面の上と変わらないみたいに二刀剣士は駆ける。
『八万針』で迎撃。
避けられる。斬り落とされる。防がれる。
さらに反撃もしてきた。
剣を振るいながら、複雑な魔術式を組み上げようとする。
魔力の流れからして強力そうな術式だ。
でも遅い。
『雷撃の魔眼』を放つ。
これには驚いてくれたみたいだ。
術式を諦めて、多重障壁で雷撃を防いでみせた。
ボクも驚きだよ。
タイミングとしては、確実に魔眼の一撃が入ると思ったのに。
やっぱり手強い。
以前に戦った、四人組の冒険者より実力はずっと上みたいだ。
伊達に転生者じゃないってことか。
きっと子供の頃から鍛えてたんだろうね。
「ったく……昔みたいに仲良くしてもよかったのによぉ」
一旦地上に戻ると、二刀剣士は忌々しげに舌打ちした。
片方の剣を鞘に収めて、腰のポーチへ手を伸ばす。
「目黒くんさぁ、本気で俺と戦うつもり? 今は魔獣みたいだけど、俺と一緒に来れば街でも暮らせるぜ?」
構わずに毛針乱射。
相手の逃げ道を塞ぐように、『徹甲針』を面にばら撒く。
動きが止まったところで、『死滅の魔眼』を叩き込んでやるつもりだった。
いまは死毒の被害を考えてる場合じゃない。
倒した後で『万魔撃』で消毒すれば最低限の被害で済むはず。
そう考えた。
でも、一瞬遅かった。
二刀剣士は毛針を防ぎながら、ポーチから取り出した何かを投げた。
宝石みたいなそれは空中で輝いて―――、
直後、ボクの全身に激痛が走った。
マズイ。これは、意識まで消されそうになる。
体の内側から光に焼かれるみたいな痛みだ。
痺れも混じる。魔力も掻き乱される。
堪えきれず、ボクは地面に落下した。
乾いた音に鈍痛が続いて、毛玉らしくゴロリと転がってしまう。
「ははっ、やっぱ効果抜群だな。どうよ? ランク5の『懲罰』石だぜ。教会にクソ高い金取られるけど、ほとんどの魔獣はこれで一撃だ」
動けないボクへ、二刀剣士が余裕たっぷりといった感じで歩み寄ってくる。
そうして蹴りつけた。
サッカーボールみたいにボクの体は跳ねて、また草むらに転がされる。
ぐぅ。本気でピンチだ。正しく絶体絶命の危機。
毛の一本も動かせない。
睨んでやったところで魔眼も発動しない。
いまも蹴りじゃなくて、剣を振り下ろされたら終わりだった。
『懲罰』で封殺される危険性は分かってたのに。
だけど対策を打つ時間が足りなかった。
「これで分かっただろ、目黒くん? 魔獣じゃ人間には勝てねえよ」
二刀剣士は、再びボクへ歩み寄ってきた。
余裕たっぷりに頬を吊り上げて、剣を突きつけてくる。
「ラミアとか守ってるつもりだったの? 無理だって。この世界じゃ人権とか、動物愛護とか、そんな考えは無いんだぜ。それよりも俺と―――」
言葉は、投げつけられた小石で遮られた。
小石はあっさりと避けられたけど、二刀剣士は面倒くさそうに首を回す。
その先では、幼ラウネが涙を流しながら石を掴んでいた。
「Λπeτnκ、Ζ〟οεσ!」
また石を投げる。やっぱり当たりもしない。
だけど隣にいた母ラウネが魔術を放った。
二刀剣士の足下に大きな穴が開いて、体勢を崩す。
「うぜえんだよ!」
空中を蹴った二刀剣士は、すぐさま魔術で反撃する。
光の矢が数本、母子ラウネに突き刺さった。
悲痛な声を上げて、二名は互いを守るようにしながら倒れる。
「はっ、安心しろよ。なるべく殺さないでいてやるから。ラミアもアルラウネも高値で売れるからな。俺もまだ楽しんでない……ッ!」
いやらしい笑みが歪んで、体ごと吹っ飛ぶ。
『衝破の魔眼』を叩き込んでやった。
《行為経験値が一定に達しました。『極道』スキルが上昇しました》
《行為経験値が一定に達しました。『自動回復』スキルが上昇しました》
母子ラウネのおかげだ。
ほんの少しだけど時間を稼いでくれたから、『懲罰』から回復できた。
二刀剣士にとっては意外だったみたいだけどね。
「な、なんでこんなに早く……!?」
充分長かったよ。
本当はもっと効果時間は長かったのかも知れないけど、耐性スキルが働いてくれたんだろうね。
ともあれボクは再び浮かび上がって、毛針を撃ちまくる。
『衝破の魔眼』も少しは効いたみたいだ。
二刀剣士の鎧にヒビが入ってる。
鎧から、小さな宝石みたいのも割れて零れ落ちた。
どうやら自分自身の能力だけでなく、鎧にも障壁を発生させる魔術装置が備えられているみたいだ。
これまでの戦闘でも、鎧から魔術式が浮かび上がっていた。
その装置が壊れた? つまりはチャンス?
いや、まだ一部が壊れただけか。
「くそっ、コイツも高かったのに! もう容赦しねえぞ!」
全身に淡い光を纏って、二刀剣士が地面を蹴った。
さっきよりも一段と速度を増して、空中のボクへと迫ってくる。
魔術? 戦士系の技? それともアイテム効果?
まあなんだっていいや。
容赦しないのはこっちも同じだ。むしろ、最初からしてないし。
『八万針』をばら撒く。『破戒撃』や『強力撃』も乗せていく。
同時に、眼に魔力を流す。
もう手段も選ばないって決めたんだ。
消毒覚悟で封印解除。
『死滅の魔眼』、発動!
「な、ッ……おおぉああああぁぁぁっ!!」
黒と青の魔力光が空中で激突する。
ボクの方は単眼も複眼も総動員で、魔力も惜しみなく注ぐ。
一点に向けて”死”を叩きつけた。
対する二刀剣士も、これまで以上に何重にも障壁を発生させた。
鎧に仕込まれた宝石も一際強い光を放つ。
ほぼ互角―――でも、僅かにボクが打ち勝った。
魔眼覇王は伊達じゃない!
二刀剣士の頭部に黒靄が絡みつく。
”死滅”効果なら必殺だけど、残念ながら届いたのは”死毒”効果までだ。
それでも二刀剣士は血を吐いて地面に落ちた。
ダメージは大きいはず。
追撃、と思ったところでボクは気づく。
二刀剣士が血走った目を横へ向けた。
その視線の先には、倒れた母子ラウネがいる。
人質ならぬ魔獣質に取る気だ。
マズイ、とボクは毛針を撃ちながら斜めに降下する。
だけど相手の方が近い。
何本かの毛針が刺さっても、二刀剣士は構わずに直進して―――、
「ガッ、ぁァ―――!!?」
いきなり膝を折って転がった。
え? あれ? 予想以上に毛針が効いてる?
死毒の苦しみ方とも少し違うみたいだ。
ビクビクと全身を痙攣させてる。まるで麻痺してるみたいに。
これって……まるで、『懲罰』を受けたボクみたいじゃない?
今夜はここまで。




